第一八九話 御前試合1
試合に余計な物は持ち込みたくない主人公です。
パーティーは無事に終わり、翌日。
今日のイベント会場は王都にある円形闘技場──フラウィウス。
収容人数が五万人というこの闘技場に今日、一般人が入るには、庶民が半月普通に生活できるだけの金額を支払う必要があったらしい。にも拘わらず、観客席は超満員。
対戦カードが急遽変更されたとあって、キャンセルされたチケットもあったらしいけれど。即座に完売したと今朝聞いた。
「皆様、お待たせ致しました! これより、黒の神授兵装所有者たるリク・スギサキさんと! 当初の予定を変更し、新たに赤の神授兵装所有者となったアクセル・ゲーベンバウアーさんとの! 御前試合を開始致します!」
魔法具によって拡声された言葉が聞こえた直後、円形闘技場を満たすは大歓声。
熱気が伝わり、循環し、際限無く高まっていく。
少し、懐かしい気持ちになる。それは個人的な事情に過ぎず、それでいて今この場ほどの規模では決して無かったけれど。
ただ……、そう。これから観客に見せるモノが、より良いモノであるように、と。そう思ってしまったのは仕方が無い。
「実況は昨日のお披露目会でもお世話になりました、私、シドニー・シュミットソンが務めます! そして、解説はー? 白のラインハルトこと、エルケンバルト・ラインハルトさんです! 今日も引き続き、よろしくお願い致します!」
「ご紹介にあずかりました、解説役のエルケンバルト・ラインハルトです。本日はよろしくお願いします」
歓声の色の割合で、黄色が増えたような気がした。
流石である。
ともあれ話は進み、改めてこれが御前試合であることの説明、国王陛下からの簡単な挨拶のお言葉があって。そして、試合をする者の紹介が行われる。
「最も新しき神授兵装、黒の神授兵装の所有者! 冒険者としての活動は二年足らず! しかし、瞬く間に上級冒険者へと登り詰めたその実力は本物だ! 彼を知る者は誰しもが速さを謳う! その黒き風が今日、この闘技場にて吹き荒れます! 【黒疾風】、リク・スギサキ選手ー!」
名を呼ばれ、俺は東西にある内の東の入場ゲートから悠然と歩を進める。
予想外に大きな歓声を受けて内心で驚きつつ、穏やかな笑みを浮かべて手を振った。
「ヴァナルガンド帝国より来る、赤の神授兵装の新たなる所有者! 万象を打ち砕く紅蓮の拳は、果たして風をも砕いてみせるのか!? 【煌拳】、アクセル・ゲーベンバウアー選手ー!」
本来は俺のお披露目の為の御前試合だからか、口上はやや短めだった。
ところで、アクセルも二つ名があるんだな。あるだろうとは思っていたけど。
そして、歓声もあるが罵声もかなり聞こえてくる。やらかしたのは彼の祖父であって彼ではないので、お手柔らかにお願いしたい。
けれど、俺が表立って庇っても逆効果だろうから、今は大人しくしておこう。
アクセルは罵声を浴びせられつつも、俺と反対の西の入場ゲートから平然とした表情で現れた。
俺とアクセルは闘技場の中央付近まで歩いて立ち止まり、向かい合う。
「昨晩、考えてたんだけどよ」
唐突に、アクセルの方から俺に話しかけてきた。予想していなかったとは言わない。
「クソジジイのやらかしは、そりゃあもう謝るしかねぇんだが。それでも、あの力は帝国にとって必要なんだ」
腐っても七つ星冒険者だしな。それはそうだろう。
「だから、この試合。俺が勝ったら、ジジイのステータスを戻すって約束してくれねぇか?」
「いや、最初から戻すのは決めてるから安心して良い。王国所属の俺が帝国の戦力を本当に駄目にしたら、国際問題になりかねないしな」
真っ直ぐ俺を見るアクセルの真面目な顔が、固まった。
ハハ、面白い顔だな。
「……昨日、あんだけジジイを脅しといて?」
「まあ、あれだけ脅された上で、それでもこちらに歯向かってくるのなら。戻す割合は下げる可能性があるかな」
低くても八割くらいは戻す予定だけど、と付け足すと、アクセルは吹き出した。
「ハッ、二割減はキッツイな。けど、そのくらいだったら良い薬かもしれねぇ」
互いに軽口を叩きながら、静かに得物を取り出す。
俺は黒の神授兵装を。
アクセルは赤の神授兵装を。
これは御前試合で、魅せる戦いをしなければならない。俺はエディターを初期の両手剣形態でお披露目したし、この場に出て来るまではその形態のまま戦うつもりだった。
けれど。
俺はゆっくりと、エディターを掲げ持つ。
『トリ・ウィンド──三重結合起動』
今の俺に実現可能な最大風力で、俺を中心として竜巻を起こす。
高密度に圧縮された空気は光を歪め、俺とそれ以外とを隔てた。
この内にエディターを別の形態──大太刀形態へと変形させる。
空高く巻き上がる風を丁寧に地上へと引き戻し、俺自身の身体とエディターに纏わせて、完全な制御下に。
一閃、二閃と、観客に魅せるべく豪快に大太刀を振るい、切っ先をアクセルに向けた刺突の構えで静止する。
アクセルは目を輝かせて俺を見ていて、それから不敵に笑みを浮かべた。
こちらは演出の為に派手な魔法を使ってみたが、そちらはどうする?
『トリ・フレイム──二重起動』
マハトを装備したアクセルの右腕が天に伸ばされ、その上に二つの火球が浮かんだ。
火球の直径はそれぞれ二メートル程と、上級魔法としてそれほど大きくはない。つまり、密度が高い。
二つの火球は現れるなり衝突し、豪快な音が会場中に響き渡った。
互いに沈み込むようにして一つとなった火球は一回り大きくなってから、ゆっくりと高度を落としてマハトに──アクセルの右手に触れる。
そして一瞬にして縮小し、その右手に握り込まれた。
数瞬の無音。熱も光も感じられない空白。
更に次の瞬間、爆音と共に紅蓮の焔が現れる。
煌々と燃え盛る炎はアクセルの右腕に宿り、安定していた。
俺が自身の身体と武器に魔法を纏っているのと比べ、アクセルは右腕のみ。同じく上級魔法でも、三重結合起動と二重起動では元のリソースが違うけれど。
恐らく、密度はあちらが上だろう。
俺が切っ先をアクセルに向けたのと同じく、アクセルも拳を俺に向ける。
「【黒疾風】は風、【煌拳】は炎! 両者、ド派手な魔法で戦闘準備が完了しています! あとは試合開始の合図を待つばかり! それでは、お願い致します!」
相対するアクセルの目が細められた。張り詰めた空気が肌を刺す。
開始の合図を出すのは白のラインハルトことエルさん。僕と戦うよりも面白い物が見られるかもしれないね、と本人は言っていた。
「試合、開始!」
その声の直後、俺とアクセルとの間で風の槍と炎の拳が激突した。
次回は恐らく別視点から試合観戦となります。