第二〇話 調査クエスト4
楽しげな食事会を終えた次の日の朝。アインバーグの北側にある商業区画の検問にて、俺はフランと待ち合わせた。
予定時刻より少し早めに到着していたが、フランも俺の数分後に到着したのでそのまま馬車で目的地へと向かうことに。
前回の黒塗り馬車よりは幾らかグレードを落とした、けれど傍目にも頑丈そうな馬車の中で揺られつつ。今日の予定について会話する。
「今日は俺とフランの二人だけだから、エディターのアナライズモードをフル活用して可能な限り情報を集めようと思う。それでもし重要そうな情報が入って、それが一日やそこらで発覚しない類のものなら、その日の内に適当な言い訳をでっち上げるつもりなんだけどどうだろう」
エルさんのことは今のところ信用できそうだけど、流石にいきなり秘密を打ち明けるには難しいものがある。
「その前に、アナライズモードではどの程度の情報まで調べることができるのかを教えて頂けますか? それが分からない現状では、判断基準が不足しています」
フランにそう指摘され、その通りとは思ったものの。口頭で説明するにも信じてもらえるかどうか分からない。
「百聞は一見にしかず、と言うし。やってみて貰った方が早い」
アイテムボックスからエディターを取り出し、刀身の溝を青く発光させる。アナライズモードの起動状態だ。
切っ先をこちらに向けて、フランに柄の方を差し出す。
「今は移動中だから、街とか森とか特定エリアの指定じゃなくて、有効半径を指定した方が良いかな。範囲が広くなるほど情報の精度が落ちるけど、今は試用目的だから有効半径は五十kmくらいで」
唐突にエディターを差し出されたフランは困惑した表情を浮かべつつも、俺からそれを受け取る。
「私にも使え……、ああ、いえ、なるほど。分かりました」
恐らく目の前にコンソールが現れたであろうフランが、虚空に目を走らせながら言った。
「ところでこれは今、リクにも見えているのですか?」
ほんの少し首を傾けながら、フランが俺に問う。
俺は首を横に振って答える。
「設定のディスプレイにある表示対象指定で俺を指定して貰えれば、俺にも見えるようになるよ」
俺が簡潔に言うと、すぐに理解してくれたらしいフランが素早く操作を行い、俺の目にもコンソールが映り始めた。今はコントロールパネルがポップアップ表示されている。
「これで見えますか?」
「うん、ばっちり」
さて、エディターはチートツールだと俺は言った。それは一切の偽り無く、パソコンを操作するような感覚で、この世界に存在するアドレスの値を参照したり操作したりすることが可能だ。
勿論、先に述べた通り一度に多くのデータを扱えば精度が落ちるし、アドレスにアクセスするにも段階的な条件がある上、それ以外にも色々と制限がある。それでも、これをチートツールでないと言い張るのは、あまりにも難しすぎた。
本来の言葉通りの、文字通り。正真正銘、エディターはチートツールだ。
ついでに、マクロを組んでのツールアシストも可能だしね。
「本題の機能はここを……そう。んで、範囲を設定して」
説明のためフランに身を寄せつつ、コンソールを指差して説明していく。
「ちなみに慣れてきたら、画面を表示しなくても必要な設定項目を頭に浮かべるだけで使えるようになるよ。折角だし、今日は本格的にフランがエディターを使ってみても良いかもね」
その内フランがエディターを使わないといけない場面に遭遇するかもしれないし、俺の方は何かあったときの為に普通の剣も買っておいたし。
そう、昨晩の内に工房を訪ねて今朝受け取ったものがある。当然ながら既製品だ。オーダーメイドでそんな短時間での完成は無理。俺の手に馴染むよう、微調整だけして貰った。
「それは良いですね。……ところで、通常、神から受け取った武具は受け取った本人だけが、その機能を発揮することができるのですが。それ以外は、正当な後継者として認められた者のみ使用可能で……」
「デフォルトの設定はそうなってたけど、俺の剣の場合は自力でそれを変更できたからね。使用者権限の順位も設定できたし、問題は何も無いよ。……神授兵装の使用者権限も操作できそうな気がするけど、まあそんな機会は訪れないと思うし」
色持ち二人から既に自分の名を覚えられていることは、気にしない方向で。
「今はそれより、検索機能を使ってみてよ。これまでの索敵の概念が覆る程度には、情報が得られるはずだから」
主に自分自身を誤魔化しながら、フランを急かす。
フランは至って素直に検索機能を実行し、コンソールには地図が表示された。
地図の中央では南北を緩やかに蛇行する街道が通り、少し南にアインバーグが表示されている。矢印のアイコンが俺達の現在地であり、当然ながら街道を走行中だ。進行方向である北に目を向ければ、アインバーグよりも遠くにボスコの町が文字で表示されている。
赤く小さな円印が地図上の至るところに存在し、それは魔物を示している。その一つを選択してみれば、種族名とレベルが当然の如く表示された。ただし今回は指定範囲がかなり広いため、レベルについては「Lv.10程度」といった具合に曖昧な表示だが。
軽くその辺りの説明をすると、フランは納得の表情を浮かべた。
「どうやら、魔物の心配は不要そうですね。街道を通っている以上、会敵の可能性は低いと考えていましたが」
そう、魔物の心配は不要だ。赤い円はどれも街道から離れている。
「ただし、人間の心配が必要みたいなんだよ。ここから五km程度先に、警戒状態の七人グループが居るから」
人間を示す青い、警戒状態を示す三角印が、計七つ表示されているのを指差す。
「検索範囲を前方五kmに再設定して、もう少し詳細な情報を得ておこう」
少し急いだ方が良さそうだったので、今回は俺がエディターを操作する。
再設定を終えて情報を確認すると、七人それぞれの個人名と正確なレベルが表示される。
個人名についてはフランも見覚えが無いとのことで割愛。レベルは高い順に二〇、一七、一一、一一、一〇、一〇、四となっている。
一人だけやたら低いな。
ちなみに今の俺はレベル一四なので、戦力的な不安が残る。
「盗賊とか?」
「その可能性が高いかと」
言葉少なに意思疎通を終えると、御者台との間にある窓を開けて先程得た情報を御者に伝える。
御者は驚いた反応を返したが、フランの高いレベルを知っているからか必要以上に取り乱すことは無かった。
若干速度を緩めた馬車の中、作戦会議を開始する。
「とりあえず相手が盗賊であると仮定して。俺はAGIにリソースを割いて敵をかく乱、フランが無力化していく、ってのが妥当かな」
「同意します。ただ、一つ確認が」
妙に真剣味を帯びた声色でフランが言うので、エディターで表示した地図から目を離してフランの顔を見る。声色同様に──否、それ以上に真剣な面持ちで俺を見ていた。
「場合によっては、私は相手を殺すことになるでしょう。すぐ傍で、人が死ぬのです。リクはそれに、耐えられますか?」
自身が人を殺すことについては、気負った様子が無かった。それは恐らく、フランには既にそういう経験が何度もあるからだろう。そして当然、俺は人を殺した経験など無かった。人が死ぬ瞬間に立ち会ったことだって無い。
「心配要らないよ」
けれど、自分自身が死んだ経験ならある。
「自分が死ぬくらいなら、俺は人を殺すつもりですらいるから。一度目の生で理不尽に死んで、今が二度目。遠慮するつもりは無いさ」
淡々と語る俺を見て、フランはどう思ったか。そうですか、と短く答えてそれきりだった。