第二〇〇話 溜撃
流石に主人公も苦戦しますね。
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俺はアクセル・ゲーベンバウアー。ヴァナルガンド帝国の冒険者だ。
二週間くらい前までは、まさか自分が赤の神授兵装所有者になってリッヒレーベン王国に身を寄せることになるなんざ思ってなかった。
今は王国の東の都市、武術都市の異名を持つオルデンに来てる。そこで大きな力を持ってるアサミヤ家の、導師って呼ばれてる男と話をするために。
……ま、今は話に一区切りついて、リクと導師の弟子が試合をしてるんだけどな。
「どうかなアクセル君、私の弟子は?」
仮面で表情が分からねぇ導師が、それでも楽しげなのは分かる声色で話しかけてきた。
「大したモンだと思うぜ。あれだけの性能の魔法具を複数同時に使いこなした上、魔法の発動速度と剣の鋭さがある。俺達冒険者で言えば、六つ星級の実力はあるんだろうな」
実際、高い攻撃力と速度を両立させたリクを相手に、あれだけ戦えてる。
「中々の高評価ではあるけれど、何となく別の意図を感じさせる言い方だね」
「意図って程のモンでもねぇよ。ただ、それでも勝つのはリクだろうなって思ってるだけだ」
俺達の目の前では、無数の青い炎に囲まれたリクが襲い来るそれらの炎を回避し、または切り伏せ、対処に追われてる。それに加えて四機の魔法具も攻撃を仕掛けるもんだから、傍目にはリクが悪戦苦闘しているようにも思える。
「ほほう、言ってくれるじゃないか。ちなみにそう思う根拠を聞いても良いかい?」
導師は俺の言葉に苛立った様子も無く、平然と問い掛けてきた。
「リクが速度を全開にしたら、あの無数の青い炎も、四機の魔法具も、まるで追い付かねぇからだよ」
だから俺も、平然と答えた。
「テメェの身体、それ一つ。ただそれだけを動かすことに全神経を集中させて、ようやく辛うじて反応できるような速度。そんなモンを相手にして、手札の数で勝負したんじゃあ、結果は見えてるだろ?」
案の定、無数にあった炎が全部リクに対処されて、四機の魔法具もひとまず攻撃を中止してる光景を見ながら。俺はそう締め括った。
「いやはや、手厳しい。けれどクズハはつい最近増やした手札を複数加えて、あれだけ自然に戦えているんだよ。できることなら、もう少し優しい評価をして頂きたいものだね」
「評価内容自体は否定しねぇのな。何ならアンタも最初から分かってて、俺に話をさせたような気がするんだが?」
「さて、どうだろうか」
あくまで穏やかに、感情の起伏をまるで感じさせねぇ導師。
ここまで単に予定調和なのか、感情を隠すのが特別に上手いだけなのか。まるで分かりゃしねぇや。
「けれど、クズハもこれで気付いたはずだ。本番はここからさ」
腹立たしいくらいに余裕だな、導師。
「なあ、フランセット。導師っていつもこんな感じなのか?」
真剣な眼差しでずっとリクとクズハさんの試合を見ているフランセットに、俺は話を振ってみた。
「いつも、と言えるほどのやり取りを重ねてきた訳ではないのですが。少なくとも私の知る範囲では、確実にそうですね。言葉のキャッチボールはできるものの、それでいて何処か掴みどころのない、手応えの無さも感じます」
「リクもそうだったけどよ。導師本人を前に随分ハッキリ言うのな」
いや、リクはまあ、性格的に分かるんだけどな?
ただ、フランセットの場合は誰にでも礼儀正しいイメージがあったんだよ。何せ一番親しいであろうリクに対してすら敬語は崩さねぇくらいだし。……やり取りの内容的は砕けてるけどな。
「私は結構なろくでなしだからね。本来ならそういった扱いをして然るべきだと思うよ。導師などという、大層な呼び名で呼ばれていることの方がおかしいのさ。……どうしてか、身内からは大抵持ち上げられているが」
「難儀な性格してんなぁ。なんだかんだ、仕事で手は抜けないタイプかアンタ」
それはそれとして、試合を見とかねぇとな。
まず導師の弟子、クズハさん。
あれだけ数を揃えた上で全部対処された青い炎はもう出さず。
四機出してた魔法具も、数を半分に。残されたのは黒い亀と白い虎だ。防御力と機動力って訳か。
尻尾は九本に増えたまま。
次にリク。
大太刀の八咫烏と腕防具形態のエディターを装備して、魔法の風を全身に纏った状態。
試合の最初と何も変わらねぇ。変える必要が無ぇんだろう。
そんで今の戦況。──リクの圧倒的優勢。
暴力的なまでの速度がこの広い空間に黒い軌跡だけを残して、相手に防御以外の行動を許さねぇ。
恐らくは、リクを吹っ飛ばした高威力の攻撃を警戒しての選択だろうな。並の胆力の持ち主だったら消極的になるんだろうが、逆に猛攻を仕掛けて相手に防御を強いるってのはリクらしいぜ。
攻撃は最大の防御ってな。
「これではクズハも簡単には溜撃を使えないか。ああ、溜撃というのは重撃の発展技法でね。魔法の技法である結合起動でも行う処理の割り込みを、STRの適用時に行うものなんだ」
俺も重撃は覚えたし、結合起動も何とか覚えた。だから理屈は分かる。
けどその発想がどうすりゃ出てくるのか、全く分からねぇ。
「今にも弟子が負けそうだってのに、それでも冷静に解説なんてする余裕があるんだな」
少しくらいは導師の感情を引き出してみたくなって、安い挑発の言葉を返してみた。
「いやいや、まだ試合は終わらないよ。あの子は手札を増やしただけでなく、既に持っていた手札を更に洗練させてもいるからね」
まるで導師のその言葉が合図だったみてぇに、クズハさんに動きがあった。
王都の御前試合で俺がやったように、極限の集中の中で当てた起死回生のカウンター。完璧な形で当てられた訳じゃなさそうだが、それでもリクが空中で体勢を崩した。
「電光石火、そして溜撃」
導師の短い言葉が俺の耳に届いて、恐らくはその通りだったんだろう。クズハさんの姿が一瞬ブレて、気付けばもう、リクに対して刀を振り抜いてた。
リクもしっかり防御は間に合わせてたが、大きく吹き飛ばされてる。
だけど、溜撃ってのは溜め技じゃなかったのか? 溜める時間が何処にあった?
「縮地、紫電、電光石火の三つは全てAGIに関するステータスシステムの特殊運用だが、これらは練度が十分に高ければ、思考も加速させる。つまり、体感時間を引き延ばすことができる訳だ。もっともそれは通常運用についても、効果の程は下がるが同じなのだがね。ともあれ、引き延ばされた体感時間の中で溜撃を使用すれば……まあ、それなりに溜めることは可能だよ」
俺の抱いた疑問は、口に出すまでもなく導師に解説された。
「以前、リクが言っていました。ステータスシステムの特殊運用は、戦力の掛け算をするものだと」
フランセットが出した掛け算って言葉に、俺は納得する。
「一つの技法を使用するだけでも劇的に強さを上げてくれる特殊運用は、複数を組み合わせて使うことにより更に効果を上げる、と」
「そういや俺に重撃を教えてくれた時にも、似たような話は出てたな。衝波と組み合わせれば、っての」
もっともそれはリク本人じゃなくて、一緒に居たアレックスが言ったことだったが。その時のリクの反応を見るに、リク自身も思い付いてはいたんだろう。
「ちなみにクズハは衝波も覚えているよ」
「何でだよ」
俺がジジイから教わった技だぞ、衝波は。何で遠く離れたアサミヤ家の人間が覚えてんだ。
「それは当然、私が教えたからさ」
「何でアンタが使えるんだ、って疑問に変わっただけなんだが?」
「特殊運用について、私より長じている者を私は知らないからね。だから私としては、疑問に思われても困るよ」
「……そうかい、そいつは大した自信だな」
つっても、事実その実力の一端は弟子のクズハさんを通じて分かることだ。
ついさっきまでリクの圧倒的優勢だった戦況が、その気になれば極短時間でも溜撃を使えると分かったことでクズハさんに傾きだした。
「けどまあ、それでもリクが負けるイメージは中々できねぇよ」
だってアイツ、本当に強ぇからさ。
俺が心の中でそう言ったのと、リクが一撃でクズハさんを吹っ飛ばしたのは、ほぼ同時だった。
はい、主人公が溜撃を覚えました。