第二〇一話 延焼
何かが燃え移りました。
リクとクズハさんの試合は、その後も少し続いた。
今日初めて使われただけの、教えられた訳でもなんでもねぇ新たな技法である溜撃を当たり前みてぇな顔で使い始めたリクは、当然の如く優位に試合を進めた。
ただ、クズハさんもやられっぱなしだった訳じゃねぇ。馬鹿げた速度で四方八方から斬りかかってくるリクの攻撃を、一つ一つ丁寧に対処。黒い亀を適切に配して死角をカバー、白い虎を牽制に使って少しでも余裕を作った。──その積み重ねの結果か、あるタイミングで使ったのが地属性最上級魔法。
クズハさんの全周をぐるりと回るように展開された、無数の巨大な金属の棘。迂闊な接近を阻むには十分すぎる鋭利さと数だ。
さしものリクも一度後退して距離を取り、けどその直後に次の魔法──火属性最上級魔法に襲われた。
続いて風属性最上級魔法、水属性最上級魔法と、基本四属性の最上級魔法が立て続けに使われたのは意味が分からなかった。
クズハさんって魔法剣士なんだろ? 何で基本四属性の最上級魔法を全部使えるんだよ。本職魔法使いでも一つ使えりゃ羨望の眼差しで見られるような高等魔法だぜ、最上級ってのは。
余談だが、それを見てたフランセットが「私も習得すべきでしょうか」って呟いてた。アレ、完全に習得自体はできる感じで言ってたよな。
まあ、水は既に最上級まで使えて、地・火・風・光も上級まで使えるらしいし、できちまうんだろうけど。
……俺も他人事じゃねぇのかな。いや、俺の場合は火だけの話だけどよ。結合起動はより上位の魔法の習得にも役立つらしいし。
話が逸れたが、試合結果は俺の予想通り。
衝波に溜撃を乗せた一撃で強引に突破口を開いたリクが、電光石火と溜撃を併用してクズハさんに肉薄。そこから更に重撃を使って押し切ったらしい。
試合後、本人から詳しい話を聞いた。
「アレはどうすれば対処できたのでありますか」とは、クズハさんの談だ。虚ろな目をしてた。疲労感もあって、弱気になっちまってたんだと思う。
導師から、多分薬だと思うが渡された物を飲んでからはまあ、元気そうだったし大丈夫だろうけどな。
「さて、暇になっちまった」
導師とリクが共同で魔法具作成を始めて、フランセットもそれを見学するってことで、俺はひとまずフリーだ。
「暇になってしまったのであります」
隣にはクズハさん。今しがた本人が言ったように、俺と同じ状況だ。
「導師からは、暇ならアサミヤの敷地内を見て回ると良い、とは言われたが……さてどうすっかな」
「案内が必要ならば、自分にお任せを!」
半分くらいは独り言のつもりだったんだが、クズハさんには気を遣わせちまったかな。
「ああいや、暇つぶしに付き合わせちまうのも悪いし、俺は俺で適当に──」
言いながらクズハさんの方を見ると、パタパタと左右に揺れる尻尾が急速に勢いを失っていく様子を確認できた。できちまった。
「──と思ったけど、良く考えりゃ広い敷地だし、案内して貰えりゃ助かる」
「はい! では、まずはどちらへ参りましょうか?」
尻尾がまた左右に揺れ始めたのを見て、俺は苦笑が浮かびそうになるのを必死に堪えた。
アサミヤの敷地を色々と案内して貰いつつ、クズハさん自身の話も聞いた。
元々は狐獣人族の村に住んでて、色々あって導師に引き取られて、アサミヤ家で弟子として育てられて。そんな話を聞いた。
けど一番話したのは勿論、戦闘に関すること。魔法剣士でありながら本職の魔法使い顔負けの魔法を連発するなんざ、尋常じゃねぇからな。
「自分はまだまだでありますよ。少なくとも、導師の弟子として見るなら、未熟もいいところであります」
本人はそんな具合に、謙遜しまくりだったが。
導師の話はリクとフランセットからある程度聞いてたし、直接その実力を見た訳じゃないにしろ理解できる気はするんだがな。
ちなみにクズハさんの尻尾が増えたのも、導師の仕業らしい。
元々狐獣人の尻尾は、妖術っつー狐獣人族が得意とする魔導の一種を行使する時に補助をする役割を持ってるそうだ。人族との混血のクズハさんの場合はそれが不完全で、だからこそ導師は手を加えやすかったんだと。
妖術に特化した補助装置を、魔導全般を扱えるよう調整。更にそれを複製展開できるように、新規で機能追加。結果として、最大九本の尻尾を……一流の魔法使い九人分の魔導演算能力を獲得するに至ったと。
それだけの力、流石に反動も大きいだろう。そう思って話を聞いてみれば、やっぱりデメリットはしっかりあったらしい。ああ、過去形だよ。
前は使用すると強制的に一晩ぐっすり眠ることになってたそうなんだが、実はそこまで導師が設定した仕様だったらしく。増やした尻尾で行使した魔導演算能力を、使用後に自動で精査して元々の一本の性能向上まで行うための機能だったんだと。
今は性能向上の限界に到達したとかで、その仕様は削除。大魔法を幾つも行使すりゃその分の疲労はあるものの、尻尾を増やすことそのものに対してデメリットは無いらしい。
「もっとも、師匠は尻尾を増やした状態の自分の遥か上を行くのでありますが」
「……七つ星の魔法使いより魔法に長けてんじゃねぇのか、あの人」
その上、ステータスシステムの特殊運用も出鱈目な練度に仕上げてんだろ? 同じ人間か疑わしくなってくるな。一体どれだけの修練を重ねりゃ、その境地に辿り着くんだ。
「そこまでの実力の師匠が居て、クズハさんは嫌になったりとかしねぇのかな? 聞くところによれば、導師の弟子ってのはクズハさん一人だけなんだろ? だったら、将来的には導師の名を継ぐことになったりとか、そういうことも考えられるんじゃねぇかな?」
優秀な弟子に師匠が嫉妬して関係が悪化する、なんてのは良く聞くが、その逆だってあるだろ。
「いやぁ……、前者は無いのであります。師匠はああ見えて褒めて延ばす方針な上、自分としても師匠のことは父親のように見ているものでありますから」
そうか、褒めて延ばす方針なのか。そいつは意外……でもねぇな?
「勿論、将来的に自分が導師の名を継ぐ可能性を考えたことが無い訳ではないのですが……。流石に、師匠と同等の能力を要求してくるような者はアサミヤ家に居ないと思われます」
「無理が過ぎるか」
「無理が過ぎるのでありますよ」
ノータイムで同意しちまった。
「とはいえ、それで研鑽を怠るのもまた違うと思うのであります」
ここまで見事な建物だの庭園だの、観光名所みてぇな所ばかりを俺は案内して貰ってたんだが。今俺達の前にある建物からは、武骨な雰囲気が感じられる。何より、気合の入った掛け声が複数聞こえてる。
「御前試合にて、【黒疾風】と互角の戦いを繰り広げたという【煌拳】の実力。少々拝見したく思うのですが、如何でしょうか?」
人好きのする笑顔を浮かべ、それでいて目だけはギラギラと輝いてるクズハさん。
「……リクとの試合に加えて、その前にも多分、体力を消耗してたと思うんだが。その上で俺とやろうってのか?」
「ご心配無く。師匠から受け取った薬湯が、既にしっかりと効いておりますので。体調は万全でありますよ。何より──アクセル殿の烈火の如き闘志は、隠しても隠し切れるものではないでしょう」
「──ハッ」
バレてら。
だけど、そりゃそうだろ。ただでさえ強いリクが、戦いの最中に成長して更に強くなってく姿なんてモンを見せられちまったんだからな。
昂るなって方が、土台無理な話だ。
「ここまで熱烈に誘われて、応えねぇのは俺の流儀じゃねぇよ」
「やはり、アクセル殿とは気が合いそうであります」
「奇遇だな。俺もそう思ってたぜ」
リクを筆頭に、良い出会いが多いな、最近は。
似た性質の、相性の良い二人です。