第一七話 調査クエスト1
多くの建物が石材で作られているこの街だが、大通りから外れると徐々にその割合を減じていく。
そんな大通りを一つ外れた路地裏に、ひっそりと佇むのが目的の店。これがまさに木造であり、いわゆる隠れ家的な雰囲気を出していた。
さほど広くはない店内にフランと二人で入り、俺は中を見渡してみる。全て個室になっており、密会などで重宝されていそうだと感じた。人の気配を感じるので、幾つかの個室は埋まっているようだった。
「隠れ家的と言いますか、実際このとまり木亭を知る者からの紹介が無ければ知覚出来ない魔法が掛けられているのですが」
この店──とまり木亭というらしい──の印象を何と無しに呟いてみたら、フランからそんな情報がもたらされた。これは隠れ家的などと失礼なことは言えない、立派な隠れ家だ。
「もしや、エディターには?」
「ノーコメントで」
ひとまず腰を下ろそう。そうしよう。
店員からの案内で一つの個室に入った俺達は、テーブルを挟んで向かい合う位置に座る。最大四人用の個室なので、それなりにスペースの余裕がある。
「肉や魚、ライスに麺類。種類が豊富な店だね」
広げたメニューをさらっと眺め、チキンとモッツァレラチーズのクリームソースという名前が目に入ったのでそれに決める。
「初めてこの店に訪れた方は大抵、その豊富さ故に悩む時間が掛かるのですが」
私はボローニア風ミートソースで、とフランも素早く決めていた。というか二人ともパスタか。
日本人には馴染み深い呼び出しボタンが備え付けられており、それを押すと無表情な店員がすぐにやってきた。注文を伝えると、やはりすぐに去っていく。
必要以上に店員とコミュニケーションを取りたくない客だったら、むしろ喜びそうだと思う。ますます隠れ家という印象が強まる。
「本題に入る前に、俺から質問があるんだ」
「紅紫のエクスナーこと、クラリッサさんについてでしょうか?」
相も変わらず聡い彼女は、こちらの質問を先読みしてくれた。
俺はすぐに首肯する。
「クラリッサさんは、私の姉とも交流のある方です。先代の青から続いている交流だそうですから、シャリエ家との交流と表現した方が適切かもしれませんね」
ん? ちょっと情報量が多そうな話だな。
エルフ族なだけあって、見た目は二十歳そこそこだったクラリッサ様もそれなりのご高齢?
で、シャリエ家は最低でも二度、青の色持ちを輩出していると?
「クラリッサ様やフランの家って、それぞれが名家だったりする?」
貴族だったりしても不思議じゃないよ。
「エクスナー家は侯爵家ですので、リクの言う通りです。シャリエ家も、名家と言えばそうでしょうか。青の神授兵装であるフリーデンを保有しているのですから」
貴族だったりしたわー。
しかしアーティファクトとな。人工物という意味の単語だったと記憶しているけれど。
「神授兵装というのは、過去の転生者が神から受け取った武装の中でも一線を画する、世界の勢力図を書き換える程の力を持つ代物です。現在その存在は七つ、確認されていますね」
いやそんなの保有してるってのは、どう考えても名家だよね。名家と言えばそうでしょうか、なんて曖昧な言葉で濁す必要なんて微塵も無いよね。
「光の三原色である赤、緑、青。その三色を重ね合わせた白。色の三原色である紅紫、藍緑、黄。以上の七色です」
「七色、ね。青と白はメジャーな色だから聞き流せるけど、紅紫まで来るとなると……偶然の一致で片付けてしまいたくなるなー」
「いえ、必然の一致です」
「俺の淡い希望が瞬殺されたぁ!」
しっかし七色とは知っていたけれど、光と色の三原色に加えて白か。けどその内訳なら、何で七色……。
いやいやまさか、七色で良いんだよ。余計な可能性なんざ焼却炉に捨ててしっかり焼き尽くせ、俺。
「そりゃー、エクスカリバーだって六つ星止まりだよな。この世界の神様が直々に与えた規格外兵装持ちが、一つ上の七つ星に居るってんだからさ」
話の流れから脱線した自分の思考を、話を続行することで戻す。
「で、そんな代物を持つ色持ちの人から声を掛けられてしまった俺は、見事に周囲からの視線を集めてしまいました、と」
「声を掛けられた後、そつが無い対応で穏当にやり取りを済ませたことも、リクが視線を集めた一因かと思います」
フランに駄目出しされた。いやこれ駄目出しなのかな。
「普段はそんなに過激な人なのかな?」
「色持ちの方々の中で最も……という訳ではありませんが、それなりに」
マジかよ。実は知らぬ間に綱渡りなことしてたのか俺。慎重な行動を選択したのは大正解だったか。
「貴族としての立ち居振る舞いを崩されない方ですので、どうしてもギルド員の多くが上手く対応できないのです。過去にあったトラブルの回数も、両手で足りない程には」
二桁に突入していらっしゃると。会社とかだったら厳重注意じゃ済まされない処罰が下るんじゃないかね。そうなってないってことは、ギルドは徹底した実力主義って訳か。
「もっとも、その際の相手側に問題が無かった訳でもありません。事実、リクのように対応すれば問題など起こされない方ですから」
だったら割と楽じゃないか、と呟いたら変な目で見られた。解せぬ。
「まあ良いか。とりあえずエクスナー様については、今日みたいな対応をすれば大丈夫ってことだけ分かればそれで」
さて本題に入ろうかというタイミングで料理が来たので、食事を進めつつの話になる。
俺が頼んだチキンとモッツァレラチーズのクリームソースは、程よくソースが絡んだ麺の上にキノコやトマト、水菜、そしてチキンが載っており、少量のブラックペッパーがかけられている。
フランが頼んだボローニア風ミートソースは、トマトとひき肉を長時間かけてしっかり煮込んだらしい、基本に忠実な品だ。
どちらの皿からも料理人の情熱が垣間見える。
俺はまず一口、パスタを食べる。クリームソースのほんのりとした甘みが口に広がり、もっちりとしたコシのある麺の歯ごたえが素晴らしい。尾を引くのはブラックペッパーのピリッとした辛さ。
「おお、これは……。元の世界のちょっとお高めのレストランで食べた味と同程度か、それ以上」
俺決めました。この店通います。
「気に入って頂けたなら、何よりです」
ほんのり笑みを浮かべたフラン。大変絵になる。
これはさぞモテるのではないだろうかと思われるが、今までの様子を見るに恋愛経験値が低そうなのは何故なのか。
「うん、気に入った。また一緒に来よう」
さらっと口をついて出た言葉は、恋愛経験値がどうのと考えていた故か。ほぼ無意識だった。
「ええ、是非」
そして快諾されてしまったので、今更撤回する訳にもいかず。
……社交辞令とか言わなそうな子だからなー。