第一九七話 再びアサミヤ家へ
導師の内面が少し。
俺ことリク・スギサキは、アインバーグを活動拠点とする魔法剣士の冒険者だ。ソロで活動することもあるが、基本的には魔法使いであるフランセット・シャリエと動くことが多い。
今日はそこに一人の男──ヴァナルガンド帝国の冒険者、アクセル・ゲーベンバウアーを加えていた。
場所はリッヒレーベン王国の東の都市、武術都市の別名を持つオルデン。中国風の街並みに日本のテイストを混ぜたようなその街の一画に、俺達の目的であるアサミヤ家の敷地はある。
門構えが立派な寺社のようになっており、それでいて大きなお堀が囲っているので要塞のようにも思える。背筋を伸ばした若い男性が門番として立っていて、俺の顔を──正確には髪と目の色を見るなり、即座に通して貰えた。
「顔パスじゃねぇか。俺なんて初めて来たってのに、リクの同行者ってだけで通して貰えちまったし」
門をくぐって少し歩いたところで、アクセルが呟いた。
「ここは俺のような黒髪黒目が特別な意味を持つ家らしくてな」
「なるほど?」
「騙されてはいけませんよ、アクセルさん。以前この武術都市が大規模な魔物の群れに襲われた際、アサミヤ家の方々と共に戦い八面六臂の活躍をしてみせたのがリクですから」
「なるほど」
「別に騙してないぞ、アクセル。黒髪黒目云々は事実だ。ついでに活躍したのはフランも同じ」
「大体分かったから、もう説明はしてくれなくていいぜ、二人とも」
アクセルの言葉で強制終了を迎えた話題。
その後は何事も無かったかのように別の話題を始めて、その話題も終わる頃。俺達三人は、五重塔の前に立っていた。
「へえ、中々雰囲気があるな」
「人の皮を被った化け物が住んでそうだよな」
「君は私を何だと思っているんだい?」
アクセルの呟きに俺が率直な返答をすると、人の皮を被った化け物が後ろから声を掛けてきた。
「今言った通りですが」
何となく予想していたので俺は普通に振り返り、普通に答えた。
振り返った先に居たその人物──導師サギリ・アサミヤは相変わらず、薄墨色の着流しを着ている。
「あれほどの台詞を吐いた上でその態度というのは、大物と言わざるを得ないね」
「神授兵装所有者は世間一般で大物だと思われているでしょうし、イメージを損なわないよう努力しているんですよ」
「努力の仕方がおかしくないだろうか」
「おかしい人の相手をするには、こちらもおかしくなった方が楽でして」
こちらだけ正気のまま狂人の相手をするのは厳しいだろうし。
「すげぇな。ウチのジジイ相手ですらここまで攻撃的じゃなかっただろ」
マジかコイツ、みたいな目でアクセルが俺を見てくるのは想定内。
フランが呆れと許容をない交ぜにした表情をしているのも想定内だ。
「ところで、君がアクセル・ゲーベンバウアー君だね。私はサギリ・アサミヤ。遠路はるばる、ようこそ武術都市へ」
「そんでアンタも全く動じてねぇな? あと、何で仮面なんか被ってんだ?」
「さて、何故だろうね」
これが、アクセルと導師の初対面。
意外と相性が悪くなさそうなのが不思議だ。
場所を少しだけ移し、五重塔の中。例によって御堂のような内装を茶室へと変化させた後、茶と菓子を出されて。俺達三人は導師と相対している。
「弟子のクズハにはお使いを頼んでいてね。少しすれば戻ってくるだろうから、顔を見せてやってくれるとありがたい」
道理で姿が見えないと思った。クズハさんの性格的に、ここに居ないのは理由があるんだろうとは思っていたけれど。
「まずは茶を飲みながら、そちらの近況を聞かせて貰いたいのだが、構わないだろうか?」
特におかしなところは無い話の流れ。けれども、導師ならばこちらの近況程度は把握していそうな気がする。
「概要程度には把握しているが、当事者の話から得られる情報量は馬鹿にできないものだよ」
「こちらの心を読むような言葉、どうもありがとうございます」
棒読みで受け答えをした俺は、そのまま近況を報告した。時折導師から質問が来たものの、概ねスムーズに話せたと思う。
「……とまあ、こんな具合ですか。溶岩竜の討伐くらいで、他に大きな事件はありませんでしたね」
「個人的に、冒険者養成学校の話は面白かったよ。誰かにモノを教えるというのは、私も行っていることだから」
「それなりに新鮮な体験ではありました」
「災厄級の魔物の話を軽く流して学校の話をするってぇのは、一体どういう状況だ……?」
アクセルからの視線が気になったものの、俺は話を続けようと思う。
「こちらの近況報告は以上ですが、そちらの近況は教えて頂けるのでしょうか?」
秘密主義者なところがある導師だ。期待半分に質問してみた。
「近々、敵の動きが活発になりそうだ、ということが調査していて分かったよ。本拠地こそ不明だが、小規模な拠点ならいくつか発見しているからね」
おや、それはそれは。
「全て潰したりすれば、敵はどう動くとお考えですか?」
「今以上にしっかりと隠れるだろう。だからやらないよ。嫌がらせにやってみたくはあるが」
それはそうだ。敵の慎重さ故に、導師とクラリッサ様もまた慎重に動いているのだから。
「発見した拠点は全てリッヒレーベン王国内にある。それら全てに、大量のエミュレーター・コピーが準備されていた。ざっと百本単位でね。総数は、千にも届くかな」
地獄のような情報がスナック感覚で出てきた。
「……想定される被害規模の大きさから、ギルドや国に協力を要請した方が良いようにも思えるのですが」
フランが珍しく険しい表情で、そんな提案をした。
俺もそう思わなくはないが、果たして正解なのかは疑問が残る。
「英雄願望を持つ若者たちが、多く命を散らすことになりかねない。むしろ、そこで命が散るならまだ良いとすら言えるかもしれないがね」
材料にされるってことだよな。
今のところ魔物を主な材料とするのは分かっているものの、人間を材料にできないとは限らない。むしろできないと考える方が不自然か。
しかし英雄願望とは、この人が素直な意味で使ったとは思えないな。
「加えて、下手にギルドや王国が対策のために動けば、敵の動きが読みづらくもなる。そもそも対抗できる者が限られる以上、情報を広める意義が薄い。何より考えてもみてくれ。遠くない未来に魔物の軍勢が街を襲うが君達に対抗手段は無い、などと伝えられた民衆が果たしてどう動くか」
今の導師の話は極論だが、話としてはそういうことで合っている。
「だから私は重要な情報を伏せたまま、何やら魔物の動きが活発になっているようだと周囲に匂わせる程度に留めているんだよ。もっとも、王国のギルドマスターなどは早い段階から白のラインハルトを動かしていたようだがね」
四大霊峰の定期調査をエルさんに任せていた件か。
そういえば、導師がエルさんと出会ったのも四大霊峰だったらしいな。偶然とは思えないけれど。
「少々話が長くなったが、結局のところ民衆には現状を維持して貰った方が都合が良い訳だ。その方が、守るにも都合が良い。……無辜の民の犠牲は、私としても望むところではないからね」
最後の、ほんのり感情を滲ませた導師の言葉を聞いて。俺はチラリとフランの様子を確認する。
神妙な顔で頷いており、特に引っかかりを覚えた様子は無い。となれば今の言葉は本心か。検知スキルには反応が無かったのだろうから。
「ウチのジジイを強引に嗾けた割には、まともなこと言うんだな」
「ははは、相手によって対応は変えるからね。孫であるアクセル君の前で言うのも何だが、ジーグルト・ゲーベンバウアー氏に対し尽くすべき礼儀というものは無かったと思っているよ」
「……ま、それについては仕方ねぇさ。帝国でも悪評は散々広まってるしな」
アクセルと導師。互いに初対面で遠慮の無い物言いだが、そこに剣呑な雰囲気は無い。
やはり、意外にも相性は良いらしい。
「んで、もう一つの黒の神授兵装、エミュレーターとやらの対抗策として俺……っつーか赤の神授兵装の力を借りたいらしいって聞いてここに来たんだが。実際のところどうなのか、導師本人から聞きてぇ」
一応、どちらに転んでも俺には協力すると言って貰えている。ただし、導師の指示に従って動くかどうかは会ってから決める、とも言っていた。
アクセルは軽く笑みを浮かべ、けれど視線はとても鋭いものだ。
対する導師は……仮面で表情が読めないにしろ、特に変わった様子も無い。
「一つ、訂正しておきたい。私が力を借りたいのは赤の神授兵装ではなく、赤の神授兵装を持つアクセル・ゲーベンバウアーという一人の拳闘士だよ。最悪、赤の神授兵装が無くとも君の力は借りておきたい。この件については力だけでなく、人格も信用に足るものであることが必須の条件だからね」
訂正、と言いつつ返答まで済まされた。
「何故だか随分と俺のことを買ってくれてるみてぇだな。アンタとは初対面のはずなんだが」
「確かに初対面だが、私は人を見る目については自信があってね。それでなくとも、リク君やフランセットさんが連れてきたという時点で、問題無いことは分かり切っているさ」
ここで一度、アクセルの視線が俺とフランに向けられた。
「……確かに、信用する根拠としちゃあ十分か」
そして再び、アクセルの視線は導師に向けられる。
「けど、マハトが無くともってのは言い過ぎじゃねぇかな。それ無しだったら、俺はあくまでただの拳闘士だぜ?」
「ただの拳闘士、というのは謙遜が過ぎると思うがね。七つ星に指を掛ける実力の、六つ星上位の実力者だろう。そして問題のエミュレーターも、コピーについては不完全な破壊不可属性しか持たない。ならば、圧倒的な一撃の威力さえあれば破壊は可能だ」
それに、と導師が言葉を続ける。
「私は世界最高水準の武具を提供できる。それこそ、神授兵装にも対抗し得るものを、ね」
剣道場師範のスミレ・アサミヤさんが持つ氷雨、導師の弟子であるクズハ・アサミヤさんが持つ熾焔、白のラインハルトことエルさんが持つ輝煌、そして俺が持つ八咫烏。
どれもヒトが作る武具としては異常といえる性能であり、本来ならば神授兵装のみが持つ破壊不可属性をも備えている。
「君が望むなら、私は如何様な武具でも作成してみせよう。武器はマハトがあれば十分だと言うのであれば、防具でも勿論構わない。基本的にはそれを報酬として、アクセル君の協力を得たいと考えている」
なるほど、導師はそう来るか。
「武具、ねぇ。……リク、お前から見て導師の武具ってのは、価値のあるものか?」
「導師本人を前にして、ストレートにその質問をしてくるのは凄いと思うよ。まあそれはそれとして、価値については保証する。俺自身も常用と言って良いほど頻繁に使っているし、ここアサミヤ家でも導師の作った刀は一種の勲章のような扱いを受けているらしい」
アクセルの真っ直ぐすぎる質問に、驚きと納得の両方を抱えながら答える。
「ちなみに俺が受け取ったのは、この八咫烏。ステータスシステムの運用精度を完璧にしてくれる、反則染みた武器だよ。武器の形をした神授兵装を持つ俺が、それでもこの武器を頻繁に使用している。ここまで言えば、導師が言った『神授兵装にも対抗し得るもの』という言葉に信憑性が出るかな」
アイテムボックスから八咫烏を取り出し、アクセルに見せた。
「大言壮語でも何でもなく、ただの事実ってことかよ。そいつはすげぇな」
アクセルの反応は、至って前向きなもの。それだけに、意味深な笑みを浮かべているのが気になる。
「だからこそ、わざわざ俺の協力を求める理由が分からねぇ。神授兵装を破壊する手段は確かに限られてるが、アンタも破壊手段を持ってて、自分で戦える人間でもある。紅紫のエクスナーとは前から協力関係。白のラインハルトにも協力を仰ぐつもりで、そうなれば青のシャリエの力も借りられるだろ。【黒疾風】と【大瀑布】も居る。いざとなりゃ、アサミヤ家からだって戦力を出せるはずだ。頭数が必要になるとしても、もう十分じゃねぇのか?」
戦力の確保以外に、何か狙いがあるのではないのか。つまりはそういう疑問だろう。
疑問をぶつけられた導師は、ひとまず沈黙を選んだ。
この沈黙は、何かを考えているのか、それともただのポーズか。
それは分からないが、無言だったのは十秒程の、それほど長くもない時間だった。
「確かに、頭数として不足ということは無いよ。王国民の犠牲を考えなくて良いのであれば、それこそ私一人ですら敵の首魁を殺れる自信もある」
だが、と続ける導師は今まで俺が見た中で、最も強い感情を見せる。
「奴の思惑は全て潰す。何もかも全てを、奴から奪い尽くす。例外は一つとして無い。……そう、決めているものでね」
語りは淡々としたものだった。けれど、顔を隠す仮面の裏からですら、その表情が見えるようだった。
おおよそ常人などが抱えることのできない膨大な怒りを煮詰めて、煮詰めて、煮詰めて。その結果得られる僅かな残留物は、一見すると中身を空にしたようにも思えるが。その実この上無い濃度になった、到底口になど入れられないナニカ。
きっと彼は今、虚無のように見える、けれど本質は全く異なる表情を浮かべているのだろう。
「そういう訳で、神授兵装を破壊できる手段は全て確保しておきたいんだ。理由の説明には、なっただろうか?」
雰囲気を一変させて、穏やかに。先程の、目の前に居るだけで呼吸が止まりそうな程の異質な威圧感は何処に消えたのか。
不気味なほどの、切り替えだった。
「ああ……、そりゃな。多分、俺にはほんの一部しか理解できてねぇんだろうが、納得するにはそれで十分だ」
大いに戸惑いながらも頷いたアクセルの反応も、当然のものだっただろう。
少しですらこの有様。




