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第二〇九話 ケンドール男爵家6

またアレックス視点ですが、途中からはある一兵卒視点になります。

◆◆◆◆◆


 ここはケンドール男爵領にある、元々は何の変哲もない広場。

 そんな場所に僕──アレックス・ケンドールは居た。


 大規模なオークの群れが突如として襲来したことで広場は緊急の避難場所になり、今は人で溢れかえっている。

 避難の際に転んでしまったのか膝を擦りむいて泣いている子どもを、母親らしき人があやしていたり。グリフォンが珍しいのか、しげしげと眺める人が居たり。先ほどまで戦っている姿を見せていた僕を、じっと見つめてくる人が居たり。

 そして当然、彼らを守るべく領軍が周囲に展開してもいる。


 そんな中で、一区切り付いたと見たらしい僕の父、ゲルト・ケンドールがこちらへ近付いて来た。

 しかし。


「父上。見える範囲にこそ居ませんが、まだ敵は残っています。危険ですのでお下がりください」


 無駄かもしれないと思いつつ、一応は僕から警告してみた。マップ上にしっかりと赤いアイコンが表示されているため、街の中に敵が残っていることは確実なんだ。


「む……、そうか」


 僕の予想に反し、父上はそう言って大人しく引いてくれた。僕の言葉などろくに聞こうとしない父上にしては、大変珍しいことだ。

 いや、流石にこの緊急事態にあって非戦闘員が前に出ることが、愚行であると分からない訳は無いか。

 ついでに言えば、いつ敵が襲ってきても良いように僕はグリフォンに乗ったまま。つまり上級の魔物の背に乗っている訳で、少々の威圧感はあったかもしれない。


 父上が戻っていく先を見れば、母上や姉上、マティアス兄さん、そしてエミーも居た。簡素なテーブルと椅子が置かれ、その周囲にはやはり兵士が立って護衛をしている。


「ご助力、心より感謝致します!」


 家族の方を見ていた僕に、威勢の良い声が届いた。

 そちらへ顔を向けてみれば、鎧を着た四十代程と思われる男性が僕に向けて敬礼をしているではないか。


「気にする必要は無いよ。いくら三男とはいえ、僕は領主の息子だからね。元より領民を守る立場にある人間だ」


「……申し訳ございません。我らの力が至らぬばかりに、アレックス様のご負担に……」


 僕に責める意図は無く、本心からの言葉だったけれど。鎧の男性は渋面を作りながら自省の言葉を述べた。


「反省は後回しにしてほしい。今は領民の安全が最優先だ」


 だから、こう言っておいた方が良いだろう。


 鎧の男性ははっとした様子を見せて、改めて僕に敬礼した。ふと周囲にも目を向けると、他の兵士達も同じく敬礼している。

 そしてそれぞれ領民に背を向けて、魔物の襲来に備えた。






 ジェネラルオーク、二頭。

 数秒前までマップ上ではソルジャーオークと表示されていた二頭が、名前を変えて建物の影から姿を現した。……ご丁寧にも、僕らを前後に挟む形で。それぞれ通常のオークを複数引き連れて。


 ソルジャーオークならば、まだしも兵士達に任せることができたけれど。ジェネラルオークは完全に無理だ。

 それは本人たちが一番良く分かっているのだろう。ジェネラルオークの姿を確認した兵士達の動揺は、相当に激しい。


「ゲイル、と言ったね。すまないが、後ろのジェネラルオークを任せられるかい?」


 所有者に再生能力を与え、それ自体も異常な強度を誇るハルバード。幸いにも、それを持っているのは前方のジェネラルオークだけだ。

 それなら僕がそちらを相手にして、後方は相応しい戦力に任せる。


 ゲイルは短く鳴いて、自身の膝を曲げた。降りろ、ということだろう。


「頼んだよ」


 僕は素直に背中から降りて、念押しするように声を掛けた。


 僕を一瞥したゲイルは翼を広げ、次の瞬間には領民を挟んで僕の向かい側に。


 主と同じく、本当に移動が速い。状況把握も完璧といって良い。

 全く、羨ましくなるほど優秀な騎獣だ。


 さておき、やはり問題は僕の方。何せ体力の限界が近い。

 ジェネラルオークを数秒でも任せられる戦力が存在すれば、重撃派生のあの技法で決められたのだけど。かといってゲイルを後方に回さなければ、そちら側の兵士にも領民にも大きな被害が出てしまう。

 会敵前に溜め始められるならそれが一番良かったが、溜めた状態の維持が厳しい。何せ元は重撃だ、そう長く簡単に維持したままでいられる技法ではない。僕がこの技法にもっと習熟していれば、話は別だっただろうが。何せ先程初めて使ったばかり、そんなことは無い物ねだりでしかない。


 ……いや?

 手ならあるな。ああ、そうだ。何でこんな簡単なことを、僕はすぐに思い付かなかったんだ。


『ジ・ライト──三重結合起動トリプルユニオンキャスト


 魔法剣に風を纏わせると同時、僕自身の光魔法を付与する。

 光の剣の完成だ。


「ジェネラルオークは僕が仕留める。兵士の皆は、通常オークを頼む」


 どうせ僕は限界間近な上、敵も敵で出尽くしているのがマップのお陰で分かっている。街の外には()だって居る。

 だったら──ここで全て出し切って良い。




 ──電光石火。




 雄叫びを上げるジェネラルオークに一瞬で肉薄。剣を振るい、敵のハルバードをかち上げる。

 欲を言えばそれで体勢を崩したかったが、普段より軽い(・・)攻撃のため、そこまでは叶わなかった。


 振り上げる手間が省けたとばかりに、ジェネラルオークは僕目掛けてハルバードを振り下ろしてくる。




 ──紫電、二連。




 僕の脳天へと落ちてくるハルバードを右に反らして、即座に切り返し。ガラ空きの右手首を斬り付ける。

 勢い良く血が噴き出すも、切り落とすことはやはり叶わず。


 傷が浅かったためか再生は即座に完了し、今度はハルバードを横薙ぎに振るってくる。




 ──縮地。




 一歩半の後退で敵の間合いの外へと離脱し、




 ──電光石火。




 間を置かず距離を詰めて、やはりガラ空きの右脇に向けて切っ先を突き出す。


 斬撃と違って威力が一点に集中するため、先程までの攻撃と違い貫通。素早く引き抜くと、そのまま右腕が落ちた。


 汚らしい叫び声が、ジェネラルオークの口から洩れる。


 残る左腕で乱暴にハルバードを振るうも、そんな雑な攻撃に当たる程、僕も弱くはない。

 冷静に敵の間合い外まで下がり、一呼吸吐く。


 案の定、試みは成功した。物理攻撃(・・・・)物理攻撃力(STR)持たせない(・・・・・)ことは可能だと知った。

 つまるところ、僕の今しがたの攻撃は全て魔法攻撃力(INT)のみで成立していた。

 仕組みとしてはそう複雑なことじゃない。重撃だって、本来なら改めて物理攻撃を食らわせる必要があるのを省略して繰り返しているんだ。今はその逆を行っているだけ。


 試みが成功した以上、重撃派生の技法で物理攻撃力の溜め(・・・・・・・・)を継続しながら、物理攻撃を(・・・・・)行うことは可能(・・・・・・・)

 可能であるか疑う気持ちを排除する必要性も、これで無くなった。


 早くも右腕を再生させて、万全の状況を整えたジェネラルオーク。頭部の鎧の奥では鋭い眼光が殺気を放ち、僕を射貫く。

 地面が揺れるほどの力強い踏み込みで、その巨体がこちらへ向かって加速した。


 そうだ、僕がお前の敵だ。余所見などしてくれるなよ。

 必ず僕が、お前を仕留める。






◆◆◆◆◆


 俺は、ケンドール男爵が治めるこの街のしがない兵士だ。

 比較的平和だったはずのこの街に、突如としてオークの群れが襲い掛かったことは、俺が今まで兵士として生きてきた中で間違いなく一番の災難となった。


 今日は領軍から一個小隊が冒険者の協力者と一緒に、オークの群れを討伐してくると聞いていた。

 俺はそれに不参加だから、他人事として聞き流してたのを何となく覚えてる。


 だってのに、街を出発したはずの連中の一人が血相変えて戻ってきて、援軍要請してきて。しかも、領民の避難も必要だとかで。

 何の冗談だと思ったが、軍の人間が本気でこんな冗談を言ったら首が飛ぶ。多分、物理的に。


 同僚たちがにわかに浮足立つのを、それでも俺はどこか他人事のように見ていた。何せ援軍の中に俺は含まれなかったからだ。

 ただ、避難勧告が領主様の名で出されて、避難所として街の広場が指定されてからは、さしもの俺も他人事ではいられなかった。避難誘導には人手が必要で、俺も駆り出されたからだ。


 十頭にも満たない小規模なものと目されていたオークの群れは、実は三十頭規模の大きなものだったらしい。そんな致命的な間違い方があるのかと俺は首を傾げたが、斥候が今日確認した情報らしいので事実なんだろう。

 ともあれ、もたもたと広場へ向かっていく領民達の背中を、避難誘導中の俺は見送っていた。


 避難誘導が完了して、今度は万一のための戦力として領民を囲むように配置された兵士達──つまり俺達は、すぐにオークの姿を見ることになった。


 いやいや、おかしいだろ。

 街の外で迎撃に出てる連中が居て、援軍だって送った。最悪、冒険者連中が逃げ出したとしても、こんなに早く街に侵入されるのは絶対におかしい。


 大げさに騒いで、でも結局は避難の必要も無かったじゃねーかって文句を言って、普通に今日が終わると思ってたんだ。


 だけど現実として、俺の視線の先からは二頭のオークが来てる。けど別方向に配置された仲間達も何やら騒がしくしてるから、多分そっちからも来てる。

 総数はどんだけだ? 街の外はどうなってるんだ?


 不安が不安を呼ぶような状況で、俺達はがむしゃらに戦った。

 そんな中で俺は少しドジッちまって、利き腕を負傷。剣を振るえない状況に追い込まれた。

 けど少しばかり魔法の才があったから、予備の武器として持ってた小型の杖で後方支援に回ることに。


 敵の総数は相変わらず分からないが、一度に襲ってくるオークの数は多くない。負傷者は出ても、死者は何とか出さないで済んでる。


 だから──だから、ここで上位種のソルジャーオークなんて出てきてくれるなよ、なあ。


『モノ・ウィンド!』


 携行性の高い小さな杖の先を、向かってくるソルジャーオークの胴体に向けて。少しでも牽制できればと思って風魔法を放つ。


 生み出された風の刃は正確に標的を捉え、狙い通りに命中してくれた。その上で、ほとんど減速させることもできなかった。


 ああ、駄目だ。ここから陣形が崩される。

 俺達は役割を果たせずに──






 絶望しかけた瞬間、この場に突如として金色の翼が現れた。


 ソルジャーオークよりは俺達に近く、それでいて俺達に背を向けているその存在は、グリフォン。


「こんなところにグリフォン!?」


 グリフォンに最も近かった仲間が、大慌てでそちらに剣を向けながら叫んだ。


「いや待て、誰か乗っているぞ! 騎獣だ!」


 別の誰かがそう言ったのを聞いて、俺もようやく騎手の存在に気付く。更に遅れて気付いたが、ソルジャーオークの首がいつの間にやら落ちていた。


 その後も騎手が剣を動かし、その切っ先の向いた方にオークが居ると思ったら首が落ちていた。


 何なんだ、一体。彼は何者だ?


 俺のそんな疑問は、そのまま十の首を彼が落とした直後に解消されることとなる。

 信じられないものを見たような顔のゲルト・ケンドール男爵様が彼に近寄り、そして彼が男爵様を父上と呼んだからだった。


 信じられないもの……そう、本当にそうだ。男爵様との会話を早々に打ち切った彼──アレックス・ケンドール様は、その後現れたジェネラルオーク二頭の内の一頭を相手に、光り輝く神速の剣で圧倒した。


 ジェネラルオークが一手打つ間に、アレックス様は三手を打つ。

 剣を振ったと思った時にはもう位置すら変わっていて、かつジェネラルオークの身体からはしっかり血が流れている。光の残滓が辛うじて俺達に何が起こったかをぼんやりと教えてくれるが、意味は全く分からない。


 不可解なことにあのジェネラルオークは強力な再生能力を持っていて、落とされた右腕すらも再生したが、まるで問題になっていない。


 決着は、程なくして訪れた。


 これまで自身に向けられた攻撃をいなす(・・・)(かわ)すかしていたアレックス様が、その時だけは真っ向から剣を合わせて。それで終わった。

 魔物が持つにしては異常に質の良いらしい、禍々しく奇妙なハルバード。それが大きな音を立てて粉微塵に砕け散り、ジェネラルオーク自身はついでのようにして左右二つに切り分けられた。


 もう一頭のジェネラルオークは、アレックス様がここまで乗ってきたグリフォンが既に仕留めてくれたようだ。グリフォンは更に通常のオークも片付けてくれて、今は翼を畳み休んでいる。


 何故かその後【黒疾風】がやって来て、アレックス様や男爵様と会話をしていた。

 曰く、今回の魔物襲撃は無事に終わってくれたらしい。黒の神授兵装(エディター)のマップ機能とやらで確認したことらしいので、信用して良さそうだ。

 故に、領民の避難は終わり。俺達兵士も、通常業務に戻れる。


 ただ、しばらくはあの英雄(・・)の背中が、俺達の瞼の裏に焼き付いたままになりそうだけどな。

一般人視点だと既にこんな感じです、アレックス。

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