第一九三話 御前試合終了
もしかして、本編がようやく始まったのかもしれません。
「決着ー! 始まりから終わりまで、全てが怒涛の展開でしたが! ついに決着致しました!」
「最後はリク君の速さが決め手となったね。移動と攻撃の両方を加速させて、一気に決着まで持って行ったようだ。僕としては、その直前にあったダメージ覚悟の正面突破も面白かったけど」
「勝者は黒の神授兵装所有者、リク・スギサキ選手です! 会場の皆様、勝者への賞賛を! そして、互角の戦いを繰り広げたアクセル・ゲーベンバウアー選手への感謝を!」
途中から完全に意識の外だった実況と解説の声が聞き取れて、終わったことを──負けたことを実感する。
フィールドに展開された結界の効果が発動して、試合で負った怪我が消えた。もう少し余韻に浸りたい気もしてたんだが、まあ良いか。
フィールド中に散らばった剣を風で浮かせて手元に呼び寄せてはアイテムボックスに入れる、っつー半分パフォーマンスみてぇな芸当を披露してたリクが、それを終えて俺の方に歩いてくる。
「おめでとさん。最後の強引な正面突破は特に驚かされたぜ」
「ありがとう。サプライズを気に入って貰えたようで何よりだよ」
血を吐きながら痩せ我慢を頑張ったからな、と付け足してから。リクは俺に向けて右手を差し出した。
「こんな大舞台はそうそう無いだろうけど、是非またやろう」
俺は差し出された右手を握って、言葉を返すために口を開く。
「ああ、またやろうぜ。今度は俺が勝つけどな」
客席からの歓声が大きくなった。
何を言ってるのか、部分的に拾えたものもある。
「『良い試合だったぞ』、『帝国の冒険者もやるじゃねぇか』、と」
リクも今の俺と同じことを考えたのか、今しがた拾ったらしい言葉を自分の口で呟いた。
「俺も認めて貰えた、って解釈して良いのか?」
「それはそうだろ」
試合中に浮かべていた表情とはまるで違う、穏やかな笑みを浮かべて。リクが俺の言葉を肯定した。
それにしても、リクって意外と表情豊かなのか? まあ、系統としては笑顔ばっかな気はするが。
闘技場の熱気も冷めやらぬ中、俺とリクはフィールドを後にして。今は選手控室に来ていた。
簡素な椅子に、隣り合って座ってる。
「はー、疲れた身体に染み渡るぜ……」
コップになみなみ注がれた柑橘系の香りがする飲み物を、一気に飲み干してからの第一声だった。
「祖父に毒よりも性質の悪いものを盛った俺から平然と飲み物を受け取って、あまつさえ簡単に飲み干すのか……」
まだ中身が半分くらい残ってるコップを持ったリクが、呆れ顔で俺を見てくる。
「あん? 別に構わねぇだろ。今更お前を疑う必要なんざあるかよ」
しかもリクの方から、飲み物は要るか俺に訊いてきたってのに。
「ところでアクセル、今夜のパーティーには出るのか?」
背もたれに身を預けて伸びをしていた俺に、リクはそんな質問をしてきた。
「ん? あー、お前と良い感じの試合をして、握手して終わった訳だしな。こうなってくると、パーティーには出る方が自然っちゃ自然か」
そう、今夜もパーティーがある。
何せ招待客が基本的にかなり高い地位を持ってる訳だからな。昨日の一日だけで絞っちまうと、参加できねぇ連中も一定数居ただろうし。
「むしろ今夜のパーティーまで出ないとなると、妙な勘繰りをされそうな気がする。実は俺と和解してなかったんじゃないか、とか」
最初から敵意なんて抱いてなかったのにな、なんて言ってから、リクもコップの中身を飲み干した。
「おや?」
そしてそんな声を出して、いきなり俺達の目の前にマップを出す。
そこに表示されてるのは俺達二人の名前と、そこに近付く複数の名前だった。
少ししてからノックの音が聞こえて、控室の扉が開かれると。現れたのはマップにあった名前通りの人間。
【大瀑布】フランセット・シャリエに、青のシャリエことマリアベル・シャリエ、白のラインハルトことエルケンバルト・ラインハルトの三人だ。紅紫のエクスナーは最初から居なかった。
「すっかり、くつろいでるわね……。さっきまであんなに激しく戦ってた二人だとは、とても思えないわ」
「僕はこんな具合になっていると予想していたよ」
「私だって予想はしていたわよ。その上で言っているの」
呆れ気味の青のシャリエに対して、白のラインハルトはただ穏やかな微笑を浮かべてる。
「お疲れ様でした、リク、アクセルさん。見ているこちらまで熱くなってくるような、実に白熱した、素晴らしい試合内容だったと思います」
そんでフランセットさんは、彼氏の晴れ舞台を半分奪ったような俺に対して敵意がまるで無ぇんだよな。
やって来た三人は、空いてた椅子を見付けてそれぞれ座る。フランセットさんは椅子をリクの隣に動かしてから、だったが。
「フランに満足して貰えたなら、俺も頑張った甲斐があったよ」
「負けちまったのは悔しいが、そう言って貰えるのはありがてぇな」
そう、悔しくはあるんだよ。そりゃ勿論。
負けず嫌いの自覚がある俺だけど、今回の結果に対しては妙にすっきりしてんだよな。
全部出し切った上でそれでも負けたから、ってのはあるだろうが。やっぱり一番の理由は、対戦相手がリクだったからか。
「んで、俺に話があるんだったか」
昨日のパーティー、その前に少しは話をしてる。内容は、近々王国で起こる騒動とやらについて。
マジで少ししか聞いてねぇし、詳しい内容は後でってことになってたんだが。
「魔物を操ったり混ぜ合わせたりする魔法具があって、それを悪用してる奴が居るって言ってたな」
「ああ。その魔法具の名はエミュレーター。俺が持つエディターとは違う、もう一つの黒の神授兵装だよ」
「……なるほどな」
真面目腐った顔になったリクの言葉を聞いて、俺が抱いた疑問は確信に変わった。
「驚かないんだな?」
「これでも驚いてんよ。だた、納得の方がデケェ。何せ、あのクソジジイを負かすような奴がわざわざ戦力集めてまで、何とかしようとしてる問題なんだろ? そりゃまあ、スケールの大きさくらいは予想できらぁ」
ところで、っつー前置きをして。俺はリクから少し視線を外す。
具体的には青のシャリエに向ける。
「何でアンタは驚いてんだ?」
「……知らなかったからに決まってるでしょう。え、何? エルも驚いてなさそうだし、フランなんて明らかに知ってた様子だし、王国組で知らなかったのは私だけ?」
「いいや、僕も知らなかったよ。ただ、驚きはあっても納得の方が大きい……とまあ、アクセル君と同じかな」
すげー穏やかに笑ってるし、意外と白のラインハルトも食えない感じなんだな。自覚有りっぽいリクとは毛色が違うけどよ。
「導師が僕に接触してきた理由もこれで概ね分かった。つまりは神授兵装を破壊可能な戦力が欲しかった、ということだろう。……破壊不可属性の付与が可能な導師なら、自分でも破壊手段を持っているんだろうけどね」
最後にとんでもねぇ情報が出てきたけど、本題からズレるし今は置いとくか。
更に詳しく話を聞けば、そのエミュレーターってのは本当はずっと昔から存在してて、色々あって歴史の裏に葬られた代物らしい。最近になってエミュレーター、正確にはそのコピーが何本も出てきて、王国のあちこちで悪さをしてるんだとか。
クソジジイを負かした導師はその対処をしてる中心人物、ってことらしい。
「導師に黒の神授兵装、白の神授兵装、そんで赤の神授兵装、か。破壊手段は四つある訳だ。要するに、マハトを除いても三つある訳だし、手伝うにしろそんなに気負う必要は無ぇのかな?」
力を貸すことはやぶさかじゃねぇけど、導師ってのとは直接話をしとかなきゃならねぇな。
「そうだな。ただ一つ懸念があって、それはここだけの話にしておきたいんだけど。……エミュレーターは魔法具を取り込む能力があり、導師曰く同じ黒の神授兵装であるエディターは相性が良いらしい。そして恐らくエディターは、他の神授兵装の使用者権限を操作できる」
一見すると普通の表情を、良く見れば僅かに強張らせながら。リクは衝撃の発言をした。
「……そりゃあ、例えばマハトをリクが使えるようにもできる、ってことか?」
「勿論実際に試した訳じゃないから、現状では可能性の話に過ぎないけどな。けど少なくとも、エディター自体の使用者権限は操作できる。その上で、もしエディターを敵に奪われたとしたらどうなるか、という話だよ」
「全部の神授兵装を使ってくる敵対者、なんてのが現れた日には、世界の終わりだな。そうそう簡単に奪えるモンでもねぇだろうが、黒の神授兵装が二つもありゃ不可能とも思えねぇ」
今の俺とリクとの会話を聞いた人間の反応はそれぞれだった。
フランセットさんは真剣な表情だが、何も驚いた様子が無ぇから全部知ってたんだろう。白のラインハルトも同じく真剣な表情で、でもこっちは何か考え込んでる様子だ。
青のシャリエは頭を抱えてる。気苦労が多そうだな。
ま、片付けられる部分から片付けてくか。
「じゃあとりあえず、マハトで試しとこうぜ。使用者権限の操作って奴を」
おおう、リクが得体の知れないモンを見るような目で俺を見やがる。
「……自分の神授兵装をもっと大切にすべきじゃないか?」
「リクに言われたくはないのではないでしょうか?」
んで、何やらフランセットさんにツッコまれてる。
「あっさりと私にエディターを貸与するではありませんか」
ああ、エディターの使用者権限は操作できるって言ったもんな。その実例って訳か。
「俺は、悪用の心配が無い人間にしか貸さないから」
対するリクがそんな風に軽く言うもんだから、俺もそれに乗っかろうと思う。
「だったら俺も、悪用の心配が無ぇリクに貸すだけだぜ」
アイテムボックスに入れてたマハトを取り出して、リクに押し付けるみてぇに渡す。
リクは何とも言えねぇ微妙な表情を浮かべた後、諦めたようにため息を一つ。それからエディターを取り出して、マハトに触れさせた。
エディターの刀身に、青いラインが走る。
バチッと何かが爆ぜるような音が一度だけ鳴って、数秒後。
「……できる。できてしまう」
心の底から嫌そうな声で、確かにリクはそう言った。
ゲテモノ神授兵装、エミュレーターに対する本格的な動きが始まります。