第一四七話 良いか、これは旅行なんだ
旅行中なんですよ。
俺とフランが盗賊団を捕縛し尋問しているところで、仕事を終えたゲイルが合流。魔石だけはしっかり回収していて、俺に渡してくれた。残されたオークの死体は、村の人間を呼んで回収して貰っているようだ。
ゲイルが本当に有能で助かる。オークの素材となると、必要だとすれば魔石だけだからな。他は別にいらない。村に進呈する。
尋問の結果だが、ろくな情報は出なかった。
何処にでも居そうな特徴の薄い顔をした、中年の男性から購入した。随分と在庫を抱えている様子だった。相場よりも安い価格で買えた。まあこの程度。
禁制品の相場を知っている時点で余罪がほぼ確定したが、それは盗賊団の情報なので重要ではない。ただ、オークが五体現れたと知った彼らが驚いていたのは気に掛かる。なんでも、予想していた効果より規模が大きかったそうだ。
つまり効果が高い魔寄せの香を、相場よりも安く売った人間が居るということになる。
嫌な想像ができてしまうな。
ともあれ村の問題は解決したので、捕縛した盗賊団を連れて村に戻る。
なお、拘束具には中級の魔物の素材を加工したものを使用しているので、奴らのステータス的に抜け出される心配は無い。
俺達を出迎えてくれたのは村長さんとその息子夫婦、更にその娘であるサラ。ついでに異常を知らせに来ていた男性。
場所は村の集会所前で、念のため集会所の中に村人を避難させていたようだ。マップを確認することで分かった。
「もう、終わらせたのですか……」
村長の視線が、捕縛した盗賊団に固定されている。
「これでも上級冒険者ですから。それより、彼らの処遇を全てお任せしても宜しいでしょうか? 少々急ぎの用事ができてしまい、すぐにでも出立しなければならなくなりまして」
魔寄せの香を安値で売ってばら撒かれた可能性があるので、少しばかり近辺の調査をしたい。幸いにも移動速度はあるし、単にマップを見ればいいので、そこまで手間でもない。
しかしながら、村長側が渋った。
オークの討伐と魔石以外のその素材、盗賊団の捕縛とその報奨金。あまりにも受け取り過ぎだ、とのこと。
俺達は旅行の途中で村に立ち寄っただけの人間なので、借りを作ったところで村側のデメリットは極めて薄い。そして本当にすぐ出発しなければならない。という説明を畳み掛けるように行ってゴリ押した。
だがしかし、サラが随分と寂しそうな目で俺達を見てきたので、アインバーグに帰る際にまたこの村へ立ち寄る約束をしてしまった。
その際、フランから向けられた視線は忘れておこう。
村を発ち、ゲイルに乗って飛び回り始めて三〇分ほどが経過。既に一つ、魔寄せの香を発見して持ち主から強奪した。時間も無いので、脅しを兼ねて首の薄皮一枚をエディターで斬り、アドレスを取得している。
もしまた魔寄せの香を入手するようなら、通知が来るよう設定した。
「本当は然るべき所に突き出してやりたいけど、そんな悠長なことをやってる時間は無いしな」
「……隠し持っている魔寄せの香を出会い頭に強奪され、あれだけ脅し付けられれば、今後しばらくはリクの影が恐ろしくて仕方がないと思います」
「いつまた俺が目の前に現れるか分からないだろうね。それを狙った動きをしたんだけど」
恐ろしい人ですね、と呟かれた。
そんな恐ろしい人に背中からぴったり抱きついている貴女はどうなんでしょうか、フランセットさん?
「それにしても少々意外でした。そのまま首を刎ねても、おかしくはないと思っていましたから」
「一応、首を刎ねないとどうしようもない状況以外では、基本的に殺しは避けるよ。それに今回は生き残って貰った方が有益な可能性があるし」
「……魔寄せの香に手を出すと、死神がやって来る。そんな噂が広まるかも知れませんね」
「死んでないんだけどなぁ」
死神って。いや死神って。
「いえ、脅す際に『次は殺──」
「あー、次のターゲットを確認した。張り切って現場に急行しよう」
次が見つかったからなー。早く次に行かないとなー。
かれこれ四時間ほど飛び回り、数十回の襲撃を行った。回収した魔寄せの香は俺のアイテムボックスに入れており、処分に困る。
死蔵していても問題は無いけれど、あまり手元に置いておきたくないというか。何せ禁制品だしな。法的には俺もアウトだ。
別に正義の味方を気取るつもりは無いから、そこは今更か。何なら状況次第で使用することすら有り得る。といっても、人の営みに悪影響がある使い方をするつもりは無いけれど。
ひたすら速さを追求して長時間飛び回ったため、ゲイルの機嫌が最高に良くなっていたのは余談だ。
さておき、魔法都市クヴェレに到着。
その第一印象としては、水の都。
街中に張り巡らされた運河や水路。道行く人よりも、舟で移動する人の方が多い程で。
他に気になる点といえば、エルフの割合が高いことか。概ね二割程、というのはここ以外で見たことが無い。
「綺麗な街だな」
「運河を整備する関係もあるのでしょうが、街並み全体に均整が取れていて素敵ですね」
俺もフランも、街そのものに対する評価は高い。ただし。
「ここに禁制品を売るような人間が居ることが、とても残念だ」
「ええ、本当に」
マップで確認済みのことだ。この街に、今も十分な在庫を持っている奴が居る。
本音を言えばすぐにでも突撃してやりたいのだけれど、残念ながらそこそこ立派な建物に保管されている。それなりの立場に居る人間が犯人らしい。
実行してしまえば、俺達が犯罪者だ。
ところで魔法都市クヴェレに到着したので、そのマップも取得している。故に魔寄せの香を、この街から見てどの方角から入手したのかを確認できる。
なるほど、北西か。
……ヴァナルガンド帝国方面? 禁制品の、しかも密輸というコンボが繋がった?
いやいや、そう決め付けるのは早計だ。そうだとも。
──この街に帝国軍人のベットリヒ少将がいらっしゃるのは何故かな?
コルネール・ベットリヒ少将。
少し前に紅紫のエクスナーことクラリッサ様からの指名依頼で行った王都での護衛、その対象だ。同じく帝国軍人であり敵であったアルレイ・ディノイア准将が迂闊にも舞台上に出て、暗殺を見事しくじってくれたのは記憶に新しい。
俺は無言でフランにマップを見せ、反応を待つ。
フランは一瞬不思議そうな顔をしてマップを確認し、色々と察した顔をして俺を見る。
「無関係、と思うのは楽観が過ぎますか」
「とりあえず偶然を装って、俺達の方から会いに行ってみるのはどうかな」
悲観に支配された俺は、幾つかのステップを飛ばして次の行動の提案をした。
「偶然だと思ってくれるでしょうか?」
「元々この街に来たのは偶然だったから」
そう、元々はただの旅行だったんだ。
何なら今でもただの旅行にしたい。純粋に楽しみたい。
ともあれゲイルを預けられる場所が必要だな。
そういう訳で、騎獣の預かり所のような場所にゲイルを預けた。
ベットリヒ少将が利用している宿は、街の中心付近にある。豪勢に大部屋を借りているようで、今現在そこにベットリヒ少将を含めた三人が居るのを確認している。
俺とフランはひとまず、ホテルの近くにある喫茶店に向かった。
いや、旅行の目的は達成するさ。意地でもな。
入った喫茶店の雰囲気を一言で述べるなら、レトロ調。
窓は小さく、照明のランプが店内を淡い光で優しく照らす。カウンターの奥にある棚には様々なボトルが整然と並べられ、BGMにはジャズが控えめな音量で流されている。実に良い雰囲気だ。
既に店内に居た客がワイングラスに入ったコーヒーを飲んでおり、それが気になってしまったので俺達も同じものを注文。濃厚な旨みのある、とても良いコーヒーだった。
紅茶以外も楽しまないとな。
ケーキも頼み、種類の違うフランのものと少しだけ交換したりしながら時間を過ごしていると、ベットリヒ少将に動きが見られた。どうやらホテルを出るらしい。
少し急ぎめにケーキを食べ終えて、俺達も店を出る。
ホテルの前の大通りを、フランと並んでゆっくり歩く。そのままベットリヒ少将と目が合えばそれで良し、そうでなくとも偶然を装って声を掛けよう。
フランと口では先程の店に関する感想を述べながら、エディターのテキストエディタではベットリヒ少将の動向について話し合う。
平穏な日常の裏には陰謀が隠れているんだぞ、と言わんばかりの行動だ。ちなみに今、彼女と旅行中なんだよ。信じて貰えないかも知れないけど。
若干やさぐれながらタイミングを調整し、俺達は狙い通りにベットリヒ少将とホテルの入り口前で対面した。
先に気付いたのはベットリヒ少将側。あくまで見かけ上は。
足を止め、躊躇うように視線を一度外し、しかし結局こちらに目を向け足を向け。
問題無く接触できるようなので、俺達もベットリヒ少将を見た。ほんのり驚いた様子を見せるのも忘れない。
さて、やっぱり少将は魔寄せの香関連でお仕事中なのかな?
くどいようですが実はこれ、旅行中なんですよ。