第一九八話 報酬の話と顔合わせ
良いタイトルがまるで浮かばなかった。
導師が見せた異様なまでの深い怒り。あれが演技であれば大したものだが、俺には本物に見えた。本物だとしか思えなかった。
一体何をされればあれほどの怒りを抱くことになるのか、気にならないと言えば嘘にしかならないけれど。それを訊く気力は無い。
だからそのまま話題は次へと移り、アクセルがあっさり協力を約束したため、報酬についての話となる。
「という訳で、具体的にどのような武具を作るかを決めよう」
わざとらしいくらいに普段通りの調子で導師が話を進めようとしているが、何故だろう。これはこれで素なのではないかと思ってしまう自分が居る。普通に楽しそうなんだ。
「ところでフランセットさんにも何かしら渡すべきだと思っていたから、そちらも進めてしまおうか」
何故このタイミングで、と思ったが、フランの性格を考えると妥当だったかもしれない。何故なら──
「いえ。この件について、私はリクのおまけですのでお気になさらず」
──こんな具合に、遠慮するから。
「だからおまけとして、ついでに今考えようという話さ。何だったら、リク君にも作ろうか? 八咫烏は所詮、私が趣味で作っていた品を詫びも兼ねて渡しただけだからね」
なるほど?
そもそも俺は知らぬ間に当事者となっていたから、正式に報酬などというものを受け取る立場に無いと思っていたけれど。俺が導師の魔法具を受け取ることで、フランにも受け取って貰いやすくするというのは悪くない。
「そうですね。八咫烏に不満は一切ありませんが、新たに作って頂けるというのであれば、受け取らない理由もありません」
「……リク?」
「確実な戦力アップができるのなら、拒否する理由は無いと思うけど?」
恐らくは俺の裏の意図を理解したのであろうフランから名を呼ばれたが、気にせず進む。
「決まりかな。もっとも、私の作る魔法具など使えたものではない、とフランセットさんが思うのであれば、無理に押し付けるのも憚られるが」
「何故、このような時だけ結託しているのですか、お二人は……」
導師の言葉に、フランが不満そうに言った。けれど拒否の言葉が出ていない以上、俺と導師の思惑通りになっているらしい。
「性格が悪いからじゃないかな」
「性格が悪いからだろうね」
俺の言葉に、導師が全面同意をした。やはり、味方に付けると本当に心強い。
複雑な心境ながらもクラリッサ様が協力関係を築いた理由が、なるほど分かろうというものだ。
フランも、俺と導師がタッグを組んだとなると分が悪いと見たか、不満げながらも口を閉ざす。
「仲、悪いんじゃなかったのか?」
アクセルが俺と導師の結託を見て、思わずといった様子で呟いた。
「仲が悪かろうと、利害の一致で手を組むことはできる」
「私もリク君も、その辺りはあっさりとしているからね。でなければ、ここでこうして話をする場だって設けられはしなかったさ」
不本意ながらその辺りは考えが一致するんだよな、俺と導師って。都合はとても良いけれど。
「どう考えても暗黙の了解であるべき部分まで明言しちまって、良いのかよ……。こんな奇妙な人間関係、見たこと無ぇよ……」
「俺もこんな人間関係を築いたのは初めてだから、安心してくれ」
「そうかい、そいつは安心だ。話進めようぜ」
俺の言葉にドライな反応を示し、アクセルは脱線した話を戻す。
「つっても、そうすぐには思い付かねぇんだよな。俺は俺の戦い方をとっくに確立してて、別段壁にぶち当たってる訳でもねぇし」
アクセルは愚直に真っ直ぐ鍛えれば、何処までも通用すると俺も思う。
それでいて対応力が足りない訳でもないのは、御前試合で明らかになったし。
「目の前に壁があったとしても、そのまま殴って壊してしまいそうだね。となれば長所を伸ばしていくのが簡単な話となるかな。あるいは折角リク君がここに来ているのだから、私と共同で空を飛ぶ魔法具を作ってしまうのも有りかもしれないが」
おおっと?
「俺個人でも空を飛ぶ魔法具は作っていますし、導師にも青龍などの作品がありますが、今回作ろうという魔法具はもっと小型のものですよね?」
導師の場合はどういう原理で魔法具に空を飛ばせているのか知らないが、技術的に参考になる部分が多々あるのは疑いようが無い。アクセル用の魔法具を作ったとして、結果得るものが一番多いのは俺ではなかろうか。
「勿論だとも。具体的には腕輪などで考えているよ。まあそもそも、どういった機能の魔法具を作るかはアクセル君との相談次第ではあるが」
ここで俺と導師の視線が、ほぼ同時にアクセルへ向く。
「人が単独で空を飛ぶってのは、リクの専売特許みてぇなモンだと思ってたんだが。それが崩れちまうのは構わねぇのか?」
「全く構わない。何なら腕輪型の飛行用魔法具を作るのは、以前から目標にしていたくらいだよ」
欲を言えば自力で作ってみたいところではあったけれど、一足飛びに完成へと漕ぎ着けられるのであれば、それはそれで。
ついでに言えば、そういったことを気にしてくれるアクセル用の魔法具なら、俺も全力で作成に打ち込める。
「だったらそれで頼むぜ。自力で空を飛べるってのは、選択肢がグッと広がってくれるだろうしな」
「良し来た任せろ。最高に使い勝手の良い魔法具を作ってやる」
「いやはや、私よりもリク君の方がやる気だね。これは私も本気で臨まねば」
俺をからかうような言い方をしている導師ではあるが、本人も楽しそうに見える。
その後、アクセルの分の魔法具についてだけ話し合いを終えて一息吐いているところに、クズハさん──導師の弟子が帰ってきた。
「ただいま戻ったのであります、師匠。また会えて嬉しいのであります、リク殿、フランセット殿。それから、貴殿がアクセル・ゲーベンバウアー殿でありますね。初めまして、自分はそちらに居るサギリ・アサミヤの弟子、クズハ・アサミヤであります!」
三角の狐耳はピンと伸びていて、ふさふさの尻尾もゆらゆらと機嫌良さげに揺れているけれども。
何だか少し、薄汚れた格好だ。怪我などは無さそうなので、恐らく心配は無用だろうが。
「おかえり、クズハ。ご苦労だったね。まずは汚れを落としてくると良い」
「おおっと、これは失礼を。客人の前に出るような恰好ではなかったのであります」
導師に促され、クズハさんは一旦退室。再び現れた時には、身綺麗な格好になっていた。
「先程は失礼を致しました。改めて、クズハ・アサミヤと申します」
「構わねぇよ。俺のことは知られてるみてぇだが、礼儀として名乗らせて貰うぜ。俺はアクセル・ゲーベンバウアー、ヴァナルガンド帝国の冒険者だ」
アクセルと互いに自己紹介を済ませ、クズハさんはまた口を開く。
「ところで、アクセル殿には協力をお願いするということで話をしていたと思うのですが、どうなったのでありましょう?」
「ん? ああ、協力するってことで話は進んでるが……何でだ?」
「いえ、師匠はたまにとんでもない暴挙に出るものですから、そこが不安要素だったのでありますよ」
「……ぶはっ」
アクセルが吹き出した。
「弟子からの評価に、私は涙が出てきそうだよ」
「自業自得では?」
「私もそう思います」
俺も俺で即座に導師に対しツッコミを入れたが、更にフランまで追撃をするとは思わなかった。
「けどまあ、そんな風に言えちまうってことは、良い師弟関係みてぇだな」
「分かって頂けたようで、何よりでありますよ」
アクセルとクズハさんが笑い合っている。
この二人の相性は、元々悪くないだろうとは思っていた。
「ところでクズハ。リク君と試合をしてみないか」
「え? いや、恐らくクズハさんは何らかの激しい運動をしたばかりですよね? その状態で──」
「もしリク殿が宜しければ、是非!」
「……ああ、そういう人だったな」
唐突な導師の提案に、その弟子は一も二も無く飛びついた。
その弟子──つまりはクズハさんの方を見てみると、フサフサの尻尾をブンブン振っていた。実に楽しげである。
「ああそうだ、リク君。試合の前に一つ言っておきたいことがある」
妙に喜色が滲んだ言葉が聞こえ、俺は声の主である導師の方を再び見る。
「もう、君の知るクズハの実力だとは、思わない方が良い」
俺の中の試合に対する警戒度が、著しく引き上げられた瞬間だった。
次回、リク・スギサキvsクズハ・アサミヤ。