第一六五話 冒険者養成学校1
生意気な生徒にする予定のキャラを、素直にしてしまいました。
ここは冒険者養成学校。
城塞都市アインバーグの北側に広がる商業区画、その中央付近にそれはあった。
学校といっても、日本や欧州諸国のそれとは外観からして異なる。イメージとしては近世ヨーロッパ辺りの建築物が近いだろうか。
白い壁に薄緑色の屋根を乗せた、概ね直方体の建物。建てられてそれなりに年数が経過しているのか、全体的に薄く汚れた印象がある。とはいえ今にも壊れそうだとか、そんな弱々しさは感じられない。むしろしっかりとこの地に根差したような、そういった安定感がある。
訓練所で臨時講師の話を受けた数日後にロロさんから日程を聞いて、更に数日後。それが今日、俺が臨時講師をする最初の日だ。
冒険者養成学校は、商家などある程度以上の裕福な家庭の子どもが冒険者になるべく、あるいは自衛能力を得るべく通っている場所なのだそう。実際に冒険者になるのは、卒業した者の七割程とのこと。
年齢は大体、十歳から十五歳程度。勿論、それより上も下も居るけれど。
正面入口から訪ねると、柔和な印象を受ける年配の男性が出迎えてくれた。聞けばここの校長先生だそうで。ロロさんから【黒疾風】を呼ぶと聞いたときは冗談か何かだと思い、中々信じられなかったと白状された。
自己紹介の後に雑談を交えつつ廊下を歩いていると、職員室に到着した。中では十人ほどが、書類と格闘していたり、武具の手入れをしていたりしていた。長方形の間取りといい、並べられたデスクといい、まさに職員室といった感じだ。
それにしても、職員室と武具という言葉の響きの相性よ。既知のものに、異物が紛れ込んだ感じが凄い。
「え、嘘……。本当に【黒疾風】……!?」
どうやら校長の他に、そして未だに、俺が来ることを信じていなかった人が居たらしい。分かり易く驚きの声を上げた人が居る。
書類と格闘していた内の一人であるその女性は手を止め、目を丸くして俺を見ていた。
他数名も同じく各々の手を止めて俺を見ていたりするので、きっとそういうことだろう。なお、驚きを声に出してしまった女性は既に俺から視線を逸らしている。
職員室が謎の緊張感に包まれる中、こちらに近付いて来る女性が一人。俺がここに来ることになった原因である、ロロさんだった。
「おはよう、リク君。もう何回会ったか分からないくらい会ってるのに、ここで会うと何だか新鮮な感じがするね」
「おはようございます、ロロさん。この空気を完全に無視できる辺りが凄いですね」
いや本当に。
けれど、当たり前のようにロロさんが俺に話しかけてくれたお陰で、少しは場の空気が緩んだか。
「空気を読んだ結果、空気を無視した方が良いと判断した訳だよ」
「それは確かに」
ドヤ顔で言ってみせるのがロロさんクオリティ。俺もノータイムで同意したけど。
その後、タイミングを見計らっていたのだろう校長から促されて、室内に居た全員に向けて自己紹介をした。
無難な自己紹介をしたので、相手側の反応も無難なものになるかと思いきや。俺の入室直後に声を上げていた女性がこちらに接近してきた。
小柄な女性で、俺より少し年上だろうか。赤茶色の髪を後ろで一つにまとめていて、丸い黒縁眼鏡をかけている。
……ところで、何でこの人ちょっと鼻息荒いんだ?
「ガルネット・ションブルクです。先程は失礼しました、スギサキ先生」
口調は冷静。表情は笑顔。けれどやぱり、鼻息は少し荒い。
無意識の内に下がりそうになった足を踏ん張って止め、俺も笑顔を貼り付けて応対する。
「これはご丁寧にありがとうございます、ションブルク先生。ただ、私が先生と呼ばれるのは本物の先生方に申し訳なく感じます」
何せこれから臨時講師をするだけで、そもそもまだやっていない訳だし。
ここで突然、ロロさんが念話を飛ばしてきた。
『ションブルク先生は【黒疾風】のファンなんだよね』
鼻息が荒い理由は把握した。
「何を仰いますか。これから同じ職場で働いて、教壇に立つのですから、先生ですよ」
「教壇に立つ」の部分しか先生呼びに関係しなかったよな?
「同じ職場」の部分は無関係だったよな?
「……そうですね。これから頑張ります」
『先にションブルク先生の存在を知っておきたかったんですが』
笑みを貼り付けたまま、ションブルク先生にぎこちない返答をしつつ。今度は俺からロロさんに念話を飛ばした。
『ごめんね。先手を打って予防線を張られると嫌だったから』
嫌な信用があったらしい。
そして読みとしては大正解。事前に知っていたなら、確実に予防線を張っていた。
その後ションブルク先生から色々話しかけられたが、授業の準備を理由に逃げることができた。
場所は変わって、教室。
ここもまた職員室と同様、想定していた見た目と大体同じ。簡素な机と椅子が等間隔で規則的に配置され、正面には黒板が、後方にはロッカーがある。
ただ、生徒数は十二名と少人数。ロロさんの後に続いて教室に入ってきた俺を、ざわつきつつ物珍しそうに見てくる。
……二名ほどの例外を除いて、だが。
教壇の上に立つロロさんが、生徒達全員を見渡してから口を開く。
「みんな、おはよう。ちゃんと全員揃ってるね」
そう満足げに言うと、生徒側から一斉に声が上がる。中々の音圧で、耳が痛くなりそうだ。
内容一つ一つを挙げるとキリがないのでざっくり言うと、【黒疾風】を呼ぶというのは冗談じゃなかったのか、ということ。
どの生徒も俺と直接の面識は無いはずなのに、よく本物だって分かるな。そしてやっぱり生徒からも疑われてたのか。
「話が進みそうにないから、簡潔に自己紹介をさせて貰おうかな。俺の名前はリク・スギサキ。六つ星冒険者で、風属性の魔法剣士だ。短い間の予定ではあるけど、これからよろしく」
丁寧に敬語を使うべきかと思っていたけれど、やめた。下手に出ていると、面倒が多そうだ。
割って入った俺の自己紹介を受けて、生徒達は少しばかり大人しくなった。とはいえ、こそこそと生徒同士で会話は続行されている。
不躾に質問攻めされる、という状況も想定していたので、拍子抜けな部分はある。これは俺の悪評が原因だろうか。
「ロロさん。予定ではこのまま座学ということでしたが、その通り進めても?」
「できればその前に少し、リク君に対する質問時間を設けてくれると嬉しかったりはするんだよね」
「……ですか」
質問時間、という単語がロロさんの口から出た瞬間。生徒たちの目が輝いたのを確認した。してしまった。
「俺に聞きたいことがある人は挙手を。答えるかどうかはともかく、質問自体は何でも自由にどうぞ」
これは半ば予想できていたことでもあり、生徒達に向けての発言を以って承諾の意を示した。
威勢の良い声と共に挙がる手が複数。こちらの指名前に質問してくる者も居たが、それは容赦無く無視する。
我先にと手を挙げた多数派に遅れて、ゆっくりと手を挙げた者が居る。俺が教室に入った時、落ち着き払っていた二人の内の一人だ。
良い先生はきっと、早く挙手した者を優先するんだろう。けれど俺は悪い先生だから、気になった人間を優先するんだ。
「シュネルドルファー君、どうぞ」
マップ表示にある名前を読み上げて、彼を指名した。
俺に名を知られていたためか、やや驚いた様子を見せる濃い青髪の少年──マクシミリアン・シュネルドルファー君はしかし、すぐに気を取り直して口を開く。
「強くなるために必要なことは何か、ご教授願えるだろうか」
気品を感じる言葉遣いだった。
それもそのはず、シュネルドルファーは伯爵家だ。この国の貴族のデータベースはエディター内に構築しているため、抜かりは無い。
いや、伯爵家のご令息がまさかこんなところに居て、驚いてはいるけれども。
「それを考え続けること」
質問にはさらりと答えた。
微妙な顔をされる可能性も考えていたものの、杞憂だったらしく。シュネルドルファー君は実に神妙な表情で頷いている。貴族でありながら、平民の言葉にも耳を傾ける度量があるらしい。
「とはいえ、この答えだけだと単に投げっ放しでしかないからな。方法を考えるための基礎となる知識を、俺はこれから伝えていこうと思っているよ」
ステータスシステムの運用法とか、魔法具作成のコツとかな。
これは余談でしかないけれど、文章の書き方を教えもせずに「自由に書いてください」と言って読書感想文の課題を出されるのが、俺は苦痛で仕方なかったよ。泳げない人間を水の中に突き落として「自由に泳げ」と言うのか、と。
まあ、それは良いか。
「これで、答えにはなったかな?」
「勿論だ。感謝する」
上からの物言いではあるものの、それ以上に誠実さが表れているので良し。
その後の質問は、俺が冒険者になりたての頃の話だとか、今まで戦った中で最も強かった魔物は何かだとか。【大瀑布】と付き合っているという噂は本当なのか、なんて脱線したものもあった。
一応、全ての質問に答えた。
五分間ほどの質問タイムを終えて、まだ質問し足りない生徒達のブーイングを無視し。
俺は座学の時間を始めることにした。
貴族キャラで厄介なのが多過ぎた反動ですね。