第二〇五話 ケンドール男爵家4
引き続きアレックスが頑張ります。
剣士、槍使い、魔法使いの三人は、ジェネラルオーク三頭が率いる群れと激戦を繰り広げるアレックス・ケンドールのもとへとひた走る。
『ジ・グランド!』
その間、唯一遠距離攻撃の手段を持つ魔法使いが地魔法の槍を放ち、一頭のオークの脇腹に命中させた。
するとそのオークが濁点塗れの叫び声を上げ、必然的に群れの一部の意識がアレックス・ケンドールから俺達に移る。
一部といっても、まだ三十頭近くも残っている中の一部だ。こちらの三人という数よりは、ずっと多い。
「俺達の役割は、アレックスの負担を減らすことだ! 着実に頭数を減らしていくぞ!」
俺達とて、なりたてではあれど四つ星冒険者だ。オークの討伐くらいは何度もやってきた。
だけど、これほど圧倒的な数的不利の状況は経験が無い。そんな博打をするやつは、四つ星どころか二つ星辺りでくたばっている。
だから、そう。この博打は馬鹿げている。
本当のところを言えば、群れの規模が三十になっているという話を聞いた時点で、仲間を連れて撤退しておくのが利口な選択だった。
それでも。群れが三十頭居ると聞いても、百頭には増えている現実を見ても。迎撃するつもりしかない男を間近で見てしまった。現に、たった一人で群れと対等以上に渡り合っている男を知ってしまった。
だったらもう逃げられない。
俺が冒険者になったのは、強い男になるためだ。
すぐ近くまでやって来ている俺達の姿を認めて、アレックス・ケンドールは笑みを浮かべる。
「助かるよ! 再生能力持ちのジェネラルオーク三頭が中々の難敵で、敵の数を減らし辛くなっていたんだ!」
……なんて?
◆◆◆◆◆
僕の名はアレックス・ケンドール。
今は、赤黒く禍々しい印象を与えるハルバードを装備したジェネラルオーク三頭およびその配下と、激戦を繰り広げている最中だ。
百頭ほどの群れをどうにかこうにか三十頭ほどにまで減らせたのは良いが、そこから先が厳しい。最初の内は後方に控えていたジェネラルオークが、本格的に戦闘へ参加してきたためだ。
この再生能力を与える武器は僕も以前、一度だけ見たことがあった。
あの時は彼が破壊していたが、随分と強度がある様子だったことを覚えている。そして今回、そんな彼から受け取った魔法剣を使用した上で、未だ一つも破壊に至っていない。
重撃を食らわせ続ければ、あるいは僕でも破壊できる可能性はあるかもしれないけれど。そもそも、そんな隙が無い。
縮地を多用しこちらの負傷こそほぼ無いが、特殊運用の複数同時使用を何度も行っているため、精神的な疲労は大きい。限界こそまだ先だが、余裕がある訳でもない。
そんなところにフォルカー達三人がやって来てくれたので、とてもありがたい。
「助かるよ! 再生能力持ちのジェネラルオーク三頭が中々の難敵で、敵の数を減らし辛くなっていたんだ!」
先程からオークやソルジャーオークの数を減らそうとして、ジェネラルオークに割って入って防がれる状況を繰り返している。その都度ジェネラルオークへダメージを与えてはいるものの、先に述べた通り再生能力持ちであるため意味は薄い。
とはいえ無理に敵を減らそうと動けば、幾らかのオークを街の方へ進ませてしまう。それでもしジェネラルオークを通してしまうようなことがあれば、と思うと迂闊なことはできない。
だから、本当に助かる援軍だ。
「再生能力持ちィ!?」
フォルカーが裏返りそうな声で僕の言葉を復唱したけれど、ここはスルーさせて貰おう。
その代わり、ジェネラルオーク三頭は僕へ釘付けにしておく。
ところで、速度に関するステータスシステムの特殊運用について、僕なりに気付いたことがある。
それは、練度が上がるにつれて思考速度まで加速されるようになる、ということだ。つまり体感時間が引き延ばされるということであり──敵の攻撃を見切るのにも利用できるようになる、ということ。
二頭のジェネラルオークがほぼ同時に僕へとハルバードを突き出し、それを認識した瞬間に僕は縮地を使用する。二つの穂先が僕の頬を掠めそうになり、けれどギリギリ当たらない状況で僕は前進。
もう一頭のジェネラルオークへと肉薄し、更にそこから二連続の縮地。背後へ回った。
──紫電、重撃。
がら空きの胴体に刃を立て、真横へ振り抜く。
その勢いを殺さず回転し、後ろ回し蹴り。下半身と泣き別れになったジェネラルオークの上半身を、別のジェネラルオークにぶつける。
「……やはり、剣と比べると蹴りの威力は落ちるね。STRの適用精度が低い」
上半身をぶつけられたジェネラルオークは勢いに負けて倒れ込んだものの、それだけだ。頑丈な鎧を着ていることもあり、ダメージは軽微か。
彼の真似をして蹴りを使用してみたけれど、今後実戦で使うのはしっかり訓練をしてからにしよう。自身の想定よりも威力が低いとなると、思わぬ隙になりかねない。
そして言うまでもないかもしれないが、上半身の断面が黒い靄に覆われて、徐々に下半身が生えてきている。
負傷も無く体勢も崩れていないジェネラルオークが、今度はこちらへ踏み込みながらハルバードを横に薙いできた。
一歩下がる。
切っ先をジェネラルオークの頭部へ。刃全体を輝かせている光を、全て切っ先へ。
発射。
極限まで収束された光が一直線にジェネラルオークの醜い鼻に突き刺さり、そのまま後頭部へと突き抜けていく。
ジェネラルオークの目から光が失われ、巨体がよろめいたのは一瞬のこと。一秒と経たない内に頭部の穴は修復され、光を取り戻したその目は僕を睨みつけてきた。
フォルカー達は悪態を吐きながらも、少しずつ群れの数を減らしてくれている。前衛二人に後衛一人というバランスの取れたパーティであること、そして実際の動きを見る限り、そう心配する必要は無さそうだ。
問題は、僕の方か。
とにもかくにも決定打が無い。
普通ならば反則的な威力を誇る重撃も、少なくとも短時間の使用では問題の武器を破壊できなかった。
紫電や電光石火との併用で回転数を上げることはできるが、これまでの手応えから言ってそれでも破壊には至らないだろうと思われる。
いよいよ後が無くなれば、賭けになろうともそれを試すことになるだろう。しかし、まだその時ではないはずだ。
他に威力を高める手段といえば魔法の結合起動だが、本職の魔法使いでもない僕ではその効果もたかが知れている。
重撃に魔法攻撃力も乗せられれば、話は別なんだが……。
そんな風に思考を巡らせつつ、僕はジェネラルオーク達と終わりの見えない戦いを続けている。
どのくらい戦っていたか。
途中から軍の部隊も戦闘に参加し始め、ジェネラルオーク三頭の他にはソルジャーオークが残り一頭、通常のオークが残り二頭にまで減っていた。
僕はとにかくジェネラルオーク三頭の相手を担い、今も現状の打開策を考え続けている。
……いや、思い付いたことが打開策となり得るか、考え始めた。
突飛な考えだ。可能である保証は無い。
けれどそれは、ステータスシステムの特殊な運用法二つを組み合わせただけとも言える。不可能であると断じる必要は、無い。
一番の問題は──
「──僕が確信を持てるか、か」
特殊運用は、当然それができるものと思えていなければ成功しない。
「何か言ったか、アレックス?」
大量の汗と少々の血を流しながら剣を振るうフォルカーが、僕の呟きに反応した。
「賭けに出るべきか、迷っていてね」
小粋なジョークでも言えれば良かったのだろうが、生憎と余裕が無いので正直に言うしかなかった。
何せ僕も、戦っている真っ最中だ。
「そうか。俺達は何をすれば良い?」
何の迷いも感じられないフォルカーの言葉に、内心で驚く。
「賭けに負ければ敗色濃厚なんだが」
「こちとら戦い始めた時点で、アンタに賭けてるんだよ」
僕はまたしても驚き、そして今度は納得もする。
ちらりと見えたフォルカーの顔は、笑顔だった。槍使いのニルスと魔法使いのロニーも、そうだそうだと同意してきた。
「そういえば俺はアンタに、噂の真偽を確かめたら内容を教えるって言ってたか」
唐突な話題転換をしたフォルカー。そこから続いた言葉は、僕に決意をさせるに十分なものだった。
「時間が無いし、ひとまず真偽だけな。……嘘っぱちだった。噂話なんかより、アンタはずっと強い。だからこんな豚共、とっとと倒してくれよ!」
フォルカー達とは、本当に会ったばかりだ。交わした言葉は少ないし、共闘だって今回が初めて。
だというのに、どうしてこんなにも僕を信じてくれるのだろうか。
分からないし、分かる必要ももう無いけれど。
だって僕は今、こんなにも確信を得ている。
眼前の敵を、僕が打ち倒す未来を。
「五秒間、全ての敵を任せて良いかい?」
「聞いたなニルス、ロニー! 五秒間、何が何でも稼ぐぞ!」
それぞれ返事を待つこと無く、言う必要も無く。僕は静かに後ろへ下がり、フォルカー達三人は勇ましく前へ出た。
剣に纏わせていた風と光を解除する。
一切の雑念を排除すべく、目も閉じる。
耳に届く戦いの音すらも思考から排除して、手に持つ剣だけを意識する。
五秒後。
僕が目を開くと、閉じる前に確認した以上に怪我を負っているフォルカー達が見えた。
前進する。
示し合わせたようにフォルカー達は下がり、僕とすれ違う。
僕の剣は、風も光も纏わないまま。
だって、どうせ要らないから。どうせ成功するから。
最も近い位置に居たジェネラルオークが、接近する僕に向けてハルバードを振り下ろす。
僕は剣の切っ先を下に向け、一気に振り上げる。
──重撃派生:名称不明。
重撃の複数回衝撃発生を溜め、ただ一撃にその全てを放出する。
処理を割り込ませて複数の魔法を一つの魔法にする、結合起動からヒントを得た。
果たして、得られた結果はシンプルだ。
僕の剣と正面から衝突したハルバードは原型も分からぬ程に細かく砕け散り、切っ先が掠めたジェネラルオークは首から上が消し飛んだ。
「さあ、あと二頭!」
無理をしたことが理由であろう、一瞬だけ白くなった視界を、気合で振り切る。
とうとう自力で新しい特殊運用に辿り着きました。




