第一六九話 冒険者養成学校5
笑顔が素敵な主人公です。
フランから特別甘いクッキーを貰った俺は、気力も十分。午後も張り切って講師としての務めを果たそう。
なお、俺だけ貰ったハート型クッキーの件で冷やかしてくる生徒が数名居たので、無言の笑顔を向けてみた。
一瞬で全員黙ったので良しとする。
ところで予想外の展開は続き、お茶会が終わった後もフランが同行している。お邪魔はしないので見学させて頂けませんか、とはフランの言葉。必然的にゲイルも一緒だ。
俺としては邪魔な訳も無く、ロロさんも特に難色を示すことは無く。強いて言うなら、生徒達が浮ついた様子になっている点が気になるか。とはいえそれも許容範囲。何かそれで問題が起こったのなら、それはそれで今日得た教訓の一つとして片付ける。
「なるほど。生徒の皆さんは既に三回ずつ、魔物の討伐を済ませているのですね」
再び森の中に入り、午前に使用した待機場所への道すがら。フランにここまでの活動内容を説明してからの反応だった。
「昼休憩を挟んだにしろ、ここまでの移動でまず疲れて貰ってから開始してるから、午後は二回ずつで終わる予定だけど」
「帰りは行きよりゆっくり移動するつもりだしねー。時間的な問題もあるよ」
俺とロロさんの言葉を受けて、フランは納得するように頷いた。
「ところで生徒の皆さんは全員が前衛のようですが、後衛との連携はできるのでしょうか?」
そして出て来た質問に、俺は答えを持ち合わせていない。
必然的にロロさんの方を見て、どうやら答えが出た。首を横に振られている。
「魔法使いも弓使いも銃使いも、このクラスには居ないからね。強いて言うなら魔法剣士が居るけど、流石に後衛の役割を果たせるほどじゃないし」
まあそうだろう。
せめて中級の魔法剣士であれば後衛の真似事くらいはできるようになるだろうが、ここに居るのは初級どころか冒険者になってすらいない者達だ。高望みが過ぎるというもの。
「俺の魔法具を生徒に貸し出して、即席の後衛──は、誤射が怖いか」
俺はとにかく風魔法を使って戦闘を行うことが多いので、投げナイフや防具が気付いたら魔法具化していた、ということがある。特に投げナイフは使い勝手が良く、そうやって魔法具化している物が日々作られている。
とはいえ魔法具化している物を使うと風魔法の制御に補助が掛かった状態になるため、それらは基本的にアイテムボックス内で死蔵されることになる。
いや、補助無しの制御能力を鍛えるのに邪魔で。必要があれば使うけど。
ともあれ風属性の魔法具になった投げナイフの貸与を一瞬考えたが、如何せん威力が高すぎる。ゴブリン程度は掠っただけで肉片と化すし、先に述べたように誤射などしてしまった日には……。
「……誤射が本当に怖いな。絶対に止めよう」
「私も止めた方が良いと思います」
「ねえリク君、一体どんな魔法具を持ってるの?」
二度も誤射が怖いと言ったためか、フランまでもが同調したためか。ロロさんが訝しげに問い掛けてきた。
「俺が魔法使いの真似事をして後衛を担当する、というのはどうでしょうか?」
「良いんじゃないかな。ところでさっきの私の質問はスルー?」
「ははは」
笑って誤魔化す。
じとっとした目で見られ、ため息を吐かれた。
「ところで話は変わりますが、ロロさんは投げナイフなんて使えたりしますか?」
「使えるけど、今日は持って来てないよ」
「ご心配なく、俺が今持ってます」
アイテムボックスから、ナイフホルダーを取り出した。無論、そこには複数の投げナイフがセットされている。
これらも魔法具化しているが、精度と速度の向上用にきちんと仕上げた物なので色々と大丈夫。威力と速度を考えてただ普通に使用し、意図せず魔法具化してしまい凶悪な破壊力を持つに至った物とは違う。
「わあ……。テーブルに椅子に、色んな飲み物、今度は投げナイフと。本当に何でも出てくるね。びっくりだよ」
「備えあれば憂い無し、と言いますから」
俺の場合は超高性能なアイテムボックスがあるから、というだけの話ではある。持っていく荷物に制限というものが無いからな。
ロロさんは半ば呆れたような顔をしつつも、俺からナイフホルダーを受け取って装備した。ベルトのように腰に巻くタイプのもので、左右にナイフがセットされている。
「それじゃあ皆、午後も頑張ろっか」
ロロさんが生徒達に向けてそう言うと、生徒達は元気に返事をした。
さて、後衛として俺が戦闘に参加した訳だが。まあ、射線が通らない通らない。
後衛に敵を近寄らせてはならない、という俺の言葉を愚直に守り、敵と俺とを結ぶ直線上に前衛が平然と入り込む。
敵が後衛に向かうのを躊躇うような立ち位置、というものを考えて欲しいのだけれど、これが中々上手くいかなかった。
まあ別に、常に俺と敵との間に生徒の誰かしらが割り込んでいる訳ではないので、隙を見て素早く風魔法を打ち込めはする。ただしそれは、生徒達が近い将来組む可能性がある魔法使いにはできない芸当だろう。つまり、意味が無い。
午前よりも楽に挙げられる戦果を無邪気に喜ぶ生徒達に、どうしても水を差さなければならない。
各生徒が一回ずつ午後の討伐を終え、再び全員が待機場所に集まった状況で、俺は口を開く。
「一部の生徒は気付いているようだけど、前衛の動きが後衛にとって好ましくない」
この言葉に対する反応は二極化した。前衛の動きの拙さに気付いていた一部は静かに苦笑し、その他は驚いた表情を浮かべる。
「前衛が後衛を守るのは当然としても、射線を遮る時間が長すぎる。これではお荷物を抱えて行動しているのと同じ状況だ。俺やローラン先生がそれでも後衛として動けたのは、あくまで一瞬の隙を逃さず攻撃のチャンスにできたから。この先君達が組む可能性のある後衛に、組んですぐ同じことができる可能性は非常に低いと言わざるを得ない」
ここまで言うと、驚いていた生徒達は苦い顔をし始める。
「とはいえ、先に手本を見せなかったこちらの落ち度でもある。だから一度、手本を見て貰おう」
全部が全部生徒達の所為にするのもな。
一度やってみて、それで学んでいって欲しい気持ちがあったりはしたのだけれど。それは少しばかり悠長すぎるようだ。
所変わって、森の外。
生徒達はこれから始まる演目の観客。
前衛は俺とロロさんで、後衛はフラン。敵役は少し距離を置いて正面に居るゲイル。
さあ、手本を見せようか。
低い高度で滞空するゲイルが一瞬で加速し、真っ直ぐこちらに接近する。
俺が前に出て、大太刀である八咫烏を振るってこれを牽制。
しかしゲイルは軽やかに翼を動かし回避。軌道を微修正しただけで俺の左側を抜ける。
ゲイルは視界の正面にフランの姿を捉えるが、横からロロさんが割って入る。冷静に狙いすました突きが放たれた。
が、これもゲイルは身を翻して回避する。
──そこへフランの水魔法が叩き込まれた。
鋭く尖った氷柱が射出され、何かに当たり爆ぜる。微細な氷の欠片が撒き散らされ、まるで雲のように視界を塞ぐ。
風を切る音が聞こえたのと、俺がフランの目の前に到着したのはほぼ同時。
至近距離で風をぶつけて氷柱を目くらましに使用したゲイルは、即座にフランを狙って回り込んでいた。
しかしながらそれを読んだ俺の行動は間に合い、こうして今、風魔法を纏ったゲイルの嘴を八咫烏で受け止めている。
自身の背後から接近するロロさんに気付いたゲイルは迷わず引き、翼を巧みに動かして俺達から距離を取る。当然の如く、既にロロさんの剣は届かない。
……ゲイル、もう少し加減しろ。こちとら生徒達にも見える速度で動かないといけない制限があるんだよ。
そんな思いを抱きつつ、俺は八咫烏を握り直した。
そのまま五分間ほど模擬戦を続けた後、改めて生徒達に話をする。
「俺とローラン先生は前衛として、行動を決める重要な判断基準を一つ設定して行動していた。それを説明できる人は居るかな?」
まずは確認だ。一から十まで最初から全て説明するのは、生徒の理解を深める目的を考えるとあまりよろしくない。
「敵の攻撃が、後衛に届いてしまうかどうか……でしょうか?」
やや自信無さげに答えたのは、シアさんだった。もっと自信を持っていいぞ。
「概ね正解。細かいことを言うと、後衛が対処可能かどうか。後衛は基本的に、前衛より圧倒的に敵との距離がある。だから単純に視界が広く取れるし、対処に掛けられる時間も多い。お陰で全体を見渡すことができる。敵に強力な遠距離攻撃の手段が無い限り、常に守り続ける必要は無いんだ」
中には近接戦闘をこなせる魔法使いなんてのも居るし。かなり例外的だが。
「何かあってもカバーに行けるくらいの位置に居れば、例えばさっきの俺達のように後衛を狙う敵を妨害することで、後衛の攻撃準備を完了させることくらいはできる。基本的にはこのくらいのスタンスで守れば良い。ただしこちらが敵の姿を見失ったり、敵が圧倒的な速度を持つ場合は当然この限りでは無い。即座に後衛の近くへ、最低でも一人は前衛を向かわせる必要がある」
フランの氷柱を目くらましに利用し、かつ圧倒的な速度を見せ付けたゲイルは、まさにその基本を外れる例外。言葉の説得力を強めてくれているだろう。
「以上を踏まえて、もう一度森に入ろうか」
俺が笑顔を浮かべてそう言うと、生徒達は実にやる気に満ちた顔で返事をしてくれた。
午後になって二回目の魔物討伐は、動きに若干のぎこちなさを感じさせつつも満足のいく結果に終わった。
単純な実戦経験としても、悪くないものになったと思う。
アインバーグへの帰りは、行きの倍以上の時間を掛けた。それでも疲労が限界に達してしまった生徒は数名居て、彼らはゲイルの背中に乗ることになった。
そういった事態は俺も想定していて、導師から受け取った勁鷲でも使おうかと思っていたけれど。予定外の出来事としてゲイルに乗ったフランが差し入れを持って来てくれて、かつ帰りまで付き合ってくれたものだから。
余談だが、ゲイルに乗った生徒達はその乗り心地の良さに感動していたし、逆に乗れなかった生徒達は恨めしそう……もとい、羨ましそうにそれを見ていた。
まあそうだな、速いだけでなく乗り心地も良いんだよ。翼の動きにも風の制御にも無駄が無いから、結果として無駄な揺れも無いんだ。
アインバーグに無事到着し、生徒達はそのまま解散。各自で帰宅していった。なお、魔法具は忘れずに回収している。
俺とロロさんは学校への報告があるのでそちらへ向かい、フランとゲイルは自宅へ。フランがやけに満足そうな表情を浮かべていたのは何故だろうか。
学校への報告はすぐに済み、お互いに労いの言葉をかけてロロさんとも別れる。
それじゃあ、俺も帰るか。
特に寄り道することもせず、自宅へ。
庭にはゲイルが居て、俺の姿を認めると短く嘶いた。俺はそんなゲイルの頭を軽く撫でてから、玄関の扉を開ける。
リビングに入ると、ソファーに座るフランの姿を見付けた。
「おかえりなさい、リク。お疲れ様でした」
「ただいま、フラン。今日は助かったよ。差し入れは美味しかったし、生徒達には俺が想定していたよりずっと良い経験をさせることができた」
返事をしつつ隣に腰掛けると、フランは何故か気まずそうな表情になった。
何だろうか?
そんな疑問が俺の顔に現れていたのだろう。一瞬だけ俺から視線を外したものの、告解でもするかのように神妙な表情になったフランが口を開く。何故かほんのり頬を紅く染めて。
「あの……実は、差し入れというのは単なる口実で。……本当は、スギサキ先生の様子を間近で見てみたかっただけなのです」
正直に白状してしまうフランは、大変可愛らしい。
しかしなるほど。それが理由で、最後まで付き合ってくれたのか。
「ですので、リクからお礼の言葉を言われてしまうと、少々後ろめたさがあると言いますか……」
フランの声のボリュームがどんどん小さくなっていく。それと同時に顔も俯いていく。
「俺が思っている以上にフランが俺のことを好きらしくて、こちらとしては大変嬉しい情報でしかないんだけど」
内心ではそれなり以上に動揺している癖に、こんなことをしれっと言ってしまう辺りが我ながら何とも。
その辺りは反省すべきかと一瞬だけ考えて、結局反省しないことに決めた。きっとこれは改めない方が楽しく生きられるだろうから。
俯き気味のため上目遣いになっているフランが、物言いたげな目で睨みつつ俺の肩をぽすっと殴ってくる。
「俺の彼女は本当に可愛いなぁ」
対する俺は、わざとらしい程の良い笑顔をフランに向けて。
「~~~~~ッ!」
フランはひたすら、ぽすっぽすっと繰り返し殴ってくる。
ほら、素敵な笑顔でしょう?