第一七六話 三つ星昇級パーティー
お祝いする側の主人公。
マックス君への個人的な補習は、順調に進んだ。
結合起動を教えたその日の内に中級魔法の発動を成功させて、そのまま剣に風を纏わせる訓練に移行。そこまでの成功はしなかったものの、手ごたえはあったらしく満足げな表情を浮かべていた。
話は一気に変わるが、超火力魔法使いことエリック達の三つ星昇級祝いについて。お人好しお姉さんことロロさん主導でパーティーを開催することになり、今夜を予定している。
場所は城塞都市アインバーグにある、小さなレストラン。貸し切りにしているそうなので、色々と好き勝手にできそうだ。勿論、店側の迷惑にならない範囲で。
「色々忙しいはずなのに、来てくれてありがとうね、リク君」
現在は夕方。街並みが夕焼け色に染まっていくのを、俺はロロさんと並んで歩きながら見ている。
行き先は貸し切っているレストランだ。
「学校のことなら、もうすっかり落ち着いてますよ。先生方からの質問もほとんど無くなって、資料も完成しましたから。……ションブルク先生からの質問はちょくちょくありますけど」
【黒疾風】のファンだという、冒険者養成学校の先生だ。
一度行った質問をもう少し掘り下げて再度質問してきたりして、水増しに近いことをされている。とはいえステータスシステムの特殊運用は習得できているし、再質問もより深い理解のためには必要な内容なので、その意味では問題も無いけれど。けれど。
「あはは……。頑張って!」
「そこは俺、頑張りたくないんですけど」
そんな具合に雑談を続けていたら、目的のレストランに到着した。
建物としては平凡な、周囲の景観を崩さないもの。内装はちょっと小洒落た洋風レストランといったところで、ドレスコードも無い。そもそも今夜は身内だけでこの店を利用するのだけれど。
「あ! こんばんは、ロロさん、スギサキさん! 今日は、本当にありがとうございます!」
明かりのついた店内に入ると、そこではステラさん──エリックのパーティー唯一の回復要員──が一人テーブルに着いていた。
なお、彼女は元より三つ星なので、今回祝われる側ではなく祝う側の人間である。
ステラさんは座っていた椅子から素早く立ち上がり、こちらに頭を下げてくる。その際、亜麻色の髪がふわりと舞った。
「場所を確保してくれたのはロロさんで、俺は何もしてないし」
「確かに場所は私が確保したけど、リク君はすっごいプレゼントを用意してくれてるから、期待しててね?」
「ハードルだけ上げるの止めてください。俺が何を用意したか、ロロさんにも教えてませんよね?」
ハードルを上げられた程度で渡すのが恥ずかしくなるような物では、決してないけれど。
「はっきり教えて貰ってはないけど、魔法具にしようかなとは言ってたよね?」
「まあ、それは言いましたけど」
「わあ! きっと皆、喜ぶと思います!」
ナチュラルに自分を除外する言い方をしたステラさんは、無邪気な笑顔を浮かべている。
「ご期待に沿えると良いけど」
ここは余計なことを言わず、無難に話を終わらせておこう。折角なので、ちょっとしたサプライズにしておきたい。
程なくして、エリックとジャック、アンヌの三人──今日の主役達がこの店に入ってきた。
軽く挨拶を交わして、全員が席について、そのまま料理と飲み物が運ばれてきて。三つ星昇級祝いのパーティーが始まる。
「今夜は、僕達の昇級祝いのためにパーティーを開いてくれて、どうもありがとう。初級冒険者から中級冒険者になって、受けるクエストの難易度はぐっと上がるけど。この四人なら、その先にだって行けると思ってる。だから、三つ星への昇級を祝いつつ、今後の前進を祈って! 乾杯!」
エリックのグラスが掲げられたため、俺を含む周囲のグラスも同様に。
キン、と小気味良い音がグラス同士の間で響いた。
それじゃあ、飲み食いしつつの会話を楽しもうか。
なお、座席は三・三で男女別に向かい合う形になっている。
左から俺、エリック、ジャックと座り、向かいはロロさん、ステラさん、アンヌだ。
「いきなり開始の挨拶をしろなんて言われるから、緊張したしびっくりしたよ」
まだ酒も回っていないだろうに頬を僅かながら赤く染めたエリックが、軽く愚痴のような言葉を溢した。
「んなこと言っても、やっぱりリーダーからの挨拶は必須だろ?」
「え、誰がリーダーだって?」
ジャックの言うことも尤もだよな、と俺が思っていたら、エリックが異論のありそうな言葉を返した。
「誰がって、お前だよエリック」
「いや、リーダーってジャックじゃないの? 元々ジャックが冒険者になろうって言って集まったメンバーだし」
へぇ、そうだったんだな。それは知らなかった。
「お前を差し置いてオレがリーダーな訳ねぇだろ。アンヌとステラもそう思うよな?」
女性陣は女性陣で会話を始めていたところだが、それを中断した。
「はっきり誰がリーダーかって決めた訳じゃないけど、あたしもぼんやりとエリックをリーダーとして見てたよ」
「……私も、エリックがリーダーだと思ってました」
「ほらな?」
パーティメンバーの女性陣二人から同意を得て、ジャックは改めてエリックの方を見ている。
「えぇ……。リーダーって、メンバーを引っ張っていく人がやるものじゃないの?」
当のエリックは、あからさまに困惑している。
「完全にエリックだろ」
「完全にエリックだね」
そこへ、俺とロロさんが揃って追い打ちをかけた。
「え」
エリックは固まった。
「後衛の魔法使いだから戦闘中に全体の状況把握がし易いし、いざとなれば前に出て近接戦闘もバリバリこなせるし。単純に戦力として頭一つ抜けてるのに、手加減をする訳でも無くパーティーメンバーとの連携を崩さないのは凄いよ」
ロロさんのべた褒め。
「戦況分析が的確でありながら、格上相手に動じない精神力がある。ジャックと二人でトロール複数頭を相手取ったときもそう、ステラさんを救出したダンジョンでのこともそう。ジャックもアンヌもステラさんも、エリックがパーティメンバーに居ることで生じる安心感は相当大きいんじゃないか?」
そして俺のべた褒め。
俺からすると、例えるならフランが回復魔法を使えない代わりに近接戦闘ができるような状況だ。
後方からの強力な魔法攻撃に、もし敵を後ろに通してしまったとしてもさして問題にならないという安心感。後者は完全におかしい。
「そだな。エリックが居りゃ、とりあえず何とかなる気がするし」
「実際、何とかしてくれるしね」
「攻撃魔法が使えなくて満足に自衛ができない私ですけど、このパーティでは不安を覚えたことが無いです」
外野である俺やロロさんからの評価ですら非常に高い中、その恩恵を実際に受けているメンバーからの評価も当然の如く高かった。
「褒め過ぎだよ! 皆もう酔ってる!?」
悲鳴のような声を上げたエリックだけれど、実のところ褒め過ぎでも何でもない。それこそレベルさえ足りていれば、今すぐにでも五つ星冒険者として通用するだろう。
いや本当に。
エリックを褒め殺した後もパーティーは続き。皆で料理と酒と会話を楽しんで、テーブルの上が随分と片付いて来た頃。
俺は柏手を一つ。
「はい、俺からプレゼントがあります!」
全員の注目を集めたところで、高らかにそう宣言した。
ちょっとテンションがおかしいのは自覚してる。祝いの席で酒も飲んでいるんだ、そういうこともあるさ。
貸し切りなので叫んでも問題は無いし。
「まずエリックに、これを」
アイテムボックスから、綺麗に包装された細長い箱を取り出す。掌には収まらない大きさだが、片手で簡単に持てる程度のもの。
隣に座るエリックに手渡した。
「ジャックにはこれを」
今度は正方形の平たい箱だ。皿でも入っていそうな形状と言えば分かり易いか。
やはりジャックに手渡した。
「アンヌにはこれ」
立方体の箱。サッカーボールでも入っていそうなサイズ感だ。
テーブルを回り込んで、アンヌに手渡した。
「そしてステラさんにはこれを」
エリックに渡した物と、同じ形と大きさの箱。
驚愕と恐縮が見て取れるステラさんに押し付ける。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 私は昇級していません! していませんよ!?」
無事に押し付けた。
用意しておいたプレゼントを全て配り、お礼の言葉も──何事かを言い続けるステラさん以外からは──貰ったので、俺は自分の席に戻る。
「大きさの割には結構重さがあるけど、何が入ってるの?」
エリックはしげしげと箱を眺めながら、俺に質問をしてきた。
彼にしては珍しく、騒がしく慌て続けるステラさんを放置することにしたようだ。酒が入っている影響もあるかもしれない。
「それは開けてからのお楽しみ。という訳で、四人とも開けて良いぞ」
他三人が包装を外して箱を開け始めたのを見て、観念したようにステラさんも包装を外し始める。
最初にプレゼントを取り出したのは、エリックだった。
「あ、やっぱり杖だ。短いから、取り回しが楽そうだね。改めて、ありがとうスギサキ君」
指揮棒サイズの短い杖。長さは三〇センチメートルほど。素材はジェネラルアーマー、上級の魔物の物だ。
「どういたしまして。ちなみにその杖の機能だけど、基本的には非殺傷の風を操作するものにしてる。敵を吹き飛ばしたり、味方を移動させたりできる。勿論、出力を絞れば攻撃にも使用は可能だけどな」
「……【黒疾風】謹製の魔法具だった!?」
次にプレゼントを取り出したのは、アンヌ。
「投げナイフが十本と、そのホルダーだけど……このナイフも魔法具なのかい?」
「当然。投擲後の加減速、方向転換も可能な優れ物だ。滞空させることだってできる」
「あたしが知ってる投げナイフと違う!」
これもジェネラルアーマーの素材を使用している。
更にその次は、ジャック。
「小さめの盾、バックラーか。……で、こいつはどんな魔法具なんだ?」
警戒心すら抱いていそうな顔を俺に向けてくる。
「ただの頑丈な盾だ」
俺は真顔で答えた。
「嘘だろ!?」
「嘘だよ。風の盾を生成する。大きさは本体と同程度からタワーシールド程度にまで自由に変えられるから、状況に応じて使い分けると良い。ちなみに、シールドバッシュよろしく衝撃を発生させることもできるようにした。敵との間合いを開きたい時に便利だと思う」
ちょっと遊んでしまった。ジャックが無言のまま、何とも言い難い目でこちらを見てくるが、俺は満足している。
そして最後、ステラさん。
「私のも杖ですね。大きさはエリックの物と同じですけど、デザインが少しだけ違います」
「それは風の障壁を作れる。使用者から離れた地点にも使えるから、自分の身を守るだけでなく、前衛のサポートも可能だよ。攻撃可能な魔法具にするか迷ったけど、当人の適性を考えるとこちらの方が良いかと思って」
「回復以外の、サポートが……。ありがとうございます、スギサキさん! 大切に使わせて頂きますね!」
喜んで貰えたようで何よりだ。頑張って魔法具を用意した甲斐もあったというもの。
「でも、どうして私にまで魔法具を? さっきも言いましたけど、昇級したのは私以外の三人だけなのに……」
「どうしてってそりゃあ、四人パーティで一人だけ仲間外れにするほど性格が悪いつもりは無いし」
「完全にただのついでじゃないですか! なのに、こんなにも良い魔法具を用意してくださったんですか!?」
正直に言い過ぎたな。何かしら話を作っても良かったか。
「あはは、流石はリク君だね。使われてる素材もかなり良い物みたいだし、長く使えるんじゃない?」
ロロさんが笑いながら話に参加してきた。
「どうせ遠からず上級に行くパーティでしょうし、中途半端なものを渡しても装備の更新がし辛くなって迷惑かと思って」
「ちなみに何の素材なのかな?」
「ジェネラルアーマーです」
いや、一応少し自重して中級のリビングアーマーにしておこうかとも思ったんだ。けどさっき言った通り、どうせ遠からず上級に行くだろうことを考えればな。素材も余ってたし。
「中級すっ飛ばして上級の魔物じゃねぇか!」
ジャックからのツッコミの声が、店内を走り抜けた。
またしても自重しなかった主人公。