第一四一話 アサミヤ家で得たもの3
引き続き(周囲の)パワーアップイベント。
縮地と紫電──移動と攻撃の技法を受講者に説明し、きっちりそれらの実演もしてみせた後。今は各々の実践にて学んで貰っている。
知り合いならともかく、ただ顔を知っている程度の人間に手取り足取り教えてやるほど俺は優しくないんだ。
そんな訳で、俺はエリック達四人と一緒に居た。ドミニクさんは一人でやってみるそうだから、ひとまず放置する。
「訓練所に来たら、いきなり講座が始まった」
「お金を取って開くような講座だったんじゃないかい?」
「何だかとっても手馴れた様子でした」
ジャック、アンヌ、ステラさんが立て続けに言ってきた。
なお、エリックだけは紫電の習得に向けて身体を動かしているようだ。
「ロロさんも居るタイミングだったら、もっと手間が省けたんだけどな」
彼女はステータス編集を経験していることだし、きっと習得は早いだろう。
「スギサキって変なところで無頓着だよな」
俺が少し別のことを考えていると、ジャックが呆れたように言ってきた。
「その辺りの話はもう、ドミニクさんから言われたよ」
「そりゃ言うだろうね」
アンヌは真顔で言ってきた。
「でも、面倒見の良い方ですよね、スギサキさんって」
「面倒見……?」
そしてステラさんに言われた言葉に、俺は疑問を呈した。
しかし、ジャックとアンヌの二人が揃って首を縦に振りだす。
「さて、オレらも練習しようぜ。つっても、そんなすぐできるようにはならねぇだろうけど」
フラグかな?
Q.あれはフラグですか?
A.はい、フラグでした。
「スギサキ君! 今、一回だけできた気がする!」
各々の訓練開始から、一時間ほどが経ったタイミングだった。音を置き去りにするような速さで突き出されたエリックの長杖が、的の胴体部分を穿ったのは。
「……丁度見てた。できてたな、間違い無く」
俺も俺で、電光石火を連続で行うという訓練を行っていた。その合間の休憩中、何気なく周囲を見渡していたら、決定的瞬間を目撃したんだ。
「何でできるんだよ」
「えぇ……。教えた人が言うの?」
「こんな短時間で習得できる技法じゃないんだよ、本来は」
エリックの反論を即座に切り捨てた。
「習得まではしてないよ。一度成功しただけなんだから」
「一度成功した時点で、習得まで秒読み段階だよ」
可能であると知ること、そして確信することが重要な技法なんだ。
知るまでは、俺が実演したから問題無い。けれど確信するには、自分が体験するのが一番良い。エリックはその段階に進んだ。
「ああ、そうだ。渡しておきたい物があったんだ」
そう言って俺は黒い指輪を差し出す。結合起動用の魔法具だ。
「これは……?」
素直に受け取りつつ、流石に何かは分からない様子。
結合起動なんて完全に未知の領域だろうしな。当然ではある。
「慣れたら要らなくなるけど、複数の魔法を結合して一つの魔法にする結合起動っていう技法を補助する魔法具。……使いこなすと思ってエリックに渡してしまったけれど、だからこそ俺はとんでもないことを仕出かしたのでは」
「何で!?」
いや、何でも何も無いだろ。
紫電習得まで早くも秒読み段階で、更に結合起動をも習得してしまうとするなら。またしても壁役と遊撃手のレベリングに付き合うべきかと考えてしまう。
「結合起動は並列起動の習得を前提条件とした技法で、二重三重と重ねていくことができる。威力が跳ね上がるから、訓練所で調子を確かめてから実戦で使うことをお勧めする」
「説明ありがとう。でも僕の質問はスルーされてるよね?」
ははは。何の事やら。
「要らないなら返して貰うぞ」
「要るよ!」
素直で大変よろしい。
念のため風魔法で防音しつつ、エリックに結合起動の仕組みを説明する。
中々の目でこちらを見てきつつも、そういうものだと理解したらしいエリックが結合起動を試みた。
一発で成功。まあ、こちらは驚くことも無い。単に魔法具の効果だ。ここまではな。
ジ・フレイムの二重結合起動による炎が、刃の形でエリックの杖先端部分に現れている。その見た目は、さながらグレイブ。つまり長柄武器だが、単一起動時よりも刃が長い。
さておき、熱量がエグい。刃の周りの空気が加熱され、光が大きく歪んでいる。
「……上級の魔物相手でも通用するぞ、それ」
「僕はスギサキ君が教えてくれた技法を使ってるだけだよ! 何で得体の知れないものを見るような目を向けてくるのさ!」
それは勿論、初級冒険者が出して良い火力ではないからだ。
結合起動の成功までは魔法具で可能だとしても、その後の制御は当人の実力次第。そしてエリックが現出させた炎の刃は確固たる形を保持し、その熱量を膨大なままに安定させている。つまりはそういうことだ。
「MP節約の観点から言っても、基本的には初級魔法の二重結合起動をお勧めする。それは火力が高すぎだ」
「……まあ、そうだね」
俺だけでなく、自身のパーティーメンバーであるジャックとアンヌからも似たような目で見られているからか、不満げながらもエリックから反論の言葉は出てこなかった。
なお残る一人のパーティーメンバーであるステラさんは、特にそういった目では見ていない。
と、ここで知っている人間がまた訓練所にやって来た。矯正済みの元ストーカー、アレックス・ケンドールだ。
一心不乱に素振りをしたり、短距離の移動を繰り返している面々を見たためか、何事かとの疑問がその顔に書いてある。
「これは一体、何事だい?」
迷わず俺に向かって近付いてきて、疑問をぶつけてくる辺りに物申したくなる。けれど大正解なので、それは止めておこう。藪蛇になりそうだ。
「武術都市に行って来た俺がアサミヤ家で学んだ技法を、少しばかり広めてみた」
「かの有名な、アサミヤ家の……。しかも、わざわざ君が学んだ程だ。余程に強力な技法なのだろうね」
神妙な表情で、えらく俺を持ち上げてくる。
「ついでにアレックスも覚えてみるか?」
俺の見立てでは、エリックよりも更にクスキ流戦闘術に対して高い適性を持っているんだ。
「教えて貰えるのなら、是非」
良し。即行で習得させて、ドミニクさんを焚き付けよう。
いや、確かに即行で習得させようとは思っていたんだ。適性が非常に高いとも。
しかし、しかしだ。まさか一発で成功させるとは思わないだろう。
アレックスが自身の剣を振り抜いた姿勢で、固まっている。本人も少なからず驚いている様子だ。
「うわ、本当に一発で紫電を成功させやがった……。何だこいつ……」
「君が言ったんだろう! 『成功するに決まっている、ほらできた、という心境でやれば一発だ』と!」
思わず呟いた俺に対し、勢い良く振り返ったアレックスが叫んだ。
「半分は冗談だったんだよ。逆に言うと、半分は本気だったけどな。で、俺が思った以上の適性だったから、ついでに重撃も教えておこう」
「となると、縮地という技法は後回しにするのかい?」
「紫電ができたなら、どうせそっちもすぐできるようになる。だったら別の技法を教えられる内に教えておいた方が効率的だろ」
攻撃か移動かの違いしかないからな。重撃はそれらと毛色が違うし、難易度も上がるから、習得にはもう少し時間が必要だろうけれど。とはいえ習得そのものは確実と言って良い程の適性を見せて貰ったばかりだ。
そんな訳で、アレックスに重撃の仕組みを教える。
「紫電と縮地だけでもとんでもない技法だと感じたけれど、重撃は更にとんでもない技法だね……。習得できれば良いけれど、僕に可能だろうか」
「もしお前にできなかったら、今日ここに来てる全員が不可能だよ。無駄な心配してないで、訓練開始だ」
ステータス編集をデバフ的に使えば、俺の訓練相手にもできそうだ。
アレックスが特に劇的なパワーアップ。
初登場時とは、既に比べ物にならない実力になりました。