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俺が神様から貰った魔法の剣はチートツールでした  作者: 御影しい
第五章 本格的に力を付けよう
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閑話 アスター商会の副代表

久々の閑話です。

◆◆◆◆◆


 私は、アスター商会の副代表をしている男だ。

 この度、禁制品である魔寄せの香に手を出し、商会にも多大な迷惑を掛けた。故に副代表を辞することになると思っていたが、そうはならなかった。

 本当に信じられないほどの、幸運に恵まれたのだと思う。






 長い間、私と妻との間には子どもが生まれなかった。長く不妊治療を続け、ようやく授かった娘は身体が弱かった。

 幼い頃から様々な病に罹っては治療し、罹っては治療し。ようやく落ち着いてきたと思った矢先に、余命二年と医者から言われた時は愕然とした。

 身体の末端から動かなくなっていき、最終的には内臓機能の低下でゆっくりと死に至るという残酷な病。延命治療を行っても、長くて二年で死ぬ。そう言われたのだ。

 完治させるための薬は入手難度が異常に高く、金額もさることながらそもそも市場に出回らない。何故ならば、一体でも街中に現れれば確実に多数の死者を出すような魔物がそこかしこを闊歩する、四大霊峰に行かなければ材料が手に入らない。そしてそれは、現地で即座に調薬しなければ激しい劣化により使い物にならない。そんな場所に行ってくれる薬師、そして護衛をしてくれる人間はそうそう見付かるものではない。


 娘の延命治療を続けつつ、完治させるための薬の入手手段も模索する。それには金が必要だった。大商会の副代表の身でも、決して支払いが容易ではない額が。


 娘の前では必死に堪えたが、夫婦喧嘩も増えていた。些細なことで互いに苛立ち、それを互いにぶつけた。離婚すら何度も考えたが、それでも娘を救いたいという願いだけは一致していた。


 顔に浮かぶ疲労を、今までしたこともない化粧で無理やり取り繕っていた私の前に、柔和な笑みを浮かべた悪魔が現れたのはそんな時だった。

 娘を救うのに、金が必要なんだろう? 稼げる商材があるんだ。

 私に正常な思考能力が残っていたなら、確実に無視していたような胡散臭い言葉だった。けれどその時の私に、そんなものは残っていなかった。藁にも縋る思いだったのだ。


 その結果、商会ごと脅されて大規模に禁制品を──魔寄せの香という危険な代物をばら撒くことになった。


 代表に全てを話した時、殴られると思っていた。首を切られ、家族揃って路頭に迷うことになると思っていた。

 だが実際には、ただ「分かった」とだけ。そして脅してきた男と話し合いをし、商談(・・)を進めていった。


 意外にも、売上金自体は商会の懐に入れて良いという。はっきりとその意図を聞いた訳ではないが、魔寄せの香の拡散を目的としているのではないかとうっすら思った。


 違法行為で稼いだ金で、娘の薬代を捻出する。酷い親だと、酷い夫だという自覚はあったが、妻の機嫌は良くなった。娘には勿論、妻にも事情は話していなかったのだ。


 脅しに屈して言いなりになっていれば、娘の命だけは何とか繋げられる。あとは、完治のための薬をどうにか入手する。

 そう思っていたところに、代表から急な呼び出しが掛かった。


 どうしようもなく嫌な予感がした。代表の顔色をこの目で見たとき、それは確信に変わった。

 帝国軍の少将が、魔寄せの香について調査を依頼してきた。──その後、魔寄せの香を隠している地下室が荒らされた。

 前者はまだ分かる。品の出所が帝国だったとのことだから。けれど、後者は。

 タイミングとして帝国軍の仕業というのは、真っ先に疑うところだ。だがあまりに狙い過ぎだろう。第三者による警告かもしれない。何にせよ、友好的な相手ではない。


 結果として、その日の深夜に場所を移すことに決めた。商会本部の地下室よりは、倉庫の地下室の方がまだしも融通がきくと判断したためだった。

 むしろそれこそが地下室を荒らした犯人の狙いかもしれないとは思いつつ、あまりにも身近な恐怖に耐えられなかった、というのも偽らざる本心だが。


 そしてそれは、失敗した。けれどそれこそが──幸運だった。






 現れたのは全身を黒い装備で統一した、一人の冒険者。

 薬師の護衛が可能な人間を見付けるため、上級冒険者の情報はそれなり以上に集めていた。それで知った【黒疾風】の特徴と、合致していた。


 深夜、商会の倉庫の前、魔寄せの香を運んでいる最中。そんな状況でその姿を認めて、ただでさえ欠いていた冷静さを更に削った。

 大急ぎで雇った護衛は、奇襲を仕掛けたにも拘わらず完全に対応されて。すぐに戦意を喪失し、まるで意味は無かった。

 圧倒的だった。上級冒険者の実力をこの目で見たことはさほど多くないが、それでも目を疑う程の実力差がそこにはあった。

 四つ星冒険者を、まるで子どものようにあしらっていたのだから。


 それでも、そこまではまだ、冒険者を相手にしている心持ちでいられた。確かに圧倒的ではあったが、あくまで武力に限った話。この世界には、大国の全軍を差し向けた上で全滅させられる覚悟をしなければならないといわれるドラゴンをすら単独で屠る、隔絶した実力者が存在するのだから。まだしも、納得ができるというもの。

 ……話が始まって、何もかもが知られているという事実が明らかになり、人の皮を被ったナニカ(・・・)を相手にしているのだという認識に変わるのに、さほどの時間は必要無かった。


 意識しないようにしていた、魔寄せの香による被害。その可能性。

 それを突き付けた【黒疾風】の静かな怒りは、我々を揃って震え上がらせた。


 しかし、幸いにも彼は会話をさせてくれた。こちらの選択肢を実質的に絞られた上でだが、それでも。肌で感じられるほどの怒りを抱えてなお、理性的でいてくれた。

 犯罪行為から手を引けば、これまで通り商人を続けさせてくれるという。更には、私の娘の病を完治させる薬が用意可能だと、言ってくれた。


 悪魔の囁きかもしれない。むしろそう考えることの方が自然であり当然だ。

 それでも、私は恥も外聞もなくその言葉に縋った。慎重であるべき商人にあるまじき、愚か者の選択だっただろう。

 だが、結論を述べればそれが最善の選択だった。






 商会への罰は、孤児院への寄付。対外的には慈善行為でしかなく、その額も違法行為で手にした分を少々上回る程度で。

 帝国軍少将が商会に依頼した調査を翌日すぐに撤回してきて、その話はそのまま終了した。

 何より、私など……商会倉庫でのやりとりから五日後に、本当に薬を受け取ってしまった。


 【黒疾風】は無表情で、けれど【大瀑布】は微笑を浮かべて。私の自宅にやって来た彼らは、ご近所へのおすそ分けでもするかのような気軽さで、希少な薬を渡してくれた。


 ほとんど叫ぶように礼を述べて、私は娘がいる部屋へと走った。完治の為の薬が手に入ったと、抑えきれない興奮を溢れさせながら言って。

 部屋の中には妻も居て、怪訝な視線を私に向けてきたことを覚えている。しかし、それはそうだろう。散々手を尽くして、それでもまるで手に入る目途が立たなかった代物なのだから。

 娘もそんな事情は承知していたようで。儚げな笑みを浮かべて、お父さんありがとう、と。私が娘を元気づけるために嘘を吐いているのだと、そう思っているらしい反応をした。


 もはや死を覚悟しているらしい娘に、私は何も言えなくなりそうになりながら、ゆっくりと近づいた。そして、袋に入った薬を取り出して見せた。

 本当なんだ、本当に手に入ったんだ、と。そう伝えた。


 娘は私の掌の上にある薬をじっと見て、改めて私の顔を見た。

 きっと、その時の私は笑顔を浮かべていただろう。そんな私の様子を見て、娘も私が嘘を吐いていないと信じてくれたらしい。震える声で、私治るの、と尋ねた。


 私は力強く頷いた。いつの間にか溜まっていた涙が零れ、頬を伝った。


 妻も娘に遅れて、薬が本物であることを信じてくれたようで。今まで見たことが無いほど慌てた様子で部屋を出て、水の入ったコップを、盛大に中身を溢れさせながらも持ってきた。薬を飲むための水だ。


 薬の効果は劇的だった。即座に完治する訳ではなかったが、娘が飲んで僅か数分で明確な効果をもたらしてくれた。

 ペンを握ることすらできなくなっていた手は、弱弱しくもコップを握り。立ち上がることなど不可能になっていた足は、よろめきつつ支えを必要としながらも立った。


 私と、妻と、娘。三人で泣きながら喜び、抱き合った。


 一頻(ひとしき)り喜び合って、ふと彼らを放置してしまっていたことに私は気付いた。

 今更大急ぎで玄関へと走った私は、律義にも待ってくれていた彼らの姿を認めた。


 良かったですね、良かったな、と。彼女は優しく、彼はぶっきらぼうに、けれど同じく祝福の言葉をくれた。

 そして彼からは一枚の紙を渡された。今回の一件の請求書として、ある金額が書かれた紙だった。


 信じられないほど安かった。


 いや、アスター商会の副代表である私にとっても、決して簡単に用意できる額ではなかったが。それでも受け取った薬の代金としては、良心的という言葉が素足で逃げ出すような安さだった。

 期限も五年あり、何一つとして無理な要求ではなかった。


 どうしてこうも良くしてくれるのか、私は疑問をぶつけずにはいられなかった。

 すると返ってきた答えがこうだ。


「自分の病気のせいで父親が犯罪者になって、処罰されて、自分も苦しみながら死ぬ。流石にそれは理不尽が過ぎるだろ」


 それだけ言ってそのまま帰ろうとする彼らを私は引き留めようとしたが、聞く耳持たれず。


 呆然と立ち尽くしていた私に妻が声をかけるまで、消えた彼らの背中を見送り続けていた。

結局のところ理不尽が大嫌いなだけ。

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