第一七二話 冒険者養成学校7
サービスの品質が一定である必要は、勿論あるんですけどね。
バイエル先生に対し半ば嫌がらせのような行動を取り始めた俺だが、ちゃんとした正当性もある。
勿論、受けられる授業の質がクラスごとに全く違う、というのは問題だ。
同じ授業料を払っているのに、よそのクラスの子はうちの子より高度な授業を受けているらしいじゃないか、なんて苦情が親御さんから入ったら反論できないしな。
とはいえ、俺がそこに何の対策も取っていない訳は無く。
生徒達に授業で直接教える傍ら、他の先生方が同様にステータスシステムの運用法について教えられるよう、資料作成を行っている途中だ。先生方には完成させた資料を読んでもらって、分からないことがあれば俺が答えるつもりだし、何ならロロさんも答えられる。少なくとも生徒に教えるレベルの話なら、ロロさんはとうにマスターしているから。
マスターしているのに最初からロロさんが生徒に教えなかったのは、俺に遠慮したためだろう。ロロさんに教えたのが俺だからな。
もっと早く資料を完成させて渡せればそれが良いけれど、俺も給料と責任が発生している状況で運用法を教えるのは初めてだ。だから実際に生徒に教えてみて、想定不足があったり分かり易い言い回しがあったりする部分も出て来るだろう……というか出ているので、その都度修正を加えている。
まだ資料が草案と言える程度にすら完成していない状況で他の先生方に話をしても意味は薄いということで、ひとまず話の全容を把握しているのは俺とロロさん、そして校長先生の三人だけという状況だ。
……つまり、全ては校長先生からのお墨付き。
故に今更難癖を付けられる謂れは無く、だというのに頭ごなしの否定をしてきたおっさんに、懇切丁寧に事情を説明してやる義理は無い。
バイエル先生が最初にすべきだったのは俺の授業内容の否定ではなく、許可が出ている授業内容かの確認だった。
さておき俺は宣言通り、クラスの全員に紫電を使用させた。
とりあえず一周したので、生徒達の様子を確認しようか。
うん、大体の生徒は見事に興奮状態だ。
まあ感情面での話は横に置いて、案の定というべきかシアさんとマックス君は既に自力での紫電を成功させている。今はまだ使用前に集中する時間を要しているが、雷鳴が轟くような豪快な音を立てて的を両断、または貫いていた。
今のところ自力での成功ができていない生徒達には、とにかく焦らないことを言い聞かせておく。ステータスシステムの運用は、焦りが致命的な悪影響を及ぼすからだ。
成功させるために必要なのは焦りの真逆、絶対の自信なのだから。
「補助があればできるなら、たとえ時間が掛かったとしても自力でできるようにはなる。それが今すぐか、少し先かの違いしかない。特殊運用を自分の身で実際に体験した、その事実がステータスシステムに関する圧倒的な理解度の深さを生んでくれることを、強く自覚しておいて欲しい」
軽く洗脳でもしているような気分になってきたけれど、言ったことに嘘は無い。
元来の身体機能でできる身体の動きと、恒常バフのお陰でできる動き。その二つの差を実感することが、元からこの世界で生まれた人には難しい。難しいが、それこそが肝要。
それを、こうして実感できたのだから。
「スギサキ講師。質問したいことがあるのだが、よろしいだろうか?」
各々の訓練を少し引いたところから見守っている俺にマックス君が近寄り、質問許可を求めてきた。
こちらが許可を出すと、マックス君は改めて口を開く。
「紫電の使用方法については、俺なりの理解ができたと思う。だが原理が分からない。何故急加速し、急停止するのか、ということなのだが」
おお、使えればそれで良いと思う人間ばかりだというのに、彼はそこで疑問を抱いたか。素晴らしい。
「それについては、先にAGIの性質について理解が必要だな。ひとまず確認しておきたいんだけど、マックス君はAGIを、何を上昇させる値だと考えている?」
一般には、速度と考えられているけれど。
マックス君は眉間に皺を寄せ、一拍置いてから答え始める。
「速度だと考えていたが……それでは不正解なのだろうな。となると、そうだな……、加速度、だろうか?」
「お見事、素晴らしい。そう、加速度だ。まあ、速度と言ってしまっても完全な誤りではないけど、本質からはややズレるな」
速度と加速度の違いは何か。言葉の定義としては当たり前のことなので割愛するけれど、ステータスシステムの運用を考えると認識できている方が、良いといえば良い。
「紫電や縮地は、言わずもがなAGIの特殊運用だ。それらの特性は、初速からいきなり最高速度へと到達し、運動の終了と共に停止すること。では、何故そのようなことが起こるのか」
俺の語りに対し、マックス君は一音たりとも聞き逃すまいと集中している。
こうも真剣になって貰えるなら、やはりこの仕事を引き受けて良かったと感じる。……少々のトラブルは発生しているが。
「それは、加速度が運動の開始時点に凝縮され、その揺り戻しとして運動の最後に停止という形で現れるから。ざっくり言えば……加速を前借りした分、最後に全て没収される、といったところかな」
システム処理的な話をすると、通常は想定されていない挙動をしたためにリセットが掛かる、ということ。身も蓋もない言い方をするならば、バグ技みたいなものだ。
とはいえ綺麗にリセットが掛かる以上、本当の意味でバグ技ではないんだろうが。
「加速の、前借り……。なるほど。返答に感謝する」
実に良い顔をしたマックス君はそう言って俺に背を向け、再び的の前に立った。
そして──刹那の内の、二連撃。
紫電の、二連続使用。的は斜め十字に切り裂かれた。
「……ッ、ふー……。これは、中々に堪える……。乱用はできそうにない、か」
強制的に体験させる、という反則じみた教え方をしたにせよ。より詳しい解説までしたにせよ。
今この時点で紫電を二連続で使用してみせるというのは、素直に驚きだ。
何か声をかけるべきかと俺が思案していると、先に生徒達がマックス君を囲んだ。
「何だ今の! すっげー! 一瞬で二連撃じゃん!」
「流石はマックス、やっぱ違うわ」
「二連続ができるってことは……三連続や四連続もできるってことよね!?」
とても賑やかだ。
ちなみに三番目の台詞はシアさんのもの。彼女は実に貪欲に、先を目指す人間らしい。
と、ここで鐘が鳴る。午前の授業の終了を告げる鐘だ。
普通であれば生徒が昼休みの時間を喜ぶところだろうが、テンションが上がっている彼らはむしろ不満そうで。
「え、もう鐘鳴った!? まだ俺、紫電できてねーのにー!」
「私もこのまま、もうちょっと続けたい……」
俺はその様子を微笑ましく眺めながら、無情にも展開していた風の障壁を解除した。
さあ、放置していたバイエル先生の相手をしよう。
「やっと魔法を解除しましたか、スギサキ先生! これだけの横暴、当然ですが校長に報告させて頂きますからね!」
「どうぞご自由に」
はい、とりあえず相手終了。そんなのより生徒を優先だ。
「泣いても笑っても鐘が鳴った事実は変わらないから、昼休みでーす。ほら、一旦教室に戻るぞー。希望者にはまた紫電を使わせるから、昼飯を食べてる内に感覚を忘れそうだとかそういった心配は要らないぞー」
ここまで言うと、不満そうだった一部の生徒達も口を閉じた。
「スギサキ先生! いい加減に──」
荒々しく足音を立てて、こちらに接近してくる者が居る。それが誰かは言うまでも無いか。
くるりと振り返って、笑顔で言い放ってやる。
「詳しいことは、校長から伺ってください。俺からは以上です」
するとその誰か──バイエル先生は間の抜けた顔をした後、若干青い顔になった。
「……まさか、校長はすでに」
「さて、どうでしょう? この場をやり過ごす為の、俺のブラフかも知れません。……まあ、最初に質問されなかったので、今更答えはしませんが」
「こっ、この場は失礼させて頂きます!」
これ以上の失態を避けたかったのか、バイエル先生は自分のクラスの生徒達には雑に解散を告げて、逃げるようにこの場を去っていった。行き先は校長室だろう。
「良し、教室に戻ろうか」
「スギサキ先生って怖い人なんですね」
シアさんから何か言われたような気がするけれど、聞こえなかったことにしよう。
シアさん大正解。