第一九一話 御前試合3
いつもより若干短めになりました。
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俺──アクセル・ゲーベンバウアーはヴァナルガンド帝国の冒険者だ。ジジイが赤のゲーベンバウアー、つまり神授兵装所有者だったこともあって、帝国じゃ俺もそれなりに有名らしい。【煌拳】なんて二つ名も付けられてるしな。
ま、今は俺が神授兵装所有者になっちまったけど。クソほど雑に投げ渡されて。
んで、今はリッヒレーベン王国の新しい神授兵装所有者──【黒疾風】リク・スギサキとの御前試合をしてる。
どうしてこうなったんだか、経過をずっと目の当たりにしてた俺も良く分からねぇ。
けどまあ、今はこれで良かったと思ってる。
何せリクの奴、戦ってて滅茶苦茶楽しいからな!
「再び姿を消していたリク選手ですが、アクセル選手の豪快な爆炎により、文字通り炙り出されました!」
「派手さの割に、威力は控えめな技のようだね。とはいえ下級の魔物であれば、まとめて倒せる威力はあっただろうけど」
実況と解説の声が、試合開始からずっとフィールドにも届いてる。特に解説──白のラインハルトの言葉は的確だ。機会があれば、そっちとも手合わせ願いたいもんだ。
つっても今は、目の前の相手に集中しないとな。
「まさかフィールド全域を一撃でカバーしてくるとは思わなかった。随分な力技だけど、実行できるなら合理的だな」
「昔から、素早い相手の対処法と言えば範囲攻撃だろ?」
姿を現したリクは、ゆっくり俺の方に歩いて来る。殺気も敵意もまるで感じない、平和な一コマを切り取ったような顔だ。
「そうだな。だからこそ、俺は攻防一体の風魔法を組んだ」
「範囲攻撃ばっかじゃ、お前なら一点突破できちまうか」
今の互いの距離は、試合開始時点と同程度。そこでリクが足を止めた。
互いの構えも、同じく。
「小手調べは、もう終わりだよな?」
「いやぁ、もう少しそちらの手の内を晒してくれても良いんだけど」
「ハッ、俺は最初から最後まで炎しか出せねぇよ!」
足の裏で大地を掴み、後ろに蹴り飛ばす。愚直に進んで、燃える拳を突き出す。
このまま行けばリクの顔面に直撃する、そんなタイミングでリクの姿がブレた。
予備動作がまるで無ぇ、瞬間移動じみた動き。
回避と同時に、俺の首元に切っ先を伸ばしてくる。
突き出した拳の炎を真横に噴射。運動の向きを無理やり変える。
身を捩りつつ黒い刀身に拳を叩き込んで切っ先をやり過ごし、その勢いのまま回し蹴り。
蹴りはリクの脇腹を狙うものだったが、風の鎧で受け流された。
切り返しの一撃が斜め上から向かって来て、これなら問題無く対処できると思って嫌な予感がしたから後ろに大きく下がる。
そしたら案の定、途中でクソほど加速して。地面スレスレで綺麗に止まった。
動きのリズムが独特過ぎる。不自然って言っちまっても良い。
それでいて動きが乱れる様子も無し。
こりゃ確かに、王国だって祭り上げておきたくもなるわな。
シンプルに、強ぇ。
「もう分かっているとは思うけど、俺がやってるのは動きの急加速と急停止。強制的にセットの二つだから、急停止の瞬間を狙うのは悪くないかな」
「へぇ、そいつはありがてぇ情報だ」
「ただし、連続で使えるからそこは注意して欲しい」
「そいつはどう注意すりゃ良いんだよ!」
こっちが急停止の瞬間を狙っても、次の急加速でカウンターなんざ狙われたら堪ったもんじゃねぇ!
ちっとばかし緩めの会話をしつつ戦い続ける俺達。
仕切り直しこそ試合開始とほぼ同じ状況からだったが、その後の展開がまるで違う。受け流すばかりだったリクが、今はガンガンに攻めてくる。
速く、鋭く。そんでもって、見掛けからは想像もできねぇくらいに重い。
ひらひらと舞う蝶を連想させる軽やかな移動に、剣舞と見紛う流麗な剣筋。刃を覆う風は俺の炎と激しく削り合って、ここからの長期戦なんざ全く考えてねぇらしい。
俺も、やるなら短期決戦の方が好みだけどな。
右腕の炎を、拳だけに集める。
密度を高めた炎は強く拳を煌めかせ、その熱は陽炎のように周囲を揺らめかせる。
即座に警戒を強めたリクが一歩下がるが、今更この程度で怖気づくタマじゃねぇのは分かってる。武器だけじゃなく全身に纏わせた風が、今は急激に武器に集中していってるしな。
自然と浮かぶ笑みをそのまま、俺は今の俺にできる最高の一撃を繰り出す。
このデケェ闘技場全てに響き渡るように、全力の雄叫びを上げながら。
踏み込みの勢いも、腰の捻りも、腕を伸ばす力も。生み出す力の終着点を全て拳に。
リクもまた、恐らく最も得意とする刺突の構えで俺を迎え撃つ。
切っ先では光が大きく歪むほどの密度で風が収束し、タイミングを俺の攻撃に合わせて矢のように放たれた。
俺の炎とリクの風が真正面からぶつかり合い、その衝撃が全身に伝わる。
吹き飛ばされそうになるのを気合で堪え、けど前に進むこともできず。
つってもそれは相手も同じか、と相対するリクの姿を見て、ほんの僅かに安堵した瞬間。
衝撃が、連続した。
最大まで勢いを乗せた俺の攻撃は、同じく最大まで勢いを乗せたリクの攻撃に止められた。逆もまた然り。そのまま拮抗状態に持ち込んだはずが、これは違ぇ。
最初に受けた衝撃そのものが繰り返されてやがる。
これは拙いと、真っ向勝負を中断して攻撃を受け流す。それでも流し切れなかった衝撃が俺の身体を後ろに押しやり、リクはそこへ追撃してくる。
横薙ぎの一太刀だ。
これに対し俺は、拳を虚空に向けて打つ。
衝波。攻撃の威力を、そのまま空気に乗せて放つ技だ。
魔法を使えば威力を上乗せして似たようなことができるが、こいつはMP消費が無いし即座に使える。
だから、リクの横薙ぎに勢いが乗る前に、俺の攻撃をぶつけられた。
攻撃の勢いを削がれたリクは冷静に一度引いて、体勢を整える。
そのまま突っ込んでくるようならカウンターも視野に入れてたが、そう甘い相手じゃねぇか。
「今の真っ向からのぶつかり合いで、勝負を決めるつもりだったんだけどな」
「そりゃお互い様だろうよ。だいたい何だ今の、何重にも衝撃がある攻撃は」
俺には拳闘士のリーチの短さを補う技がある以上、そう不利な状況にはならねぇと思ってたってのに。俺の得意な真正面からのぶつかり合いで、まさかここまで押されるなんざ考えてねぇよ。
「重撃という技法だよ。初見の相手なら、大抵は何もできず倒れてくれる便利な技法なんだけど」
「便利どころか凶悪に過ぎるっての。俺だって、もうちょい油断してたらやられてたからな?」
穏やかに会話を続けながら、互いに隙を伺う。
今度は静かな膠着状態になるかと思ったが、微かに聞こえる風切り音で考えを改めた。
左後方、俺に接近する何かがある。
リク本人から目を逸らす訳にはいかないからと、身体の向きはそのままに素早く一歩下がってみれば。一瞬前まで俺が立ってた場所を、風を纏った剣が通過していった。
そして聞こえる、複数の風切り音。
「げ」
馬鹿でも分かる、この先の展開。
ああ、そうだよ。フィールド中にリクの剣が刺さってたんだ。
「上等な材質の剣は、焼かれてもまだ使えるからな」
得意げにそう言うリクの面を、俺はぶん殴りたくなったが。
どう考えても今は、全方位から襲い掛かってきてる剣の相手をするのか先だ。
中々決着しませんね。