第一六六話 冒険者養成学校2
講師として、本格的な行動を開始。
冒険者養成学校にて、最初の授業を始めた俺がまず行ったこと。それは、ステータスシステムに対する生徒達の理解度調査だ。
いくつかの質問を書いた紙を生徒達に配り、記入され次第回収する。ロロさんと手分けして内容をざっと精査し、生徒を二組に分ける。……分けると言っても、理解度の高かった二人とその他十人という状況になってしまったけれど。
二人の内の一人はシュネルドルファー伯爵家三男、マクシミリアン・シュネルドルファー君。そしてもう一人は豪商アイヒホルン家次女、ルトリシア・アイヒホルンさん。
俺がこの教室に入った時、特に騒がなかった二人だった。
濃い青髪で落ち着いた印象のシュネルドルファー君に比べ、鮮やかな赤髪で勝気な印象のアイヒホルンさん。ある意味バランスは良い組み合わせかもしれない。
問題は、アイヒホルンさんからは若干睨むように見られていることか。マップ上では警戒表示ですらなく平常表示なので、彼女にとっては文字通り平常運転に過ぎないのかもしれないけれど。
続いて行ったのは、前述の二人に対してより上位の知識──クスキ流戦闘術と俺自身がこれまでに得た検証結果──をまとめた冊子を配り、それを読んで貰っている間に残る他の生徒達に対して基礎的な知識を教えていくこと。
以前俺が訓練所で突発的に開いた講習の内容を、より分かり易くまとめて伝えたつもりでいる。
最低限の前提知識を全員が得たと判断した俺は、場所を移して修練場へ。
学校の敷地内にある、小さめの体育館のような建物だ。訓練所と同様の設備をグレードダウンさせたようなもの、というのがより簡単な説明だろうか。
移動中に別クラスの生徒達から視線を集めたので適当に手を振って応対したのは、余談か。
さておき。
例によって訓練所で行ったように、クスキ流戦闘術の技法である縮地と紫電、それから重撃を生徒達の前で披露する。とはいえ訓練所で俺の話を聞いていたのはバリバリ現役の冒険者達であり、今俺の目の前に居る生徒達では経験が不足している。
故に、この場で技法を披露したのは俺の言葉に説得力を持たせるためであり、生徒達に明確な目標を定めやすくさせるため。技法の習得まで、すぐにできるとは思っていない。
「教室でも説明した通り、ステータスシステムは当人の理解度によって発揮できる能力が増減する。そして理解度を上げるには、経験を積んでその恩恵を体感して貰うのがまずは手っ取り早い。だから、今俺がやって見せた技法をいきなり習得させようという訳ではないから、そこは安心して欲しい」
そういう訳で、言葉でも明示して生徒に伝えておく。妙な認識の齟齬があると、面倒だしな。
「私達ではまだ習得できない、ということでしょうか?」
おおっと。認識の齟齬とまでは言わないけれど、それに近い印象の言葉が来たぞ?
なお、発言者はアイヒホルンさん。教室に居た時から俺を睨んできている……ように見える女子生徒だ。
いや、何度でも言うけど警戒表示ですらないから良く分からないんだよ。
「できないと断言まではしないにしろ、かなり難しいとは判断してる。とはいえアイヒホルンさんとシュネルドルファー君の習得は早いと思うけど」
まあ、ステータスシステムの運用について圧倒的な適性を持つアレックスのように一発だとか、それに準ずる適性を持つエリックのように一時間でだとか、そこまでの早さはあり得ないと思っている。角が立たないよう、それは黙っておくが。
あいつらホントにおかしいわ。特にアレックス。
アイヒホルンさんは何故か一瞬固まってしまったけれど、再び口を開く。
「では、今私に教えてください」
ずい、と俺の前に出て来た。中々の積極性だ。
「予定としては、その一つ前の段階として通常運用の精度を上げて貰うつもりなんだ」
暗にまだ教えないと言ったのだけれど、アイヒホルンさんは引き下がる様子を見せない。むしろますます視線を鋭くした。
「通常運用なら、私とマックスは合格のはずです! だからこそ、私達二人にだけあの冊子を渡してくれたのではないのですか!?」
敬語を使ってはいるものの、その態度はお世辞にも礼儀正しいとは言えない。
マクシミリアン・シュネルドルファー君とは実に対照的だ。
それにしても、マックスと愛称で呼んでいるのか。
ところで名を呼ばれたそのマックス……もといシュネルドルファー君も前に出て来た。
「シア、少し落ち着いたらどうだ。スギサキ講師は何も、俺達に教えないと言っている訳ではないだろう」
ルトリシア・アイヒホルンさん、つまりシアと。単に優秀者として選んだ二人だが、それなり以上に親しい間柄だったらしい。
「何を悠長なことを。六つ星冒険者がこの学校に呼ばれるなんてこと、そう何度もあると思っているの? 少しでも先に行けるチャンスは、逃すべきでないわ」
声のボリュームこそ抑えたけれど、視線の鋭さは相変わらずのアイヒホルンさん。シュネルドルファー君に食って掛からんばかりの雰囲気だ。
実に貪欲な姿勢で、少し好感を持ってしまった。
詰め寄られたシュネルドルファー君はやれやれと言わんばかりに首を横に振ってから、俺に視線を移す。
「スギサキ講師。俺達にチャンスを頂きたい」
なるほど、そういう流れにするのか。
俺に対する譲歩を求めるためか、アイヒホルンさんに諦めさせるためか。どちらなのかは分からないけれど。
「じゃあ、俺と模擬戦でもしてみようか。勿論、ハンデは付けた上で」
二人のレベルはどちらも二〇。冒険者で言えば二つ星程度だ。
ただしステータスシステムに対してそれなりに理解度が高いので、もしかすると三つ星の下位程度には動けるかもしれない。高く見積もれば、の話だけれど。
「俺から攻撃を当てることは禁止。武具と魔法、縮地の使用も禁止。その状態で五分間逃げ切れば俺の勝ち。五分以内で俺に手でも足でも武器でも、とにかく触れられれば二人の勝ち。これでどうだろう?」
……でもこれ、ハンデ足りないよな。
かと言って、更に増やそうとすると何がある? 腕使用禁止なんてしても、触れられたらアウトな時点で元々使用しないし。
ステータス編集はこんなところで披露しない。王家が大々的にお披露目会を開催するっていうのに、それより早く暴露するとか狂人の行動だ。
「ああ、範囲はここの結界内で」
訓練所にもある、内部で死んでも蘇る便利な結界のことだ。こちらもテニスコート程の広さがある。
さてさて、二人の反応だけれど。
シュネルドルファー君はやや険しい表情ながらも冷静。アイヒホルンさんは非常に険しい表情で──もう完全に俺を睨んでる。
「厳しそうだな」
「舐めないで欲しいわ!」
表情こそ同系統のそれだったが、抱いた感想は真逆だったらしく。咄嗟に交差させた二人の視線は、やはり非常に対照的だ。
シュネルドルファー君の視線は窘めるようで、アイヒホルンさんの視線は責めるよう。
「はい! とりあえずやってみようか? そしたら結果は出るんだから、ね?」
今まで静観していたロロさんがここで割って入ってきた。
「他の子たちはその間、私が指導するか……見学でも良いけど、どっちにする?」
他の生徒達に問いかけたロロさんに対し、問いかけられた生徒達は満場一致で見学すると言ってきた。予想はしていた。
そして今、結界内に居る。俺以外には件の二人、シュネルドルファー君とアイヒホルンさん。
結局条件はそのまま、ついでに件の二人の表情もそのまま。
結界外では興味深そうにしている生徒達がこちらを見ていて、人数こそずっと少ないものの訓練所での光景と被る。
「シア、分かっているとは思うが」
「動きは私がマックスに合わせるわ。いくら私でも、貴方と協力もせずどうこうできる相手だとは思っていないもの」
「それなら良い」
ある程度は冷静さを残していたらしいアイヒホルンさんに、会話をしたシュネルドルファー君だけでなく俺も安堵した。
シュネルドルファー君は片手持ちも両手持ちも可能な得物──片手半剣。
アイヒホルンさんは僅かに反りのある細身の剣身と、持ち手を保護する護拳のある片手剣──サーベル。
それぞれ武器を構えて、俺に相対している。
「三人とも、準備は良いかな?」
開始の合図を買って出てくれたロロさんから、確認の声が掛かった。
「いつでも大丈夫ですよ」
「俺も問題無い」
「私もです」
全員から肯定が返されたため、ロロさんは一度大きく息を吸ってから再び口を開く。
「それじゃあ──始め!」
開始と同時に飛び込んできたのはシュネルドルファー君。今は片手で構えた片手半剣を、真っ直ぐ俺へと突き出してくる。
半身になりつつ左へ半歩移動して刺突を回避すると、今度はアイヒホルンさんが間合いを詰めてサーベルで薙ぎ払ってきた。
素早く一歩下がってサーベルの間合いから出るが、シュネルドルファー君がほとんど倒れ込むような勢いで肩をぶつけて来ようとする。
またしても下がって対処する──と思わせて大きく右へ回避。その直後、肩による体当たりに見せかけた片手半剣の振り上げが盛大に空を切った。
間合いが開いて、改めて二人の顔を観察する。
シュネルドルファー君はやはりなと言わんばかりの表情で、アイヒホルンさんはそんなまさかという表情をしていた。
先の一撃は、アイヒホルンさんから見ると完全に決まったものだったんだろう。
「この程度で六つ星冒険者を捉えられるなら、俺はわざわざこの学校になど通っていない」
それはともすれば、アイヒホルンさんへ諦めるよう諭す言葉にも思えた。けれど。
「だが、この程度で諦めるほど、軟弱な男であるつもりもない」
直後に続いた言葉は、彼が内に秘めた戦意の激しさを感じさせた。
「きっちり五分間、【黒疾風】にはお付き合い願おう」
いやはや。クールに見えて熱血漢だったか、彼は。
そのまま結界内で五分が経過して、俺は汗一つ流さず。対する二人は汗だくで。
勝負の結果は、言うまでも無いことか。
ただ、経過について語るならば、俺が思ったよりも善戦してくれた。
シュネルドルファー君が仕掛けてくる択を迫る駆け引きは勿論のこと、彼の攻撃の隙を埋めるようなアイヒホルンさんの立ち回りも素晴らしかった。
とはいえ結果は結果、受け入れて貰おう。
アイテムボックスから出した二つのコップに、柑橘系の果汁を入れた果実水を入れて。俺はゆっくりとした足取りで二人に近付く。
「二人ともお疲れ様。これで水分補給をすると良い」
コップを差し出すと、二人は礼を述べ大人しく受け取りそれを飲み始めた。
二人とも半分ほど飲み終えたところで、気力を取り戻したのか口を開く。
「ハンデを踏まえても実力差があるのは分かっているつもりだったが、まるで届かなかった」
「……見積もりが甘すぎました。スギサキ先生には随分と失礼な発言をしたと思います。申し訳ありませんでした」
気力、取り戻してなかったか……?
そんな不安に駆られる俺だったが、二人の表情はそれほど暗くない。いやまあ、多少は暗いさ。
「そう卑屈になる必要は無いさ。勝負は俺の勝ちだけど、二人とも良い動きだった」
具体的にどう良かったかまで語ってみると、二人揃って恐縮していた。今の表情は少しも暗くない。
「という訳で、ひとまずはステータスシステムの通常運用の精度を上げて貰うけど、予定よりは早く特殊運用の訓練に入ろうと思う」
鞭だけでなく、飴も使わないとな。
そんな打算的な考えしか俺は持ち合わせていなかったのだけれど。
これまた二人揃って、目を輝かせた。
いやはや、対照的だったり似ていたり、良く分からない二人だな。
次話は外に出て実地訓練の予定です。