第一六八話 冒険者養成学校4
考えていた展開まで進まなかったんですが、いつもより長くなっているので一旦切って上げます。
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俺──リク・スギサキは今、ロロさんと共に冒険者養成学校の生徒達十二名を引率して、魔物が住む森へと来ている。
生徒達には事前に疲れて貰い、その上で魔物の相手をさせる予定。いつも万全の態勢で魔物の相手ができるとは限らない、というより本来はそちらの方が少ないからだ。
移動後も一人だけ余裕があったマックス君は俺との模擬戦を経て、他の生徒達と同様──否、それ以上に疲れている。
俺は程々で止めておくつもりだったのだけれど、他ならぬ彼が模擬戦の続行を求めた結果だった。
ともあれ。湿気を多分に含んだ腐葉土を踏みしめながら、俺達は森の奥に向かって進んでいく。
今連れてきている生徒達に、魔物の討伐経験が無い者は居ない。
ただしその経験というのは、一度捕獲された魔物を闘技場のような隔離された空間内で放し、監督者の目がある比較的安全な状況の中で行われたものも含む。
木などの障害物や、思わぬ地面の凹凸。戦闘音に気付いて別の魔物が接近してくる。……そういった事柄が無いと分かっている状況での討伐経験。
はっきり言って、そのまま本当の討伐依頼を受けさせるには不安が残る。学校でもその辺りの違いの説明はしているそうだが、やはり百聞は一見に如かず。流石に監督者を外す訳にはいかないものの、できるだけ実際の討伐に近付けて経験して貰いたい。
「という訳で、三組に分かれてローテーションを組む。人数が十二だから、ひと組あたり四人ずつだな。組み分けは、勝手ながらローラン先生と俺とで決めさせて貰った。今からそれを伝える」
木々が密集していない、森の中にしては少し開けた場所にて。ひとまず足を止め、これからのことを説明している。
先の発言通り組み分けを伝えると、一部の生徒からは不満の声が上がった。
「えー!? 俺マックスと同じ組が良いんだけど!」
「私はシアちゃんと一緒が良い……」
どちらとも、その二人とは別の組の生徒だった。
そう、どちらとも。
マックス君とシアさん──俺がマックス君の呼び方を変えたことに気付いた彼女自身がそう呼ぶよう言ってきた──の二人は、今回別の組み分けにしている。二人とも普通の魔物討伐を経験している上、コンビネーションまで発揮できるので、同じ組にすると他の組との戦力差が大きくなり過ぎると判断したためだ。
何ならその二人だけの組と、五人ずつの残りふた組を作っても良かったかもしれないが。
「これ以上駄々をこねるなら、帰りは魔法具無しで移動して貰う。あれは学校の備品ではなく、俺の私物だ」
「やっぱ今の組で良いや」
「あ、私も……」
どうだ生徒達よ、これが力と言うものだ。抗いたくば、君達も力を付け給え。
「スギサキ先生、質問してもよろしいでしょうか?」
丁寧に挙手までして、シアさんが許可を求めてきた。
俺はすぐに許可を出す。
「この実地訓練で、先生の魔法具を使用することに問題はありませんか?」
なるほど。
魔法具は生徒達に預けたままだからな。そういう質問もあるか。
「禁止はしない。ただし推奨もしない。それは純粋な君達の実力を伸ばすことへの妨げになるということもあるし、そもそも森の中では使いこなすのが難しいと思われるからだ。……アインバーグからの移動で実感したとは思うが、その魔法具は本来君達のレベルで扱うものではなく、それ故に戦闘行動で要求される繊細な動きはほとんど期待できなくなってしまう」
若干一名、それでも概ね使いこなしていた者がいるが。
他に質問のある人は居るか聞いたが、特に出なかったので実地訓練開始。といっても、三組の内一組はこの場に待機だけれど。引率の人員が足りないし。
俺と同じく引率を行うロロさんには、俺からとある魔法具を渡してある。エディターのマップ機能が使える代物だ。
魔物と出会う方向だけを最初に示し、距離は一切伝えず。生徒にはいつ魔物と出会うか分からない状況で、自分達なりの索敵を行って貰う。
本当なら方向すら示さず自力で魔物と出会って欲しいけれど、それは高望みが過ぎるし時間もかかるからな。
「そこ、草が踏まれてるけどほとんど変色してない。まだ新しい痕跡だ」
俺が今受け持っているのは、マックス君もシアさんも居ない組。なのでちょっとした助言くらいは与えよう。
ただでさえ緊張していたこの組の生徒達四人は、俺の言葉で更にその度合いを高めてしまったように見える。
万が一があってはならないからと、俺が彼らを受け持ったのだけれど。緊張を解すという意味で、ロロさんの方が適任だっただろうか。
「緊張は、無理に抑えようとしない」
俺の唐突な話に、生徒達からの視線が集まった。
「別に、鼓動が喧しくても良いんだ。自分がやることは何か、分かってさえいるのなら。ただ愚直にそれをやれば良い。そうすれば、いつの間にか緊張は解れているものなんだ」
何なら鼓動が喧しいままでも構わない、とまで俺が言い切ると、生徒達は幾らか緊張を緩めたようだ。ほんのり笑みを浮かべている。
俺も一応、仕事はできているのかな。
そして間も無く、マップ上で確認していたゴブリン二頭と接敵。生徒達はかすり傷程度の怪我を負いつつも、討伐を成功させた。
討伐直後、喜びのあまり騒ぎ始めたのは流石に注意したけれど。もし周囲に潜んでこちらの隙を伺っている魔物が居た場合、怪我で済むなら安い方だ。生徒達は神妙な顔で頷いてくれたので、次回からは大丈夫だろう。
一つの組の討伐を成功させたので、待機地点へ一度帰還する。
そこで待機していたのは、マックス君が居る組だ。
「ばっちり討伐してきたぜ!」
「緊張したけど、ちゃんと動けたよ」
待機組の面々に対し、俺が引率していた組の面々が成功の報告をしている。報告されている待機組も、話を聞いてやる気を漲らせてように見える。
クラスメイトの仲は良好なようで何よりだ。
「次は俺達の番だな」
マックス君が同じ組になった三人に向けて、宣言するように言った。自身は普通の魔物討伐も経験しているだろうにそれを感じさせない辺り、やはりこれは気遣いというものだろうか。
「やる気に満ちていて大変結構。準備も万端かな?」
優しげな笑みを心掛けながら、俺は頃合いを見計らってマックス君達に声をかけた。
「勿論だ」
そんな頼もしい返事をしてくれたマックス君を筆頭に、他の三人も威勢良く言葉を返してくれる。
さて、行きますか。
まあ、何一つとして問題無く、マックス君の組は討伐を成功させた。
前の組と同様、魔物が居る方角を俺が最初に示しはしたものの。先に進む彼らは順調に痕跡を探り当て、そろそろ目視で確認できる距離にいるかもしれないとなったところで足音を殺した。
最初に敵の姿を確認したマックス君が、ハンドサインで仲間にそれを周知してから。事前に打ち合わせていたのだろう、四人の内二人が左右からそれぞれ回り込んだところでマックス君ともう一人が突撃。
敵であった三頭のゴブリンは突然の襲撃に慌て、混乱の中それでも応戦するが、既に回り込んでいた二人からの挟撃を受けて呆気無く仕留められた。
いや完璧だったな。何なら俺が引率する必要が無かったほどに。
聞けば案の定というべきか、作戦立案はマックス君だったとのこと。貴族の面目躍如といったところか。
その後、再び待機地点に戻るとロロさん達もそこに居た。当然ながら、問題無く討伐を完遂したらしい。
あっちの組にはシアさんが居たしな。ゴブリン程度は問題にならなかっただろう。
「午前の内にもう二回程度討伐をする予定ではあるけど、一旦休憩だ。この待機地点周辺の警戒も、俺が受け持つから心配しなくて良い」
生徒達にそう伝えると、一気に空気が弛緩した。各々持ってきた荷物から食べ物や飲み物を取り出す者や、使った武器の手入れをし始める者も居る。
それじゃあ俺は、飲み物を作るか。今はアイスカフェモカの気分だ。
作るといっても材料は全てアイテムボックスに入っており、手早く済む。
まずはテーブルと椅子を取り出し、場所を作る。
次にテーブルの上へグラスを出して、コーヒーを注ぐ。チョコレートソースを入れて良く混ぜ合わせ、牛乳を入れてまた混ぜ合わせる。氷を入れて、ホイップクリームを乗せ、チョコレートソースをかけて、はい出来上がり。
ストローを刺して椅子に座ってから、味を確かめる。
うん、悪くない。
……俺に視線が集まっていた。なお、生徒達のみならずロロさんからも、だ。
「あー……、リクエストがあれば何か飲み物を作るけど、要るかな?」
半ば反射的に出た質問。その結果、全員から肯定の返事が来た。
マジか。
さてさて。
予想外の出来事が起こりつつ、というかほぼ起こしてしまったような気がしつつ、午前の予定を消化していった。
宣言通り追加で二度ずつ、生徒達に魔物の討伐を経験させて。昼飯時になったのでボスコの町付近に戻り、俺が用意したテーブルに着いて全員が食事をして。
そして食事を終えてまったりした空気が流れているタイミングで──個人的に無視できる訳が無い名前が突如としてマップ上に表示され、固まってしまったのが今現在だ。
「どうかしたの、リク君?」
マップの端から、バグを疑いたくなる速度でこちらに接近するマーカーが二つある。
俺の右隣に座っているロロさんからの質問に、そう答えるよりも早く。薄い金色の翼を広げて、先ほどまでの移動速度からは考えられない程穏やかな着陸を、俺達の目の前で披露した存在がある。
種族名はグリフォン、個体名はゲイル。俺の騎獣であり、今はその背に一人の女性を乗せていた。
「食後とは、丁度良いタイミングで到着できたようですね」
その女性は何故か大きめのバスケットを抱えており、何とも素敵な笑顔をこちらに向けてくるではないか。
「頑張っていますか、リク?」
予想外の展開が続く日だな!?
そうだよ、来たのはフランだよ! ゲイルに乗ってさあ!
「俺なりに頑張っているつもりではあるよ、うん」
謎の動揺が激しく、何となく素っ気ないような感じの返答になってしまった。
けれど、フランに気にした様子は全く無い。
「それなら良かったです。差し入れにクッキーを焼いてきたので、まずは生徒の皆さんにお配りしますね」
ゲイルの背から降りたフランがバスケットを片手にテーブルを回り、リボンが結ばれた手のひらサイズの袋を取り出して生徒達一人ひとりに配っていく。
生徒達は突如として現れた【大瀑布】に動揺し、または興奮し、慌てながらも袋を受け取って礼の言葉を返している。
特に男子生徒からの反応が良い。遠目に見ても分かる美人が間近で自分に声を掛け、あまつさえ手作りクッキーを渡してくれるのだから、さもありなん。何なら女子生徒からも悲鳴のような歓声が上がっている。
生徒達全員に配り終えてから、フランがこちらにやって来る。
「いやー、びっくりしたよ。まさかフランセットさんがここに来るだなんてね」
ロロさんがフランのクッキーを受け取って礼を述べた後、恐らく率直な感想を溢した。
「私も思い付きで行動してしまったのですが、驚いて貰えて嬉しいです」
まさかの思い付きか。フランにしては珍しい行動だと思う。
そんなことを思っていると、いよいよ俺の目の前までフランがやって来た。バスケットから袋を取り出して、俺に差し出してくる。
「どうぞ、リク。美味しく焼けた自信作ですよ」
「おや、それは食べるのが楽しみだ。ありがたく頂くよ」
クッキーを受け取り、そして視線が集まっていることに気付く。皆、早く食べたいのだろう。
けれど、折角なので俺も少し動こうか。
「希望者には俺から紅茶を出そう」
その結果、この場に居る全員分の紅茶を用意することになった。無論、フランも含めて。
大半が武具を身に纏った武骨な格好をしているが、お茶会が始まってしまうようだ。原因の大半は俺にあるけれど。
全員に紅茶が行き渡ったところでフランが、どうぞ食べてください、と声を掛けた。なお、彼女は今俺の左隣に座っている。
待ってましたと言わんばかりに勢い良く袋を開けてクッキーを取り出し、貪るように口へと放り込む生徒達。口々に味の良さを褒め始めたので、貸与している魔法具をプレゼントしてしまおうかと思ったが考え直す。
流石に冷静になれ、俺。
俺も袋を開けて、一枚のクッキーを取り出す。バニラとココアで、市松模様になっていた。
改めてフランに一声掛けてから、一口齧る。バターの風味とほろ苦いココアの味が程良く調和し、さっくりとした食感と相まって非常に美味しい。
「自信作と言うだけあって本当に美味しいよ、フラン」
「リクの紅茶も、いつもながらとても美味しいです」
フランは自分の分のクッキーも用意していたが、まずは俺が淹れた紅茶を飲んでくれていたようだ。カップが口元近くにある。
「ホントに仲が良いねー、お二人さん。あ、クッキーも紅茶もすっごく美味しいよ」
ロロさんがその言葉通り、美味しそうにクッキーと紅茶を楽しんでいる。満足頂けているようで何よりだ。
一枚目のクッキーを食べ終えたので、二枚目を取り出す。今度はハート型だった。
「お、別の形のクッキーもあるのか」
俺より早く食べ始めていた生徒達のも、俺の一枚目のも、全て市松模様の四角形だったものだから。てっきりその一種類だけなのかと思っていた。
「あっ、それは──」
フランが何かを言いかけたが、それより早く俺の手にあるハート型のクッキーに気付いた生徒達が騒ぎ始める。自分達も四角形以外のクッキーを見付けようと、袋の中を探っているらしい。
しかし、どうも見付からずにいるようだ。ちらほらと落胆の声が聞こえてくる。
ここで俺は首を左に回す。そこにはほんのり頬を赤く染めたフランが居た。
「……一枚だけ、です。ハート型の、クッキーは」
弱々しい声で、こちらを見ることなく白状したフラン。
ハート型のクッキーは特に甘かった、とだけ言っておこう。
甘ッ!