第一七八話 魔法具を欲する者達
名無しだったキャラに名前が付きました。
この模擬戦において、エリックが最初から前衛として動いている。
高密度に圧縮された炎の刃は完全に上級の領域へと踏み込んでおり、風を纏って多少なりとも防御力を増した今の俺でも直撃を受ける訳にはいかない。それでいて、俺が渡した風の魔法具で味方の回避を補助したり、こちらの動きを阻害したりしてくるのだからとんでもない。
また、アンヌは投げナイフによる遠距離攻撃で後衛を務めており、周囲にばら撒かれたそれが何の前触れも無くこちらに襲い掛かってくる。
元々剣士であるアンヌには然程多くの魔力が無いため、頻度としてはそれほどでもないが、だからこそ嫌らしいタイミングでナイフを飛ばしてくるので警戒しない訳にはいかない。
更に回復役であるステラさんの護衛を兼ねているのか、その傍を離れない。
ジャックは普段通り前衛だ。
けれど盾の魔法具による防御力は普段を大きく上回っていて。同じく盾の魔法具による推進力の方も縮地と組み合わせ、高い機動性を獲得している。お陰で、エリックが強引な攻めを行ってもこちらが反撃に出辛い状況。壁役として、十全な働きだ。
ステラさんも普段通り後衛。けれど回復のみならず障壁を展開することにより俺の移動先、そして攻撃を潰してくる。
元々治癒術師として優秀な彼女だ。敵の攻撃が味方に当たった直後に回復魔法を飛ばせるし、それはつまり戦況をリアルタイムで把握できているということに他ならない。
だから、障壁を本来の使い方である防御のためにも展開し、かつ味方の攻撃に合わせて解除をするような芸当も見せ始めた。
長くなったが、これを短くまとめよう。
クッソ強い。少なくとも三つ星パーティの実力としては異常。
「褒めてくれてありがとう。……だけど、メインの武器は使わないし、ステータスシステムの特殊運用も使わない。攻撃力も速度も僕達に合わせて加減した上に、そもそもこの人数差があるのに掠り傷しか負わなかった状況で言われても、あんまり素直に喜べないよ!」
ここは結界の外。
俺以外は強制排除。俺は自分から出て、上記の感想を述べたのが今しがたのことだ。
「こう見えて六つ星冒険者だしな。ハンデがあろうと、そうそう負けてやるつもりは無いさ」
「どう見ても六つ星だけどね」
謙遜のつもりは無かったけれど、どうやらそのように受け取られてしまったらしい。エリックの返答はとても雑だった。
「ところで魔法具の調子はどうだった? ちなみに俺が貰ったエリックの魔法具は、すこぶる調子が良かった。流石に振り回した感覚が軽すぎるけど、これは慣れれば問題無いだろうし」
まあそんなことは気にせず、本題に入ってしまうが。
問い掛けられたエリック達は僅かも考える素振りを見せず、順に口を開く。
「移動について、敵の妨害と味方の援護ができるっていうのはすごく便利だったよ。僕は元々、敵を倒すことしかできなかったからね」
その敵を倒すことってのが、超火力のお陰で凄まじいんだけどな。まあ、サポートも可能になった方が戦略に幅が出るだろう。
「俺は全身鎧をやめて防御力が下がってたけど、この盾があれば結構な威力の攻撃でも受けられて安心感があったな。それに、魔法の盾っつったら普通は地属性か水属性だけど、風属性なら軽くて取り回しも楽だし助かるぜ」
受け流しの技術が上がってきていたし、俺から見て防御力が下がっていた印象は無いけれど。壁役なら、もっと高い防御力を備えて貰うのは悪くないはず。
「ナイフをばら撒いておけば色んな方向から敵を攻撃できる、ってのは思ってた以上に良いね。扱いに慣れるのは大変そうだけど、その分の価値はあるだろうさ」
今回俺が受けた攻撃は、投げナイフによるものだけだった。無論、高威力なエリックの一撃を最優先で回避していた事情はあるにせよ、攻撃のタイミングや角度が絶妙だった。
「思った場所にすぐ障壁を張れるので、とても使いやすかったです。回復魔法を飛ばすのと似たような感覚で使えば良い訳ですから、初めてでも上手くできましたし」
ゲーム的に言えば、置きヒールか。ダメージ発生を事前に予測し備えておくことで、即時回復を可能とする技術。今回は障壁の話なので、ダメージの発生自体を防ぐということ。
……とまあ、好評らしい。
これがお世辞ということは無いだろう。そう信じたい。
「それは何より。どうやら俺の見立ても正しかったらしいし。……特にステラさん」
そう、特に。
高ステータスでゴリ押さないことを決めていた俺にとって、今回の模擬戦で一番厄介だったのがステラさんだ。
五回に一回くらいの割合で、俺の攻撃の直前に発生した障壁に阻まれるんだよ。それがどれほど厄介か、分かるか?
例えるなら、RPGで命中率80%の攻撃だけを使い続けるようなものだ。常に攻撃の失敗を意識しなければならない煩雑さ、ここぞで本当に失敗してしまった時のリカバリーをどうするのか。
ああ、面倒だった。すこぶる面倒だった。
「斬撃はタイミングを合わせられると完全に防がれてたからな。刺突なら強引に障壁を突破できたけど、そればかりを使って攻撃を単調にする訳にもいかなかったし。……うん、俺は本当に適切な魔法具を渡した」
自画自賛。そうでもしなけりゃ、やってられない模擬戦の内容だったともいう。
それはさておき、時間が経過したためこの訓練所にも人が増えてきていた。
俺達の模擬戦を見学していた者も居るし、そこから話を聞いた者も居る。新たな装備を使用していたのは、訓練所の常連にはすぐ分かったことだろう。
つまり、何が言いたいかといえば。遠巻きにではあるものの、普段とはまた違った注目を集めてしまっていた。
「あー……、見られてる、みたい、だね?」
俺が何を気にしているのか気付いたらしく、エリックは半笑いで周囲に視線をやった。
「まさか魔法具を作ってくれとか言い出さないだろうな、あいつら」
「それ、全然まさかじゃなくない?」
「いやいや、俺は友人へのお祝いとして魔法具を渡したっていうのに。まさか知り合いですらない人間が何の理由も無しに貰えるだなんて、そんな馬鹿なことは考えないだろう?」
わざとらしく大声で言ってやると、たじろぐような気配が複数あった。
ただし、こちらに視線を送ってくる人間の総数よりは少なかったけれど。
さて、どうしたものか。
相手にしないことはできるものの、鬱陶しさはある。今日は一日ここで訓練に費やすつもりだからな。何かしらの対処はしたいところだ。
そんなことを考えていると、新たにこの訓練所にやってきた人間が居る。元ストーカー……、光属性の魔法剣士、アレックス・ケンドールだ。
いい加減、頭の中だけとはいえ元ストーカーと呼ぶのも可哀想だな。今のあいつはそこそこ以上に良い奴だから。
アレックスは周囲を見渡し、視線が集まっている俺達の方を見て、各々が持っている装備を確認してから。微妙な笑みを浮かべて、近付いて来る。
「やあ。君達はいつも注目を集めているね」
それは否定しない。しかし。
「そういうアレックスも、結構な頻度で注目を集めてるけどな」
「やめてくれ……」
アレックスは俯きながら、こちらに掌を向けてくる。どうやら皮肉を言ったと思われたようだ。
まあ確かに、以前は悪い意味で注目を集めてたからな、こいつ。
「……あ、そうだ」
良いことを思い付いた。ああ、これは名案だ。
「アレックスを模擬戦で打倒した一人だけに、俺が魔法具を作ろう!」
即、実行。
俺は高らかに、本人の承諾何それ美味しいの状態で、容赦なく宣言した。
「君達が集めていた注目の理由はほぼ確信していたが、どうして今僕がそれに巻き込まれたんだ!?」
彼は実に不満そうである。けれどそれも致し方ないこと。
なに、想定の範囲内だ。
アレックスの左肩に俺の右手を置いて、笑顔で口を開く。
「十人抜きしたら、オーダーメイドでアレックス用の魔法具を作ろう。ちなみにその時点で挑戦者も締め切るから、延々相手をしなきゃならない訳じゃ無い」
六つ星に上がってしまった俺が相手をするのでは、勝てる訳が無いと思われるだろう。
けれどアレックスならば──実力的には完全に五つ星の領域だが──四つ星だし、以前のこいつの印象を引きずっている連中も居る。それなりに良い塩梅のはずだ。
「く……ッ! ……分かった、良いだろう。先着十名、誰から来る!?」
すっかり物分かりが良くなったアレックスは、剣を抜いて挑戦者を煽った。
さて、アレックスはどんな魔法具を注文してくるだろうか。
その後、予定通り俺は俺の訓練を続けていた訳だけれど。アレックスの方は、順調に勝ち星を挙げている。
風魔法の制御を片手間に行う訓練だったので、模擬戦の様子は最初からずっと確認していた。
まず、一人目の挑戦者はお話にならなかったと言っておこう。
堂々と待ち受けるアレックスに真正面から突撃し、紫電による一閃で終了。率直に言ってこれをカウントしたくはなかったが、一は一だ。
続いて二人目。
一人目が瞬殺されたこともあり少しは警戒していたらしいが、今度はアレックスから動いて即終了。電光石火の一撃だった。
三人目。
もはやそれなりどころではなく警戒している様子だったため、先の二人のように一撃で終了とはならず。アレックスの方も速攻を仕掛けることなく、落ち着いた様子で剣を振るっていた。
とはいえ、アレックスはステータスシステムの運用精度を飛躍的に上げている。【黒疾風】や【鋼刃】との模擬戦も回数を重ねており、単純に強くなった。
故に、ただただ順当にアレックスの勝ち。
四人目から九人目は割愛しよう。
一撃では終わらなかっただけで、内容としては三人目と似たり寄ったりだった。
さておき十人目。
訓練所にやって来る人間は時間経過と共に増え、必然的にギャラリーは増えるし挑戦枠の倍率も上がって。そんな中で最後の挑戦枠を獲得したのは、とある槍使いの男だった。名をトビアス・シュレーダーという。
彼もまた訓練所の常連で、俺も顔を見れば挨拶くらいは交わす。超火力魔法使いエリックが長杖を新調した際、俺に対して迂闊な発言をしたのでヘッドロックを食らわせてやったのが彼だ。
まあ、気の良い奴ではあるよ。
そのトビアスだが、俺の知る実力としてはそれなり。アレックスと同じく四つ星冒険者であり、アレックスより先にその等級まで上がっていた。四つ星の中では中堅といったところか。
油断無く槍を構えて間合いを計り、アレックスを侮る様子は微塵も無い。むしろ格上相手であるかのように緊張感を持ち、けれど穂先がブレることも無く。
これまでとは一線を画すその空気に、観客も固唾を飲んで静かに見守っている。
──そして、静寂は突然に破られた。
先に動いたのはトビアス。
予備動作を極力省いた鋭い突き。
アレックスは剣を合わせ、胴に向かってくる穂先の軌道を逸らすことで対処。間髪いれずに前進し、お返しとばかりに突きを放つ。
そのタイミングに問題は無く、速度も十分。切っ先はトビアスの胸に吸い込まれるようにして──けれど何も貫かなかった。
「はー、あっぶね。縮地って言ったか、苦労して覚えた甲斐があったわ」
一瞬前までの立ち位置から、二歩ほど後ろに居るトビアス。軽口を叩いてはいるが、その表情は硬い。
とはいえ縮地を習得しているなら、それなりに良い勝負ができるだろう。
そんな感想を抱きつつ、俺個人の訓練である魔法制御を維持しながら。勝負の行く末を見守る。
どちらが勝つんだろうなー(棒