第二一四話 魔法使いフランセット・シャリエ2
成長するヒロインです。
盗賊団全員を捕縛し、大部屋に残したまま出入口を両方氷漬けにしてから。私とアーデさんは、第三階層へと降りてきました。
「よーし、それじゃあコアルームへの隠し階段を目指そっか」
「その必要はありません。ここからダンジョンコアを狙撃しますから」
「……え?」
マップ機能のお陰で、隠し階段の場所は分かっています。──ですが、ダンジョンコア自体の場所まで分かっているのであれば、律義にそこを使う理由はありません。
私はアイテムボックスから、白い札を八枚取り出し、空中に放り投げました。
札と入れ替わりに現れたのは、同数の白い蕾──柊花です。はい、私がサギリさんから受け取ったのは一機だけではありませんでした。
まずは四機に魔力を注ぎます。するとその四機は花弁を開き、その前方に水色の半透明な障壁を展開しました。四角く隊列を組むように並び、一つの大きな障壁を為します。
続けて残り四機にも魔力を注ぎます。ですがこちらの四機は蕾のまま、連結することで棒状の形を取りました。先端部分を障壁の中心に据え、僅かに突き抜けたところで静止させます。
「……砲台?」
アーデさんの呟きが聞こえました。大正解です。
マップ表示を三次元のものに切り替え。ダンジョンコアの座標へ向け、砲身の角度を調整しました。
「発射します」
私は静かに宣言し、砲門から魔力の砲弾が放たれます。
斜め下に撃ち出された砲弾はダンジョンの床を貫き、破片を派手に飛ばします。破片の勢いは、ぶつかった壁に穴を開け、天井にめり込むほどで。
けれど事前に張っていた障壁には阻まれ、私とアーデさんは無事です。
粉末状になった床の破片の一部が砂煙のように視界を塞ぎ、着弾地点の床は見えません。ですがマップ上でダンジョンコアの破壊を確認できていますし、穴の開いた壁と天井が再生しないことも確認しましたので、何も問題は無いでしょう。
このダンジョンは、停止しました。
「威力・精度共に問題ありませんね」
「いやいやいや! 逆に! 問題あるでしょうが!」
砲台となっていた柊花を分離させ、白い札に戻してアイテムボックスに収納していると。アーデさんが身振り手振りを加えて、必死の様子を見せました。
「ダンジョンの壁ならまだしも、床なんて王城の城壁並に強固なものなのに! それを貫いて、あまつさえそのままダンジョンコアを破壊!? 威力も精度も問題ありまくりだよ!? 凶悪過ぎて!」
「ですが、神授兵装も持たないただの魔法使いの私がエミュレーター・コピーを破壊するには、このくらいできる必要があるかと」
「そこはリッ君かワタシに任せて良くない!?」
「ところでアーデさん」
「何!?」
「先程私が出した音と、アーデさんの大声で、こちらに魔物が寄ってきています」
「ああああ、もう!」
いかにも煩わしいと言わんばかりの声を上げるアーデさんの影から、二体の魔物が飛び出しました。従魔であるフォルストオイレとシャッテンカッツェです。
来ている魔物はリビングソードが四体。一般に中級の魔物として認知されている種類ですが、このダンジョンに居るのは小さなナイフ型であり、下級に分類されます。
梟型の魔物であるジェイドが翼を広げて低空飛行し、リビングソードの横を通過。すれ違い様に二体を床へ叩き落しました。
猫型の魔物であるスピネルはしなやかな身体を存分に活かして音も無く接近し、飛んでいた二体をまとめて噛み砕きます。
床に叩き落された二体もそのまま折れていたようで、あっという間に片付いてしまいました。
「鮮やかな仕事ぶりでしたね」
「ついさっきダンジョンコアの狙撃に成功した人に言われても反応に困るよ?」
「それは単に、魔法具のお陰ですから」
しかし今回のクエストは、然程の訓練にはなってくれませんでした。リクが居ない状況が久々だからと、慎重に過ぎたかも知れません。魔法具の性能確認はできましたが。
機能が停止したダンジョンは新たな魔物の生成を行わず、構造物の再生も行いません。ですがその分、ダンジョン内に行動範囲を限定されていた魔物がその縛りから解き放たれるため、丸ごと潰しておこうと思います。
という訳で、私とアーデさんはダンジョンの外に出ています。日は高く昇ったままで、ダンジョンに侵入してからあまり時間は経っていませんでした。
捕縛した盗賊団も外に出て、今は私達から少し距離を置いています。
「それでは行きます」
ダンジョンの入口となっていた古びた祠がある以外、何の変哲もない平地。まばらに木が生えてはいますが、その程度。
ここは今から、窪地になります。
『テトラ・アクア──二重結合起動』
天を覆う程の、無数の氷塊。
結合起動により、通常の最上級魔法の三倍以上の威力を持つこととなった私の魔法。それはマップ上で確認できるダンジョンの真上に範囲を限定して、これより大地を破壊します。
地面が削れ、抉れ、陥没していきます。氷がめり込み、その上から更に氷が叩き付けられ、細かく砕けた氷が周囲に霞を作ります。
時間にすれば十秒程の、それほど長くもない間でしょうか。
四角く窪んだ土地に氷がギッシリと詰め込まれた、自然には絶対に発生しないであろう不思議な光景が出来上がりました。
「……せめて八秒以内で処理を終えたかったのですが、上手くいきませんね」
「いや、たったの十秒で極寒地獄みたいな光景を目の前に生み出しておいてそれ!? 何処を目指してるの!?」
「それは勿論、【黒疾風】リク・スギサキの隣に立つに相応しい魔法使いです」
「わー、曇り一つない綺麗な目。素面でここまで堂々と言える台詞かなぁ、それ」
ともあれ。
タイムとしては不満の残るものでしたが、結果としては問題ありません。誰の目にも明らかな程にダンジョンが破壊されていますから。
その後、盗賊団の引き渡し等の後処理を終えて。私とアーデさんは帰路につきました。
余談ですが、捕縛後の盗賊団は随分と大人しいものでした。
強制着衣水泳をさせた後もそうでしたが、ダンジョン破壊の光景を見せた後は更に大人しく。私の訓練を兼ねた魔法行使は思わぬ副次効果をもたらしたようです。
さて、今回の一件は想定よりも簡単に片付いてしまいました。
次はもう少しクエストを吟味して、選択していかなければなりませんね。
リクが国内を飛び回ってエミュレーター・コピーの対処に出ている間、私は魔法使いとしての実力を高めることにしました。当然ながら訓練自体は以前から継続して行っていますが、リクの成長度合いを目の当たりにしてしまえば悠長なことを言っている場合ではありません。
既に闇以外の五属性について、最上級魔法を習得しました。サギリさんから頂いた柊花の使い方は覚えました。
そして、サギリさんからご教授頂いた魔法現象の本質をもとに、魔法の使い方を一から考え直しました。
今はまだ、訓練段階でしかない使い方ですが。これを実用レベルにまで引き上げた時、私は魔法使いとして一段階上に上がることができるでしょう。
この二人だけだと、アーデがツッコミ要員になることが発覚しました。