第一八八話 お披露目会4
パーティー開始です。
ジーグルトとの話し合いを終えた俺達はひとまずアクセルとも別れ、王国組だけで王室主催のパーティー会場──王城一階にあるダンスホールへと足を踏み入れた。
なお、アクセルもパーティーは欠席するとのこと。この状況で王国のパーティーに参加するほど酔狂じゃねぇよ、とは本人の談だ。会話内容はそれだけではないけれど、ひとまず横に置いておこう。
光沢のある大理石の床に、吹き抜けの天井。二階からはこのダンスホール全体を良く見渡せ、またバルコニーは外にある見事な庭園を眺めるのに良さそうだ。
既に歓談を始めている人々は揃って正装に身を包み、優雅な笑みを浮かべている。その間を縫うようにして料理や飲み物を運ぶのは、この城に勤める使用人達だ。
大小様々な楽器が運び込まれており、今は演奏者達によってとても穏やかな曲調の音楽が流れている。
ふと、視線を感じた。それも一つや二つではない。
不躾ではない程度に、けれど遠慮もあまり感じられない、数多の視線。
値踏みをされているらしい、と俺は結論付ける。
正直なところ、もっと嫌な視線を想定していたので拍子抜けではある。
「当然ではあるけれど、リク君に視線が集まっているね」
やや小さめの声で、エルさんが気楽な調子で俺に声を掛けた。
「そうですね。緊張のあまり、口から心臓が飛び出そうですよ」
「ははは。そういう反応を期待していた人間も、中には居るのかな」
俺のバレバレな嘘に、エルさんは気楽な調子のままで応じる。
「だけど、このパーティーは陛下がセッティングなさったものだからね。仮に居たとしても、少数派だと思う」
「なるほど、道理で視線が生易しいと思いました」
神授兵装所有者として呼ばない訳にはいかなかったのだろうけど、先刻のジーグルトのような者も招待されていたものだから。警戒のし過ぎ、ということはあったかもしれない。
俺達の前に使用人の一人が飲み物を運んできたので、俺もエルさんもそれを受け取る。
見ればフラン達女性陣も飲み物を受け取っていた。
警戒のし過ぎ、などとつい今しがた考えたことは一度忘れて。全員の飲み物におかしな物が入っていないかエディターでチェックし、問題は無かったので何も言わず。
程なくして、国王陛下が王妃を伴って会場に現れた。王子や王女と思しき男女数名もそこに続いて、リッヒレーベン姓であることをエディターで確認する。
しかし、この王国の国王陛下は遠目に見ても迫力があるお姿だ。いつぞやの夜、一緒に酒を飲んだことが今でも信じがたい。
まあ、それはさて置き。
主催者として国王陛下のお言葉があり、当然の如く俺は呼ばれたのでそちらへ行って。無難に挨拶を終えて、国王陛下の合図に合わせて乾杯を済ませたので、速やかに元の場所へと戻ってきた。
一応、どんな内容の挨拶をしたのか言っておこうか。
まずは当然、名前。夕方のイベントで話したように、黒の神授兵装を持っているということと、その能力の簡単な説明。
活動拠点は城塞都市だが、活動範囲はそれなりに広いこと。具体的には、四大霊峰の一つズュートケーゲルへも頻繁に足を運んでいることなど。これを話した際には、感嘆とも納得ともとれる反応が来た。
最後に、新参の神授兵装所有者として、先達に恥じない行動を心掛ける旨の言葉を締め括りとした。
「お疲れ様でした、リク」
「ほら、やっぱり卒なくこなしたじゃない」
戻って来るなりフランからは労いの言葉を、マリアベルさんからは自らの予想が当たったことを言われた。
「むしろここからが本番では? 国王陛下からご紹介頂いた訳ですから、もう我先にと声を掛けにくるでしょうし」
あたかも俺の言葉が合図だったかのように、こちらへ接近してくる足音が多数。やや遠巻きながらこちらに視線を送る人も、かなりの数居る。
身分は高けれど、豪放磊落な陛下の相手をする方が、まだしも気持ちが楽だったりするかもしれない。
そんなことを思いつつ、やって来る彼らを待ち受ける。
三十分後。
……え、マジで三十分? 思わず時計を二度見してしまったけれど、本当に三十分だった。
そうか、たったの三十分しか経過していなかったのか。体感的には二時間くらいだったんだけど。
気を取り直して。
押し寄せてくる貴族の方々を頑張って捌き続けて、ようやく一区切り。少なくとも順番待ちが出来上がっているような状況は脱した。
ちなみに会話内容としては、巷に広がっているらしい俺の武勇伝とやらをあちらから話してきた場合が多い。こちらからの会話内容は、相手が領地持ちの貴族であれば、事前に調べておいた各地の特産品などの話で茶を濁して。身分の高い役職についている人であれば、相手の話を拾いつつほぼアドリブで。
とにかく、疲れた。
身分的には平民でしかない俺は、本来であればこちらから出向くような相手に挨拶をされていた訳だ。それを分かってか、妙に遜るような態度で接してくる相手も居て、非常に面倒だった。
恐らくこちらがそれで調子に乗るか、試していたのだろう。そんな手に引っかかるほど馬鹿だと思われているのか、と少しばかり腹も立つが、けれど大抵の冒険者はそんなものだろうから気持ちは分からないでもない。
なお、現在俺の近くに居る身内はフランのみ。エルさん達とは別行動中だ。
「さてと。それじゃあそろそろ、ベットリヒ少将に挨拶をしようか」
帝国軍の将官、ベットリヒ少将。クラリッサ様経由で王都での護衛依頼を受け、魔法都市では禁制品の密輸という事件の解決を共に果たした人物だ。
個人としては、高い地位に反して傲慢な様子を見せない彼に対し好感を持っている。
本音を言えば既に知り合いである彼に真っ先に挨拶へと伺いたかったけれど、王国の貴族や高官を差し置いて帝国の人間に、ましてや現在の主役である俺の方から、というのはどう考えても角が立つからな。
エディターのマップで場所は分かっているので、迷わず少将が居る方へと接近していく。現在会話中の相手が居るようだけれど、そちらとも挨拶をしなければならないのでいっそ好都合か。
「失礼しました、ご歓談中でしたか」
パーティー参加者達の間を縫って、会話ができる距離へ。
少将の会話相手に一度視線を送ってから、白々しくもそんな声を掛けた。
「いや、こちらこそ失礼。私の方から挨拶に伺うつもりだったのだが、タイミングを計り切れなかった」
同じ帝国の人間がやらかした直後のパーティーだからな。王国の人間を差し置いて動く、というのは無謀だっただろう。その辺りの事情は、ある意味俺と似たような状況か。
「なるほど、君が【黒疾風】リク・スギサキ君だね。いや、今後は黒のスギサキと呼ぶべきだろうか?」
ここで、少将の会話相手をしていた方から話しかけられた。耳朶にゆっくりと響くような、落ち着く声色をしている。
その方は、初老の男性だった。
上質な黒いスーツを違和感無く着こなし、物腰柔らかな印象。紳士的な風貌、という言葉が簡単な表現だろうか。僅かに白髪が混じった深緑色の髪と、優しげな灰色の目、特に右目には片眼鏡をしていて、紳士的という印象はより強まる。
彼こそが緑のハルフォーフ、帝国に居るもう一人の神授兵装所有者だ。
「自己紹介がまだだったね。私はヨハネス・ハルフォーフ、緑の神授兵装の所有者だよ。大広場ではジーグルトが随分と迷惑を掛けたようで、本当に申し訳ない。彼と同じ帝国の民として、謝罪させて頂くよ」
本気で人格者じゃないか、この人。穏やかな性格っていうのは本当だったんだな。
別に、マリアベルさんの評価を信じていなかった訳ではないけれど。
「いいえ、ハルフォーフ様が謝罪する必要はございません。それと、礼儀として私からも自己紹介をさせてください。既にご存じのようですが、私はリク・スギサキ。黒の神授兵装の所有者です。呼び名はリクでもスギサキでも、【黒疾風】でも、ご自由にどうぞ。ただ、黒のスギサキというのは、まるで七つ星冒険者のようで流石に恐れ多いです。そして、こちらが──」
「フランセット・シャリエと申します。姉のマリアベルとは、交流をお持ちだと聞いております」
「ああ、君はマリアベルさんの妹さんか。なるほど、聞いていた通りお姉さんと良く似ている」
スムーズな流れで会話を始められたと思う。この調子で普通に会話を進めて、帝国全体に対して俺が悪印象を持っている訳では無いことを周囲にアピールしよう。
そう、思っていたのだけれど。
「ところで、ジーグルトの姿が見えないが、欠席なのだろうか? いや、普通の神経をしていれば、問題を起こした直後にここへ来られはしないだろうが。彼がそういったことを気にする人物でないことは、良く分かっているからね」
そっかー、それ話題に出るかー……。
当然ではあったけれど、できれば話題に挙げずに終わらせたかった。現状、周囲の耳目を集めてしまっているし。
「……かなりきついお灸を据えたもので」
迷いつつも、白状した。この人に嘘を吐きたくはなかったものだから。
我ながら、変なところで損な性格をしていると思うよ。
「お灸……はは、ジーグルトにかい? そうか、彼にも効く程のお灸とは、さぞや強烈なものだったのだろうね。もう分かっているだろうけれど、彼は帝国内でもあのような言動をするものだから、懲らしめてくれる人が居るのは実にありがたいことだよ」
おや、予想外の反応が。
正直に話して、結果正解だったか。損はしなかったらしい。
「孫のアクセル君は好青年に育ってくれたのだがね。ただその分、気苦労は多いようだ。同世代の神授兵装所有者として、仲良くしてやってくれるとありがたい」
何というか、実際の血縁関係を無視して、アクセルの祖父みたいな立ち位置でいらっしゃる。そこはかとなく気持ちは分かるけれども。
「ご安心ください。私としては既に友人のつもりです」
俺にしてはとても珍しいことに、最初から気が合いそうな予感がしてるんだよな、アクセルとは。明日の御前試合で急に戦うことにはなったけれど、それも実を言うと少し楽しみだ。
当初の予定だったエルさんとの試合が楽しみでなかった訳では無いものの、その場合は完全に胸を借りる状態だっただろうし。何せ技量が違い過ぎる。
「そうか……。それは何よりだ」
ただでさえ優しげな顔立ちに穏やかな笑みまで浮かべ、ハルフォーフ様は静かにそう仰った。
その後しばしの歓談をして、それからハルフォーフ様と別れる。何でも、久しく会っていない友人もここに来ているそうで、探してみるとのことだ。
場に残るは俺とフランと、ベットリヒ少将。
「それにしても、ベットリヒ少将も大変ですね。こうも頻繁に王国へ来ることになって」
まあ今回は俺が原因だが。不本意ながら。
とはいえ俺自身がこのような場を設けたがった訳でもなければ、俺が少将を招待した訳でもないけれど。改めて不本意が過ぎるな。
「今回は慶事で呼ばれたのであって、個人的には休暇に近い印象だがね。主役が君であることも、そう感じられる大きな要因か」
ああ……、渦中ではない安全圏に居られるから、少将としてはそんなものか。
「仮に何か問題が起こったとしても、君ならば最終的に丸く収めるだろうからな」
なんか予想が外れてたんだけど。というか何だその妙な方向の信頼は。
「念のため断っておきますが、私より格上の方が複数集まっていますからね、ここには」
「現に赤のゲーベンバウアーをどうにかしてしまった以上、その言葉に然程の意味があるとは思えないが」
「……何事にも、例外というものがありまして」
何で俺が問題を解決したことを、俺への反論として使用されているんだ。おかしくないか。
……分かってるよ、一番おかしいのは格上をどうにかしてしまった俺だってのはさあ!
「例外というのであれば、リクこそがそうであるように思えます」
「果たしてどっちの味方かな、フラン?」
真顔で何てことを言うんだ、全く。
「相変わらず仲が良いようで何よりだ」
少将が実に楽しそうだ。どうやら本当に休暇の気分らしい。
「今のやり取りを横から見た少将からは、そんな言葉が出てきますか」
「二人とも、言葉に全く険が無かったように見受けられたものでね」
「あー……、それは、まあ……」
戸惑いこそあれ、怒りは特に無かったしな。
「リク、リク」
トン、トン、と俺の肩を叩くと共に、フランが俺の名を呼んだ。
そちらに目を向ければ、嬉しそうな表情がある。
「私達は仲が良さそうに見えるらしいですよ」
「うん。そう見られて嬉しいのは分かったから、一旦この話は終わろうか」
少将からの視線だけでなく、周囲からのそれも随分と生暖かくなってきた。ちょっとくらい嫉妬の視線とか、そういうのも混ざって良いんだぞ?
トラブルさえ発生していなければ、むしろ人当たりが良い主人公です。