第一四八話 帝国軍人1
まずは話を。
ベットリヒ少将は、彼より一回りは年下に見える部下らしき男性を連れて、こちらへやって来る。
二人とも服装はフォーマルなそれであるものの、軍服ではない。となると身分を隠して行動中かもしれない。外で少将と呼ぶのは拙い可能性があるな。
そんなことをつらつら考えていると、普通に会話ができる距離まで接近していた。
部下らしき男性は少将より少し後ろで控えている。ひとまず会話するつもりは無さそうだ。
「やはり君達だったか、スギサキ君、シャリエ君。このような場所で会うとは思わなかった」
ほのかに笑顔を浮かべた、友好的な態度だった。ただ残念なことに、マップ上の表示でしっかり警戒状態になっている。それは部下らしき男性も同様だ。
「お久しぶりです。王都でお会いして以来ですね」
「お久しぶりです。そちらはお仕事中ですか?」
俺に続けてフランが挨拶をしつつ、良い感じの質問を投げてくれた。これに対する反応次第で、俺達の行動を決めて良いだろう。
少将は部下らしき男性に目配せをしてから、俺達に向き直る。
「残念ながら我々は仕事だ。このように美しい街へは、できることなら休暇として訪れたかったのだが。ところでそちらはということは、君達は仕事ではないのかな」
なるほど。あちらも距離感を測るような感じか。だったらこちらは軽いジャブを。
「ええ、少し長めの休暇を取りまして。休暇と言っても、道中で魔物が出るトラブルに見舞われてしまいましたが」
さて。魔寄せの香関連で仕事中だとすれば、トラブルの詳細が気になるはずだ。
「それは、魔物の方が災難だったのではないだろうか」
軽く笑いながらの返答が来たが、やはり少将の表示は警戒のまま変わらず。
「わざわざ畑に五体も現れたのが悪いと思います」
しれっとした顔で、フランが一気に踏み込んだ。
こちらとしてはただ事実を述べているだけで、魔寄せの香については一切触れていない。それでいて、話を聞いている側がもし魔寄せの香について調べていたりするなら、決して無視できない内容だ。
「……ッ! 詳しい状況をお聞かせ頂けるだろうか!?」
少将の後ろで控えていた男性が、大きく反応を示した。
少将は大きく溜め息を吐いた。
「ロンメル少尉……」
マップ上でクルト・ロンメルと表示されているその男性が、少将に名を呼ばれてしまったという顔をする。
「話の続きは、場所を変えた方が良さそうですね」
苦笑を浮かべつつ、俺はそう提案してみた。
「……そうさせて頂こう」
力無く言う今の少将の姿は、初対面の時を想起させた。
場所を移したその先は、ホテルの部屋。少将達にとっては、出てすぐ戻ってきた形だ。
部屋で一人待機していた小太りな男性──この人も少将の部下らしい──が不思議そうな顔で少将を見て、俺達に気付いて困惑していたのは余談か。
部屋の間取りはざっくり長方形。手前の壁際に四つのベッドが並び、奥には六人用のテーブルがある。
待機していた男性は所用で席を外したため、残ったのは俺とフラン、ベットリヒ少将、ロンメル少尉の四人。奥にあるテーブルを挟み、対面している。
なお、茶の用意は俺がした。アイテムボックスに入ったものを取り出すだけで済むからな。手っ取り早く行こう。
「まずはそちらの状況を確認したい。一体どの程度まで、情報を得ているのだろうか?」
深刻そうな顔の少将がそんな質問をしてきたので、どうやら誤解があるのだろうと推測。無駄に慌てさせるのは敵だけで十分なので、早く話をしてしまおう。
「その前に一つお伝えしたいのですが、こちらは本当に旅行でこの魔法都市クヴェレにやって来ました。ですので、少なくとも現状でギルドや国は関与していません」
「魔寄せの香が安価で売られ拡散されていると偶然知ったのですが、その出所がどうやらヴァナルガンド帝国であるらしいとまで知ったのは、この街に来てからです。クヴェレのとある建物内に大量の在庫が確認できているので、どう処理すべきか悩んでいます」
俺が前置き、フランが質問への返答を行った。
おお、二人とも驚いてる驚いてる。驚きのポイントはそれぞれ違うだろうけど。
「ちなみにこちらが、既に盗賊の手に渡っていた品の一部です」
手のひらに握りこめるサイズの布袋に入ったそれを、テーブルの上に三つほど出す。
ロンメル少尉は驚いた表情のままで、ベットリヒ少将は何処か諦めたようなそれに。
「ところで少尉殿には自己紹介がまだでしたね。私はリク・スギサキ、リッヒレーベン国王の冒険者です。そしてこちらが──」
「フランセット・シャリエと申します。彼と同じく、リッヒレーベン王国の冒険者です」
ロンメル少尉が慌てた様子で表情を取り繕い、口を開く。
「私はクルト・ロンメルと申します! ……シャリエさん、と先程仰いましたか?」
おや、少尉はそこが気になったか。
「青のシャリエは、私の姉です」
「ああ……、貴女はその妹君でしたか」
目の前に居る人間が、もしかすると七つ星冒険者かも知れない。それが杞憂に終わったとなれば、そんな反応にもなるか。
「シャリエ君も【大瀑布】の二つ名をお持ちだが、隣のスギサキ君はあの【黒疾風】だぞ」
あのという言葉には、一体どのような感情が込められているのでしょうか、少将?
「【黒疾風】……!? あ、いえ、失礼致しました!」
少将には俺の能力を直接見られているのでまだ分かるとして、少尉がそんな反応をするのは何故だろう。
まさか噂は隣国ヴァナルガンドにまで届いている? いやいや、本当にまさかそんな。
「しかし、あなた方は既にそこまで情報をお持ちだったのですね。参考までに、どのようにして得た情報なのか教えて頂いても……?」
「……そうですね、今更隠す必要もありませんし」
僅かに考えたものの、エディターの機能を公開することに決めた。
さて、マップ表示の公開設定を弄って、と。
少将と少尉の二人にも、今しがた見えるようにした。
現在マップに表示されているのは、この街の中心から少し東にある大きな建物。三次元表示にしており、半透明な水色の線の組み合わせによって表現されている。
そこの地下一階にあるのが魔寄せの香。大量に在庫がある。
「このように、見れば分かる状況です」
「これは……!?」
少尉が目を見開いて驚いている。
「名前が動いているのは、その通り人が動いているのか……? だとすると、一体どれほどの……」
目論見通り、実に良い反応だ。
ひとしきり少尉の反応を見守って、それが落ち着いた後。気を取り直すように咳払いをした少尉が、俺の方を見て口を開く。
「失礼致しました。確認させて頂きたいのですが、これは今現在の状況を示しているということで間違いないでしょうか?」
理解が早くて助かるな。我ながら無茶苦茶な能力だと思うし、こうして実際に見ても納得はし難い気がするけれど。
いや、少将から少しは話を聞いていた可能性もあるか。先の反応もあったことだし。
「仰る通りです、ロンメル少尉。ですのでここに魔寄せの香があるのは間違い無く、忍び込むのであれば相手方の配置を常に把握できるこちらが、圧倒的に有利ですね」
強硬手段を匂わすような形で提案してみた。
「忍び込むのは待って貰えないだろうか」
少将からのストップが掛かった。割と想定通りではある。
「在庫を根こそぎ奪っていくのも、シンプルに面白そうですが。底無しのアイテムボックスが猛威を振るいますよ?」
けれどあえて攻めてみた。なお、冗談半分である。
「……他に取れる手段が無くなった場合は、頼みたい」
「ええ、お任せください。どうあっても解決だけはさせますので」
俺は満面の笑みで応えたけれど、少将からの反応は芳しくなかった。とても複雑そうな表情だ。
「他に取れる手段としては、何をお考えなのでしょうか?」
フランが真面目な表情で話を進める。
舌を湿らす為か、少将が紅茶を一口啜ってから口を開く。
「随分と美味い紅茶だな」
「リクは紅茶を淹れるのがとても上手ですから」
「二人して唐突に紅茶の話を」
「あ、本当ですね。これは実に美味です」
「そうでしょう、そうでしょう」
「三人に増えた!?」
何故か少尉まで紅茶を飲んで参加してきたので、早くもツッコミを放棄したくなる。
ただ、自慢げなフランはとても可愛い。
「ええと、お褒め頂きありがとうございます。話を続けて頂いても宜しいでしょうか?」
けれど、今は話の続きをお願いしたい。
紅茶のレベルも上がっています。




