第一七一話 冒険者養成学校6
再び冒険者養成学校のお話。
これでも、主人公なりの自重はしていましたが……。
冒険者養成学校の生徒達を連れて実地訓練をした日から、三日後。
今日もまた俺は学校に来ていて、しかしロロさんは居ない。最初の内は慣れないこともあるだろうということで付き添って貰っていた訳だが、もう必要無いと判断されたためだ。その判断は早くないだろうか、と思わなくもなかったけれど。
教室に集まっていた生徒達に挨拶をし、今日は俺一人でクラスを受け持つことを伝え、少しくらい動揺が返ってくるかと思いきや全くフラットに受け入れられて。どうやら判断が早いと思ったのは俺自身だけらしいと知った。
そのまま教室で軽く座学をして、修練場へと移動。訓練用の武器で生徒同士に模擬戦をさせて、一人ひとりの様子を確認する。
なお、今日は別のクラスも修練場に来ていた。広さに不足は無いので問題は無いけれど、物珍しそうな視線を感じる。まあ、気にせずいこう。
やはり能力が突出しているのは二人、マックス君とシアさんだ。俺との初対面からそれほど日も経たないというのに、既に見て分かるほど動きが良くなっていた。
とはいえ、その二人ばかりに構っている訳にはいかない。他の生徒もちゃんと見る。
ステータスシステムのSTR、つまり物理攻撃力を引き出すのに重要なのは、攻撃の結果を自分の中で明確化すること。
例えばゴブリンの脳天に剣を振り下ろすとき、結果はかち割られたゴブリンの頭であるべきだ。
その結果を引き出すのに必要なSTRが、剣を振るう者の想定、認識により引き出されるということ。
同じ生徒相手に苦戦していた一人の男子生徒を相手に、初日の座学の最後の方でも俺が述べていたことを改めて具体的に伝えてみた。
その男子生徒は顔を引き締めて、相手と向き直る。
そして模擬戦を再開し──相手の武器を、一撃でへし折った。
いや、訓練用の武器なので質もそう良くは無く、これまで多くの生徒達により使われてある程度痛んではいたと思う。とはいえ罅が入るでもなく曲がるでもなく、いきなりへし折れるものだろうか。
この子もコツさえ掴めば伸びるタイプか。
「おお、見事なもんだ。今の感覚をしっかり覚えておくと良い。一撃の重さは、誰の目にも明らかな強みになる」
一人納得し、笑顔でめいっぱい褒めてやる。意外に思われるかもしれないが、俺は褒めて延ばすタイプだ。
その子は学校の備品を壊してしまって焦っていたけれど、怒るどころか純粋に褒めてくる俺を見て、照れたような笑顔を浮かべた。
さて、武器を折られた方の生徒のフォローもしないとな。直前まで優勢だったせいか、しょぼくれてるし。
「それほど質が良いものではないとはいえ、一撃で武器を破壊する攻撃を受けたというのは、実はとても良い経験なんだ。何故ならそういったことが可能であると、この上無い説得力を以って知ることができたんだから。知ることが、強さに直結する。それがステータスシステムというものだよ」
だから今度は破壊する側になってやると良い、と物騒に締めくくると、やる気に満ちた目になってくれた。
……で、訓練用の武器が今日だけで何本へし折られたかな?
最初に武器をへし折った生徒の次は、マックス君。またその次がシアさんで、更にその次が最初にへし折られた生徒。後に続いた生徒も数名。
あの後結局、俺が見ている十二名の生徒の内の過半数が武器の破壊に成功した。
やったな、STRの引き出し方を覚えたぞ。
今のところできていない生徒も、明らかに一撃の威力を上げていた。別に全身全霊の一撃という訳でも無く、武器の振り方だけを見るならちょっと本気を出した一撃でしかなかったというのに。
ここで、こちらに接近する足音が聞こえてきた。誰のものかと言えば、修練場を使用している別クラスの先生のものだった。
「スギサキ先生、生徒達に一体何を教えたんですか……!? 特に良質ではない備品の武器ではありますが、それでもそんな風にポキポキ折れるものではない筈です!」
訳が分からない、とその先生の顔には書いてある。
中年の男性で、バイエル先生という方だ。暗めの緑髪と灰色の目を持ち、柔和そうな顔立ちをしている。もっとも今の表情に、柔和そうという印象は無いけれど。
「ステータスシステムの運用について少し。いやはや、素質のある生徒ばかりですね」
ははは、とフランクに笑って応対してみた。
バイエル先生の表情が思いっきり曇った。
「スギサキ先生、貴方が短期間で上級にまで駆け上がった実力のある冒険者であることは、私も承知しています。ですが、基礎を疎かにして応用を学ばせても、本当の意味で生徒達に力を身に付けさせることはできませんよ」
非常に残念そうな声色だった。
……いや何言ってんだこのおっさん?
「俺が教えたのは、今まで生徒達が学んでいなかった部分の基礎です。応用はまだこれからですよ?」
ひとまず笑顔を浮かべるのは止めて、真面目に応対した。
確かに、ステータスシステムの運用法について理解度が高い人間は少ない。そういった者たちは総じて独学で運用法を学び、必然的に他者より優れているが、積極的にそれを広めようとはしないものだ。
一応例外と言えるのは武術都市のアサミヤ家だろうが、それとてアサミヤ家内での共有に留まり、やはり外部への情報拡散を積極的に行っている訳ではない。秘匿まではしていないらしいが、どちらにせよその程度。
しかし、現にまだ冒険者ですらない生徒達が運用法を学ぶことで、分かり易くこれから応用の利く力を付けている。つまり、これは紛れもなく基礎だ。
言ってみれば、学ぶ科目を増やしているだけ。今まで数学しか学んでいなかった生徒に、俺が新たに理科を教えているようなものでしかない。
「ステータスシステムが無かった異世界からの転生者である俺が、力を付けるべく真っ先に学び始めたことを、生徒達にも教えているのです。ただ、生まれた時からステータスシステムに触れていた方にとってはシステムの存在が当たり前すぎて、かえって応用のように見えてしまうのかもしれませんね」
とりあえずはオブラートに包んで言葉を放ってみた。
オブラートを使わないならこうだ。
自分が知らないやり方だからと、頭から否定してんじゃねぇ。事実、俺はその順番で強くなってんだよ。
はてさて、どんな反応が来るやら。
「この学校にも、やり方というものがあります。臨時講師の方の一存で、大幅に授業内容を変更されるというのは困るのですよ」
うわぁ、鬱陶しい。さっきと話が変わってるし。
「なるほど。バイエル先生の仰ることは良く理解しました」
だったら、こっちも加減は無しだ。元々喧嘩を吹っかけてきたのは向こうの方だしな。
こちらが物分かりの良さそうな言葉を返したからだろう。あちらは機嫌を直した様子で口を開く。
「それは良かった。ならば、今からはスギサキ先生も通常の授業を──」
「バイエル先生が重視されているのは学校側が何をするかであって、生徒が成長できるかではない、ということですね」
薄っぺらい笑顔を貼り付けて。生徒の前であることも、俺が臨時講師に過ぎないことも棚上げして。
思い切り良く、言葉でぶん殴った。
その後、顔を真っ赤にして何やら喚いていたバイエル先生の言葉を完全に無視。俺は生徒の成長を第一に考えているので邪魔をしないでくださいね、と一方的に告げて会話終了。
直後に風魔法を発動し、防音も可能な障壁を展開。修練場を二つに仕切った。なお、使用したのは風属性上級攻撃魔法の二重結合起動である。つまり、ほぼ最上級魔法の威力だ。破れるもんなら破ってみせろ。
「良し。これでこちら側には来られないし、声も聞こえない」
そんな風に自分で張った風の障壁の出来に満足していると、シアさんが俺の隣にやって来た。
「あの……スギサキ先生?」
滅茶苦茶やってる今の俺に、さしもの彼女も控えめに声をかけてきた。
「とりあえず、シアさんには紫電を覚えて貰おうか。大丈夫、俺が居ないと教えられないやり方だけど、その分だけ習熟速度は馬鹿げてるから」
「スギサキ先生!?」
ほとんど混乱している彼女を半ば強引に連れて、そして他の生徒達にも近くで見学するように言って、俺は案山子のような的の前まで移動した。
「じゃあ、今からシアさんに紫電を使わせるから、皆も良く見ておくように。他者からの補助があってのことでも、自分たちと同じ立場の者が使用できている様を見るのは悪くない」
これでも学校側に遠慮して、俺じゃないとできないやり方は避けていたんだ。実地訓練も、人員を増やせば似たようなことはできた筈だし。
けれど、学校側の人間がああいった態度で頭ごなしに俺のやり方を否定してくるなら、この上無い結果を叩き出してみせるまでだ。もう遠慮なぞしてやらん。
「あ、あの……! 私も流石に、いきなり特殊運用ができると自惚れている訳では無いのですが!?」
紫電ができる前提で俺が話しているからか、シアさんの顔色は若干悪い。
ただ、その心配は完全に杞憂だ。何故なら先に述べた通り、使わせるだけだから。
「まあまあ、やってみれば分かるから」
聞く耳持たずでシアさんの手にサーベルの柄を握らせ、刺突の構えを取らせる。俺はそこに手を添えた。
「これが紫電だ」
──疑似浸透勁……に、紫電を乗せる。
その結果は明白。一瞬前まで構えられていたサーベルは既に、真っ直ぐ伸ばされた腕により的を貫いている。
当事者であるシアさんはその体勢のまま石化したように固まり、呆然としていた。
一部始終を見ていた他の生徒達も、似たようなもので。見事に固まっている。
クスキ流戦闘術、疑似浸透勁。
他の技法と違ってネーミングにやる気が感じられないが、これには応用の余地があると思う。あるいは応用というより、進化・発展させることを前提としているのかもしれない。この仮説が正しいなら、恐らくその先の技法が存在する。
けどまあ、今それは横に置いておこうか。
基本的にはSTRの適用方法を間接的なものにする技法な訳だけれど、今俺がシアさんに対して行ったのはAGIの間接適用だ。これにより、主語をシアさんにすれば直接、紫電を使用したことになる。
「どういうことですか、今のは! 攻撃が完了した後になって……遅れて、その軌跡が認識に流れ込むような感覚で……! そもそも何故、私は習得していないはずの技法を使えたのです!?」
少しして石化が解けたらしいシアさんが、詰め寄るようにして俺に問い掛けてくる。
「技法に技法を重ねるっていう、応用のそのまた応用だから、原理については機会があれば解説しよう。今はとにかく、さっきの感覚を可能な限り克明に思い出して記憶に定着させて欲しい」
紫電の使用感の説明が非常に的確だったから、こんな指示なんて無くても大丈夫だろうけど。
「あっ……、た、確かにその通りです……! さっきの感覚……攻撃実行の後から感覚が追い付いて来る、そういう認識で攻撃を……」
興奮している様子ながら、聞こえる呟きは非常に的確な表現で。
やはりシアさんは問題無い。優秀だ。
「次はマックス君、行ってみようか。ああ、全員最低一度はやって貰うんだけど。順番が来たら名前を呼ぶから、待っている間はイメージトレーニングをよろしく」
一拍遅れて、生徒達から大きなどよめきが広がった。
「もし今日で紫電を習得できなかったとしても、全く心配しなくて良い。ステータスシステムに対する理解が一気に深まるから、通常運用の精度が跳ね上がってくれる。必然的に、特殊運用である紫電の習得もそう遠くはない」
俺が付け加えた情報で、更にどよめきは大きくなった。
さあ、自重せずどんどんやろう。
ちゃんと基礎が組み上がってくれるから、学校の目的にも全く反していない。
問題はやはり、この教え方を他の人間ができないことだけれど。焚き付けたのは向こうだからな。
育成チートの時間じゃあああああ!