第一四三話 自宅でまったり
サブタイトル通りなんだ。
ストーリーは全く進まないので、読み飛ばしても何も問題は起こらない話なんだ。
訓練所にて、俺とフランの万全サポートを受けたアレックスとエリックの二人に、ドミニクさんを撃破させた後。ドミニクさんとステラさん、ついでにアレックスにも結合起動用の魔法具を渡してから、俺とフランは一時帰宅。
俺だけでなく、然程汗をかいていなかったフランもシャワーを浴びて、街へ買い物に繰り出した。
簡単な自炊なら俺もするので、ある程度の食材は既にある。けれどフランが必要としているものが少々足りなかったらしい。
そんな訳で、買う物が決まっている買い物はすぐに終了した。
俺はただ、真剣な面持ちで食材を選ぶフランを横から眺めていただけだった。
いや、荷物持ちはしたけどな? 品物の代金を払った後はアイテムボックスに放り込んだけど。
……荷物持ちとは。
さて気を取り直して。
再び帰宅し、場所はキッチンへと移り変わる。
魔法具である三つ口コンロ、十分な広さの調理スペース、流し、そして豊富な収納。微妙にファンタジー要素を織り交ぜつつ、パッと見は現代日本のシステムキッチンのようになっている。
全体的に黒い配色なので、非常に落ち着いた見た目だ。
用意した食材の一つに、麺状のロングパスタがある。よって作られる料理がスパゲティなのはまず確定。しかし、透明な容器に入った醤油が気になる。
そう。あったんだ、醤油。
この城塞都市アインバーグもかなり大きな都市だから、豊富な種類の品物が色々なところから入ってくる。醤油もそんな品物の一つだ。
それはともかく、いよいよ調理開始……かと思ったんだけどな。
「私一人で料理を作ってリクに食べて貰うのと、二人で一緒に作るのは、果たしてどちらの方が良いのでしょうか?」
かなりの難題が、真剣な表情をしたフランの口から発せられた。
「とりあえず俺は手伝う気満々で今しがた手を洗ったところだけど、確かにそれはどっちだろう」
いや本当にどっちだろう。濡れた手をタオルで拭きながら悩む。
「私は一人で作るつもりだったのですが、あまりにも自然にリクが調理準備を進めるもので」
「邪魔になるようだったら大人しくしとくけど」
その場合は後片付けを担当しようと思う。まあ元から片付けはするつもりだったけど。
「いえ、決して邪魔などでは。一人で作るつもりだったというのは本当ですが、二人で作るのも良いのでは、と今のリクを見て思ったのです」
なるほど。
「じゃあ手伝うよ。元々そのつもりだったし」
キッチンを使ってみたいというフランの要望が発端だから、あくまで手伝いに留めるけれど。
「それなら、お願いしますね」
さあ、今度こそ調理開始だ。
用意した材料は、棒状パスタ、小松菜、シメジ、ベーコン、ニンニク、サラダ油、醤油、塩、粗挽き黒胡椒。なお、一部の材料は正確に言うと後ろにのようなものと付くが、省略する。
まずは食材を切る。
小松菜は葉と茎で分けた上、三センチメートル程の長さで等間隔に切る。シメジは石突きを切り落としてから適当に手で分ける。ベーコンは一センチメートル幅で、やはり等間隔に。ニンニクはみじん切りだ。
なお、俺の担当はニンニク。ある程度小さく切ったところで、包丁の先端付近の峰を左手で軽く押さえつつ右手で持った柄を上げ下げ。それを左右に動かし、更に小さくしていった。
その間、水を入れた鍋に火をかけており、沸騰させている。そこへ塩を加えて棒状パスタを投入した。茹で時間は少しだけ短めに。
フライパンにサラダ油とニンニクを入れ、弱火で炒める。香りが出てきたところでベーコンを加え、更に炒める。少し間を置いてシメジと小松菜の茎も加え、多少火が通るまでやはり炒める。そして小松菜の葉を加え、見た目の体積が半分ほどになるまで火が通ったところで醤油を入れる。
茹でておいたパスタをフライパンに入れ、粗挽き胡椒をお好みの量加えて完成。
ところで、俺はニンニクを刻んだ程度でほとんど手を出す余地が無かった。仕方が無いので、使用済みでひとまず使わない包丁やらまな板やらを洗っておいた。
一応、手伝ったと言える働きはしている、と思いたい。
「和風パスタってところか」
醤油があった時点で明らかだったけれど。
「はい。アサミヤ家でレシピを教わりまして、こうして作ってみました」
和風の料理なんてそうそう見かけるものではないから、それは予想通り。
「リクの好みに合うと良いのですが」
「おや、俺の為に覚えてくれたのかな?」
「勿論です」
わざと自意識過剰な台詞を吐いたつもりだったのに、見事なカウンターを食らった。
「……どうもありがとう」
圧倒的敗北感を味わいながら、使用したフライパンや鍋を洗っている。
汚れはこうして簡単に洗い落とせるのに、敗北感はそうもいかないな。
「こちらこそ、片付けをして頂いてありがとうございます。お料理をして一番面倒に感じるのが、後片付けですからね」
苦笑いを浮かべて言うフランに、心底同意する。
「確かに。片付けさえしないで良いなら、もっと頻繁に自炊しても構わないんだけど」
いっそ家政婦でも雇うか。金なら稼げるし。
まあ冗談だけど。
洗物の泡を流してから、濡れた手を拭く。
「じゃあ、食べようか」
「はい」
今度は純粋な笑顔で、フランは応えてくれた。
和風パスタ二人前を二つの皿に取り分けて、テーブルへと移動。俺とフランは向かい合う形で椅子に座る。
さてさて、お味はどうかな?
「……ん、美味い。流石はフラン」
漂っている香りから考えても不味いはずは無かったけれど、一口食べた俺はそう呟いた。
癖の強いニンニクの味を醤油が包み込み、黒胡椒がピリッと調える。程よく火の通った小松菜とシメジの食感も良い感じだ。
「褒めて頂いてありがとうございます。アサミヤ家で教わったレシピは他にもありますから、今後も作ってみますね」
「楽しみにしてるよ」
これは外食の頻度が下がりそうだ。
そんな感じで和やかに雑談を交わしながら、食事の時間は過ぎていった。
食事を終えて、使った食器を洗って。今はフランと隣り合ってリビングのソファーに座り、コーヒータイム。
今日は紅茶よりコーヒーの気分だったんだ。
「リクはコーヒーを淹れるのも上手ですね」
マグカップを傾けながら、フランが褒めてくれた。
しかし。
「いやぁ、本職にはまだまだ敵わないし。精進あるのみかな」
紅茶の方は自信も付いてきたところだけど。行く先々で振舞ったりしているから、回数もこなせているし。
「とはいえ戦闘訓練の時間を増やさないといけないから、中々そうも言っていられないのか」
「無理は禁物ですよ、リク?」
しっかりと釘を刺してくるフランに、俺は僅かに視線を逸らす。
普段よりコーヒーが苦く感じるなぁ。
「リク……?」
「分かった、分かったから。至近距離まで詰め寄るのは止めてくれ」
じとっとしたフランの目を間近で見せられると、あまりに分が悪いから。
「ふふ、嫌です」
え、と俺が思った次の瞬間。左肩に重みと熱を感じた。
確認するまでも無く、フランが俺の左肩に寄りかかっている。ついでのように左腕が捕獲された。
「今日のところはもうお休みです。私もお休みします」
「流れるように甘えてきたな」
急にコーヒーの苦味が物足りなくなってきた。
味が全く安定しない。
「もうすっかり、剣士の腕ですね。見た目にも分かる変化がありますが、こうして触れているとより一層分かります」
「本格的に好き勝手されてる気がする」
二の腕の筋肉を確かめてみたり、手を持ち上げてまじまじと観察したり。
「はい、好き勝手にしています」
満面の笑みで言い切られた。
もうどうにでもしてくれ。
自分で書いてて砂糖吐きそうでした。