第一五八話 ズュートケーゲル調査4
こいつら強すぎるんですが。
分厚い雲の中に、俺達は飛び込んだ。中の空気は湿気を孕んでひんやりと冷たく、灰色の見た目も相まって重苦しい。
それでもゲイルの羽ばたきは力強く、易々と雲を切り裂き、そして──
「──抜けた、か」
雲の上、ズュートケーゲルの山頂を視認できる高さまで飛んだ先は、陽光で満ちてこそあれど。大鷲と竜の群れが、互いに爪と牙を突き立て合う地獄絵図となっていた。
雲を抜けてすぐの場に滞空している俺達だが、フレスヴェルグもリントヴルムもこちらを気にする様子が見られない。それよりも、目の前の敵を如何にして仕留めるか、そんなことばかりを考えているように見受けられる。
ひとまず、一斉にこちらへ向かってくるような事態にならなかったことに安堵していると、エクエスに乗ったエルさんとマリアベルさんも雲を抜けてきた。そしてすぐ隣まで飛んで来る。
「そちらが雲の中を先行してくれたお陰で、空中にできたトンネルのようになっていて少し楽しかったよ」
「緊張感が行方不明ですね」
ははは、と爽やかに笑いを返すエルさん。
なお、マリアベルさんも似たような表情だった。
「それじゃあ行ってくるわね」
本当に軽い調子だ。
純白の翼を広げて飛んでいくエクエスの姿を見送って──そこからの怒涛の展開は、当分忘れられそうにない。
飛行速度は然程でもなく。ステータス編集も風魔法も無い状態のゲイル単体でも追い抜ける速度だった。
彼らはそのまま、魔物同士の抗争へと突っ込んでいく。
接近してくる彼らに気付いたフレスヴェルグ二頭が、ほぼ同時に襲い掛かってきた。鳥型で上級の魔物らしく、速度は中々のものだ。
そのまま距離を詰め終えたと思えば──それぞれ片方ずつ、翼を切り落とされて墜落していく。
エルさんの得物、輝煌が描いた軌跡は辛うじて視認できた。
電柱のような長さの氷柱が数十本、空中に展開される。一斉に射出され、それに貫かれた多数の魔物が即死こそ免れたものの、やはり下へと墜ちていく。
一瞬で被害を撒き散らした闖入者に、さしもの魔物たちも無視してはいられなかったらしく。フレスヴェルグもリントヴルムも、まとめて複数がそちらへ牙を剥いた。
まず接近の段階で、次々に射出される氷柱の餌食が多数。頭部を潰される個体や翼に穴を開けられる個体──そして、腹部を貫かれつつも接近を為した個体。
その接近を為した個体はリントヴルム。血を吐いている口から火を漏らし、ひと際強い輝きが漏れたと思えば真っ赤な炎──ドラゴンブレスが至近距離からエルさん達へと放たれた。
ペガサスごと彼ら全員を飲み込んだ業火は上級の魔物が放ったものに相応しく、距離があるこちらへもその余波を伝えてくる。
けれど。
業火の中から、純白の一閃。上から下へ振り下ろされたそれは業火を斬り裂き、また業火を放っていたリントヴルムをも一刀のもとに斬り伏せた。
真正面から両断されたリントヴルムは断末魔の叫びを上げる間もなく絶命し、雲の中へと墜ちていく。
炎が消えたその場には、僅かなダメージも見受けられない姿のエルさん達が居た。
二分と経たず。それで、彼らへ向かっていった魔物は全て墜ち、残った魔物も蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
圧倒的と言うほか無い。中距離以遠は魔法使いが高威力高精度の魔法で、近距離は魔法剣士がその圧倒的技量で敵を屠り、騎獣のお陰で機動力も十分。
移動要塞とでも言うべき戦闘力で以って、この場を片付けてしまった。
「魔力を節約していたら、思ったより時間が掛かってしまったわ」
「道中であまり消耗してしまう訳にもいかないからね」
疲労感ゼロで衝撃過多な言葉が飛び出た。
「すまない、待たせてしまった。先へ行こうか」
当たり前のようにこちらへ謝罪までして……、俺は考えるのをやめた。
「そうですね、行きましょう」
エディターのマップは、もうすぐで山頂まで表示できそうだ。
そこから進むこと僅か数分。俺の想定通り山頂をマップに表示できた訳だが、表示されたものは想定していなかったものだった。
「……自然生成された魔石?」
火口付近の浅い位置に、そんなものが埋もれて存在しているらしい。そしてその周囲には高レベル──具体的にはレベル一五〇前後のフレイムエレメンタルが百体ほど居る。
いや何だよこの数。
「これは……」
俺の肩越しにマップを見ていたフランが、深刻そうな声色で呟いた。そのまま画面を操作し、詳細情報を確認している。
ここで俺は手綱を操り、ゲイルに滞空させる。後ろから付いてきているエルさん達とも話をしたい。
「状況が判明したのかな?」
「はい」
俺がゲイルを止めさせた理由は分かっているらしく、フランはひとまず肯定のみを返した。
後ろからエクエスがエルさん達を乗せて俺達の隣へとやって来たところで、フランが再び口を開く。
「ズュートケーゲル自体が持つ魔力により、魔石が生成されました。発生が今から一か月半前。誕生する魔物の脅威度は──最低でも、六つ星上位に相当するかと予想されます」
最低でも、と来たか。それは、是非とも現実がそうであって欲しいものだ。
……七つ星相当の敵と戦う覚悟をしよう。
「それなら、誕生する前に叩こう」
ネガティブなことを考えていた俺を非難するかのような言葉が、エルさんの口から出てきた。
いやご尤もな意見だ。本来は最善を目指して行動すべきなのだから。
そんな風に自戒していると、何やら音が聞こえてきた。ごごご、と鈍く重苦しい音が。
何が起こったのかと疑問を抱く前に、山肌を転がり落ちる岩に気付く。
山が、揺れている。
全くなんてタイミングだよ。
下を見ていた俺の視界の端で、白い影が素早く動いた。見上げれば、力強く羽ばたくエクエスの後ろ姿を確認できる。
直後に爆音。黒い噴煙が山頂から立ち昇り、赤く煌々としたマグマが流れ出す。
四大霊峰の南、ズュートケーゲルが噴火した。
「急ごう! まだ間に合う可能性はある!」
エルさんは切り替えが早いことで。とはいえ俺も魔法の準備をしている訳だけれど。
「フラン。かなり荒っぽい移動になるから、しっかり掴まっておいて欲しい」
「分かりました」
フランからの返事を聞いて、俺は魔法名を宣言する。
『トリ・ウィンド──二重結合起動!』
風属性上級攻撃魔法の二重結合起動。俺達二人と一体を、荒々しい風が包み込む。
まだ制御は完全とは言い難いが、四の五の言っている場合じゃないからな。
と、ここでゲイルが自身の風魔法を発動させた。薄く、高い密度で頭部と両翼を覆うように展開している。
加速を目的とした形ではない。嘴や翼で直接敵を攻撃するときの、強度を上げる形だ。
「ゲイル、お前……」
俺が声を掛けると、ゲイルは短く鳴いた。早くしろと言わんばかりに。
「──は。最大風力で行くぞ!」
移動を、開始する!
タイミングの悪さに定評があります。