第二一〇話 ケンドール男爵家7
会話パートだと筆が進みますね。
あの、はい。普段よりかなり長くなりました。
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俺の名はリク・スギサキ。城塞都市アインバーグの……というよりはリッヒレーベン王国のと言った方が良いか。ともあれ、そこの冒険者だ。
ここ最近は国内で発生している黒の神授兵装エミュレーター、そのコピーの対処に腐心している。あまりにも忙しくて、本当に心が腐れそうだ。
ただ、はっきりしない敵の輪郭が一部だが見えたのは、進展と言って良いか。
ルクスリアと名乗った妖艶な美女。俺が持つもう一つの黒の神授兵装エディターのマップで初めて見た、紫の表示。その正体は、ヒトと魔物の融合体だった。
そしてルクスリアの口から語られた、神を自称する敵のボス。その自称に見合うだけの力を彼女に見せたそうだが、詳細は一切不明。
なお、俺から逃げたルクスリアの行方は不明。マップ上で確認は当然していたが、途中でマーカーが消失。逆にエミュレーター・コピーの反応が百程に増えて、バラバラに移動。俺は素直に追跡を諦めた。
その辺りの話を、導師や紅紫のエクスナーに伝えなければならないのだけれど。里帰りしていたアレックス・ケンドールに呼び止められて、エミュレーター・コピーの被害を受けていた街の領主──ケンドール男爵からの食事の誘いを受けることにしたため、まだ街に留まっている。
まあ、ケンドール男爵から誘いを受けただけなら断るつもりだったんだよ。
ケンドール男爵家のお屋敷にお呼ばれして、一度客間に案内されて、アイテムボックスから引っ張り出したフォーマルなスーツに着替えて。そして臨んだ食事会。
そこそこ広い部屋の中央にある大きな長テーブルの上には、湯気を立てる美味しそうな料理が並べられていて、ワインボトルも幾つか用意されている。長テーブルの周りを囲むようにして、ケンドール男爵家の方々が──今は立ち上がって俺を見ていた。
「この度はお招き頂き、ありがとうございます」
柔和な笑みを心掛け、俺はそう言ったのだけれど。
「いえ、滅相もありません。急な誘いにも拘わらず来てくださって、こちらこそ感謝しております」
何処か無理のある笑みを浮かべて、ケンドール男爵は俺を出迎えた。
いや、貴方が誘った人間が友好的な態度でいるのに、貴族としてそれはどうなんだ。どんな事情があってその表情になっているのかも分からないが、褒められたものではないだろう。
他の面々も、様々な表情を浮かべている。
恐らくアレックスの母親であろう女性は、安堵したような笑み。兄であろう男性は、男爵と似たようなぎこちない笑み。姉であろう女性は、至って穏やかな笑み。妹であろう少女は、緊張した様子。それからアレックスは、苦笑している。
そこから男爵家の方々の自己紹介があり、礼儀として俺からも自己紹介を返して。食事会が始まった。
「改めて、この街を危機から救って頂いたことに、お礼を申し上げます」
一口二口、各々で料理を食べ始めたところで、ケンドール男爵がそう言った。先程より幾分かマシにはなったものの、その表情はまだまだ硬い。
「私はほんの少し動いたに過ぎません。男爵様のご令息──アレックス殿の働きに比べれば、微々たるものです」
これは実際そう。ゲイルを貸した分はそれなりに大きいと思うが、俺自身がやったことは敵と──ルクスリアと会話をした程度。しかも俺を待ち伏せていた訳で、何ならそれに巻き込まれたこの街はとばっちりを受けただけと言っても過言ではない。
事態をかき回したくはないので、余計なことを言うつもりは無いけれど。
「ご謙遜を。街の外では異形の巨大オークが出現して、それを討伐されたのが他ならぬスギサキ様だと聞き及んでおります」
「見た目の醜悪さこそ常軌を逸したものでしたが、実際の脅威としてはそう深刻なものではありませんでした。相手をしたのがアレックス殿でも、問題無く終わっていたかと。……今回は街の中にまで魔物が入り込んでいた為に、アレックス殿にはそちらの方をお任せしましたが」
これも半分は事実。中にルクスリアが入っていなければ、という注釈が必要だが、巨大オークだけならアレックスは問題無く倒してみせただろう。
「そう、ですか……」
俺の返事に対して、男爵は実に微妙な反応。何だ、一体。
「失礼ですが、アレックス殿が五つ星に上がったことをご存知ではないのでしょうか?」
ふと思い当たったことを、そのまま口に出してみた。
するとアレックスに、視線が集中する。俺を含めた全員が見ている状況だ。
しかし、本当に知らなかったのか。
「本当なのか、アレックス……?」
アレックスの兄、マティアス殿が口を開いた。その表情は驚愕に彩られ、どうやら俺の言葉が受け入れがたい様子。
「ええ、先日五つ星に。ギルドカードもこの通り」
アレックスは平然と答え、ギルドカードを取り出してテーブルの上に置いた。そこには間違いなく、五つの星が描かれている。
「何故、黙っていたんだ?」
「言うタイミングを頂けなかったからです」
さらりと毒を吐いたアレックスに、マティアス殿は言葉を詰まらせた。実に気まずそうに見える。
「とはいえ僕も、三つ星で止まっていた期間が長かったものですから。ある種、仕方のない部分はあるでしょう」
そして少しだけ譲歩してみせるアレックス、と。
いやこいつ、こんなに余裕のある対応ができる人間だったか?
まあ良いけれど、一つ誤解が生まれそうなので俺から口を出しておこう。
「今のアレックス殿の実力は、五つ星の中でも既に最上位です。六つ星に上がるのも、時間の問題かと」
これでも控えめな表現に留めた方だ。
実のところ、エミュレーター・コピーを破壊できる人間など本当に一握り。破壊力に優れた神授兵装か、溜撃などの特殊な攻撃方法を持っていなければならない。アレックス以外の五つ星冒険者では破壊など到底不可能だろうし、六つ星でもそう多くはいないはず。
……というか、これは俺もアレックス本人から話を聞いて驚いたんだが。あいつ、思い付きのぶっつけ本番で溜撃を習得しやがったらしい。しかも、魔法剣で物理攻撃を行いながら溜めを継続するなんていう応用まで身に付けたとか。
俺がまだこの街に向かっている途中、マップ上でアレックスの近くにあったエミュレーター・コピーが一つ消滅したときは、溜撃を既に習得していたとかそういうことだろうと思っていたのに。
本当に、規格外の才能。ステータスシステムに愛されているとしか思えない。
「真顔で冗談を言うのはやめてくれないか。六つ星冒険者である君よりずっと弱いだろう、僕は」
だというのに、アレックス本人はこんな具合だ。俺が冗談を言っているものと、本気でそう思っている。
「……装備が同等なら、十回戦って一回くらいは俺が負けると思うけどな」
黒の神授兵装、八咫烏、烏揚羽。いずれも極めて強力な俺の武装であり、アレックスが持つ魔法剣とは格が違う。
いや、アレックスの魔法剣もドワーフの名工が上級の魔物の素材を打ち直して作った名剣であり、【黒疾風】がエディターを使って極めて高い精度を実現した風魔法を付与してある魔法具である訳で。上級の魔法剣士が持つ武装として、全く不足は無い代物ではあるのだけれど。
とはいえ流石に、神授兵装や導師謹製の魔法具と比較すると分が悪い。
ところで周囲が動揺している。
タイミングから言って俺の発言が原因だろうけれど、アレックスが街中でジェネラルオークを仕留めたところは見ていたはず。今更そこまで驚く必要は……いや、五つ星になっていたことにすら驚いていたくらいだから、認識が追い付いていない可能性は大いにあるか。何せ本人すら、自分の実力をきちんと把握できていないくらいだしな。
「まあ! スギサキ様はアレックスを高く買ってくださっているのですね!」
そんな中、テンションの高い人が一人だけ居た。アレックスの姉、アネットさんだ。
両手を胸の前で軽く合わせて、嬉しそうに笑っている。
「高く買うと申しますか……いえ、そうですね。訓練の一環として、模擬戦の相手も頻繁に頼みますから」
高く買うというよりは、単に事実を語ったまで。そう言いかけて止めた。
この場が更に混沌とするのは間違いないからだ。
またしても俺の言葉が原因だろう。視線がアレックスに集中する。
「本当なのかアレックス!?」
そしてまたしてもアレックスの兄、マティアス殿が口を開いた。今度は更に余裕が無さそうな様子で。
「確かに模擬戦は繰り返しているけれど、それはあくまで彼が随分と手加減をした状態での話で……」
アレックスは、相変わらずで。
いやこれはもう、混沌とさせてしまっても良いかな。最初からそうだったけれど、ますますこの場が面倒になってきたし。
だから盛大にぶち込もう。
「私と彼とのレベル差分、黒の神授兵装でステータスを調整しているだけです。もしレベル差が無ければ、そもそも調整は必要ありません」
特大の釣り針をぶら下げる。さあアレックス、遠慮せず食い付け。
「実戦ならステータスを向上させる能力を、模擬戦では逆に低下させるために使っている。これを手加減と言わずして何と言うんだい?」
予想通りに食い付いてくれたアレックスだが、予想以上に鋭い指摘をしてきた。
いやはや全くその通り。八〇を一〇〇に上げられるところを、六〇に下げているようなもの。その落差は、先程使った俺の言い回しよりも明らかに大きい。
「お前との模擬戦の主たる目的は、ステータスシステムの運用精度向上だ。高レベル故の高いステータスでゴリ押ししても無意味だろうに」
「論点をずらすのは止めてくれないか。先程の君の言い方では、レベル差が無ければ僕らの実力が同等であるかのような印象を受ける。……僕も少しは学んできているんだ。いつまでも君の口車に乗せられ続けるとは、思わないで貰いたい」
「論点をずらしたのではなく、視点を変えただけのこと。少なくとも要点は変わらないはずだ。事実、アレックス・ケンドールとの模擬戦は【黒疾風】の能力向上に寄与しているのだから。少々驕るような発言になってしまうが、並の冒険者ではこうはいかない」
「相変わらず口が達者だね、君は」
「お褒めに与かり光栄だ」
「褒めていないが?」
俺はわざとらしく肩を竦め、ここで一旦言葉を区切った。
さて周囲の様子はと言えば、呆気に取られている。
「……ふふっ」
けれど、すぐに笑い声を上げた人物が一人だけ。予想はしていたけれど、アネットさんだ。
「姉上、僕にとっては笑い事では無いのですが」
アレックスは如何にも不満そうな表情で、ため息交じりにそう言った。
「ああ、ごめんなさいね、アレックス。でも、今のはそういう意味の笑いではないのよ? だって、貴方はスギサキ様のことをお知り合いだと言っていたけれど、今のやり取りは明らかに、お友達とのそれだったのだもの」
アネットさんは、実に嬉しそうである。
……アレックスって、友人は少ないのか?
けれど、噛ませトリオ──カルルとマラットとセルゲイは明らかに友人だ。少し前からお人好しお姉さんことロロさんや、超火力魔法使いことエリックとそのパーティーメンバーとも交流を持つようになったらしいし。
とはいえ、アネットさんが知る限りでは友人が少ない、という可能性はあるだろうか。
「城塞都市には立派な訓練施設がありますが、そこで彼は大変な人気者ですよ。模擬戦を申し込まれることは勿論、ある特殊な戦闘技術についてアドバイスを求められることもしばしばあります」
特殊な戦闘技術、というのは特殊運用のことだ。俺のところにも聞きに来る人間はいるが、どちらかというとアレックスの方が頻度は高いように思う。
「まあ……! 本当かしら、アレックス!?」
兄であるマティアス殿も先程似たようなフレーズを使ったが、あれは否定の言葉を求めていた。アネットさんは真逆だ。
「いや、それは……! まあ、その、そういったことも、無い訳ではありませんが……。というか、何なんだ一体! 僕を褒め殺して何がしたいんだ君は!」
途中までなんとかアネットさんに向けた言葉を放っていたアレックスだが、あっさりと限界が来たらしい。俺に矛先を向けてきた。
「どうせすぐ六つ星に上がるだろうし、この辺りで自分の実力と評判が自覚している以上に上がっていることを、親切にも教えておこうと思って」
はは、アレックスの顔が今まで見た中で一番面白いことになった。
主人公、ギリギリでブーメランにならない発言。
自覚はあるんです、認めたくない気持ちが大きいだけで。