第一六四話 臨時講師の打診
前からツイッターで言っていた話の一つに、手を付けました。
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俺──リク・スギサキは黒の神授兵装を所有している、城塞都市アインバーグの冒険者だ。
この度ついに神授兵装所有者であることを白状し、ギルドマスターの報告によってこの国──リッヒレーベン王国の王室も知ることとなった。
王都から城塞都市へ戻ってきたギルドマスターからは案の定、お披露目会が王都で開催されることを聞いた。
いや、一応俺の返答待ちということで、あくまで開催予定となってはいたけれども。王室主催の会の主役に選ばれて、それを辞退する選択肢が事実上存在しなかったのは言うまでもない。
まあ、まだ色々と根回しというか折衝というか、そういう下準備が必要らしいので先の話ではある。何せ百年単位で現れなかった新たな神授兵装だ。その所有者の扱いについて、慎重になるのは当然だろう。
さて、出席の返事をしたのは既に数日前のこと。ギルドマスター曰く、使いの人間を出せばそれで良いとのことだったのでその辺りの事は丸投げした。
そして今、俺は城塞都市の訓練所にて身体を動かしている。
目の前には、案山子のような的。手には大太刀、八咫烏。
刀身を顔の高さに置き、切っ先は前方に。
──紫電、十六連。
刹那の内に、的には八個の穴が開いた。
穴の数が十六の半数である八なのは、刺突を放つのと刀身を引くのに計二回、紫電を使用する必要があるからだ。
一呼吸で行える一つの動作を行う紫電は、運動の方向を多少変化させることはできるものの、真逆の動きまでできる訳ではない。
額に浮いた汗を袖口で乱雑に拭っていると、周囲からの視線を感じた。どうやら注目を集めていたようだ。
特に気にする必要を感じなかったので、自己修復を終えた的に再び切っ先を向ける。次は倍の数で攻めてみよう。
八咫烏の切っ先と的に意識を集中させ──紫電、三十二連。
……と思ったけれど。十一回目の刺突で的が大破してしまった。紫電は二十二連で打ち止めだ。
刺突と引き戻しでワンセットにした感覚は定着できているし、まあ良いか。
「わ、今の凄いね、リク君」
一人納得していると、後ろから声が聞こえてきた。
振り返ってみれば、そこに居たのは翡翠色の軽装鎧を身に纏った一人の剣士。お人良しお姉さんことロロさんだ。
「お褒めに与かり光栄です、ロロさん」
穏やかな笑みを心掛け、柔らかな口調で応えた。
「あはは、今のリク君は何だか騎士みたいだね」
問題のお披露目会について考えていたからだろうか。必要以上の丁寧さはあったかもしれない。
「そんな騎士みたいなリク君。次はちょっと、先生になってみる気は無いかな?」
「今も騎士ではないですけどね」
前半部分についてはやんわり否定しつつ、八咫烏を鞘に納めて話を聞く姿勢を見せる。
「それで、先生というのは?」
果たしてどういった話だろうか。
曰く、冒険者養成学校なるものが存在する。
曰く、現役の冒険者が度々そこに呼ばれている。
曰く、ロロさんは何度もそこで生徒に教えている。
曰く、生徒の面倒を見ることができる冒険者は限られている。
という訳で、そこでの仕事の話を俺に持ってきた、ということらしい。
いやどういう訳で俺なんだ。
「この訓練所でも、講習を開いたことがあるって前に言ってたでしょ? そんなリク君だったら、養成学校でも普通に先生ができると思うんだけど、どうかな?」
そういう訳だったようだ。実は既にロロさんにもクスキ流戦闘術についてレクチャーしていて、その時に講習の話をしていた。
なるほど。少なくともステータスシステムに関する俺の理解度は、クスキ流戦闘術を学んだお陰で随分と高まっている。冒険者、魔法剣士としての経験も、期間はともかく密度が高いので大丈夫だろう。金を取って人様にモノを教えられるレベルには、一応達しているはずだ。
けれど。
「ロロさんの紹介で俺が出て来るのって、大丈夫ですか? 俺って悪い評判もそこそこありますよね?」
それでロロさんに悪影響が無いか、そもそも生徒が俺の話に耳を傾けるのか。その二点が気掛かりだ。
割と本気のそんな心配をした俺だけれど、ロロさんは気楽な調子であっさりと答える。
「大丈夫に決まってるよ。未だにリク君の文句を言ってる連中なんて、ただのやっかみでしかないもん。それに、実を言うと生徒達からの要望だったりもするんだよ? 【黒疾風】を学校に呼んだりできないんですか、って」
意外というか、なんというか。リップサービスである可能性はあるものの、ロロさんの性格的にあまりそういったことは言わない気もする。
「俺と交流があるのは知られてるんですか」
「有名な冒険者の知り合いは居ないのか、生徒達から訊かれたことがあってね。【鋼刃】に【大瀑布】、【黒疾風】って言ったら、もうみんな大興奮で。その流れから、【黒疾風】を呼べないかって話になったんだよ」
扱いがほぼ芸能人だな。
「そこで【鋼刃】を呼んでみても面白そうですね」
「駄目な感じでお祭り騒ぎになるよね?」
それはそうだ。
一定以上の実力を持つ者相手に模擬戦をすることはできるけれど。手取り足取り何かを教えられるタイプには見えないし。
「【大瀑布】の場合は豊富な知識で、何なら俺も講義を受けたいくらいですけど」
「それは私も受けたい。ただ、生徒達の要望としてはもっと分かり易い強さが身に付く授業なんだ。魔法使い向けならフランセットさんでも全く問題無いんだけど、前衛の生徒ばっかりだから」
ここでもう少し生徒の話を聞いてみると、魔法を使うのは精々が魔法剣士程度らしく。純粋な魔法使いの生徒も在籍してはいるが、ロロさんの担当外だそうで。
ロロさんが剣士なので、当たり前の話ではあった。
「じゃあ俺ですね」
「そう、リク君なんだよ」
急激に上がったレベルに調子を合わせるため、しばらくはクエスト受注を控えめにして訓練を増やすつもりだった。なのでスケジュールに余裕はある。
そんな理由を挙げずとも、既に受けるつもりになっていたけれど。
「冒険者養成学校の件、引き受けましょう」
「リク君ならそう言ってくれると思ってたよ。日程は決まり次第伝えるから、よろしくね」
俺の返答を嬉しそうに聞いたロロさん。上機嫌な様子で、訓練所を後にした。
どうやら俺に用件を伝えるだけの目的でここに来ていたらしい。
さて、それなら俺は訓練を再開しよう。
……そう思って訓練所の的がある方に視線をやったがしかし。現在は全て使用中になっていた。
見たところ、紫電の連続使用を試みる連中が一定数現れたようだ。つまり、ロロさんと話す直前の俺が原因か。
目にも留まらぬ連撃というのは、実に強力だ。一騎討ちなら敵を圧倒できるし、対多数の場合も数の不利を補い得る。
無論、それで威力が犠牲になっているなら然程の効果は得られないが、紫電は威力を犠牲にしない。
改めて、クスキ流戦闘術を当たり前に修めているアサミヤ家が尋常じゃないな。連続使用までできる人間は、多少なりとも数が絞られるようだけれど。
話が横道に逸れたが、さてこれからどうしようか。
「すまない、少し良いだろうか?」
行動方針を定めようとしていたところに、またしても背後から声を掛けられた。
そうか、今日は人から声を掛けられる日か。
聞こえた声には聞き覚えがあったので、すぐに振り返る。そして見たのは俺の想定通り、アレックス・ケンドール──フランの元ストーカーの、今は真っ当な冒険者だ。ついでに言うと、クスキ流戦闘術に対する圧倒的な適性を持つ魔法剣士でもある。
「どうした、アレックス? 模擬戦なら受けるぞ?」
俺のステータスに下方修正を加えれば、模擬戦の相手として中々悪くない仕上がりになっている。それ故の先の言葉だったけれど。
「いや、今はそうじゃないんだ。……それはそれでお願いしたいような気もしたけど、そうじゃない。重撃のコツのようなものがあれば、教えて貰えないかと思ったんだ」
ほう。てっきり重撃も習得済みかと思っていたけれど、そうでもなかったのか。
「どうにも、君ほどの速度では使用できなくてね。実用範囲にはなったと思うけれど、強敵を相手にした場合にはまだ心許ないように思えるんだ」
そうでもあったわ。習得済みだったわ。
しばし考え、方法を思い付いたので実行してみることにした。
「一度俺の武器を貸そう。それで感覚を覚えるのが早い」
エディターを両手剣形態でアイテムボックスから取り出し、柄の方をアレックスに向けて差し出す。
「習うより慣れろ、ということだね。そういうことなら、ありがたく借りるよ」
コイツ、本当に物分かりが良くなったよな。初対面の時はまともな会話すら覚束なかったのに。
アレックスは実に素直に、差し出されたエディターを受け取った。
それから俺とアレックスは少しだけ場所を移し、模擬戦用の結界内へと入る。そして数歩分の距離を取って、相対する。
「俺は攻撃も回避もせず、防御しかしない。そちらから好きに打ち込んでくると良い」
八咫烏を正眼に構えて、俺はそう告げた。
「それなら、遠慮無く……!」
アレックスは実にやる気に満ちた表情で、貸与されたエディターを真正面から振り下ろしてきた。
宣言通り、俺はただ防御をする。振り下ろされたエディターを、八咫烏の刀身で受け止めた。
次の瞬間、辛うじて一音一音が聞き取れる頻度で金属音が響き始める。アレックスによる重撃だ。
今の俺のステータスはSTRからVITに値を割り振っており、防御重視の状態。元々のレベル差もあって、押し下げられることは無い。
「これは、普段より高い速度で重撃を使用できてるのか?」
念のための確認をした。十中八九そうだとは思いつつ。
「ああ、倍速に近いくらいで使用できているよ……! それにしても、涼しい顔で受け止めてくれるものだね……!」
そりゃまあ、ステータスを弄っている上に八咫烏で最大効率のVIT運用ができている訳だからな。涼しい顔にもなる。
「さて、もう十分だろ。終わりだ」
唐突に、柄を握る両手の力を抜く。弾かれるように下がってきた刀身を右斜め後ろに流し、僅かに遅れてやって来たエディターを峰の方から掴んでアイテムボックスに収納した。
「お、終わり!? いや、流石にまだ感覚は掴めていないが!?」
未だに勘違いしているアレックスの右肩に、俺は左手を置く。
「俺の両手剣には、ステータスシステムの運用に関する一切の補助機能が無い。今お前がやった重撃は、純然たるお前自身の実力だ」
唖然とするアレックス。訓練をする周囲の音だけが、耳に届いて来る。
「……な!?」
一拍どころか十拍くらい遅れて、アレックスからのリアクションが来た。
「良いか、アレックス。ステータスシステムの通常運用であれ特殊運用であれ、お前の場合は飛び抜けた適性がある。悩むな、全部無駄だ。やると決めれば、どうせ成功するんだよ。以上」
さて、タイミング良く的の方に空きができたな。自分の訓練を再開しよう。
唖然としっぱなしのアレックスを放置して、俺は的のある方へと歩き出した。
アレックスに対する、ちょっとした仕込み。