第二一一話 閃光1
主人公視点ですが、引き続きアレックスが話の中核です。
ケンドール男爵家での食事会は、実に愉快なものになってくれた。
特に、男性陣がアレックスに対してあまり評価が高くなかったらしく、俺の発言及びアレックスの反応がその認識と違い過ぎて混乱していたところとか。
逆に女性陣は、素直に嬉しそうにしていた。母親も姉も妹も、揃って全員が。
今は食事を終えて、案内された客間でくつろいでいる。
調度品などは最小限で、男爵家の屋敷の客間としてはこんなものだろうといった印象。手狭だったりはしないので、俺としては問題も無い。
今日起こった出来事をエディター内のテキストエディタでまとめていると、ノックの音が聞こえてきた。
作業を継続しつつ返事をすると、扉を開けて現れたのはアレックス。マップを見るまでも無く、元々俺が呼んでいたので分かり切っていた。
「おっと、何かの作業中かい?」
「ああ。俺から呼び出しておいてなんだけど、少しだけ待っててくれるか。あと数分でキリの良いところまで終わりそうなんだ」
アレックスには部屋にあった椅子を勧め、アイテムボックスから紅茶を出して振舞っておく。
出した紅茶が飲み干されたくらいのタイミングで、ちょうど俺の作業も一区切り付いた。
「さて、待たせて悪かったな」
小さなテーブルを挟んでアレックスの向かいに座り、真っ直ぐアレックスを見る。
「構わないさ。美味しい紅茶も頂いてしまったからね」
俺の謝罪をすんなり受け入れ、しかしアレックスの表情には若干の緊張が見えた。
「それで、僕はこれからどんな厄介事に巻き込まれるんだい?」
流石にお見通しだった。……半分は。
「巻き込まれるかどうかは、アレックス次第だ。最悪、世界規模の厄介事に発展する可能性のあることだからな。話を聞かせて問答無用で、というのはいくら俺でも憚られる」
俺が考えているのは、アレックスを仲間に引き込むこと。
以前の、それこそ俺と出会ったばかりの頃のアレックスは色々な意味でどうしようもない奴だったけれど。現在のアレックスは人格・実力共に信用に値する。特にステータスシステムに関しての適性は、俺の想定を遥かに超えていた。現段階の練度で比較しても、既に俺を超えているだろう。
「何ならこの時点で話を終わらせても良い。何せ本格的に首を突っ込むとなると、今のお前でも十分に死の危険がある」
一切のおふざけ無しで俺が言うと、アレックスは僅かに視線を落として思案する様子を見せる。
「君のことだ、その言葉に嘘偽りは無いのだろうね。ただ、それは僕が話を聞かなかったとしても、事の規模から言って自然に僕が巻き込まれる可能性はあるんじゃないかい?」
「可能性がある……というよりは、その可能性が高いと俺は見てる。ギルド長も何かしらに気付いて、以前から動いているようだし。冒険者ギルドとして大々的に動き始める可能性もあるか」
「それでもあえて僕に話をするのなら、それは……知るだけで危険になる程の情報を君が握っている、ということかな?」
「察しが良いな」
アイテムボックスから再び紅茶を出して、今度は俺の分までカップを用意した。
紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。
「この件について、最も積極的に動いているのが武術都市のアサミヤ家の人間である、導師サギリ・アサミヤ。俺が知る限りにおいて、世界最強の魔法使いだ。導師は魔法具技師としても極めて優れた人物で、俺の持つ大太刀も彼の手により作られた物だよ」
アレックスが息を呑んだ。
「七つ星の魔法使い、青のシャリエと共闘したことのある君の口から、世界最強の魔法使いという言葉が出てくるとは……」
「最上級魔法を、初級魔法のような気軽さで連発するからな。あからさまに手加減をされた上で、逆に全力を出した俺が掠り傷を付けるので精一杯だった」
「……世の中には、想像すらできない程の実力者が居るのだね」
「話を終わるか?」
「いいや、続けてくれ」
思わぬ即答に、俺の方が言葉に詰まった。
「それほどの実力者が事にあたっていながら、それでも君は更に協力者を必要としているんだろう? なら、恩を返す丁度良い機会だ。君は忘れているかもしれないが、僕は君に多大な恩を受けているのだからね」
「別に、お前も忘れて良いぞ」
「命を救って貰ったことを忘れるのは、僕が良くない」
ああ、そういえば命を救ったこともあったな。結果的に、という状況だったけれど。
俺はてっきり、ステータスシステム運用の手ほどきをした話かと思っていた。
「……その顔。まさかとは思うが、君の方は本当に忘れていたのかい?」
「申し訳ない、記憶力に乏しくてな」
「嘘を言うな、基本的に記憶力は高い方だろう君は。何より、申し訳なさそうな表情をわざわざ作るな。全く心にも無いだろうに」
「俺の扱いにも手慣れてきたな」
「……おかげ様でね」
何とも言えない表情になったアレックスは、その表情のまま一口紅茶を啜った。
「この紅茶、最初に出されたものとはまた違うものだね」
そして少しだけ、表情を緩ませた。
「同じ味というのも芸が無いしな」
「いつでも何処でも即座に紅茶を出せるというのは、その時点で十分に芸があると思うけれど。味も店で飲むものと同等以上となれば、なおのことだ」
紅茶の味が気に入ったのか、アレックスは随分と褒めてくれる。
しかしながら、俺が知る限りにおいて最も美味しい紅茶は、紅紫のエクスナーことクラリッサ様──の侍女であるルアラ・ハイランズさんが淹れたもの。少しは近付けたと思っているものの、追い付くにはまだまだ。
──いや、そうか。そちらも一考に値するな。
導師に紹介するつもりでいたが、クラリッサ様にのみ紹介するというのは、アリだ。
ほぼ問題無いとは判断しているものの、導師の胡散臭さは否定できない。本人が意図してそう振舞っているきらいはあるが、全く警戒しなくて良い理由としてはやや弱い。
「アレックス。俺が知る限りにおいて最も美味しい紅茶、飲んでみたくはないか?」
「君は突然何を言い出すんだい?」
まあ、そんな反応になるよな。
それから三日後、俺とアレックスは揃って城塞都市のエクスナー別邸に来ていた。
時間が空いた理由は、先方への事前連絡に加えて、アレックスの出発に手間取ったからだ。
街襲撃に際して活躍し過ぎたアレックスは、軍への入隊を熱望されていた。元々彼の父親である領主からそのような話をされていたらしく、けれど本人が断っていたので話が拗れてしまった。
何故か俺も話に巻き込まれ、アレックス側に立って説得することに。
兵士の練度は殊更に低い訳ではなかったが、現在のアレックスの実力からするとお荷物としか言いようが無い。軍というのは個々の平均化された実力によって数の優位を活かす戦力だ。そこに圧倒的な実力を持つ個を入れるとなると、どうあっても歪みが生じる。
そんなことは他ならぬ軍の人間に分かっていないはずも無いが、それを踏まえても戦力として魅力的過ぎたようだ。領主の三男という、ある程度までは無条件に信用できる出自であることも大きかったのだろう。
無理に出発することは可能だったものの、それはあまりに俺の都合を優先させ過ぎている。そこで折衷案として、アレックスが兵士を鍛えることにした。
手っ取り早く、疑似浸透勁で。ステータスシステムの特殊運用を、兵士たちに強制体験させた。
結果として、ケンドール領軍所属の兵士は揃って縮地と紫電の単発使用を習得できた。一部の兵士は連続使用や電光石火にあと一歩というところまで来ており、教導の手伝いをした俺としても満足のいく内容となってくれた。
閑話休題。話を戻すが、今はエクスナー別邸に来ている。
応接間に通されて、テーブルにつき、侍女であるハイランズさんが出してくれた紅茶を飲みながらクラリッサ様を待つ。
「……素晴らしい。美しい水色に芳醇な香り、適度な渋みと爽やかな後味。これほど完成された紅茶を飲んだのは、これが初めてだよ」
「恐縮です」
アレックスが俺の目論見通り感動に打ち震えているのを眺めたり、会話に混ざったりしながら待っていると。程なくしてクラリッサ様はやって来た。
ワインレッドの双眸が実に自然にアレックスを観察し、すぐに俺へと向け直される。
「ご無沙汰しております、クラリッサ様。こちらは私の友人、アレックス・ケンドールという冒険者です」
俺もアレックスも既に立ち上がっており、俺は手でアレックスの方を示しながら紹介をした。
「ご紹介に与かりました、アレックス・ケンドールです。この度はお忙しい中お時間を作って頂き、誠にありがとうございます」
男爵家の息子だけあって、貴族としての礼儀作法に問題は無いようだ。
「構いませんわ。リク・スギサキの働きで、ワタクシの方は今それなりに余裕がありますもの」
おや、そう言って頂けますか。それなら俺も、頑張った甲斐があるというもの。
クラリッサ様はそこまで言って、テーブルを挟んだ向かいに座る。それを確認してから、俺とアレックスも座った。
そこからほんの少しだけ談笑をして、すぐ本題へと入る。
「それで、才能のみで語るなら七つ星冒険者にも比肩するというお話が本当なのか、本人に見せて頂きたいものですわね」
「ちょっと待ってくれリク・スギサキこれは一体どういうことだ僕は知らないぞそんな話は!」
息継ぎ無し、大変勢いのある言葉を、アレックスは俺に向けて放ってきた。
これは物語の本筋で、別にふざけている訳でも無いですが、実質的にアレックス弄りとなっていますね。