第一九二話 御前試合4
ようやく……。
正拳、裏拳、回し蹴り、また正拳。
四方八方から襲い掛かってくる剣の嵐を、俺は迎え撃つ。
剣が飛んでくる方向に規則性は無さそうで、同じ方向から連続で来ることもあれば真逆の方向から飛んでくることもある。
しっかりと力を込めて打撃を加えりゃ破壊もできるが、数が数だけに骨が折れるな。
──だからまあ、ここが赤の神授兵装の使い時か。
右手に装備したマハトに、魔力を込める。その瞬間、拳に纏わせた炎が消えた。
今しがた飛んできた剣を軽く払うように右手を動かせば、ガラスが割れるみてぇにあっさり砕け散る。
それはマハトに直接触れた剣身だけじゃなくて、全部。柄まで含めての話だ。
そのまま五、六本を景気良く粉々にしたところで、剣が俺に向けて飛ばされなくなった。
そりゃそうか。このままじゃ使える武器を減らすだけだからな。
「お、何だ終いか? 俺は全部の剣を砕くまで続けても良かったんだが」
わざとゆっくりリクの方に向いて、気楽に話し掛ける。
「マハトの便利な使い方を、王国民にしっかり見せる良い機会だしな」
俺の挑発に対して、リクは苦笑を浮かべた。
「ジェネラルアーマーの素材でできた剣も混ざってたのに。まさか、撫でるようなソフトタッチで破壊されるとは思わなかった」
「破壊するつもりで触れさえすりゃ、ぶつける勢いとか関係無ぇんだよ。俺も使うのは初めてだけどな」
「なるほど。そいつはありがてぇ情報だ」
溜息交じりに俺の言葉を真似したかと思えば、脈絡無く俺の目の前に迫る切っ先がある。
今更リク相手に油断なんざしてなかった俺は、割と冷静に上体を逸らして回避。カウンターとしてリクの顔の高さに右拳を置く。
が、カウンターは不成立。気付けばリクは元の位置に戻ってた。
「油断してたらヤバかったな、今の」
「油断してなくても反応できない奴が大半だろう速度で、今の俺は仕掛けたんだけどな」
お互いに似たような感想持ってそうだな、今の俺とリク。
とりあえず、速度はリクが上、戦闘経験値のお陰で俺が反応できてるってとこか。
やっぱり長引かせたくはねぇ状況だけど、俺がマハトの能力を使い始めたからリクも慎重にならざるを得ないだろうな。
「仕方ない。俺もそろそろまともにエディターの機能を使うとしようか」
「──は?」
俺もブラフの可能性は考えた。けどこれは御前試合で、リクの性格的にこういう嘘は言わねぇんじゃねぇかと思った。
ただただ勘で、首元をマハトでガードする。直後、黒い軌跡が真一文字に奔るのを、俺の目は辛うじて捉えた。
ヤマを張って攻撃を予想して、それが当たってたってのに。認識すらその程度にしかできなかった。
俺が思ってたリクの最高速度の、ふた回りは上。尋常じゃねぇ速度だ。
ヤベェな。ヤベェよ。
……ますます楽しくなってきやがったなぁ!
黒い影が、忙しなく首を動かす俺の視界を瞬く間に横切っていく。神経を研ぎ澄まして気配を探って、それでも反応が不完全で傷を負わされていく。
能力を発動させたマハトをカウンターとして置いておくが、回避される。けど、これをしなけりゃリクは一瞬で俺の首を獲れる。
俺の身体中に傷が増えていく中で、それでも少しずつ目が慣れてきた気がする。ピンポイントに捉えようとするのは無理だと諦めて、一歩引いて見るようなイメージ、線を追うようにしたのが良かったか。
今のリクには直線的な動きが多い。普通だったらそんなもんは脅威にならねぇが、何せ速度が異常だ。ともあれその速度の所為か、動きそのものは単純になってる。
となれば機を逃さず、リク本人に致命の一撃を当てることに集中する。
素早い相手の対処法と言えば範囲攻撃っつったが、カウンターだって定番だよな?
「──そこだァッ!」
直線の動きの連続、その接続点。秒を跨ぐごとに高まっていく俺の集中が、ピークに達したからこそ捉えられたその一点。
そこを、ぶち抜く。
芯を捉えたはずの一撃はけれど、化け物染みた反応速度で差し込まれた黒い大太刀に当たる。
関係無ぇ。
ぶち抜くと決めた!
果たして俺の拳は、ガードの上からリクを殴り飛ばして。フィールドの壁にぶつかったリクの姿は、砂煙に隠れて見えなくなる。
手応えはあった。ガードの上からだろうがダメージが通る一撃を放った。
並の奴なら即死するような一撃だった自信がある。
……まあ、つまり。砂煙が収まって姿を現したリクは、並の奴じゃねぇよなってことだ。
「いたた……。今のは流石に冷や汗が出たよ。防御も間に合わないかと思った」
気弱な口調とは裏腹に、俺を見るその目は極めて鋭い。
流石にダメージはあるように見えるが、それでも戦闘不能には程遠いか。
「俺も防御を間に合わされるとは思ってなかったっての。動きだけじゃなくて、反応までバケモンかよ。けどまあ、これでようやっとまともに一撃入れてやったな」
しっかし、ここまで攻撃当てんのに苦労するのは初めてだ。
どっちが不利ってことも無さそうなんだが、お互いに戦いにくいみてぇだな。嫌な噛み合い方をしてるっつーか。
ま、グダグダ考えてても仕方ねぇ。攻めるか。
「基本的に回避優先の戦闘スタイルでね──っと!」
一息で懐に飛び込んでの肘打ち。触れもせず。
リクは一瞬で俺の視界から消えた。
俺は更に一歩前進しつつ反転。回る勢いそのまま裏拳を放てば、俺の首元に伸びてきていた切っ先を払うことができた。
けど軽い。軽すぎだ。突きにまるで力が入ってなかった。
内心で舌打ちする俺の首元には、次の突きが迫ってる。
上体を右に傾けて、首を薄皮一枚斬られるに留めた。
──もう眉間に切っ先が迫ってやがる。
なりふり構わず上体を後ろに反らす。
額を軽く裂かれながら、地面を蹴って下がって何とか致命傷を避けた。
悠長に地面を転がってたら俺の負け確定になっちまうし──痛み分けで良いから、ぶちかましとくか。
『トリ・フレイム』
マハトを装備した右手じゃなくて、左手に炎を纏う。
間髪いれず、天地が逆転した視界で上になった地面へと左拳を……加減せず全火力を叩き込む。
噴火でも起こったみてぇな熱と衝撃が俺を襲って、身体が吹き飛ばされる。
爆心地から離れていく視界の中で、リクも爆発に巻き込まれてるのが見えた。
即、リクがこっちに飛んでくることも覚悟してたが、俺が着地を決めるまで何事も無かった。
着地を決めて一拍置いて、四方八方から剣が十本くらい飛んできた。
嫌らしくタイミングずらしてきやがる!
内心で悪態を吐きながら、能力を発動したままのマハトで俺に迫る最初の一本の剣を砕く。
不自然なほど綺麗に砕け散る剣の欠片が宙を舞う、その向こう。
完璧な突きの構えで、俺を狙うリクが居た。
いやおかしいだろ何で一瞬で現れて既に万全の体勢であっっっぶねぇギリギリ避けたァ!
けど飛んできてた剣は一部避け切れなかったわ当たり前だけどな!
攻撃を受けたのは左脇腹と右太もも。特に右太ももは結構ざっくりいかれた。
移動に支障があるレベルの負傷だ。
だからこそ今攻める!
『トリ・フレイム──二重起動』
両手を突き出し、それぞれの前に火球を生み出す。
魔法攻撃が来ると思ったリクは迎撃を選んだらしい。一瞬で俺から距離を取って、けど真正面に居る。
そして案の定、構えは突き。刀身を中心に風が螺旋を描いて、収束して、更に密度を高めていく。
俺は腰を落として両手を後ろに。当然、火球も後ろに行く。
ああ、リクにも俺が何をしようとしてんのか分かったんだな。口元がヒクついてやがる。
けど、今度ばかりは遅ぇよ。
──炸裂。
両腕と背中が焼ける。無理やりに押し出された全身の骨が軋む。
だからクソ程痛ぇ……が、爆炎によって加速した俺はリクを至近に捉えた。
残り少ない魔力を全部マハトに注ぎ込み、ただ真っ直ぐ右拳を繰り出す。
リクの黒い大太刀が纏う風、その先端にぶつけた。
先端から制御を破壊された風魔法が綻んで、風の刃が周囲に破壊を撒き散らす。
マハトを装備した俺の右拳はともかく、それ以外の全身に風の刃が浴びせられた。痛みに怯みそうになるのを気合で堪え、切っ先に届かせた拳を全力で突き出し続ける。
リクも俺と同じく、制御を破壊されたリク自身の風で全身にダメージを受けてた。満身創痍って奴だな。
なのに押し切れねぇ。こちとら助走付けて殴ったってのに。
「随分と息が上がっているじゃないか、アクセル。魔力も残っていないようだし、ギブアップしても良いぞ?」
「息が上がってんのはお前もだろうが、リク。折角の押し合い状態だってのに、重撃っつったか、何発も衝撃を出す技は使ってこねぇし」
マハトが持つ破壊の能力は、込めた魔力によって効果を上げる。今のマハトは大抵の装備を破壊できるし、人体なら四肢の一本くらい、楽に消し飛ばせるだろう。
ただ、破壊不可属性を持つ神授兵装は無理だ。今の俺の最大魔力量を全部ぶっこんでもギリ届かねぇから、この試合で使うのは最初から無理だったけどな。
ああちなみに、訓練所とかに設置してある結界がこの闘技場でも働いているから、ぶっ壊した物や人は元に戻る。
余談だったな。
さておき、この膠着状態をどうするか。
リーチの短さは、小回りの利きやすさに直結する。だから俺があえて一度引いて、改めて殴りかかるってのは考えた。
けどリクの場合、異常な加速で切り返してくる技がある。
重撃を使ってないのは、ブラフじゃねぇだろう。使えるならそれで決着してるからだ。
だったら、急加速・急停止の技を使えない可能性もあるにはあるか。
不意に、リクが不敵な笑みを浮かべた。
「使えるか使えないか、どっちだと思う?」
この野郎……。ここで俺の思考を読んで、揺さぶりを掛けてきやがるかよ。
良いぜ、乗ってやる。
先に一手入れてからな。
前に突き出してる右拳とは反対に、左拳は後ろに引いてる。その左拳を硬く握った。
教本通りの、左拳による正拳突きを放つ。つまりは右腕を引くと同時に左腕を前に出す、腰の捻りを打撃に乗せた一撃。
リクの大太刀と力比べをしてた右拳を引いたことで、切っ先は俺へと向かってくる。だが俺の左拳はリクに届かない。それでも、左拳の衝撃は届く。
衝波。
狙いはリクの胸部。当たれば良し、避けて体勢が崩れても良し。
どっちにしろ俺に不利なことは無ぇ──はずだった。
「アアアアァッ!」
裂帛の気合と共にリクは前進し、胸をぶち抜く衝撃を堪えながら更に大太刀を突き出す。雄々しく叫ぶその口からは、血が零れるのが見えた。
俺はこのまま右拳を出して、リク自身に衝撃を当てる予定だった。それじゃ間に合わねぇ。黒い切っ先が俺の喉を貫く方が早い。
切っ先を逸らすのは間に合うか? 間に合わせるしか無ぇ!
刹那の内の思考で結論を出し、実行する。
一秒にも満たねぇ僅かな時間が、五秒にも十秒にも感じられる。間違いなく今日一番の集中ができてた。
その所為で、リクの浮かべた笑みが確認できちまった。
俺の右拳が黒い切っ先に触れる直前、消えた。
目の前に居たリクの姿も、消えた。
右腕を振り抜いた俺の首筋に、ひんやりと冷たい感触が添えられる。
視線をほんの少し下げてみれば、そこには黒い切っ先があった。俺の背後から、リクが大太刀を構えてる。
「俺の……勝ちで良いな?」
コホコホと小さく咳を交えながら、リクが俺に問うた。
俺は握った拳から力を抜いて、腕を下ろして。それから口を開く。
「ああ……俺の負けだ」
俺がそう宣言すると、勝者を称える大歓声が会場中から響いてきた。
決着です。