第一三九話 アサミヤ家で得たもの1
すまねぇ、ドミニク。後で埋め合わせはするから。
フランの荷物は手早く纏められた。何せ衣装ケースやら棚やらは中身ごとアイテムボックスに入れれば良いし、こまごました物も大きい袋に入れて一括収納。
大家さんとはすぐに話をつけて、もはや後顧の憂い無し。とんぼ返りで俺の家に。
幾つかあった空き部屋の一つを選んで貰い、そこがフランの部屋となった。
ベッドなどの大きな家具も、ただ俺がその部屋でアイテムボックスから取り出すだけで済むので大変に楽だ。壁・床・天井に傷が付かないよう気を付けて搬入する必要が無いというのはもう、本当に楽だ。
冒険者業の合間に、運送業でもやるべきだろうか。
まあそんな冗談はさておいて、フランがえらく上機嫌だ。
笑顔を浮かべて、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気を醸し出している。
「一緒に生活する上でのルールなんかを話し合わないといけないけど、それより先にこれを言わないといけないかな」
一通り住める環境を整えていたフランが、俺の言葉に反応してこちらを見る。やはり笑顔は浮かべたまま。
「改めて、これからよろしく、フラン」
だから俺も笑顔を向け返す。
フランは浮かべていた笑みを更に深めて、口を開いた。
「はい、よろしくお願いしますね」
こうして、俺とフランの新たな生活がスタートする。
新生活が始まった次の日に、二人で出かけた。
しかしながら、色気のある話ではない。何故ならその行き先が、訓練所だからだ。
いや、デートの一つもすべきかと思ったんだけど、数日後に控えた魔法都市クヴェレへの旅行が待っている訳で。能動的に力を付ける気になった俺としては、今の内に訓練所へ行かない訳にはいかなかったんだよ。
フランも結合起動の訓練が必要な上、俺が無茶な訓練をしないか見張る意味もあるらしく。そんな理由から、同棲開始からの初お出かけは前述の通り訓練所という、なんとも色気の無い話になった。
訓練所に到着し、受付で手続きを済ませ、奥へと進む。
進んだ先にはいつもの光景ではあれど、各々真剣な様子で訓練に打ち込んでいる沢山の冒険者達の姿が確認できた。
「おお、リクじゃねえか!」
目敏く俺を発見したのは、訓練所の常連にして【鋼刃】の二つ名を持つベテラン冒険者、ドミニク・ベッテンドルフさんだ。身の丈程もある大剣を担ぎ、こちらに向かって歩いてくる。
いや発見するの早いな。
「今日はフランセットちゃんも一緒なんだな」
訓練所にはあまり足を運ばないフランなので、彼女を見れば反応もそうなるか。
「はい。自身の訓練と、彼の見張りを兼ねて」
「見張り?」
完全に想定の外側にあった単語を聞いたらしく、ドミニクさんは不思議そうに復唱した。
「触れないでください……」
「お、おう」
声のトーンを落として俺が言うと、ドミニクさんはこれ以上の追求をしないでくれるらしかった。
「ところでドミニクさんの今日のご予定は?」
問題が無ければ、是非とも俺の相手をして欲しいところ。
「午前中はここで身体を動かして、午後に何か軽めのクエストでも受けるつもりだったが。お前さんが来たなら話は別だな」
スキンヘッドのタフガイが、何とも好戦的な笑みを浮かべてこちらを見ている。
これまでならば半歩引いた対応をしていたところだがしかし、今は違う。
「模擬戦なら、大歓迎ですよ」
こちらも負けず劣らずな笑顔で応対する。
「誰だテメエ」
「リク・スギサキですよ。他の誰に見えますか」
思わず半目になって反論してしまったけれど、確かにいつもと様子が違っているのは自覚がある。
「個人的な事情で、力を付けないといけなくなったものでして。取り急ぎ、アサミヤ家で学んだ技法を完全に定着させたいんですよ。具体的には呼吸するのと同じレベルにまで」
「ほう。それで、どんな技法だ?」
そこそこ興味がありそうな様子でドミニクさんに質問された。
「移動と攻撃の加速と停止が、以前より格段に早くできます」
「えげつねえ奴じゃねえか!」
何故か非難するような反応が来た。
「一度の攻撃に複数回の衝撃を乗せる技法も」
「うっかり鍔迫り合いなんぞしちまった日には、酷え目に遭いそうだな!」
それは確かに。
「ここまで話したものとは毛色が異なりますが、複数の魔法を結合して一つの魔法にする技法も」
「……ハアッ!?」
ぼちぼちドミニクさんも理解が追い付かなくなっているらしい。
「技法ではなく武装の話ですが、ステータスシステムの完全運用が可能になる代物を頂きました」
「お前さん、武術都市で何してきた」
軽く遠い目になるくらい、色々してきたなぁ……。
「そんなことより、早く模擬戦をしましょう」
「……そうだな。やった方が早いか」
ああ、そこはそういう納得をしてくれるのか。流石はドミニクさん。
フランの方に向き直り、口を開く。
「じゃあ、俺は模擬戦してくるから」
「はい。ひとまず見学しておきますね」
おおう、自身の結合起動の訓練じゃなくてか。
毎度お馴染み、死んでも強制排除と共に生き返る結界内。
相対するは、巨岩の如き威圧感を放つ歴戦の偉丈夫。分厚い大剣を軽々振り回す、【鋼刃】の二つ名を持つ魔法剣士──ドミニク・ベッテンドルフその人だ。
「うっし、やるか」
短くそう言った彼の大剣は、地属性魔法を受けて更に巨大に。大樹をも一太刀で輪切りにするであろう長大さを獲得した。
こちらは篭手と肩鎧の形態を取るエディター、そして大太刀である八咫烏をアイテムボックスから取り出す。
八咫烏の鯉口を切り、そのまま抜刀。それと同時にジ・ウィンドの三重結合起動を発動させ、風を身に纏う。
「……ハッ、少し見ねえ内に随分とまあ」
いつもの模擬戦以上に真剣な面持ちで、ドミニクさんが呟いた。
呼びもしないのに集まった結界外のギャラリーも、心なしか普段より騒がしいような気がする。
まあ、そちらは気にしなくて良いか。
「まずは、こちらの速度に慣れて貰いますね。全力で攻撃を防ぎ続けてください」
そう宣言した俺は、縮地を使用した。至近距離に、ドミニクさんの驚きを示す表情がある。
金属光沢を放つ長大な大剣が、上段から真っ直ぐ振るわれた。しかし空を切る。
俺は既に、後ろを取っている。
あえてあまり力を込めず、軽い振りの斬撃を見舞う。これはシールドⅡによる盾に防がれた。
その直後、俺の攻撃を防いだ盾ごと真一文字に薙ぎ払う、豪快な一撃が放たれる。
短距離の縮地で間合いの外へと後退しそれをやり過ごした後、即座に縮地で間合いを詰める。心臓を狙った刺突を見舞う。
しかしこれも上体を逸らして対応され、胸部へ彫り込むような傷を付けるに留まる。
丸太のような豪腕が唸りを上げて、俺の顔面に迫る。
紫電を使用。迫る拳と俺の顔の間に八咫烏の刀身を置き、待ち構える。
ドミニクさんの拳がほんの僅かに八咫烏の刃へ食い込んだ瞬間、重撃を使用。一瞬にして、血の花が咲き乱れた。
苦い顔をして拳を引き、俺から距離を取ろうとするドミニクさん。
──それは、悪手だ。
電光石火。
俺を真正面に捉えていたドミニクさん。その後ろで俺は、八咫烏を真横に振り抜いた姿勢で停止している。
血糊を飛ばし、八咫烏を鞘に納めながら振り返れば。そこにはぐらりと傾きながら結界の外へ強制排除される、大男の姿を見ることができた。
加減して、これです。