第一八一話 アレックス・ケンドールと光の剣3
アレックスが周囲からどう思われているのかを少し。
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俺はカルル・ヴィウチェイスキー。城塞都市アインバーグで冒険者をやってる男だ。
今日は、近頃やたらと強くなっていきやがる冒険者仲間のアレックスに誘われて、パーティメンバーとオーク討伐のためにある町へとやって来てる。
近くに小せえ山がある以外には特徴も無え町で、依頼が終わりゃあすぐ帰るかと、到着してすぐに思った。
依頼も別段難しいもんじゃなかったからな。
少なくとも依頼内容としちゃあ、そうだったんだ。
どうにもおかしいと気付いたタイミングは、下見がてら山に偵察に入った結果巣を見付けたんで潰して、その帰りの時だった。
もうすぐ夜だって時間に、町の方が喧しい。これが栄えた町での話なら別段可笑しかねえが、この町はそうじゃねえ。アレックスが険しい表情で急ぐように言って、俺らも首を縦に振って応えた。
町に戻った時、そこではオーク共が暴れてやがった。ぱっと見えただけでも片手で足りねえ数がいやがって、こいつは貧乏くじを引かされたもんだと思った。
俺ら四人、手分けして町のオーク共を片付けた。俺もただのオークなら一人で問題無えし、ソルジャーオークでも頑張りゃ何とか倒せる。
ある程度町の中を回って、緊急時の避難所になってるって話の町長の家に行くと、そこそこ立派な壁が敷地を囲ってやがった。
中に入るとアレックスが居て、町長と何か話してるのが見えた。ちっとばかし内容も聞こえてきたんで、俺が残ってアレックスを行かせることに。
ぶっちゃけ、逆にしときゃ良かったけどな。
アレックスが避難所を出てすぐ、オークが続々やって来た。
一体か二体ずつだったし、途中からセルゲイとも合流したから問題無えと思ってた。
けど、信じられねえことに、全身鎧を纏ったオーク──ジェネラルオークが出てきやがった。
ふざけんじゃねえ、俺は三つ星の依頼って聞いてたんだぞ。これじゃあ四つ星最上位の難易度じゃねえか。
歯噛みしながら、内心で悪態を吐いた。
町の連中の中でもちったあ戦える連中が壁の外に出てたが、そいつらを急いで中へ走らせて扉を閉めさせた。
上等だクソッタレが。格上相手の戦いだったら、【鋼刃】に扱かれてんだよ。
やったらあ!
……けどまあ、そう上手くはいかねえよ。
俺もセルゲイもそんなに強かねえんだよクソが!
隙を突かれてっつーか、単純に力不足で壁をぶっ壊されて突破された。
慌てて俺とセルゲイも後を追って、町の連中に被害が及ばねえように必死こいて立ち回った。
アレックスが来れば何とかなる。
アレックスが来れば何とかなる。
アレックスが来れば何とかなる。
頭ん中の半分をそれで埋め尽くして、出て来ようとする弱音を必死に抑え込んで戦った。
一歩間違えりゃ即死も有り得ちまう状況で、どのくらい経ったか。多分、俺が思ってたよりは短けえ時間でアレックスは来てくれた。
いや、マジで良かった。
遅えんだよ、と軽く文句を言ったのは許せ。文字通り死ぬほど余裕が無かったんだ。
けどまあ、これで大丈夫だ。そう思えたなら、身体はもう少し動くってもんよ。
俺もセルゲイも、ついでに後からやって来たマラットも。ジェネラルオークに泥臭く挑みかかる。
全ては、アレックスの一撃を確実に決める為だ。
結果は大成功。
その一撃は……、尋常なモンじゃなかった。
武器が強かったってのは、あるだろう。
恐らく素材は魔物由来の金属で、刻まれた風魔法は一級の、魔法剣。薄く剣身を覆う風にアレックス自身の光魔法を込めれば、刃に光が集中して切れ味は跳ね上がる。
けどそれだけじゃあ無え。
ステータスシステムの特殊運用。一つでも習得すりゃ、一気に戦力として上に行けるトンデモ技法。それを、その時のアレックスは重ねて使った。
ありゃあ、紫電と重撃だったな。
攻撃の速度を跳ね上げる技法と、攻撃の衝撃を何重にも重ねる技法だ。どっちも【黒疾風】がアレックスに──特に俺が知る限りじゃあ、重撃の方はアレックスだけに教えたモンだった。
左下から右上に、真っ白に輝く剣が夜の闇を切り裂いた。
ジェネラルオークのハルバードも、鎧を纏ったジェネラルオーク自身も、一瞬の閃光の後には真っ二つになっちまった。
剣を振り抜いたまま、アレックスは少しの間動かなかった。刃に集中していた剣の光が剣身全体にじんわり広がりながら周りを照らして、それからゆっくり消えていった。
光が消えた途端、一人のガキの声が聞こえてきた。「すっげぇ、聖剣使いだったんだ!」ってな。
そのガキは母親らしい女に後ろから両肩を抱かれて、事を見守ってたらしい。目の周りは赤くなってて、まあ無理も無えよな、何せジェネラルオークだったんだ。
とにかくそのガキは、母親の手を振り払ってアレックスに駆け寄った。
ガキがきっかけだったんだろう。町の連中は揃ってアレックスに駆け寄って、揉みくちゃにした。
揉みくちゃにされてるアレックスは、町の連中が自分を寄ってたかって聖剣使い呼ばわりしてくることに動揺しまくってた。
まあ、聖剣じゃねえだろうしな。威力といい、見た目といい、大分それっぽかったのは確かだがよ。
何にせよ、これで一件落着っつー訳だ。町のオーク共は一掃できたはずだしな。
今日はえらい目に遭ったし、ゆっくり休みてえ。
次の日の昼過ぎ。俺達は帰りの馬車に乗った。
昨晩はジェネラルオークが町長の家の庭で暴れた訳だが、幸い大した被害も無く。家自体については傷の一つも付いちゃいねえってんで、町長が是非にとか言って泊まるよう勧めてきた。
晩飯はそれなりに豪勢なもんで、町の連中の何人かも呼んでちょっとした宴会になった。出した依頼の内容と結果的には食い違いがでかかったんで、俺達の心証を良くしようとしてたのは多分ありやがるが。
で、目が覚めたのがほんの一時間くらい前。昼になってもまだ寝てたのは、単に疲れてたからだ。
いやマジで疲れてたんだよ。けど昨晩、町長が秘蔵の酒を出してくれたもんでな。ありゃあ、旨かった……。この酒の為なら、今すぐ寝ちまいたいと身体が訴えて来ようが無理を通せると思った。
その結果があの起床時間だった。
そんな風に昨晩の事を思い出しつつ馬車に揺られながら、俺は向かいに座るアレックスに質問する。
「そういやアレックス。お前の剣、相当な代物みてえだが、どうやって手に入れたモンなんだ?」
刻まれた魔法は風属性のもの。だってのに、アレックス自身の光属性との相性が抜群だった。
いや、相性とかそういう話じゃなくて、いっそその為に組まれた魔法なんじゃねえかってくらいだ。
アレックスは一瞬きょとんとした表情をしてから、緩く笑って答える。
「実は【黒疾風】に作って貰ったんだ。先日、訓練所で突発的なイベントが開催されたものでね」
出てきた名前は、まあぶっちゃけ予想できてた。マラットとセルゲイは驚いてるけどな。
その突発的なイベントとやらは、何でも【黒疾風】がダチの昇級祝いに魔法具を渡して訓練所で使わせてたら、その場に居た連中から物欲しそうな目で見られたから起こったことらしい。
たまたまそこにやって来たアレックスを見付けると、アレックスに勝てた奴に魔法具を作ってやるとか言ったと。
んで、アレックスが十連勝すりゃ魔法具を作ってやるとか言ったと。
「……【鋼刃】が来なくて良かったな」
「……ああ、全く以ってその通りだ」
上級冒険者で訓練所を利用してる人間は少ねえが、【黒疾風】と【鋼刃】の二人に関しちゃ結構な頻度で利用してるからな。
「それにしても、この剣があって良かったよ。お陰でジェネラルオークも易々と斬れた」
鞘に収まった剣に目を落として言うアレックスは、どうも本気でそう思ってやがるらしい。が、あの強烈な一撃を思い出すと、ちっとばかし手応えが違っただけで結果は変わらなかったんじゃねえかと俺は思う。
行きと同じく二日かけてアインバーグに戻ってきた俺達は、ギルドの受付で完了の報告をしてる。
「……依頼内容より星一つ分、実際の危険度が上じゃないか」
アレックスが代表して受付の姉ちゃんに状況を説明すると、その姉ちゃんが頭を抱えた。
「ああ、お陰で散々な目に遭ったぜ」
別に目の前に居る受付の姉ちゃんが悪い訳じゃねえが、思い出したらムカついてきちまった。
「まあまあ。依頼の危険度が想定から上下する可能性があるのは、僕ら冒険者も承知の上だろう? カルル達を誘ってしまった僕が言うのもなんだけどね」
「三つ星上位程度の依頼が実際にゃ四つ星下位程度の危険度だったってんなら、承知したがよ。あと、お前に誘われたのは別に怒ってねえ」
「……まあ、うん。怒っていないのは、良かったよ」
危険度の上下は承知の上。そりゃあそうだ。正確な危険度を一々しっかり精査なんぞしてたら、手遅れになっちまうからな。
つっても限度ってモンがあんだよなあ!
「アンタらがこの依頼を受けてくれたのは、不幸中の幸いだったかねぇ……。心構え無しでいきなりジェネラルオークと戦わされるんだったら、四つ星パーティでも危なかっただろうし」
「アレックス以外は三つ星なんだが??? いや、言いてえことは分かるがよ」
俺と受付嬢、ついでにマラットとセルゲイの視線もアレックスに集中した。
「な、何だ、急に僕の方を見たりなんかして……?」
こいつマジで自覚がありやがらねえ。当たり前みてえに、たじろいでやがる。
「アレックス・ケンドールを五つ星に昇級させるって話は、ギルド内でもぼちぼち出てきてるんだよ。ただ、四つ星に上がって割とすぐだから、ちょっと様子見した方が良いかもしれないって意見もあるけどね」
「それは本人の目の前で言うことではないね?」
引きつった笑みを浮かべつつも、アレックスがツッコミを入れた。
「そもそも、僕にはまだ上級に上がれるだけの実力は無いさ。今回ジェネラルオークを倒せたのだって、カルル達が隙を作ってくれて、武器の高い性能もあっての話だった」
「嫌味か死ねよ」
「死ねよ!?!?」
クソ腹立つこと言いやがったから、こっちも容赦なく暴言吐いちまった。
「まあこの無自覚野郎の話は横に置いといて、だ。依頼内容より明らかに実際の危険度が上だった。じゃあ、報酬の上乗せはしてくれるんだろうな?」
「そりゃあ勿論さ。今日のところは額面通りの報酬しか渡せないけどね」
そう言って、受付の姉ちゃんは金の詰まった袋を俺達の目の前に出す。
ささっと俺が袋を受け取って、アレックスが何か言う前に俺が言う。
「テメェら、この金で酒かっ食らいに行くぞ!」
アレックスの野郎も強制参加だ!
もし拒否しやがったら、酒瓶ごと口に突っ込んでやる!
「二日前にも浴びるほど飲んだだろう!?」
「うるっせえよ! 誰の所為でヤケ酒飲もうとしてると思ってやがる!」
「ヤケ酒なのか!? そもそも僕の所為なのかそれは!?」
微妙に抵抗してくるアレックスを無視して、俺らは酒場へと向かっていった。
聖剣使い(偽)。