第一六話 ギルド本部4
妥協しつつも何とか納得のいく着地点に着いたフロランタンさんとのお話し合いを終え、ギルドのロビーへやって来た。
明日から始まる調査クエストへの同行をエルさんに依頼しなければならないが、俺一人では彼の居場所も分からない。俺一人で依頼するのも荷が重い。ルーキーが色持ちに話しかける時点で、周囲からは良い顔をされないだろうというのもある。
そんな訳で、フランが戻ってくるのをロビーに備え付けられた椅子に座って待とうと思う。
椅子に座って待っていると、それはもう色んな人を見ることができる。
老若男女問わず出入りがあるし、そもそも人族以外に獣人族も居る。たまに耳の尖ったエルフ族も居て、それはかなり少数だった。
エルフ族という響きに違わず、男女共に美形ばかりだ。標本数が少ないので、それが全体的に言えることなのかどうかは分からないけれど。
ただ、今俺の真正面からワインレッドの目を向けてきている金髪ツインドリルのお嬢様風エルフに関しては、間違いなく美形と言えるだろう。
「貴方、見かけない顔ね。ワタクシ、クラリッサ・エクスナーに名を名乗ることを許します」
舞踏会にでも出られそうな赤紫のドレスを身に纏った女性が、居丈高な態度で俺からの名乗りを待っている。ただし先に自分が名乗っている辺り、育ちの良さも感じさせる。
面倒事に巻き込まれるのもなんだし、ここは無難に対応しておこう。
俺は椅子から立ち、左胸に手を当てながら口を開く。
「お初にお目に掛かります、エクスナー様。私はリク・スギサキと申します。先日この街に到着しまして、ギルド員としての登録を終えたばかりの新参者です」
語り過ぎないようにはしつつ、相手の疑問を解消する。こういう偉そうな人って、何が切っ掛けで怒るか分からないからね。
「スギサキ……、聞き覚えの無い家名だわ。その黒い髪と目を見て、アサミヤの家に連なる者かと当たりを付けていたのだけれど」
アサミヤ、朝宮か浅宮かな? 日本人からしてもそう馴染みの無い、珍しい名字だけど。
「名のある家の者ではありませんから」
苦笑しながら、相手の興味を引かないように言葉を選ぶ。小物臭を周囲に振り撒く。
「それにしては、随分と礼節を弁えているように見えるのだけれど……良いわ。リク・スギサキ、貴方の名を覚えておきます。縁があればまた会うこともあるでしょう。それでは、ごきげんよう」
エクスナー様はスカートの裾をちょこんとつまみ、優雅に一礼。くるりと回って背を向けて、そのまま去っていった。
わざわざ名を覚えておく宣言をされてしまった辺りに若干の危機感を覚えたけれど、少なくとも今の感じで対応すれば問題は無さそうな人だった。でも、周囲から結構な視線を集めていた人だから、きっと凄い人なんだろうな……。
何で俺、話しかけられちゃったかなー……。
不穏な未来を予感させる展開に、俺が表情を暗くしていると。
「リク、大丈夫ですか?」
タッタッタ、と軽い足音を立てて、俺の待ち人が駆け寄ってきた。
俺のさっきの会話内容には、特に問題は無かった。となると会話した人物そのものに問題要素があったんだろうか。
あったんだろうね、薄々分かってましたよ。はい分かってましたー、俺分かってましたー。けどとりあえず、フランの話だ。
「それ、むしろ俺がフランに言いたい言葉なんだけど。さっきまでギルドマスターと一対一で会話してたはずのフランにさ」
任せる他無かった状況とはいえ、眼光鋭い軍人のような男性といたいけな少女を二人きりにしたんだ。流石に男として何も感じずにはいられない。
「こちらは大丈夫です。余計なことは話しませんでしたから」
けれどフランは事も無げに答え、こちらの心配を一蹴する。
「それよりも問題は、リクの方でしょう。先程の方は紅紫のエクスナーです、と言えば伝わりますか?」
「ここに来てからの俺の人生どうなってんのかな。間接・直接問わなければ早くも三色目とか」
白のラインハルト、青のシャリエ、紅紫のエクスナー。元の世界で例えるなら、大国の大統領クラスの有名人だよ。
ここが冒険者ギルド本部だからかな。いやほら、東京に居たら芸能人を見掛ける程度はそう珍しくもなかったし。
「……七色目は、いつになるでしょうか」
「せめて四色目の話をしてくれないかな!? コンプリート前提の話をされると俺も困るんだけど!」
反射的にした俺のツッコミに、フランは気まずそうな表情を浮かべた。
それにしても、周囲からの視線が鬱陶しくなってきたな。この場でエルさん──白のラインハルトをクエストに誘う話をするのは避けたい。ここは移動すべきか。
「……とりあえず、移動しようか。夕飯も食べてないし」
お金はつい先程、コマンドブル討伐クエストの報酬として受け取ったものがある。無一文の状態で食事に誘い相手に奢ってもらう、などというゲスい企みをしている訳ではない。
「そう、ですね。そうしましょうか」
フランから承諾して貰えた時点で気付く。やべぇ、公衆の面前でフランを食事に誘ってOK貰えちまったよ。フラン自身の口から、男からの食事の誘いを断ってばかりだって聞いてたのに。
周囲から小さな声が聞こえてくる。あいつ誰なんだ、とか。仲が良いのか、とか。
吐いた唾は飲めぬ、か。とにかく行動を開始しよう。