第一七五話 冒険者養成学校10
別にそんな予定は無かったのに、校長がめんどくせぇキャラになりました。
生徒達の試合が終わった後、人死にでも出たかのように暗い雰囲気になっていたAクラスの元へロロさんが向かい、何事かを伝えていた。
恐らくは魔法の言葉とやらだろう。十分な効果があったようで、負けた悔しさこそあれど、ひたすらに暗いだけだった雰囲気は消えた。
……チラチラと俺の方を見てくるAクラスの生徒達が居たのは、少々気になるけれど。一応、マップ表示上で警戒だの敵対だのになってはいなかったので問題は無い……はず。きっと。恐らく。
試合が朝一の出来事だった上、すぐに終了してしまったので、この後も生徒達には授業がある。Cクラスはその担任のベイヤー先生が、Aクラスはその担任のバイエル先生──ではなく、ロロさんが今日は受け持つことに。
バイエル先生がAクラスを見ないのは、俺と同じく校長室に呼ばれているためだ。嘘ではない。全ての事実を語っていないだけで。
立派な柱時計が規則正しく時を刻む、校長室にて。
テーブルを挟んで向かい合う二つのソファーに、校長先生とバイエル先生、そして俺が座っている。校長先生は一つのソファーに一人、バイエル先生と俺が隣り合って一つのソファーに。
口火を切ったのは校長先生。その声色は明るく。
「さて、バイエル先生。今日のところはお帰り頂いて結構です。また明日から、よろしくお願いします」
建前すら守り切れない状況になるんじゃないかな、それは。Aクラスをロロさんに任せた本当の理由が、見え隠れどころかモロ見えじゃないかな。
「こ、校長、それは──!」
「今日は気分が優れないご様子。ですので、また明日から、よろしくお願いします」
言い募ろうとしたバイエル先生は、視線を鋭くした校長先生の迫力を前に勢いを失う。
「……分かりました。今日のところは、これで失礼致します」
無駄を悟ったか、そう言って入ってきたばかりのこの部屋を後にした。
俺はそんな彼の哀愁漂う背中を見送ってから、校長先生の方に向き直る。
「今回は、ご無理を言って六つ星冒険者の方の貴重なお時間を本校に割いて頂いているというのに、所属する教員が無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした」
いきなり謝罪を受けた。それも、深く頭を下げて。
「いえ、景気良くやり返しましたので。もう気にしていません」
本心だ。
小物に割くリソースがこれ以上は勿体ない、というのもある。
あっさりとした調子で答えた俺をどう捉えたか。校長先生は顔を上げはしたものの、やや困惑しているように見受けられる。
なので俺から、もう少し言葉を続けよう。
「ここではローラン先生も働いていらっしゃいますし。たった一週間程度とはいえ俺が教えて、どうやら慕ってくれているらしい生徒達も居ます。学校にとって不利益となるようなことは望みません」
一人の教員が潰れることになる可能性は作ったけれど。とはいえステータスシステムの運用法をこの学校のカリキュラムに組み込むのであれば、彼は教員として不適となる可能性が高い。適性は低そうだし。
学校にとって不利益であると、少なくとも断言はできないだろう。まあ、断言は。
「【黒疾風】が情に厚い方だという噂は、本当だったようですな。ローラン先生が自信を持って貴方を呼ばれたのも分かります」
「それは……、敵味方の区別がはっきりしているだけですよ。まさに今回のように」
ほっとした様子を見せる校長先生に、完全否定ではないが肯定もしない言葉を返した。
「ははは。では、本題に入るとしましょう」
さらっと流されてしまったけれど、元々深堀りしたい話題でもない。是非ともこのまま流されよう。
「このようなことが起こってしまった直後に言い出すのも、どうかとは思うのですが。スギサキ先生、今後も長期的に、本校で生徒達の指導をお願いすることはできませんか?」
いや、このまま流されるのは拙いな?
「申し訳ありません。大変光栄なお話ではありますが、お断りさせて頂きます」
俺は即答した。
人に教えるという行為は、自身の理解度を深めることにも繋がる。だから、多少の回り道にはなったとしても、俺自身の強さを磨く側面を少なからず持っていた。
けれど長期的に教えるとなると、流石に回り道が過ぎる。七つ星級の実力を目標としている俺にとって、それは好ましくない。
エミュレーター・コピーの使用者が表舞台に現れた時、力不足というのはあまりにも笑えないから。
「理由を伺っても、構いませんかな?」
校長先生は残念そうな表情でありつつ、半ば予想していたようにも見える落ち着きよう。
ただ冷静に、質問を重ねてきた。
「この学校にとって、俺は劇物でしょう。適量であれば薬としても使えるでしょうが、常用するなら毒にしかなりません」
本当の理由を話す必要も無い。ここは当たり障りなく行こう。
「そうですか。……いや、仰る通りですな」
おや、すんなり引き下がってくれた。
やはり、断られる予想はしていたということだろうか。
「しかし、適量であれば問題無いと」
にやり、という擬音語が相応しい表情を浮かべた校長先生。
最初に高いハードルを見せて、後から下げる。……詐欺師の手法じゃねーか。
「ええ、そうですね。もっとも、仕事を受けるかどうかはこちらの判断ですが」
主導権なぞ握らせるものか。
俺にあっさりと返された校長先生は、今度は苦笑を浮かべる。
「いやはや。スギサキ先生を流れでどうこうするというのは、無謀だったようですな」
さて、これは本心だろうか。それとも油断させるための演技だろうか。
「貴族の方との交流も持ってしまったもので。隙を見せるのは苦手です」
虎の威を勝手に借りつつ、俺自身もそう容易いつもりはないという牽制。意味は通じただろうか。
「こちらから仕掛けておいてなんですが、あまり脅さないで頂きたい。冒険者学校の校長などをやってはおりますが、中身は小心者なのです」
嘘クセェー……。
あるいはこうやって、俺を白けさせるのが狙いだろうか。こちらの牽制にも、即座に気付いたくらいだ。
「脅しなどと、そんな物騒な目論見はありませんとも。こう見えて平和主義者なんですよ、俺は?」
平和(の為なら敵をぶっ潰す)主義者だ。
しかし、ロロさんが一緒に居る時とは印象が異なる。この人も相手によって態度をかなり変えるタイプなんだろうか。
「ははは。ところで、低い頻度であれば学校からの依頼を受けて頂けるのでしょうか?」
笑って話を流すの好きだな、この人。これで小心者というのは何の冗談だ。
俺もあまり人のことは言えないけれど。
「たまに指導をする程度で、こちらのスケジュールに問題が無ければお引き受けしますよ。ただ、そろそろ忙しくなる予定なので、本当に低い頻度になっていくかと」
「ええ、十分です」
元々狙いはそこだったのだろうか。
話の決着は、酷くあっさりとしたものになった。
その後の俺が冒険者養成学校で行ったことは、ステータスシステムの運用法に関する教員の方々からの質問に答えることや、実技指導などが主。必要に応じて資料に加筆修正を行いもした。
生徒への指導は多少行う程度だったけれど、一人例外が居る。マックス君だ。
ある日の放課後。突っ走りがちなシアさんを日々抑えてくれている礼として、俺にして欲しいことは無いかと質問した結果。剣技と魔法を組み合わせた戦い方を教えて欲しい、と言われた。
実地訓練のため魔物討伐に出かけた日の移動手段として、俺がエアロを付与した魔法具を生徒達に貸与していたことは記憶に新しい。その際、たった一人だけ合格点を与えられるレベルで魔法具を使いこなしていたのがマックス君だ。
そう、彼は風属性に適性を持つ魔法剣士である。
校長先生からきちんと使用許可を貰い、俺とマックス君は修練場へと移動した。目的は勿論、マックス君の要望に応える為だ。
普段の授業でクラス全員を連れて入る修練場と違い、今はたったの二人。しんと静まり返ったこの雰囲気は、中々に悪くない。
「さて、とりあえず修練場に来たけど。剣技と魔法の組み合わせという表現には、解釈の余地が多い。具体的にどういったことを覚えたいのか、まずは訊こうか」
既に武具を装備し準備が完了しているマックス君に対して、俺は質問を投げた。
マックス君は迷う素振りも見せず、即答する。
「【黒疾風】の戦い方を、模倣したい」
おおっとこれは、どうしようか。
全く予想していなかったと言えば、嘘になるけれど。
「剣に風魔法を纏わせるのは勿論、自身の移動にも利用できるようにしたいと考えている」
「なるほど」
「やはり難しいだろうか?」
いや俺、なるほどとしか言わなかったんだけど。マックス君、俺が返事をしたらすぐ眉間に皺を寄せたね。
「マックス君の魔法制御能力をあまり知らないから、今は何とも」
そういう訳で、どの程度のものか見せて貰おう。
まずは普通に魔法を使って貰うため、俺達は的の前に来た。
マックス君は右腕を突き出し左手を添えて、風属性初級攻撃魔法を使用する。彼の前髪が微かに揺れ、風の音が聞こえたと思えば──的の中心に風穴が開いていた。
「収束率は十分。必然的に威力も十分。後は出力調整、特に段階の細かさか」
普通に攻撃として使う分には問題無いようだけれど、俺のように風をほぼ装備品のように扱う場合はまだ足りない。
「剣の一撃に魔法を乗せるのであれば、今の俺にも可能なんだ。ただ、そのまま剣に付与するような魔法の使用がどうにも上手くならない」
鞘に収まった片手半剣の柄頭に手を当てながら、険しい表情を浮かべるマックス君。
「初級魔法をそういった用途で使うのは、ずば抜けた適性が必要だからな……」
そう、ずば抜けた適性が。
某超火力火属性魔法使いの顔が脳裏に浮かんだ。
「中級魔法で良いなら、それほど難しくもない話になるけど」
「……いや、まだ習得できていない」
「まあ、そうだよな」
油断すると忘れそうになるが、彼はまだ冒険者にもなっていない。紫電と縮地、そして実は電光石火をも習得しているが、冒険者ではないんだ。
「ちなみに、並列起動はできるのかな?」
並列起動ができるなら、結合起動の使用も可能になる。果たして。
「二重起動なら、可能だが……」
「おお、それなら話が早い。面白い魔法技術があるんだ」
さくっとマックス君に結合起動の説明をしよう。
「……スギサキ講師」
世間話でもするかのような気軽さで、結合起動の説明を終えた俺に対して。マックス君は、呆れと畏怖をない交ぜにしたような絶妙な表情を浮かべている。
「いやいや、俺にとっても教わった技法だから。その目を向けるべきは、武術都市オルデンの名家であるアサミヤ家だから」
より正確に言うなら、アサミヤ家の導師サギリ・アサミヤだけれども。そこまでを語ってしまうのは、導師との約束に反する。
「で、この指輪が結合起動を補助してくれる魔法具。俺はもう使わないから、マックス君にあげよう」
俺が貰っていた指輪型魔法具は五つ。エリックとステラさん、ドミニクさん、そしてアレックスにも渡していたので、これが最後の一つだった。
指輪を受け取ったマックス君はまじまじとそれを見つめ、ゆっくりとそれを握り込んだ。
「持ってさえいれば効果を発揮するし、結合起動に慣れれば必要も無くなる。という訳で、まずは実践といこうか。上手くいけば、今日中に中級魔法を習得できるかもしれない」
さあ、どんどん先へ進もう。
おや、マックス君の様子が……。