第二〇四話 ケンドール男爵家3
アレックスが頑張ります。
さて。
僕は今、ケンドール男爵領の街外れに居る。僕と同じ冒険者であるフォルカー達三人はすぐ近くに、少しだけ距離を取って今回作戦行動を任された軍の部隊──二十名の小隊が居る。
つまるところ今日はオークの群れ討伐の当日である訳だが、いきなり雲行きが怪しい。
近隣の森に居たオークの群れが、真っ直ぐ街へと向かって来ている。
念のためにと飛ばしていた斥候が持ち帰った情報で、付け加えると当初は七頭の群れだったはずが今は三十頭になっているらしい。
力で劣る軍の部隊が数で押して戦う予定だったというのに、逆に数で押されることになる。そんなことになれば敗北は必至で、今は大急ぎで援軍を要請しているところだ。同時並行で、領民の避難指示も。
「三十頭の群れなんて、確実にジェネラルオークが率いている規模だ。ここに来ていきなり現実が事前情報と乖離したのは不可解だけど、僕らは僕らにできることをやるしか無いね」
……などと言ってはみたものの、僕はこの街が故郷だから守る理由がしっかりある。だけどフォルカー達三人は、単なる雇われ冒険者だ。契約内容と明確に異なる事態に、対処する義務は無い。
そう、思っていたのだけれど。
「そうだな。見たところ、軍の連中は浮足立って使い物になるか怪しいが。不幸中の幸いというか、こっちにはアンタが居る。精々、噂通りの腕前を期待させて貰おうか」
一様に苦笑いを浮かべ、逃げ出す素振りも見せない。
「だから、僕はその噂の内容を知らないと言っただろう?」
故に僕も、苦笑いを浮かべて軽口を叩いた。
「こっちこそ昨日言ったろ。真偽を確かめたら教えるって」
本当に、どんな噂が流れているんだ。
結局、急過ぎる援軍要請は間に合わないままにオークの群れはやって来た。
軍の部隊は落ち着きを取り戻しかけていたものの、迫り来る群れの姿を見た途端に動揺の声が広がった。
とはいえ無理も無い。群れの規模が三十に増えたという情報は、既に古くなっていたらしいから。
土煙で姿は霞んでいるが、遠目に見ても三十で済む数ではないのが分かる。ついでに言えば、徐々に強まっていく足元の揺れもある。
「百……は、居るか……?」
呟くようなその声は、僕の隣に立っているフォルカーの出したものだ。
「ジェネラルオークは、三頭ほど見えるね」
魔物の数が急速に増えるという、不可解な状況。そうなれば必然、更に増える可能性も考慮すべきか。
「少し、行ってくるよ」
ともあれ、僕のすべきことは見えたかな。
「あ、おい!」
フォルカー達が呼び止める声を今は無視し、半ば自棄になっているようにも見えるが指示出しはしっかりしている部隊長へと近付く。
「指揮官! 僕が可能な限り頭数を減らして、足止めをする! そちらの部隊には、討ち漏らしが街に行かないようにして頂きたい!」
やはり僕を呼び止める声が聞こえたが、僕はそれに背を向けて走り出した。
出し惜しみは無しだ。最初から全力で行く。
走りながら、魔法具に刻まれた風魔法を起動。剣身に風の刃を纏う。
『ジ・ライト──三重結合起動』
風の刃に光を宿す。
剣を左後方へと構え、攻撃の準備は完了。
──紫電、重撃、衝波。
攻撃の超加速と、多重化と、遠距離攻撃化。
刹那の内に完了した横一閃の斬撃は、幾重にも重なる刃として敵の群れへと到達。先陣を切るオーク達の胴体を切断する。
横一列に、真っ赤な血が飛び散った。
──電光石火、重撃、衝波。
敵陣の只中へと踏み込み、回転斬り。
一瞬にして周囲が真っ赤に染まり、中々に凄惨な光景だ。
先の攻撃と合わせ、頭数は三十ほど削ったか。とはいえ騙し討ちに近い状況で、オーク達がこちらの攻撃性能を把握していない状況での成果でしかない。ここから同じペースというのは、難しいだろう。
地面に転がる仲間の死骸を踏み付けながら、血気に逸った一頭のオークがこちらへと躍り出る。
僕は一歩踏み込み、すれ違い様に一閃。
元より高い切れ味を持つ剣が、風の刃に光を集約させて宿している。ならば必然、素振りのような軽い手応えで斬撃は完了する。
「さあ、お前達の敵はここに居る! 命を賭して、かかって来い!」
言葉など通じないだろうが、挑発の意図は分かっただろう。
これで、敵の意識は僕に向いたはずだ。
あとは僕が、どの程度やれるか。
◆◆◆◆◆
俺の名前はフォルカー。最近四つ星に上がったばかりの冒険者で、剣を使う。
パーティーを組んでいる仲間二人と一緒に、今はケンドール男爵の依頼を受けてオークの群れ討伐を、領軍と協力して行う……行おうとしていたところだ。
事前の説明では、そこに一人の冒険者を同行者として付けると言われていた。死なせないようにしろ、とのことだった。
要するに、護衛ということ。冒険者が、冒険者の。
一体どんなお荷物を抱えて依頼をこなさなきゃならないのかという憂鬱さと、軍と協力してのオーク討伐という安全性の高さを天秤に掛けて、結局は依頼を受けた訳だが。
結論を言えば、その両方が盛大に間違っていた。
お荷物だと考えていた冒険者は、ジェネラルオーク三頭が率いる群れを蹂躙できる凄腕で。
安全性を高めてくれると思っていた軍は、大して役に立ちそうもない。
ああ、しかし凄いもんだ、アレックス・ケンドール。
手にする剣は、聖剣と見紛う神々しいまでの輝きを宿して。輝きの正体は刃に纏わせた魔法だろうが、剣そのものが光り輝いているとしか思えない程に完璧な刃の形を保持している。
また、ひとたび振るえば何体ものオークが地に倒れ伏す。直接その斬撃を受けた個体はまだしも、刃を振るったその延長上に居る個体までもが。
逆にオーク達の攻撃は、アレックス・ケンドールに届かない。それは剛剣と称して何ら問題の無い光の剣に容易く打ち負かされているからであったし、瞬間移動を疑う程の急加速と急停止を繰り返す彼を捉えられていないからでもあった。
何分が経過したか。
気付けばオークの群れは残り三十程に頭数を減らし、アレックス・ケンドールは五体満足で健在だ。
途中で何頭かこちらへ向かう個体が居たものの、その多くは彼に背を向けた時点で不可視の斬撃により首を落とされて。辛うじて一頭が俺達のもとへ辿り着き、けれど数の暴力により呆気なく沈んだ。
「……俺達も行くぞ!」
あまりの光景に停滞していた思考が、オーク一頭を倒したことでようやく、今更ながら働き始める。
「だ、だけどフォルカー、ハッキリ言って俺達じゃ足手まといだ! あんな動き、五つ星どころか六つ星級だろ!」
仲間の槍使い──ニルスが反対意見を言った。
「ああ、そうだ。五つ星冒険者が六つ星級の動きをしている。これで無茶をしていない訳が無いだろうが! 現に今、一頭だけとはいえオークを俺達の方へ通してしまった!」
だが、即座に出した俺の反論に、はっとした様子を見せる。それは仲間の魔法使い──ロニーも同様だった。
「それに、良いのか? 【閃光】の二つ名で呼ばれ始めた英傑と、肩を並べて戦うまたと無いチャンスだぞ?」
トドメとばかりにこう言えば、俺の仲間が動かないはずは無かった。
実は五つ星に上がっていたアレックス。