第一三六話 紅紫との対談2
こちら、長くなったので分割した二つの内の後半部分です。
前話未読の方はそちらを先にどうぞ。
「なるほど。それは……重要な要素ですわ。神授兵装を破壊する手段は、非常に限られていますもの」
どうやら感触は悪くなさそうだ。このまま上手く事が運べば良いけど、どうだろうな。
「分かりやすいところでは、赤の神授兵装マハト。魔力を際限無く込め続けることで、理論上破壊できないものはありませんわ。他には白の神授兵装シュトラール。破壊不可属性そのものをシュトラールが干渉するものの対象外にすることで、無視する形で破壊可能。あとはサギリも破壊手段を持っているそうですが、どのように行うのかはワタクシも知りませんわね」
挙げられたのは三つだけ。これが全てだとするなら、クラリッサ様ご自身には破壊手段が無いことになるけれど。
「破壊手段は、以上で終わりでしょうか?」
ここで、しばらく黙っていたフランが口を開いた。
「ええ。少なくとも、ワタクシが知る限りでは」
クラリッサ様が持つ紅紫の神授兵装、エアインネルング。対象にしたものが持つエネルギーを含めて保存・複製する能力、だったか。
少なくともそれで破壊はできないだろうし、他に手段があったとしても隠す意味は薄そうだ。破壊手段を保存できるなら話は別だが。
「事情を知り破壊手段を持つサギリは国内外を飛び回っていることですし、取れる手が増えるのは……そうですわね、大歓迎ですわ」
躊躇ったというよりは、改めて自分の中で確認するような間を置いて。クラリッサ様はそう仰った。
そして立ち上がり、こちらに右手を差し出してくる。
マップ表示はというと──平常表示が維持されていた。
「これからよろしくお願いしますわ、リク・スギサキ」
俺も立ち上がって、右手を伸ばした。
「どうぞ、よろしくお願い致します」
握手をする。
手を離してから、クラリッサ様はフランに視線を向けた。
「フランセット。マリアの妹の貴女をこの件に巻き込むのは、実のところ避けたかったのですけれど。相応の覚悟をして、この場に臨んでいるのでしょう?」
フランも立ち上がっていて、恐らくは自分も握手を、と考えていたのだろう。前に出す素振りを見せていた彼女の右手は、所在無さげにしていた。
しかし、先のクラリッサ様からの問い掛けを受けた彼女は。
「当然です」
短く、けれど力強く答えた直後に、右手をクラリッサ様に向けて差し出した。
「よろしくお願いします」
半ば一方的な宣言とも取れる、明確な意思表示だった。
対するクラリッサ様は苦笑を浮かべつつ、自身の右手を差し出しフランと握手をする。
その握手を済ませてから、全員が椅子に座り直した。
「フフッ。少し前の貴女なら、考えられないような光景でしたわね」
唐突にそんな言葉を投げられたフランは、やはり困惑した様子で。
「そんなにも、私は変わりましたか?」
そういって素直な疑問を口に出した。
「それはワタクシよりも、貴女の隣に居る彼の方が実感しているところだと思うのだけれど」
こっちにキラーパスが来た。当然の帰結としてフランの視線も来た。
不意打ちにも程がある。まあ答えるけどさ。
「積極性は格段に増したかな。色々な方面で」
そう、色々な方面で。特定の方面に絞らず語っておく。
「色々……、ね」
意味深な呟きがクラリッサ様の口から漏れた。
実に愉しげなご様子ですね?
「ところでクラリッサ様。神授兵装を破壊する手段として赤と白の神授兵装を挙げられましたが、それらの所有者へ協力要請はされていらっしゃらないのでしょうか?」
そんな様子を俺はまるっと無視して。早急に話題を変えたかったのもあるけれど、純粋に疑問に思っていたことを質問として投げた。
「まだその段階ではない、というのがワタクシの見解ですわ。そこはサギリも同様ですわね」
「今は、敵をおびき出す段階なのでしょうか?」
今度はフランからの質問。
あのサギリさんがあえて後手に回るほどだ。恐らくそういうことだろうとは思う。
「ええ。敵は自分に直接繋がる手掛かりを残さず、猛威だけを撒き散らしている。だからこそ今はあえて、こちらからは対処のみに腐心している状態ですもの」
やはり、大方の予想通りだった。
「もっとも、白の方はともかく赤の方は、そういった事情に関係無く協力要請をしたくはないのですけれど」
直後に予想外の言葉を聞くことになるとは思わなかった。
一体どういう事情によるものだろうか。そう思って質問してみると、返ってきた答えが次の言葉。
「破壊することしか能が無い戦闘狂ですもの」
吐き捨てるような言い方だった。
貴族としての最低限の品格こそ保っていたように思えるが、ギリギリだったとも思う。
「ああ……それは……、私とも相性が悪そうです」
たった一文の説明でしかないのだから、断定するのは憚られた。とはいえ割と近い感覚を持っている気がするクラリッサ様のお言葉なので、心にも無い同意ではない。
「更に言えば、あの獅子獣人が居るのはヴァナルガンド帝国ですわ。そう簡単に協力要請などできるものではありません」
赤の色持ちは獅子獣人なのか。
身体能力に優れることが多い獣人の中でも、最も強靭な肉体を持つ種族と聞いたことがある。
なお獣人は、男性の場合は該当する獣の外見的特徴が強く現れ、女性の場合は耳や尻尾程度に収まるらしい。
クズハさんも狐耳と尻尾だけが人族と異なる部分だったしな。混血の場合はもっと特徴が弱まることもあるらしいけど。
「ベットリヒ少将がいらっしゃる国ですか。いずれ訪れてみたいとは思っているので、ひょっとするとお会いする機会があるかも知れませんね」
ところで少将はお元気にされているだろうか。
護衛とその対象という、あくまで仕事上の関係ではあったけれども。二回り以上年下の俺やフランを相手に、上からの物言いをすることも無く。またこちらのことを信用し、見事に敵を釣り出してくれもした。
機会があれば、またお会いしたいものだ。
「貴方が今後も会わずに済むことを、祈っておきましょう」
「……そこまで仰いますか」
いや、俺としても会わずに済むならそちらの方が望ましいけれども。恐らく本当に俺とは相性が悪いだろうから。
「アレの話はもう十分ですわ。それよりも、現状で何か質問はありまして? 答えられる範囲でお答えしますわ」
予防線をしっかり張りつつも、こちらからの質問を促してくれたクラリッサ様。俺とフランの両方に視線を送ってくる。
さて、何を聞いておくべきか。
やはりここは、根本的な部分だろうか。
「では質問なのですが。第一の黒の神授兵装エミュレーターは一体何故、歴史の裏に葬られたのでしょうか?」
これはアーデから聞いていない話だ。
いつか聞くことができたなら、色々と判断材料にできるのだけれど。果たしてその日は来るだろうか。
「他言無用であることは、承知の上ですわね?」
淡々とした声色ながら、妙に迫力がある確認だった。そも、承知していないはずが無い状況でわざわざ確認をしているのだから、さもありなんと言うべきか。
「はい」
「勿論です」
俺とフランが揃って肯定すると、一拍置いたクラリッサ様が再び口を開く。
そこから始まったのは、かつてこの世界を震撼させた災厄──それを討伐した者たちの物語。
次話で昔話が始まります。




