第一三話 ギルド本部1
肩に置かれた手を雑に振り払い、尚も継続して頭を撫でてくる手はやや丁寧にどけてから、俺はフロランタンさんを正面に見据える。
「現状で優先順位が高いのは、ギルドマスターとの話ですよね。それが終わった後で、その話の続きをしましょうか」
「……何だか怒ってないかい?」
分かってないのかこの人は。
俺から一歩距離を取りながら返答したフロランタンさんを、何とも言えない感情を孕んだ半目で見る。
「ギルドマスターは何処に居るんですか?」
特に否定もせず話を進めようとする俺に対し、フロランタンさんは更に一歩距離を取る。
「ギルドマスターの部屋なら私が知っています。フロランタン先輩は通常業務に戻って頂いて構いません」
先程から不思議そうにやり取りを眺めていたフランが、どうやら先輩に助け舟を出したらしい。
「そうだね、そうさせて貰うよ」
そそくさと退室していく背中を、「最終的には逃がす気ねぇから」と思いながら見送る。
それからフランへと視線を移した。
「それでは行きましょう、リク」
俺が何か言う前に、フランはそう言って立ち上がった。
フランの先導で廊下を進むこと二分弱。既にマッピングが完了していた為に目星が付いていた一番広い部屋の扉の前に、俺とフランは到着した。
年季を感じさせる木製の扉は見事な彫刻もあって何とも趣があり、ギルドマスターの部屋として相応しい雰囲気を醸し出している。
「今更だけど、ここって支部じゃなくて本部だったのか」
この部屋に居るのが支部長じゃなくてギルドマスターだもんなぁ。この街をマッピングした段階では「冒険者ギルド」としか情報が入ってこなかったから、知らなかった。
「冒険者ギルドの長に会うのに、流石のリクも緊張しますか?」
俺が唐突なことを言ったためか、フランは俺の様子を窺うように……って、流石のリクもって何だ。
「フランの中で既に俺はどういう人物になってるんだろう」
「コマンドブル三頭が率いる群れをソロ討伐できる方を、今更通常のルーキー扱いはできません」
「ものの見事に反論の余地が無かった」
俺が静かに敗北していると、フランは気にした様子も無く目の前の扉をノック。中から渋い男性の声が聞こえてきたので、入室することに。
扉を開けて中に入ると、そこに居たのは退役軍人風の厳つい男性だった。
右目に黒い眼帯をしている。短めに刈り揃えた深紅の髪に、鷹を思わせる暗褐色の左目が見る者を威圧する。恐らく齢六十は越えると思われるが体躯もしっかりとしていて、大地に根を張る大樹のような安定感があった。
重厚そうな木製の机に白い布が被せられ、更にその上に沢山の書類やペンなどが置かれている。左右の壁には本棚があり、歴史を感じさせる本があれば、真新しい本も幾つか散見された。窓際には少し物を置くスペースが取られ、トロフィーやらメダルやらが飾られている。
「急な呼び出しをしてしまって申し訳無い。リク・スギサキ君と言ったか。私はディートリヒ・ポラースシュテルン。冒険者ギルドの長をしている」
決して声を荒げていたりだとか、そういったことは一切無い。無いが、威圧感が尋常じゃない。声のボリュームで言えば至極一般的な会話の範囲に収まるだろうそれはしかし、喉元に刃物を突きつけるような鋭さを感じさせる。
「フランセットも済まんな。ミスをした訳でも無く呼び出されるというのは、気分の良いものではないだろう」
いえ、ミスしてもしなくても、貴方から呼び出しってのは恐怖を感じるんじゃないですかね。
本人を前にそんなこと言わないけどさ。
「いえ、お気遣い無く。……ですが、リクに対して威圧スキルを使用するのは如何なものかと」
え、威圧スキル? え?
「ふむ。対象を彼のみに絞ったのだが、勘付かれたか。私が衰えたと嘆くべきか、フランセットの鋭さを褒めるべきか」
「そのどちらでも構いませんので、スキルの解除をお願いします」
フランが──心なしか冷たく──そう言うと、先程まで痛いほど感じていた威圧感が緩和された。無くなっちゃいない。スキル無しでも十分な威圧感だよ。
「重ねて申し訳無い。急に力を得た若者というのは、やはり扱いが難しいものでね。……未熟者ならば錯乱し襲い掛かってくる程度の威圧をしていたが、君はどうやら肝が据わっているらしい」
「いえ、内心ではガタガタ震えてました。蛇に睨まれた蛙のように動けなかっただけです」
ギルドマスターなんていう分かり易い大物に、そんな豪胆な性格だなんて思われてたまるか。厄介事の匂いしかしない!
「そういった言葉を即座に出せる時点で、君の思考は先程から正常に働いていたと分かるものだよ」
厳つい顔が笑顔で俺を見ている。さっきは蛇に例えたけど、そんな生易しいもんじゃない。巨大なドラゴンが凶悪な顎を見せ付けている。
今は本当に、威圧スキルとやらを使ってないんだよね?