表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が神様から貰った魔法の剣はチートツールでした  作者: 御影しい
第四章 有名税は払いたくないものです
136/242

第一三三話 返す

空中散歩と洒落込もう。

 フランセット・シャリエから告白を受けたリク・スギサキ──つまり俺が行った行動は、何か。

 それは、先程まで制御していた風魔法の解除だった。急に風を消すのは危険なため、徐々に減速を入れ安全圏に落ち着いてからではあるが。


 普段ならば抗議の目を向けてくるゲイルも、空気を読んだか黙って飛行を続けている。

 そんな様子に俺は自然と笑みを浮かべ、軽く首元を撫でてやった。


 握っていた手綱を手放し、俺の腰に回されているフランの手を掴んで外す。


『ジ・ウィンド──二重結合起動ダブルユニオンキャスト


 自身に風を纏い、ゲイルの背から飛び立つ。

 そうしてようやく見えるようになったフランの顔は、鮮やかな紅に染まっていて。瑠璃色の双眸は、潤んでいるためか普段に増して魅力的で。きゅっと締められた口は、緊張によるものか微かな震えがあった。


「少し、二人きりで空中散歩と洒落込もう」


 何も取り繕わず、ただ顔に浮かぶままの笑顔を向けて。俺はフランに右手を伸ばす。


 フランは恐る恐る、ゆっくりとした動きで俺の手を掴んだ。


 一息にフランの身体を引き寄せ、いわゆるお姫様だっこをする。フランと二人で空を飛ぶときの、いつもの体勢だ。


「ゲイル。後で追い付くから、お前は先に行っておいてくれ」


 ゲイルはこちらを一瞥し、短く鳴いてから。自身で風魔法を発動し、一気に加速し遥か先へと飛んでいった。

 いやはや、あそこまで巧みに風魔法を使える魔物もそうは居ないだろう。それこそウインドエレメンタルですら、今のゲイルと比べればどうなるか。


 まあ、今はそんなことよりも、至近距離から不安そうな目を向けられていることに気を配るべきか。


「そんなに不安そうにしなくても、別に落としたりなんかしないけど?」


「今更そのような心配はしません! ……わざと言っているのでしょうけれど」


「ご名答」


 さて、冗談も程ほどにして。


「いや、今までの俺のフランに対する態度を考えれば、どうしてそう不安そうにする必要があるのか疑問で」


「え、と……、それは──」


 不安そうだったフランの様子が、安堵したような困惑したような微妙なものに変わった。


「今のは告白に対する返事じゃあないよ。その前に話したいことがあって、だけど無駄に不安がらせるのも嫌でね」


 本当は結論なんてとっくに出ていたのに、散々引き伸ばしたのが俺だ。どうにも締まらない話だけれど、この程度の配慮はあって然るべきだろう。


「まずご存知の通り、俺は転生者だ。元の世界で死んだ後、神様に会ってから二つの選択肢を提示された」


 ゲイルと比べればゆっくりと、それでも馬車などよりはずっと速い移動速度で飛行をする。


「一つは、輪廻の輪に還り全く新しい生を得て元の世界に戻ること。そしてもう一つは、記憶を引き継いでこの世界──エクサフィスに足を踏み入れること」


 虹色に輝く長い髪を持っていた女神様のことを思い出しながら、俺はこの世界に降り立つことになった経緯を話している。


「そのときに、転生者のデメリットを聞いてね。普通の人間よりも波瀾万丈な人生になる、って」


 仮にその話を転生前に聞いていなかったなら、俺は既にこの世界での生を終えていたかもしれない。

 本来ならば俺は静かに生きていきたいタイプの人間だから、レベリングなんてさほど興味を惹かれるものではない。だから、特に今回の武術都市オルデンの一件はもっと危険だった可能性がある。

 もっともその場合、俺が最前線に出ることは無かっただろうし、スミレさんと共に魔物の群れの内部にまで斬り込んでいくことも無かっただろうけど。


「冒険嫌いな俺が、それでもレベリングと訓練を怠らない理由がそこにある。要は自衛手段の確保なんだ」


 けど、と続ける。


「今はそれだけじゃない。自衛手段も目的の一つであることに変わりは無いけど、その延長とでも言えば良いのかな。守りたい人ができたんだ」


 意図してフランの方は見ないでおく。そうしておかないと、俺の口は止まってしまいそうな気がした。


「とはいえ当初の俺の予定としては、しばらくは狭く浅く人間関係を構築していくつもりだった。広く浅くじゃないよ、狭く浅く。何せ人嫌いだからね」


 クスリと笑われる声が聞こえたけれど、何故だ。

 ついでに先程までは感じられていたフランの身体の強張りが、明らかに緩和されたのを感じる。それについては良いことだけれども。だけれども!


「ともかく、この世界に来て二、三年程度は誰とも深く関わるつもりは無かったんだ。自分の生活基盤をある程度安定させて、この世界の常識をある程度学んでいくまでは。予想外にそのどちらもが手早く整ってしまった感はあるけど。冒険者としての仕事は完全に軌道に乗っているし、家も買ってしまったし、あちこち飛び回るから色んな人や物を見て常識も把握してきたし」


 まだこの世界に来て一年程度なんだけどな。想定の二倍から三倍は早い展開だ。

 良いことではあるんだが。


「そういう訳もあって、現実はこうだ。右も左も分からない俺に色々と教えてくれた恩人で、かと思えば人間関係なんていう複雑怪奇な問題について色々と心配になってくる人で。冒険者としての能力が俺の戦い方と良く噛み合っていて、日常生活においても一緒に居て楽しくて。傍に居ることに、何の違和感も無い人が現れた」


 またしてもほとんど告白になっているのは自覚しつつ、だけど、と逆接で続ける。


「エミュレーターなんていう、厄介極まりない黒の神授兵装(アーティファクト)関連の問題がある。だからあと一歩を踏み出さないように自制していた。……酔いが回ると怪しかったりするけど、一応はギリギリで踏み留まっていたつもりだよ」


 フランの好みの紅茶を一番に練習している、なんてことを言ってしまったときはもう、確実に冷静さを欠いていた。そのまま自信満々に言い切って、無理矢理に押し流したけれど。


「それも結局、ギリギリでしか踏み留まれなかったってだけの話なんだけど。更に相手の方から壁を飛び越えられてしまえば、俺はもう白旗を振り回すしか無い」


 ここでようやく、下に目を落とす。

 そこには期待の表情を俺に向けつつ、頬を紅く染めたフランが居た。


「好きだよ、フラン。これから先もずっと、俺と一緒に居て欲しい」


 散々引き伸ばした末に言った言葉は、とてもシンプルに。


 こちらを見つめるフランの目がより一層潤み、そして。


「はい。あなたと一緒に、居させてください」


 なんともフランらしい、奥ゆかしさのある返答が来た。


 ……それに安堵した俺の、なんと間抜けなことか。いや、この瞬間の俺が晒した隙を、一体誰が責められよう。


 一瞬にしてフランの腕が俺の首に回され、俺の顔にフランの顔が最接近する。

 二秒ほどの短い時間だった。とろけそうなほど柔らかな感触が、俺の唇に触れていたのは。


 俺から顔を離したフランの様子は、一言で言えばリンゴのようだ。先程からそれなりに紅く染まっていた頬は、今まで見たことが無いほど色鮮やかに。


「す……少し、大胆だったでしょうか……?」


 相変わらず言葉は奥ゆかしいのに、行動は大胆だったかな。

 悪いこととは思わないけれど。


「魔法剣士としてそれなりの密度で経験を積んだ俺が、全く反応できなかった程度には大胆だったよ」


 俺の返答を聞いたフランが、耳まで真っ赤にしながら俺の胸に顔を埋めた。ぐりぐりと額を押し当ててくる。言葉にならない声が聞こえてくる。

 どうやら羞恥心が爆発しているらしい。


「ははは。まあ、俺も言葉の上では余裕ぶってるけど、心臓はバクバク鳴ってるから大丈夫さ」


 さっきから身に纏う風の制御がいっぱいいっぱいなんだ。

 結合起動(ユニオンキャスト)二重(ダブル)にしておいて良かった。三重(トリプル)だったらどうなっていたことか。


「……本当ですね。リクの心臓の鼓動が、はっきりと分かります」


「いや、わざわざ手を当ててまで確認されると、俺も恥ずかしさがあるんだけど」


 両腕を使ってフランを抱えている以上、俺にそれを止める手立ては無い。


「できるなら、直接耳を当てて音を聞いてみたいところですが」


「勘弁してくれ」


 余計なことを言ってしまったせいで、攻守が完全に逆転した。失策だ。


「ふふ、冗談です。……半分は」


「フランが楽しそうで何よりだよ」


 俺は酷い棒読みで返したけれど、フランは更に機嫌を良くした様子だった。


「はい。私は今、とても楽しいです」


 とはいえ何の毒も含まない声色と表情で言い切られてしまえば、やはり俺は白旗を振る以外にできることなど無い。

 いやはや、俺も随分と惚れ込んでたんだな。かなり自覚はあったけど。


「さてと。正直今のこの心境で風を操ることには不安があるから、とっととゲイルに追い付こう」


 何だかんだで従順なゲイルは、マップ表示を確認すればそこまで俺達から離れていなかった。一定距離を俺達から取ったあとは、速度を緩めてくれていたらしい。

 アインバーグに戻ったら、思い切り相手をしてやろう。


「私のことで動揺を見せてくれるリクを、もうしばらく見ていたい気持ちもあるのですが」


「攻め始めたら止まらないタイプだったか、フランは」


 どうかお手柔らかに頼みたいんだけど。それはどうにも叶いそうにない。

くっつきそうでくっつかなかった理由の説明でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ