第一六七話 冒険者養成学校3
実地訓練、のための移動をひとまず。
途中からシュネルドルファー君視点になります。
俺が臨時講師として初めて冒険者養成学校で働いたのは、既に一昨日のこと。ステータスシステムの通常運用の精度を上げられるよう、生徒達ひとりひとりに指導して終わった。
なお、昨日はゲイルに乗って、フランと一緒に四大霊峰が南ズュートケーゲルへの弾丸ツアーを行った。レベリングに必要な敵の強さが、そのくらいの場所でないと足りなくなっているんだ。移動速度的にはもう気軽に行ける場所、という理由もある。
それはさておき、今日はまた臨時講師の仕事だ。
初日は学校の敷地内で全てを済ませたけれど、今日は外に出ようと思う。
初日と同じく職員室でロロさんと合流し、【黒疾風】の熱狂的なファンであるションブルク先生を何とか受け流して、教室に向かった。朝一番で無駄に消耗するのは避けたかったんだが。
教室内では生徒達が自由に雑談していて、和気あいあいとしている。そんな中に俺とロロさんが入ると、一気に視線を集めた。
朝の挨拶をして、事前に伝えてはいたが今日は外に出て活動することを改めて告げると、生徒達のテンションが上がる。楽しそうで何より。
各々の荷物に不備が無いか確認を促し、問題無いようだったので移動を開始。この城塞都市アインバーグから北にある森が、今日の目的地だ。
講師二人と生徒十二人でぞろぞろ街中を歩いていると、かなりの視線を浴びた。特に生徒達はそれなりの大荷物なので、当然ではある。
無事に検問を抜けて街の外に出てから、俺は生徒達に腕輪を貸与した。風属性補助魔法、エアロを付与した魔法具だ。効果は移動速度の向上。
普通に移動するとなると、往復だけでもそこそこの時間を使う。それは避けたかったからな。
……で、元々高かった生徒達のテンションが爆上がりした。非常に喧しい。
「いや、そりゃそうでしょ。何でさも予想外だって顔してるの、リク君」
呆然とする俺に対し、冷静にツッコミを入れてくるのはロロさん。
「何だったら私も貸して欲しいくらいだよ? 性能が高いのは分かり切ってるし。いや、いっそ買い取りたいかな」
魔法具作成については、それほど派手なことをしてこなかったつもりだけれど。
「エリックのパーティーの前衛二人が、リク君の魔法具を持ってるでしょ? それで噂が広がってるみたいなんだ。ジャックもアンヌも、凄く気に入ってるみたいだから」
疑問が顔に書いてあったのか、ロロさんはそんな言葉を付け足した。
超火力魔法使いのパーティーメンバーが使っていれば、噂も広がるか……。
「あ、そうだ。三人ともつい昨日、三つ星に昇級したらしいんだよね。そのお祝いをしたいってことで、元々三つ星だったステラさんから相談を受けてるんだけど、もし良かったらリク君も協力してくれないかな?」
「おお、そうでしたか。勿論協力しますよ。……ジャックとアンヌがそんなに俺が作った魔法具を気に入ってくれているなら、また新たに作っても良いかも知れませんね」
「とっても豪華なプレゼントになりそうだね。まあこの話は後で続きをするとして、そろそろ生徒達も落ち着いてきたかな?」
ここで生徒達に視線を向ければ、確かに落ち着いてきていた。少なくとも、魔法具を受け取った直後のように叫んだりはしていない。
「皆、スギサキ先生の腕輪は装備した? してない人は今すぐしてね。準備が出来次第、全員エアロを発動して移動を開始するよー」
ロロさんの言葉を聞いた生徒達は各々返事をして、指示通りエアロを発動する。そしてテンションが爆上がりする。
いや落ち着け。速度が上がるんだから、動くときは気を付けないと危ないぞ。
数回の小休止を挟みつつ、アインバーグから北上すること一時間強。俺達はボスコという町に到着した。
以前、フランと共に調査クエストを受けたときに訪れた町だ。つまり今回の目的である森は、俺が初めてワイバーンを狩った場所。まあ、あの時はフランと協力しての状況だったけれど。
俺の魔法具による補助があったとはいえ、生徒達からは疲労の色が窺えた。
移動中の最初の内は魔法具を使ってテンションが再び高くなっていた生徒達だが、時を追うごとに落ち着いていき、今は誰一人として騒ぐ者は居ない。騒ぐだけの元気が無い。
そんな中でも涼しい顔をしているのはたった一人、マクシミリアン・シュネルドルファー君だけだった。
「できれば疲労を溜めた状態で魔物と戦う感覚を覚えて欲しかったんだけど、シュネルドルファー君は元気そうだな」
馬車の手配もせず徒歩を選んだ理由がそれ。動けないほど疲労を溜められても困るので、魔法具を用意した訳だが、いやはや。
俺に声を掛けられたシュネルドルファー君は少し考え込むような仕草を見せてから、口を開く。
「走り込みでもしてきた方が良いだろうか?」
マジかコイツ、みたいな目で他の生徒達がシュネルドルファー君を見た。
「いや、折角だし俺も講師らしいことをしよう。町の外で軽く模擬戦はどうかな? 当然、手加減はするけど、今度は俺からも攻撃してみようか」
俺からの攻撃一切無しでも、五分で汗だくになったくらいだ。体力を消費させる手段としては有効だろう。
「それは願っても無い! 是非とも頼む!」
うわ、凄く嬉しそうだな。
……ところで俺、こういうタイプから好かれ過ぎじゃないか?
【鋼刃】ドミニク・ベッテンドルフさんに導師の弟子クズハ・アサミヤさん、あとついでにアレックス・ケンドールもか。
ルトリシア・アイヒホルンさんも参加したそうな視線をこちらに送って来ていたが、どう見ても十分な疲労が溜まっている様子だったので放置。
ロロさんに他の生徒を任せ、俺はシュネルドルファー君と共に再び町の外へ出ることにする。
「ところで、シュネルドルファー君は片手半剣なんて割と珍しい武器を使ってるけど。選んだきっかけでもあったのかな?」
移動中に無言というのも何なので、当たり障りの無い話題を振ってみた。
「シュネルドルファー、というのは長くて呼びづらいだろう。マックスと呼んでくれて構わない。……そうだな、きっかけか。度々噂が流れるスギサキ講師ほど劇的な出来事ではなくて恐縮だが、俺が片手半剣を持つようになったのは一年ほど前、偶然武具屋で見かけたからだった」
愛称で呼んでいいと言われたので、今後はマックス君と呼ばせて貰おう。確かにシュネルドルファー君というのは長かった。
まあそれは良いとして、劇的な出来事を俺が求めていると誤解してやしないだろうか? むしろ俺は平穏をこそ愛する人間なのだけれど。……それをフラン以外で信じてくれる人、何人居るかなぁ。
「それ以前は片手剣を使用していたが、一撃の威力の高さが欲しいと感じていたんだ。それなら両手剣という選択肢が通常なら出て来るのだろうが、剣を持っていない方の自由になる手があるというのもやはり便利だからな。その両方の要求に応えてくれる片手半剣というのは、非常にありがたかった」
それなりに分かる話だった。俺も片手半剣は持っているし。
最近はほとんど使っていないけれど、冒険者を始めたての頃はお世話になった。
「重量バランスが独特だから慣れるまで大変だけど、その分慣れれば便利だよな。間合いが離れているなら投げナイフで牽制したり、ポーションを使ったりもできるし。間合いを詰めれば両手持ちか片手持ちかを切り替えて臨機応変に行動できる」
「器用貧乏にならないよう、鍛錬は欠かせないが。どうやら俺の手には良く合ってくれる武器だったようだ」
マックス君は満足そうに笑みを浮かべている。
そんな感じで会話を続けていたら、程なくして町の外に出られた。
草がまばらに生える、平地。弱い風が頬をくすぐるように撫でてくる。
これから身体を動かすには、丁度良い気候だ。まあ、さっきまで走ってここに到着した訳だが。
「この辺りで大丈夫かな。それじゃあ、程々に動こうか」
アイテムボックスから、折角なので俺も片手半剣を──と思ったが、マックス君の真剣な目を見て止めた。黒一色の大太刀、八咫烏を取り出す。
「魔法もクスキ流戦闘術も使用しない。威力も速度もマックス君と同程度に抑えよう。──その上で圧倒する。かかって来い」
故に、こちらも真剣に。立ちはだかる壁として在ろう。
◆◆◆◆◆
俺の名はマクシミリアン・シュネルドルファー。シュネルドルファー伯爵家の三男だ。
家督を継ぐのは長男の役割であり、次男がそのスペアないし補佐候補。三男である俺は、スペアのスペアといったところか。
貴族家の三男以下というのは、基本的に自立する術を持たなければならない。先に述べたスペアのスペアなど、滅多なことではお鉢が回ってくる立場にないからだ。
ただ幸いにして、俺には剣の才があったらしい。貴族の嗜み程度に剣術を習わせたかった父……現当主の予想を大きく超えて、俺が振るう剣には鋭さがあったようだ。
無論、剣の才で家督を継げるようになる訳は無い。シュネルドルファーは武門の家系ではないのだ。ただ、伯爵家として所有する私兵、その団長候補となることはできた。
三男とはいえ貴族家の人間として、恥じない程度の礼儀作法等を学ぶ傍ら、俺は剣術を深く学んでいった。
剣術指南役を雇い、けれどその指南役に結局はレベルを上げなければ実戦で役に立たないと言われ、こうして今は冒険者養成学校で学んでいる。
更にはどういう幸運なのか、あの【黒疾風】の指導を受けられている、というのが今の状況だ。
今俺が居るのはボスコという町の外で、周囲に建物は勿論、人通りも全く無い。ここならば遠慮無く剣を振るうことができそうだ。
俺の眼前には【黒疾風】。黒一色の、反りのある剣身を持った細い剣を、こちらに向けて構えている。
表情は薄い笑み。身体に力んだ様子は無く、しかし──次の瞬間には俺の首が刎ねられていてもおかしくは無い、と思ってしまう程の圧がある。
これでまだ冒険者としての活動を始めて二年目だというのだから、一体どれほどの修羅場を体験してきたのやら。
剣の柄を握る俺の手に、じわりと汗が滲む。
「行く──!」
相対する猛者に、隙など無い。けれど、このまま動かずとも精神を消耗していく俺が、今動かない道理は無い。
真っ直ぐに間合いを詰め、片手半剣の間合いに相手を捉える。上段からの振り下ろし。
気付けば振るわれていた黒い剣。俺の片手半剣に勢いが乗り切るより早く、その刃が接触していて。強風に煽られたかのように左へずれた片手半剣の軌跡は、何も切り裂くこと無く。
僅かに体勢が崩れた俺の喉元に、黒い切っ先がある。咄嗟に身を捻ってそこからの刺突を回避するが、体勢は完全に崩された。
間髪いれずに足払いを受けてしまった俺は、背中から地面に倒される。
一拍置いて差し出された【黒疾風】の手を見て、俺は暫し呆然としてしまった。
事前の宣言通り、速度は俺のそれと大差の無い程度に抑えられていた。威力に至っては発揮すらしていない。
にもかかわらずこうも圧倒されたのは、純然たる技量によるもの。
これが六つ星冒険者の力か。
俺に向けて差し出された手を取ると、そのまま引き起こされた。
手の感触は思っていたよりもごつごつとしていて、紛れもない剣士の手だった。
「感謝する」
「どういたしまして。なんて、倒したのは俺だけど」
少しおどけたように言ってみせる彼に、つい先程までの圧は全く感じられない。
場面を切り取って他者に見せることができれば、同一人物だとは思えないかもしれない。
「仕切り直しといこうか。当然、まだまだ元気は余っているだろう?」
柔らかな笑みまで浮かべて言う彼は、なるほど強い訳だ。
そう、腑に落ちた。
「無論だ」
俺も、もっと強くなりたいな。
シュネルドルファー君改めマックス君、伸びしろがあります。