第一三五話 紅紫との対談1
長くなったので、とりあえず分割しました。
所変わって、ここはアインバーグにあるエクスナー邸。
王都にエクスナー家ご当主の邸宅があるらしいので、正確には別邸だろうか。ともあれそこの、嫌味にならない程度に調度品が置かれた客間に居る。
中に居るのは俺とフラン、クラリッサ様、そして侍女のハイランズさん。木目の美しい長テーブルを囲んで、ハイランズさんだけはクラリッサ様の斜め後ろに控えて立っている。
テーブルの上ではハイランズさんが用意してくれた紅茶のカップが湯気を立て、苺のタルトが切り分けられてそこにある。
「本日は急なお話にもかかわらず、貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます」
まずは俺からお礼の言葉を。礼節は大事だ。
「こちらとしても、話すべきことがありましたもの。構いませんわ」
話したいではなく、話すべきとな。
非常に怖いんだが。
そんなこちらの内心を知ってか知らずか、クラリッサ様は至って冷静な様子で言葉を続ける。
「ところでフランセット。貴女、少し見ない内に雰囲気が変わりましたわね?」
話を振られたフランは、どうやら特に自覚が無いらしく困惑を示す。
「変わったでしょうか?」
そんなフランに対し、クラリッサ様は微笑を浮かべた。
「ええ。マリアに似てきたように思いますわ」
「姉に、ですか」
マリアベル・シャリエさん。フランの姉にして、青の神授兵装を持つ七つ星冒険者だ。
俺から見たあの人は溌溂としたお姉さん、という印象だったが。これは違う面を指して似ていると言っている気がするな。
「早速だけれど、本題に入りましょうか」
これ以上先程の話をするつもりは無いらしく、クラリッサ様は話題を変えた。雑談タイムは早くも終了らしい。
「ただ、まずは前置きから。貴方たちは武術都市オルデンに行き、サギリと話をしてきたと、手紙にはありましたわね。そこで一体どの程度までの話を聞いてワタクシに面会を求めてきたのか、それによってこちらからの話は変わりますわ」
まずはこちらの手札を晒せ、という訳か。実のところ最初からそこは話すつもりだったので、不都合は無い。
それにしても、侍女であるハイランズさんに退室させないまま本題に入るのか。そこは俺が気にすることではないかも知れないが。
「黒の神授兵装エミュレーターの脅威。それに対処すべく、サギリさんとクラリッサ様は協力関係を結んでいる。そして──私が持つ第二の黒の神授兵装が狙われている、とのお話を伺いました」
前二つまでは特に反応が見られなかったが、第二の黒の神授兵装という部分で僅かながらクラリッサ様の眉が動いた。演技ではないと思いたい。
「第二の黒……ね」
クラリッサ様は目を細め、静かにこちらを見てくる。
それは俺を見極めようとしているようにも見えて、だとすると気持ちは分かると言いたい。
「以前にご指名頂いた依頼の際、エミュレーターとは少々毛色の異なる能力をお見せしたとは思うのですが」
一応、あと一押しをしておく。エミュレーターにもマップ機能はあるようだが、エディターほど高性能ではない。
「疑っている訳ではありませんわ。ただ単に、サギリの話通りだと思っただけですもの」
小さくため息を吐きながら、クラリッサ様は良く分からない話をした。
本当にどういうことだ。オルデンからこちらに俺達が戻ってきて、まだそう日が経っていない。勿論その内容にもよるが、情報が早すぎないか。
あるいは、実は事前にエディターのことを知っていた……? しかし、それにしては様子がおかしいような。
「アサミヤ家の人間──いえ、サギリの弟子が、貴方の元に使者として訪れたでしょう? その後あの子はワタクシの元へも訪れて、サギリからの手紙を手渡してくれましたわ」
その話を聞き、猛烈に嫌な予感がした。
「まず書かれていたこととして、貴方が先程話した内容。それをオルデンに来た貴方に、サギリの口から話す予定であること。そして、アインバーグに戻ってきた貴方がワタクシに面会を求め、自身が所有する第二の黒の神授兵装についてまで話すようであれば協力してあげて欲しい、と。そういった内容でしたわ」
全て、手のひらの、上。
嫌な予感が、ものの見事に的中した。
「相変わらず気持ちが悪いくらいに、サギリの思惑通り事が進んでいますわね」
クラリッサ様が嘆息するように言った言葉に、何故俺がこの方としっかり話せば分かり合える気がしていたのか理解が及んだ。
俺と妙なところで似ているからだ。
「こちらがクラリッサ様と協力関係を結びたいと思うことまで、その時点で把握されていた訳ですか……」
変なところで俺が納得していると、フランが別の視点で納得していた。
確かにそれもあるな。もうどうにでもなれ、って感じだけど。
「推測できないことではないでしょうけれど、相応に警戒してみせていたのがワタクシですもの。ことエミュレーター関連では慎重に動いているワタクシを、他ならぬサギリが知らない訳もありませんし。それを踏まえれば……、得体の知れなさは否定できませんわ」
何だろう、クラリッサ様からも俺と似た感情が窺える。警戒していたことを隠そうともしないなんて。
こちらにそれを把握されていると分かっていたとしても、建前すら捨て去るとは。これから協力者になりそうな流れなので、意図してそうやっている可能性も否めないが。
「……クラリッサ様から見て、サギリさんは信用できる方ですか?」
流れで思わずしてしまった質問だけれど、自分でもどうかとは思う。
すぐに返答が来るかと思いきや、クラリッサ様は真顔で沈黙した。
え、何ですかその反応。
その沈黙を保って十秒ほどが経過し、ようやくクラリッサ様は口を開く。
「能力はある。実績も残している。彼のホームグラウンドであるアサミヤ家においては、とても尊敬されている。そういった客観的事実を以って、少なくとも協力者として不足は無い、とだけ言っておきましょう」
とだけと言いつつ、そこに幾つも前置きをされたんだが。
ただし気持ちは痛いほど分かる。それはもう、本当に。
「理解しました」
質問そのものへの返答にはなっていなかったけれど、言葉通り理解したので問題無い。この話は終わろう。
「ところでサギリからの手紙には、貴方が持つ第二の黒の神授兵装が狙われている理由が書かれていなかったのだけれど」
今度はクラリッサ様からの質問か。ここまで事情をご存知な訳だし、隠す意味も薄いから話すけど。
「エミュレーターで吸収するつもりだそうです。何故そんなことをサギリさんが知っているのかについては、ただ話すつもりが無いと言って、誤魔化しの言葉すらありませんでしたが」
「吸収……。また面倒な話ですわね。そしてそれ以上に、実にサギリらしくて嫌になりますわね」
「ええ、本当に」
ひたすら本心からの同意をしてしまった。というか、俺が誤魔化すための言い訳を作ったとは思われないのか。
……いや、それはすぐバレるか。その場しのぎとしても、お粗末に過ぎる。
「話を戻しましょうか。協力ということだけれど、具体的に貴方たちは何を、このワタクシに求めるのか。そして貴方たちは何を、このワタクシに提供できるのか。無論、何の算段も無くこの場に臨んだ訳ではないでしょう?」
鮮やかなワインレッドの双眸が、俺とフランの両方を順に映す。
薄く笑みを浮かべたその顔は、ともすれば相対する者に恐怖を抱かせそうだが──如何せん、個人的には直前の共感が強く残っている。
「こちらが求めるのは、エミュレーターの情報、有事の際の協力。そしてこちらが提供するのは、私が持つ黒の神授兵装の能力です」
故に臆すること無く、ただ淡々と話を進められる。
「広範囲の情報を総括的にリアルタイムで把握し続けられる、ということは存じているところですけれど。まさかそれだけではないのでしょう?」
それだけでも十分役に立つだろうけど、神授兵装としての能力がそれだけだとは思われないか。あわよくば、しばらくはそれで通そうかと思っていたけれど。
「勿論です。あくまでそれは本命の能力の準備段階。真価は、ステータスシステムへの干渉能力ですから」
とはいえそんな思惑はおくびにも出さず、さも最初から話すつもりだったかのように振舞う。
もとより隠し通せる可能性は低く見積もっていた。
「神授兵装の名はエディター。主に対象を斬り付けることでそれのステータスに関する権限を獲得し、値の割り振りを自在に変動させます」
クラリッサ様が見せた反応は、僅かに驚きを含んだ納得だった。
「エディター、つまりは編集者と。極めて汎用性の高い、けれどシンプルに強力な能力ですわね」
強化にも弱化にも使用可能、と小さな呟きが聞こえた。
「更に付け加えると、破壊不可属性などを強制的にオフにすることで破壊可能にもできます。各地にばら撒かれているエミュレーターのコピーについてはあくまで偽と付くそれですが、容易に破壊することができました」
これは結構なセールスポイントではないかと思う。何なら自作の魔法具に本物の破壊不可属性を付与してしまうようなサギリさんならともかく、そうでないなら破壊する手段を持たない方が普通だ。
改めて、あの人はおかしい。
サギリはおかしい。