第二一話 調査クエスト5
やや遅めの速度で近付いてくる馬車を見て、如何にもな格好をした七人が街道を塞ぐように立ち、にやけている。
頭には頭巾、上半身はタンクトップ、下半身はだぼついたズボン。全体的に彩度の低い地味な色合いで、寝そべればそのまま地面に混じる保護色になりそうだ。
元々遅かった馬車の速度は前述の集団の数十メートル手前でゼロになり、盗賊らしき集団は手に持ったナイフなどの武器を見せびらかすようにしながら近付いていく。マーカーが示す状態は、警戒の三角印から敵対のバツ印へと変化している。なお、敵対の判定基準はデフォルトで攻撃の意思の有無だった訳だが──今は、殺意の有無に変更している。
そして、その距離が一〇メートルを切った時、
「まず一人」
集団の最後尾に居た一人の背中を、俺は斬り裂いた。短くも鋭い悲鳴が上がる。
レベル一七の、集団の中で二番目に高い男だった。
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Name:リク・スギサキ
Lv.15
EXP:1091
HP:570
MP:404
STR:11(-136)
VIT:180
DEX:12(-153)
AGI:570(443)
INT:12(-154)
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そしてなんとレベルアップ。
レベル一四で調整した編集のため、微妙に無駄のあるステータスになっている。とはいえそれを再編集して隙を晒すのは頂けない。次回攻撃時のマクロ起動でレベル一五に合わせた編集が行われるので、今はこれで良いだろう。
──初めての殺人にしては、我ながら落ち着いているようだ。
「テメェ、どっから──!?」
最も高いレベル二〇の髭面男が俺に気付いて振り返ったが、それは愚策だった。何故なら、馬車から降りたフランが狙いを定めているから。
『モノ・アクア』
フランが構えた杖の先端部分から、サッカーボール大の水の球体が出現する。それは寸分違わずレベル二〇の男の顔にヒットし、そのまま留まる。
ごぼごぼと、もがき苦しむ男を中心に動揺が広がっているのが分かる。
その隙に俺はエディターの黒い刀身を振るい、レベル一一と一〇の男を一人ずつ、峰打ちで昏倒させていく。
残るはレベル一一、一〇、四の三人だ。……と、思ったんだけど。
ボン、とくぐもった爆発音が鳴り、嫌な予感がして視線を動かせば。そこではレベル二〇の男が顔を真っ赤にして、鬼のような形相を浮かべていた。
単に怒りで顔真っ赤なだけなら良かったんだけど、なんと火魔法を顔面で炸裂させて水を吹っ飛ばしたらしい。その代償として、顔中を大火傷とは。
「ぶっ殺すぁああああああ!」
口が上手く動かないのか、怒りで我を忘れているのか。火傷を負った男は若干怪しい発音で吼えた。
腰に差していた鉈のような武器を手に、フランへ向けて全力疾走する。
レベルが四倍弱のフランを相手に、彼が何かできるとも思えない。俺は他のを片付けよう。
空中に十数本の氷の槍を出現させ迎撃準備を完了させているフランを見て、そう決めた。
他三人は顔色を随分と悪くしていて、とても本調子には見えない状況になっている。
仲間を殺され、ボス格と思われる男も高レベルの魔法使い相手に無謀な突撃をしている現状。
これだけ旗色が悪ければ、顔色だって悪くもなるか。
「ま、待ってくれ、俺達はもう──」
「隙あらば俺を殺すつもりだろう?」
コンソールに表示されている敵三人のアイコンは、未だにバツ印──殺意有りだ。
両手を上げて敵意が無い風を装って声をかけてきたレベル一一の男──の背後で怪しい動きをしていたレベル一〇の男に斬りかかる。
その男は鋭利な形状の、無色透明な液体を滴らせるナイフを持っていた。
毒か何かを塗っているんだろうとあたりをつけて、ナイフを持っている右手ごと切り落とす。
「てっ、手が……! 俺の手がぁあああ!?」
ぼたぼたと血を垂れ流す右手首の断面を必死に押さえる男を尻目に、俺の背後から接近中のアイコンへ意識を向ける。
タイミングを計り、俺は回れ右。丁度良く間合いに入ってきた敵の剣を、遠心力を生かしたエディターの一撃で遠くへ弾く。
偶然にもレベル四の男の真横を通り過ぎ、そのままその男は白目を剥いて仰向けに倒れてしまった。こいつは何をしに来たんだよ。
ここでコンソールを確認してみれば、俺と対峙しているレベル一一の男のアイコンが三角印の警戒状態になるところだった。
フランの方の様子を窺ってみれば、沢山の槍の柱に囲まれて身動きできないでいる憐れな男の姿も一緒に確認出来た。ただ、こちらは未だにバツ印の敵対状態。
もう諦めろ。
「青のシャリエの妹、フランセット・シャリエに攻撃を仕掛けるとは。随分と無謀だったな」
果たしてフラン本人の名前がどの程度の威力を発揮するか分からなかったので、とりあえず親の七光りならぬ姉の七光りに頼ってみる事にした。
効果は覿面だったらしく、既に十分悪かった男の顔色がますます悪くなっていくのが見て取れる。
「フランセットって……あの【大瀑布】かよ……」
そして出てきた知らない単語。気にはなったものの、ここで俺が質問しては色々と台無しになる。後で本人に聞いてみよう。
馬車から引っ張り出してきたロープで盗賊達を縛り上げ、エディターによって現在MPを全て現在HPへ移行し、魔法を使えなくした上で路傍へ放置してから。俺達は馬車での移動を再開した。
ちなみにフランがアインバーグの詰め所へ念話で連絡したので、縛り上げられた盗賊達はそう長く経たず回収される手はずになっている。
俺もフランも無傷で敵の無力化に成功したので、多少予定より遅れている以外の問題は無い。エディターによる索敵も自重せず行っているので、ここから不測の事態というのもほぼ無いと見られる。
「正直なところ、私が思っていた以上に危なげがなかったので驚いています」
馬車の中、隣に座るフランからそんな感想が出てきた。
「予め奇襲準備をしてたからね。一番強いのはフランが相手をしてくれたし、そもそもレベルの割に弱かったのもあるし」
多分、完全な格下ばかりを相手にしてきたんだろうな。メンタル面で脆すぎた。
「リクを基準にレベルを語ると、色々おかしなことになるのですが」
「え?」
真顔で言われたんだけど。
「相手のレベルが二倍程度までなら、比較的安定して勝利することができるでしょうから」
……まあ、特に不利な条件とかが付かなければいける、かな?
「とはいえ──多少の無理はしていたようですね」
何が、と問う前に、俺の左手にフランの右手が触れた。
「ほんの少しだけ、手の震えが隠し切れていませんでしたよ」
フランはそのまま俺の左手を捕まえて、自分の両手に包んだ状態で膝の上に持っていってしまった。
「あー……、ははは。それは申し訳無いことを。気を使わせてしまったみたいで」
思ったほど動揺が無かっただけで、全く無かった訳じゃない。そんなのは自分でも分かってた。
ただ、それを人から指摘されると、どうもね。本当に、どうしたものかな。
「……こういうときは、女性である私の方から胸を貸して、リクに泣いて貰うべきなのでしょうか?」
本当にどうしたものかなぁ!
俺の顔と自分の胸を交互に見てるフランが、本当に実行しそうな雰囲気を醸し出してるんだけど!
「びっくりしてさっきまでの動揺が吹っ飛んでいったよ全く! 気持ちは有り難く受け取っておくけど、軽はずみにそういうことは言わない!」
人との距離の取り方が相変わらず下手だなフランは!
「そういうのは家族とか、恋人とか……ともかく、そのくらい親しい人に対してだけにしよう。これは膝を貸すのと同じかな」
何と言うかもう、自分の気持ちの整理とかそんなものはさっさと済ませて、フランのコミュニケーション能力についてリソースを割り振った方が良い。むしろ俺の精神衛生上、そちらの方を優先した方が良い。
俺の中でフランがどんどん放っておけない子になっていくんだけど。
んで、何でフランは不思議そうに俺を見てきてるのかな。
「リクには以前、膝を貸しましたから、問題無いのではないですか?」
判例出して不文律化ですか。理論的に迷走するの止めて欲しいです。
「膝枕の一件は、順序が逆だっただけだから。本当はアウトだから」
「いえ、そうではなく。実際、リクに対し膝枕をして問題は起こっていませんから、胸を貸すのも同じではないか、ということです。勿論、誰彼構わず同じことをすれば問題だと、そうリクが言っているのは分かっていますよ」
何で俺こんなに信用されてんの。いやそれ自体は喜ばしいことだけどさ。
「こうやって会話する前に実行されてたら俺も冷静さを欠いて結果的に大丈夫だったとは思うけど、もうどう足掻いても気恥ずかしさがあるから問題しかないよ」
「……そうですか。分かりました」
フランは何か思案した素振りを見せた後、納得の言葉を返した。
一体何に納得したんですかね。