第一八五話 お披露目会1
夜のパーティーは王室が主導ですが、夕方のイベントはギルドが主導です。
ぽん、ぽん、と。空に小さく白煙の球体を作りながら、唐突に打ち上げられた火薬がイベント開催を音で知らせる。
間を置かず、特設ステージの両脇から盛大な火柱が噴き上がり、観衆の視線を一気に集めたところでステージギミックが作動。一人の人間が、いつの間にやらステージ中央に開いていた穴から勢い良く飛び出した。
その人間は華麗に着地を決めて、マイクの役割を果たす魔法具を片手に握り、口を開く。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました! これより、この世界に新たなる神授兵装をもたらした、次代の英雄のお披露目会を始めます!」
このお披露目会の司会を行う、若い女性だ。鮮やかな赤と青が印象的な、アイドル衣装のような服を着ている。大きなイベントでは良く司会者として呼ばれていて、それなりの有名人であるらしい。
確かに聞き取りやすい声をしているし、顔立ちも整っているし、何より手慣れた様子が窺えた。
司会の言葉が一度途切れたところで再び火柱。会場中の観客も、歓声を上げて盛り上がっている。
「皆さん、実に元気が良いですね! とはいえ無理もありません! 何せ、新たな神授兵装の出現など、数百年ぶりのこと! 我々が生きている内に巡り合える可能性は、決して高くはありませんでした!」
まあ、確かにそうだけども。
「ですが我々は今、その可能性と巡り合うことができたのです! このエクサフィスの人類史に残る一ページを、我々は直接この目で見届けることとなりました!」
いやそんな大層なもんじゃないって。別に偉業を成し遂げるつもりとか無いし。
黒の神授兵装は何かこう、突然この世界に現れて、何となく民衆の認識に馴染んでいけば良いと思うよ。それに悪用が簡単な類の能力だし、何なら俺を最初にして最後の所有者として、ひっそり歴史の影にフェードアウトしたって良い。
……クッソ、観客の方は盛り上がってやがる!
「さて。申し遅れましたが私、今回のイベントで司会を務めさせて頂く、シドニー・シュミットソンと申します! 本日は皆様と共にこの時間を共有できること、心より嬉しく思います!」
素敵な笑顔を振り撒き、司会のシュミットソンさんは自己紹介を行った。
観客の反応はやはり上々。中にはファーストネームを叫ぶように呼んでいる輩も居て、恐らくは彼女のファンなのだろうと思われる。
「それでは早速、本日の主役のご登場……と言いたいところですが、その前に! 実は、豪華ゲストをお呼びしています! どうぞ、こちらへ!」
司会者の呼び声に応じて、舞台裏から表に出てきたのは四人。
「リッヒレーベン王国が誇る七つ星冒険者! 白のラインハルト、エルケンバルト・ラインハルトさん! 紅紫のエクスナー、クラリッサ・エクスナー侯爵令嬢! 青のシャリエ、マリアベル・シャリエさん、とー? その妹、【大瀑布】フランセット・シャリエさん! この四名様に、本日は来て頂きましたー!」
エルさんは穏やかな笑み、クラリッサ様はすまし顔、マリアベルさんは溌溂とした笑顔、そしてフランは楚々とした微笑を浮かべて。各々声援を受け止めながら、ステージ上に用意された席へと座る。
「いやー、私も大物ゲストを迎えてのイベントはそれなりにこなして来ましたが、流石に今日ほど緊張したことはありません! 心臓が破裂しそうな勢いですが、頑張って進行役を務めていきたいと思います!」
弱音のようなものを吐きつつも、その表情は曇り無く。やはり手慣れている様子だ。
場にゲストを呼んだということで、そのまま自己紹介をしてもらう流れに。
まずはエルさんから始まり、クラリッサ様、マリアベルさん、フランと、名前を呼ばれたそのままの順序で進んだ。フランだけは神授兵装を持たないけれど、観客からの反応はどうやら悪くない。
まあ、【大瀑布】の二つ名持ちだしな。知名度としては、他三人と比べてそれほど見劣りするものでもないか。
「ゲストの方々に自己紹介をして頂いたところで! 本日の主役についてのお話を、伺っていきたいと思います! ええ、まだ焦らしていきますよー? ちなみに私は司会進行のお仕事を受ける時、本日の主役の方のお名前を真っ先に言われてしまいました! 少しくらいは焦らして頂きたかったものだと、今なお思っています!」
焦らして欲しかったのか、司会の人。
いや確かに、世間がこれだけ楽し気に新たな神授兵装所有者の正体を予想している訳だしな。分からないでもない。
「まずは、ラインハルトさんからお願い致します!」
イベント進行の流れは決まっているものの、俺についてどういった話をするのかは知らない。果たしてエルさんは何を言うのだろうか。
話を振られたエルさんは立ち上がり、マイク型の魔法具を持って観客の方を見渡す。
「改めまして、エルケンバルト・ラインハルトです。今日は八色目の神授兵装、その所有者のお披露目会という記念すべき場に呼んで頂けたことを、光栄に思います」
光栄に思うべきなのは、むしろ俺の方じゃないかな。七つ星最強の冒険者がゲストで来てくれたんだから。
……おお、観客からひと際大きな歓声が。
見た目良し、性格良し、強さ良しの三拍子揃ってるだけある。俺とは大違いだ。
「僕が彼に対して最初に抱いた印象は、強くなりそうだ、というものでした」
いきなりハードル上げるの止めてくれませんか。この後に登場しないといけない俺の身にもなってくださいよ、ねえ。
「とても静かな目で、けれどその奥には確かな光を宿していたからです。だから僕は、彼に向けてこう言いました。『これからよろしく頼むよ』と、社交辞令として良く使われている言葉を、決して社交辞令の意味ではなく」
俺は社交辞令として受け取ってましたけど!?
あああ、ハードルが上がってる! 観客の期待が不当に不必要に高められてる!
白のラインハルトの口から、第一印象で強くなりそうだと思ったって言われりゃ、そりゃそうなるよなチクショウ!
「ありがとうございました、ラインハルトさん! なるほど、七つ星最強の呼び声高いラインハルトさんから見ても、その高評価ですか! ところで彼という言葉が出てきましたので、本日の主役の性別が男性であることが分かりましたね! 予想が女性だった方は残念、ハズレです! さてお次はエクスナー侯爵家のご令嬢、クラリッサ様、お願い致します!」
順番が回ってきたクラリッサ様は、椅子から立ち上がって優雅に一礼。観客をどよめかせつつ、全く意に介した様子も無く口を開く。
「ワタクシから見た彼は、そうですわね……、力の使い方を常に考えている者、といったところかしら」
……なるほど?
「今回新たに現れた神授兵装も、例に漏れず強力な代物。そして特に、悪質な使用方法もある代物ですわ。けれどワタクシが知る限りにおいて、彼が力を悪用した事実はありませんもの」
確かにエディターの能力は、悪用が容易だ。職務上、犯罪行為に詳しくなる警察が逆に犯罪行為に手を染めてしまう事例があるように、己を強く律する必要があるものだと思っている。
「あるいはその気質は冒険者と言うよりも、衛兵や憲兵に近いのかもしれませんわね。もっとも、彼に冒険者をやめるという選択肢は、今のところ無いように見受けられるのだけれど」
また地味にハードルが上がった気はするものの、内容としては俺を擁護するもの。俺本人がエディターを犯罪行為に使用しないと言っても効果は薄いだろうが、こうして他者から使用しないだろうと言って貰えれば信憑性はある。
クラリッサ様に対し、ここまで俺なりに真摯に向き合ってきた結果だろうか。何にせよ、ありがたいことだ。
「なるほど! 自分以外の誰かが持つ強力な力というものは、脅威から我々を守ってくれるものにもなりますが、逆に我々の脅威となってしまう可能性も、やはり考えてしまうものです! ですがその心配は無用だと、そういうお話ですね! さてさて、人物像が少しずつ見えてきたところで、お次はマリアベル・シャリエさん、お願い致します!」
司会者に指名されたマリアベルさんは、何故か悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「前の二人が真面目な話をしたから、私からはもうちょっと親しみやすい話をしようかしら」
こう言っちゃなんだが、この四人の中では俺との接点が最も少ないマリアベルさんだ。そんな彼女から展開される、親しみやすい話とは一体。
「彼ね、動物好きなのよ。特に毛皮がふさふさしている動物が好きみたいで、ウチの飼い犬を撫でている時は随分と優しい目をしていたわね。彼自身の騎獣も、結構マメにブラッシングをしてあげてるって話を聞いたわ」
あー……、動物の話か。
人間と違って素直な反応をしてくれる場合が多いから、色々楽なんだよな。そういう、ある意味ネガティブな理由での動物好きなんだけど。
「おおっとここで情報が一気に増えました! 動物好き、シャリエ家に招かれたことがある、騎獣を飼っている、と! 特に二番目と三番目、これらは主役の正体の確信にも至る可能性があるのではないでしょうか!? それでは最後、フランセット・シャリエさん、お願い致します!」
最後の話し手となったフランに、観客の注目が集まっている。
そもそも彼女だけが、先にも述べていたが神授兵装を持たない。姉が所有者、それだけだ。
にもかかわらずこの場に呼ばれた意味は、何か。そしてこの話題における最後の話し手という重要な立場に回された意味は、何か。
多くの観客は既に、それを理解しているような納得顔をしていた。
「……予定では、私からもお話をさせて頂くことになっていたのですが。私の順番が最後になったことから、どうやら皆様も既に、本日の主役が誰であるのか確信を持たれているご様子。ですので、短く」
おっと、これは即座に俺の出番かな?
フランは一度大きく息を吸い、右手を空へと向けて元気良く言い放つ。
「ご覧ください、彼こそが新たな神授兵装所有者。私の自慢のパートナーです!」
俺が居たのは、立ち見客の集団の後方部分。深緑色のローブを着てフードを被り、人々に紛れて静かに佇んでいた。
しかして今は風を纏い、勢い良く空へと飛び上がっている。
一直線にステージ上へは行かず、まずは観客の上空を縦横無尽に駆け抜けてみようか。
飛びました。