第一九六話 衝波2
主人公がアレックスで遊ぶお話。
アレックスが衝波の有用性を理解してからは早かった。
先生役のアクセルに説明と実演をして貰い、俺とアレックスは実行を試みる。その流れに、アレックスからの異論が一切無かった。
衝波の仕組みは、既に俺が知っている疑似浸透勁の延長上にあるものだ。本来自分の支配下にあるモノにのみ適用できるステータスシステムを、自分の支配下にあると認識することによって適用する。
疑似浸透勁は、自身が触れていると明確に実感が湧きやすいものに対して。衝波は、空気という触れている実感が湧きにくいものに対して。強引に支配下という扱いをすることによって、使用が可能となる。
元より認識によって効果の度合いを変動させるステータスシステムだが、対象をも変動させられるというのは中々に出鱈目だ。
本当に何なんだよ、空気に対して適用できるってのは。
便利だから使うけどさ。
また、こちらからもアクセルに重撃の説明と実演をしている。御前試合でも使ったため実演は今更とも言えるが、仕組みを知った上で改めて見るのは悪くないだろう。
そんな訳で、俺とアクセル、アレックスの三人はそれぞれ新たな技法習得に向けて鍛錬を開始している。
試行錯誤を繰り返し、効率的な鍛錬方法を模索すること約三十分。小さいが、確実な一歩を踏み出した。
「良し、威力は低いが成功だ! やっぱり風魔法と併用して感覚を騙すと覚えやすいな!」
そう、俺は風魔法の使い手だ。空気に対してステータスシステムを適用するのであれば、視覚的に類似性のある風魔法は使える。
だから今、突きを放つ直前まで風を纏っていた刀身が、いざ突きを放つときに風魔法を解除したにも拘わらず、その先にある的が破裂した。事前に何度も風魔法で同様の破壊を起こし、成功のイメージを固めた結果だ。
「いや十分威力高ぇよ。オークくらいなら即死してる威力だっての」
「なるほど、風魔法か。それなら僕も、この魔法剣があれば……!」
アクセルは冷静に分析し、アレックスは自身の鍛錬に組み込む算段を付けて。それぞれ俺に反応を示した。
そしてその十数秒後。
「僕もできた! 威力は低いが!」
紫電を用いた寸止めを繰り返し始めたアレックスが、刃を触れさせないまま的を断つことに成功した。
「いやだからアンタも十分威力高ぇっての! それなりに頑丈なはずの的が見事に真っ二つじゃねぇか!」
先程からアクセルが騒がしい。六つ星冒険者が取り立てて騒ぐほどの威力だとは、正直思えないのだけれど。
そう思い、アクセルが最初に衝波を成功させた時はどんな具合だったのか、尋ねてみる。
すると返ってきた答えは、少しばかり意外なもので。
「直接拳をぶち当てた時の、十分の一くらいの威力だったな。ジジイも大体そんな感じだったらしいし、普通はそんなモンなんだろうよ」
「習得できる人間が限られてくるステータスシステムの特殊運用について、普通という言葉を使うのが適切かは疑問が残るけどな」
「実例の数も少ないだろうしね」
「お前ら仲良いな」
俺とアレックスの仲が良いだなんて、初めて言われたよ。
「つーか何だよ、あっさり成功しちまいやがって。こちとら取っ掛かりもまだ掴めちゃいねぇってのによ」
アクセルの、拗ねたような言葉選び。ただし、その割にはあっさりとした表情だ。
「そうは言っても、重撃の方が習得難易度は高そうだしな。それに、他の特殊運用も覚えてる俺達の方が引き出しが多い分、ステータスシステムの理解度は深いだろうし。……まあ、俺のそれはエディターのお陰だけど」
だからこそ、エディターも無しに俺と大差無い練度に仕上げているアレックスの異常性が浮き彫りになるというか。
定期的に俺とやる模擬戦でも、四連くらいの紫電を普通に使ってくるからな。
「ところで時間短縮の手段はあるから、アクセルにはそれでさくっと覚えて貰おうか」
「いやそんなのあるのかよ」
半信半疑といった様子で俺を見てくるアクセル……を一旦放置して、アレックスの背後に回る。
「アレックス、切っ先を軽く的に刺して静止を」
「一体何をする気だい……?」
不安そうにしつつもアレックスは俺の指示に従い、的を刺してピタリと止まる。
「今、俺達が覚えた衝波。その手前にある技法を使って、俺はお前に重撃を使わせる」
俺はアレックスの疑問に対し簡潔に述べ、アレックスの背中に手を当ててから──疑似浸透勁に重撃を乗せる。
アレックスの背中から肩、腕、剣の柄、剣身へ。そして、的に到達した段階で力を解放。
十数回の衝撃を一秒の半分にも満たない時間に凝縮して放ったそれは、僅かに刺さった切っ先を中心として、的を爆散……もとい、破裂させた。
「いや予想はしていたが! していたが、驚くだろう!? もっとちゃんと事前の説明をくれないか!?」
「事前の説明ならしただろ」
「君のは事前ではなく直前と言うんだ!」
そうとも言う。
騒ぐアレックスを視界から外してアクセルの方を見ると、呆れ顔をしていた。
「誤解してそうだから言っておくけど、今のは前から習得してた技法だからな」
「ああ、じゃあ別に、習得して即座に応用してみせた訳じゃねぇのな。けどそうでなくとも、お前のトンデモ育成能力に驚いてんだこっちは。強制的に体験させるってのは、効果的なんてモンじゃねぇだろ」
そうか、そっちか。
まあ確かに、疑似浸透勁を用いた強制的な学習方法の実用性については、俺もトンデモだと思っている。冒険者養成学校では猛威を振るったしな。
生徒達は元気にしているだろうか。また近い内に顔を出してみようか。
「小賢しい真似が得意でね」
肩を竦めながら俺は言ったけれど、俺に向けられる視線はなんとも言えないものだ。
「結果は派手だったけどな」
そうかも知れない。
「で、どうせなら今のをアレックスにやって貰おうかと思ってるんだ」
「体験して即、実行しろと???」
無茶を言うな、という副音声が聞こえてきそうなアレックスの言葉だったけれども。何も問題は無いだろう。
「そうだが???」
「そのわざとらしく作った不思議そうな表情を即座にやめてくれないか」
どうやらお気に召さなかったらしい。残念なことだ。
なお、予想はしていた。
「まあ聞けよ。何も嫌がらせで言っている訳じゃないんだ。どうせお前なら一発で成功するだろうし、けど今のように的が一瞬で爆ぜてしまうと重撃を体感するには今一つ効率が良くない。的は再生するにしろ、それを待つ必要があるしな。だったら、俺かアレックスのどちらかが攻撃を受ける役目を果たせば、とても良い状況が作れるだろう?」
「……もしかして、最初からそうやって僕を利用するために巻き込んだのかい?」
眉間に皺を寄せたアレックスが、俺をじとっとした目で睨んでいる。
「侮ってくれるなよ。今後の訓練相手としても役立って貰うさ」
「否定するどころか、更に上乗せしてくるのはやめてくれないか!」
確かに僕が得る恩恵は大きいが、とか何とかアレックスはぶつくさ言っている。
「嫌なら、アレックスが重撃を受け止める側でも別に」
「死ぬが?」
死ぬかぁ。
なんやかんやあって、アクセルも無事に重撃を習得した。
なんやかんやありました。