第一八七話 お披露目会3
主人公が美味しいコーヒーを淹れました。
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俺の名前はリク・スギサキ。リッヒレーベン王国の城塞都市アインバーグを活動拠点とする、六つ星冒険者だ。
そしてここは王都ゲゼルシャフトにある大広場、その特設会場の控室。何の為の特設会場かと言えば、新たな神授兵装所有者としての俺のお披露目会の為だったのだけど。ほんの五分程前に、俺とアクセルのお披露目会へと意義が変更された。
少々のアドリブは入ったものの、大筋としては予定通り進行していたイベント。そこへ唐突に現れたのは、ジーグルト・ゲーベンバウアーとその孫であるアクセル・ゲーベンバウアー。
クソジジイことジーグルトの方は、危うく一般人である司会者に怪我を負わせるところだった。俺が咄嗟に庇ったから良かったものの、一体何を考えているのか。
本当に、目の前のクソジジイは何を考えているのか。
「そう睨むな。明日、ワシがやりたくなるじゃろう」
このクソジジイ、愉しそうにしてやがる。
全く以って理解したくない人種だ、というのは理解できてしまった。それはもう、嫌というほど。
さて現状だが、この控室には七名の人間が居る。
俺、フラン、エルさん、マリアベルさん、クラリッサ様の王国組と、先にも述べたジーグルト、アクセルの帝国組だ。
俺がアイテムボックスから取り出した一つの長テーブルを、六対一で挟んでいる。
「いや何で俺、こっち側に座らされてんだ? 一応はクソジジイの側じゃねぇのか?」
そう、六対一。一は当然、ジーグルトだ。アクセルは俺達の側に座っている。むしろ座らせた。
「アクセルは心情的にこっち側だろうし、席の位置は何も間違ってない」
「大丈夫ですよ。リクはアクセルさんに、全く敵意を抱いていませんから。むしろ好意的とすら言えるでしょう。ちなみに私も似たような心境です」
アクセルに対する俺の返答に、フランが言葉を重ねた。
毎度のことながら、ナイスフォロー。
「嫌われてねぇのは結構なことだけどよ、だからって扱いがほぼ仲間ってのはどうなんだ」
「失敬な。別にほぼは要らない」
「【黒疾風】は気難しい性格をしてるって、俺は風の噂で聞いたんだけどな?」
まあ面倒な性格はしているから、気難しいという評も間違ってはいないだろう。
「そろそろ話を進めても構わないかしら。次の予定もあるのだから」
おっと、クラリッサ様が不機嫌そうだ。ここは大人しく従っておこうか。
コーヒーの入ったマグカップ──全員分を俺が用意した──を口元に運び、舌を湿らせてから。塵芥を見るようにしてジーグルトへと視線を戻し、俺は口を開く。
「まずは、大事な部分を確認しておきましょう。貴方はお披露目会に乱入し、自身の孫と私を戦わせる流れを作りました。誰の筋書ですか?」
これは俺の推測を多分に含む。けれど、この場に居ないとある人物の影が妙にチラつくんだ。
経過はともかくとして、結果はこちらにとって都合の良いものになる可能性が極めて高い状況。俺には経験がある。
「……なるほどのう。あの男の言うた通りか」
ジーグルトの呟くような言葉は、答え合わせとしてほぼほぼ十分なものだった。
意味深な笑みを浮かべて俺を見るジーグルトは、そのまま言葉を続ける。
「ワシからも聞きたいことがある。あの男──サギリ・アサミヤとは何者かの?」
やはりという言葉すら既に今更だが、その口から出たのは導師サギリ・アサミヤの名。しかし、疑問文の中に入って出て来るというのは少しばかり予想外で。
俺と似たような心境だと思われるのはフランとクラリッサ様。はなから戸惑っている様子が窺えるのは、エルさんとマリアベルさん、そしてアクセル。
「『新たな神授兵装所有者』という言葉について、言葉遊びのような真似をしたのが気になっていたのだけれど。やはりサギリが関わっていた、となれば納得ですわね。御前試合の対戦カード変更も、異様にスムーズでしたもの。一体どのような手の回し方をしたのかしら」
呆れたような疲れたような、そんな様子で発言したのはクラリッサ様。
「貴方のその言い方では、サギリとの関わりは薄いのでしょう。けれど、まずはそちらが知っていることを話すのが、この場合の順序として正しいのではないかしら?」
でなければ何から話すべきか判断できかねますもの、と一旦言葉を締めた。
どう考えても、渡す情報を精査する目的の発言だろう。
果たしてジーグルトは、すぐに言葉を返す。
「大したことは言えんがの。ほんの二週間ほど前、初めてワシの家に突然やって来て、一方的に用件を言いよったわ。『近く王国で騒動が起こるので、お宅のお孫さんと赤の神授兵装をお借りしたいのです』、とな」
七つ星冒険者相手にその言い草、確かに導師だなと再確認してしまった。
ここでジーグルトは一旦マグカップを手に取り、コーヒーを飲んだ。
内心でほくそ笑み、けれど俺は表情を動かさず。
「仮面で顔すら見せん怪しげな男じゃ。ワシは当然、門前払いをしようとしたんだがの。彼奴め尋常でない殺気を一瞬で放ち、一瞬で収めるという芸当を見せよった」
それを楽しそうに、口角を上げて話すのか。
「更にはあろうことか、ワシと勝負をして、勝てば自分が用意している筋書通りに行動して貰うと。負ければ何でも言うことを聞く、とも言っておったの」
今、彼が導師の筋書をなぞっているというのであれば。勝負の結果は既に示されている。
正直なところ、驚きは無い。導師の実力は、最低でも七つ星級だろうと思っていたから。
「その後のことは、現状から分かろう。ワシと彼奴との関わりはそれだけ。話せることはもう無い」
次はそちらの番だと言わんばかりに口を閉じ、ジーグルトはクラリッサ様──と、俺を見た。
「おいクソジジイ。俺が知らねぇ話しか出てこなかったんだが!? 第一、あっさり赤の神授兵装を俺に渡したってことは、別に俺だけでリク達に声を掛けても良かったんじゃねぇのか!?」
額に青筋を浮かべたアクセルが、自身の祖父にキレている。もしこれが演技なら大したものだが、既にそれは疑っていない。
「それでは面白くなかろう。王国での騒動とやら、ワシは然程関われんようだからの。ならばこの程度の余興を楽しむ権利くらい、あるはずじゃて」
「そんな権利は無ぇ!」
俺の言いたいことは、アクセルが言ってくれるな。お陰で思考に集中できる。
「そも、ワシは用意された筋書通りに動いとるだけだからの」
「その筋書、複数用意されていたのではなくて?」
冷めた視線を向けつつ斬り込んだのは、クラリッサ様。
「……さて、どうだったかのう」
受けた指摘に対し、ジーグルトは目を逸らしながら恐ろしく下手な誤魔化し方をした。
むしろ、これを誤魔化しと表現すること自体が間違いであるのかもしれない。
「貴方から見て面白くない、平和な筋書。貴方から見て面白い、波乱を呼ぶ筋書。最低でもその二つはあったのでしょう。その方が、サギリにとっても逃げ道があって都合が良いでしょうし」
勝者の権利として敗者に言うことを聞かせるのだとしても、相手のやる気はあった方が成功率は上がるだろう。その上で、あくまで選択肢の一つとしてやる気の出る筋書を用意する。
筋書を書いた者の逃げ道の用意だと、思惑が分かっていたとしても。最後の選択が導師のものではないことは、事実となる。
非常に、姑息だ。ますます導師がやりそうな手だと思う。
「人物評としては、そういう男という表現が妥当なところかしら。安全圏でしか動かない訳では無いけれど、それなりに予防線は張る。強引な手を使うこともできるけれど、必要ならば搦手も使う。味方としては頼もしいけれど、信用し切るには怪しさが目立つ、と」
クラリッサ様の見解と俺の見解が、凄まじい精度で一致しているんだが。
『リク君』
うんざりしながら思考をまとめている俺に、エルさんが念話で話しかけてきた。
『これは、溶岩竜討伐の前日に言っていたことが関係しているのかな?』
導師の名が出てきて、神授兵装が関係するほど大きな話。ここまでヒントがあれば、そこに繋げて考えるのも当然か。
『その通りです。詳細はこの後、クラリッサ様も交えて話すことになりそうですね』
こちらも念話で返答した。後半部分は推測だが、十中八九そうなるだろう。
「ところで小僧、一つ賭けをせんか」
現在思考をフル回転させている俺に、ジーグルトは提案をしてきているらしい。
「アクセルが小僧に勝てば、王国で何が起こるのか話を聞かせて貰おう。サギリ・アサミヤとやらは肝心な話を一切伏せよったからの。無論、小僧がアクセルに勝てばワシも大人しく引き下がる。何か願いがあれば一つくらい──」
何やら長々と喋っているが、俺にとって必要な言葉は既に出た。
「アクセル、先に一撃入れた方が勝ちだ」
「お!? お、おう」
ぺしっと。鞘に納めたままの片手剣をアイテムボックスから取り出して、条件反射で頷いたアクセルの肩に当てた。
「良し、俺の勝ち。明日の御前試合は心置きなく、互いに全力でやろう」
「──何の真似だ小僧」
俺が爽やかに笑みを浮かべてアクセルに話しかける中、ジーグルトは随分と殺気だった様子だ。
しかしまさか、何の真似かを訊かれるとは。
「ひたすら自分の意思を押し通そうとする、貴方の真似ですが」
さも不思議そうな表情を貼り付けて、俺はジーグルトを煽る。
「他人の晴れ舞台に自分の孫をねじ込み、御前試合の対戦カードを変えさせ、その勝敗で賭け事をしようとする。少なくともこれだけのことを一方的にしかけておいて、たった一度の反撃でそこまで不機嫌になるとは。──随分と、周囲に甘やかされて生きてきたようですね」
ここまで言うと、テーブルの向こう側から拳が飛んでくる。俺の額に衝突し、頭蓋骨が派手に砕け──なかった。
それでは今の状況を整理しようか。
俺の挑発に乗ったジーグルトが激昂して俺の額を殴りつけたが、何も起こらなかった。言葉にすれば、ただそれだけのこと。
額に当てられた拳から、強い動揺が伝わってくる。周囲の人々もまた、何が起こっているのか分からない様子。
なお例外として、フランについては最初の一瞬だけ驚いた様子だったが、すぐに納得顔となった。
「私の額に虫か何か、止まっていましたか?」
こちらは言葉のジャブを打つ。
さて、彼の現在のステータスを示そうか。ひとまず、俺達王国陣営にのみ見える設定だ。
▼▼▼▼▼
Name:ジーグルト・ゲーベンバウアー
Lv.225
EXP:252135
HP:18306
MP:9768
STR:1(-9560)
VIT:19884(13255)
DEX:3677
AGI:4455
INT:1(-3695)
▲▲▲▲▲
表示場所はテーブル上。見た目はまるで、テーブルに埋め込まれたディスプレイのよう。
「まあ、今のへなちょこパンチでは、虫も殺せたか疑わしいですが」
そして、いつまでも俺の額に当てられたまま動かないジーグルトの拳を、中指でピンと弾く。
当然、その瞬間のみ標的のVITを下げてから。
ぺちんと、音こそ至って軽かったものの。俺の指に弾かれたジーグルトの拳は、傍目には大げさにしか思えないほど派手にかち上げられた。
「……小僧、ワシに何をした!?」
声を荒げて、怒りの形相で。俺に掴みかからんばかりの雰囲気ではあれど、先程から起こっている不可思議な事態に警戒心が働いたか、ジーグルトの行動は言葉を発するのみ。
「エディターの能力を用いて、貴方をゴブリンにも勝てない雑魚にしました。トリガーはそのコーヒー。エディターの能力の一部を転写しまして、飲めばステータス編集が可能になるように。まあ、貴方のカップに入ったものだけのお話ですが」
爽やかに、軽やかに。心からの笑みを浮かべて、残酷な真実を伝えてあげた。
ついでにこのタイミングで、テーブル上のステータス表示を帝国陣営の二人にも開示する。
「ふざけるな、今すぐ──」
「フフッ、フッ、クッ、フフフフフッ!」
恐らくは今すぐ戻せといったニュアンスの言葉を吐こうとしていたのであろうジーグルトの言葉を遮ったのは、クラリッサ様の笑い声。そちらを見ると、俺が見たことのある中で最も良い笑顔を浮かべていらっしゃった。
クラリッサ様の笑顔自体、俺はあまり見たことが無いけれど。
「ああ、全く……ワタクシとしたことが。少々、はしたない笑い方をしてしまいましたわ」
笑い声こそ止まったものの、時折肩が揺れている。
「お楽しみ頂けましたか?」
「ええ、ええ。こんなにも愉快な気持ちを抱いたのは、いつ以来でしょう」
「いえいえ、クラリッサ様。この後どのように遊ぶのかも決めなければなりませんから、そこまで言ってしまうのは、まだ早いかと」
ここでわざとらしく、ジーグルトに視線を送ってみる。
おお、何とも形容しがたい表情だ。自分がこれからどうすべきか、判断を決めかねているな。
「力だけを頼りにしているから、このような事態を招くのですよ。恐らく導師サギリ・アサミヤも、この展開は読んでいたことでしょうし」
何せ絶対強者と呼んで差し支えない彼に対してすら、事情があれば俺は刃を向けた。なら、ジーグルト・ゲーベンバウアーとの接触──否、衝突があれば、俺は手段を選ばずステータス編集の権限を獲得しようとするのは分かっただろう。
「この後何事も無ければ、帝国へお帰りの際にステータスを元に戻して差し上げます。ただし、これ以上こちらを不快にさせるようであれば──さて、どうなるやら」
テーブルの上に表示したジーグルトのステータス。そこに手を触れ視線を誘導し、数秒だけ更に値を編集してみせた。
内容を以下に示そう。
▼▼▼▼▼
Name:ジーグルト・ゲーベンバウアー
Lv.225
EXP:252135
HP:1(-18305)
MP:28073(18305)
STR:1(-9560)
VIT:1(-6628)
DEX:28014(24337)
AGI:1(-4454)
INT:1(-3695)
▲▲▲▲▲
MPとDEXの二極振り。戦闘において最も弱くなる振り方だ。何せ、普通の子どもが軽くぶつかってきただけで即死する。
ジーグルトのステータスを一度目の編集時のそれに戻してから、笑顔を浮かべて彼の目を真っ直ぐに見る。
「それでは、我々はパーティー会場に向かいます。ですが、貴方はご気分が大変優れないご様子。欠席する旨は、こちらで伝えておきましょう」
笑顔のままそう言い切って、俺は立ち上がった。
誰からも異論が無いようなので、今の言葉通りパーティー会場へ向かおう。
主人公の全力()が、七つ星冒険者の一人を打ち倒しました。