第一五四話 予兆
主人公視点に戻ってきました。
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俺──リク・スギサキは今、ホームグラウンドである城塞都市アインバーグに居る。
魔法都市クヴェレでは喫茶店巡りの旅行をして、その途中にある村でサラという少女に出会い、行きと帰りの両方で村に立ち寄った。
俺の騎獣であるグリフォン──名をゲイルという──はその村の子ども達に大変な人気があり、背中に乗せて空を飛んでやるというサービスを行っていた。
実に平和な旅だった。
帝国軍のベットリヒ少将と再会して交流を深めたり、大商会であるアスター商会のトップと知り合いになったり、【黒疾風】のファンを名乗るゼルマという冒険者に魔法具を渡したりと、実に平和な旅だった。
少し用事ができてしまったので、西の霊峰ヴェストケーゲルに足を延ばしたりもしたが、実に平和な旅だった。
実に、平和な、旅だった。
さて、そんな平和な旅を終えたのはひと月ほど前のこと。
昨日までを大過なく過ごしていた訳だが、ギルドマスターから呼び出しを受けたため、今日は久々に顔を見せなければならない。
……呼び出される心当たりが無いんだが。
むしろギルドマスターを呼び出したいようなことは、過去に起こったけれど。
ただそれによって紅紫のエクスナーことクラリッサ様との繋がりを作ることができたので、結果オーライではある。なお、それについて僅かな感謝の気持ちも湧いてこない。
そんな具合に不満たらたらの内心ながら、俺は律義にも冒険者ギルドへと到着した。
そのままギルドマスターに会うべく、俺から受付嬢に声を掛けようとしたのだけれど。俺の顔を確認するなり、受付嬢の方からこちらへどうぞと案内された。
案内されるがままに建物の奥へと入り、ギルドマスターの部屋の前へと辿り着く。受付嬢がドアをノックし、中から返事が来てからドアを開ける。
部屋の奥にあるデスクの向こう側に、つい今しがたまで書類を片付けていたらしきギルドマスターが立っていた。
ああ、この厳つい顔を見ると、より気が重くなる。
ギルドマスターの部屋は二つ繋がった形になっており、奥にある方の部屋には足の短い長テーブル一つと二人掛けソファーが二つ、壁には夕焼けの海を描いた風景画が飾られている。俺とギルドマスターが居るのはそちらの部屋で、テーブルの上には秘書の方と思われる女性が出してくれた紅茶と茶請けが置かれている。
「さて、こうして対面するのは久々に感じられるな」
「そうですね」
ソファーの座り心地を確認しながら、気の無い返事をした。話題を広げる気がゼロだ。
「君は、会う度に雰囲気を鋭くしていく。ラインハルトの再来と呼ばれるのも頷けるというものだ」
「恐縮です」
さっさと本題に入れ、という気持ちを隠さずに短い返事だけをする。
「シャリエ家の令嬢を見事射止めた辺りも、似ていると言えるだろうか」
「雑談をご所望であれば、別の方をお呼びください。私ではギルドマスターを楽しませる話など、到底できそうにありませんので」
本当に鬱陶しいな、この狸は。
「それは謙遜が過ぎるというものだ。聞けば、国王陛下を相手に自身の経験を巧みな語りでお伝えしたそうではないか」
「さて、緊張のあまり何を口走ったか記憶が曖昧なもので」
まあ、本題に入らないというのならいつまででも受け流そう。雑談に応じるつもりは無いと、その意思表示はすでにした。
「ふむ。随分な嫌われようだ」
ギルドマスターは苦笑しながら紅茶を一口啜り、舌を湿らせてから再び口を開く。
「本題に入るとしよう。君を、六つ星冒険者に昇級させたい」
「そうですか。それは何らかのクエストクリアを以って、でしょうか?」
今日初めてまともな応じ方をした俺に、ギルドマスターはほんのり驚きを表した。そんなにも意外だったのだろうか。
「いや、君には既に十分な実績がある。今更実力を確かめる必要も無いだろう。実をいうと、既にギルドカードは用意していてね」
ギルドマスターはそう言って、懐から一枚のカードをテーブルの上に置いた。
俺の名前が印字され、星の数が六つになっているギルドカードだった。
「分かりました。では、この五つ星のカードは返却致します」
俺もまた、五つ星のカードを出してテーブルの上に置く。そしてそのまま、六つ星のカードを手に取った。
「意外だったな。最低でも渋られるか、あるいは拒否されるかと思っていたのだが」
「五つ星への昇級時は散々渋りましたからね。そう思われるのも無理は無いかと」
六つ星のカードをアイテムボックスに収納。用件がこれで終わりなら、可及的速やかにこの場を去りたいのだけれど。
「心境の変化があった、ということだろうか」
「心境も環境も変わりました」
「内容を聞いても良いだろうか?」
「紅紫のエクスナーと、アサミヤ家の導師。このお二人を同時に敵に回しても構わないとお思いですか?」
ここで俺も紅茶を一口啜る。
ギルドマスターの様子はといえば、少々考え込む素振りを見せている。
深入りが危険だという情報は出したつもりだが、導師の名は果たしてどの程度効果があるものやら。武術都市においては絶対的な信頼を獲得していた人だけれど、その割に城塞都市ではそれほど有名では無さそうだし。
「……必要となれば、私にも話をしてくるか。いや、詮索はするまい。君は紅紫のエクスナーから、どうやら警戒されている様子だったものだから、随分と意外な状況になっているようだ。更には導師の名が出てくるとなると、いや全く驚かせてくれる」
「導師をご存じでしたか。それなら話は早いですね」
流石はギルドマスターと言ったところだろうか。しっかり情報は持っていたらしい。
「ああ。彼は……底が知れない。優秀な冒険者を数多く見てきた私にも、全く測れない程に」
やっぱりあの人が諸々の黒幕だったりしないか。冒険者ギルドのトップにここまで言われるって、相当だぞ。
「私もあの二人を敵に回したくはない。故に話は終わりにしようと思うが、君から私へは何かあるかね?」
「何もありません」
湧き水の如く溢れ出る、罵詈雑言以外はな。
「それでは、失礼します」
出掛かったその罵詈雑言を紅茶で飲み下してから、足早に退室する。
冒険者ギルドの奥からロビーへ出てきたところで、俺は意外な人物を見た。
いや、意外というと失礼にあたるだろうか。その人物も冒険者──それも最強のと付くのだから。
緩くウェーブが掛かった淡い金髪に、落ち着いた青緑色の目。整った顔立ちと相まって、何処かの貴族と言われても驚けそうにない。
しかし鈍色のブレストプレートとガントレット、レギンス、そして白い鞘に納められた長剣という装備。それらによって、冒険者ということはすぐに分かる出で立ち。
七つ星冒険者筆頭、白のラインハルトその人だ。……まあ、俺はエルさんと呼んでいるけれど。
エルさんが冒険者ギルドに顔を出すことは、俺が知る限り珍しい。それ故か、かなりの視線をその一身に集めている。
けれど当の彼は、誰かを待ってでもいるのか。一本の柱を背もたれにして、その場から動く様子を見せない。
折角だし、挨拶くらいはしに行くか。
「ご無沙汰しています、エルさん」
俺が声を掛けると、エルさんはすぐにこちらを見た。そして微笑を浮かべる。
「やあ、リク君。しばらく会わない内に、すっかり有名になってしまったね」
「ははは……、色々とあったもので。ところで今日はどうしてこちらへ?」
軽く受け流しつつ、話題の転換を図った。
「実は、君に話があるんだ。今から少し、時間を貰えないかな?」
まさかの俺を待っていたパターンか。
「重大な話が待っていそうですね。場所は移した方が?」
「話が早くて助かるよ」
困ったように笑うエルさんの顔を見て、少しと言わず嫌な予感はあるけれど。話を聞かないという選択肢は、無いかな。
場所を移し、俺の家。今日は休日のフランもここに居た。
リビングにある円形テーブルを俺とエルさん、フランの三人で囲んでいる。
「いや何でフランも普通に混じってくるのかな。別に邪魔な訳ではないけど、一応話を持ってこられてるのは俺一人な訳で」
厄介事の匂いが仄かにするので、できれば席を外しておいて貰えると嬉しかったりはするんだけど。
「エルケンバルトさんが直接持ってくるほどのお話です。一体どれほど大きな案件か、それを考えれば私も聞いておくべきだと判断しました」
フランのその言葉に俺は微妙な顔をして、エルさんは苦笑を浮かべている。
「どうせ多少はフランに話をすることになるだろうと、場所を自宅にしたのは迂闊だった。話を聞くどころか、参加する気満々じゃないか」
「当然です」
別に当然ではないと思うんだけどな!
「リク君」
ガックリと項垂れる俺に、エルさんが声を掛けてきた。何かと思って顔を上げれば、機嫌よさげな表情を向けられていた。
「どうやら僕たちは仲間だったようだ」
「この場に青のシャリエもお呼びしましょうか」
アイテムボックスから椅子を一つ取り出しつつ言った。何ならテーブルも、今出しているそれより一回り大きいのが出せる。
「はは、それじゃあ本題に入ろうか」
乾いた笑いの後、下手糞な話題の転換を図られた。
まあ良いさ、この場はひとまず流されておこう。
「ここひと月ほどの間で、四大霊峰の南ズュートケーゲルの魔物が活性化してきている」
そして告げられたのは、そんな話。七つ星冒険者が真剣な表情で語るその様は、こちらの不安を煽るには十分に過ぎるものだった。
「麓の方では然程でもないけれど、中腹から山頂にかけてが無視できない状況でね。このまま放置していては、縄張りを追われた魔物が広範囲に広がって移動する可能性があるんだ」
追加された内容は、その不安を裏付けるものに他ならず。
「フランセットさんは察しがついていると思うけれど、これは強大な魔物が発生する予兆でもある」
止めを刺すようにそんな情報が付け加えられた。
いや段階的に不安にされるの勘弁して欲しいんだけど。
不安と言いつつ、それなりに余裕はある主人公。




