第一三〇話 vsクズハ2
少しずつ、使いこなしていきます。
「危ないところでありました。風の音を聞き分けていなければ、今の一瞬で大勢が決してしまうところだったのであります」
俺の風が消え、姿を見せたクズハさんがそう零す。土埃を浴びて薄汚れてはいるものの、怪我は全く無いようだ。
「音が紛れてくれることを祈っていたけど、無駄だったみたいだね。流石に耳が良い」
かといって音を小さくすると、相応に威力も低下してしまう。それでは相手に届かないだろう。
「この耳は、伊達ではないのでありますよ」
そこで耳をぴこぴこと動かしてみせる辺り、まだまだ余裕がありそうだ。
当然か。お互いまだまだ序の口だしな。
「ところで、そろそろ──八咫烏の本領発揮、でありましょうか?」
にやり、という擬音語が非常にしっくりくる笑みを浮かべて。クズハさんは俺にそう問いかけた。
「おや。中々打ち合おうとしてくれないものだから、これから強引にでも距離を詰め続けてみようかと思っていたんだけど」
だから俺も負けず劣らず笑みを浮かべ、返答した。
「はは、ご心配無く。自分もこれから存分に打ち合い、その上で──勝つつもりでありますので」
俺の返答は大変にお気に召すものだったらしく、これまでも肌で感じられるほど高かったクズハさんの戦意が一層強まった。
『ジ・ウィンド──三重結合起動』
昨晩の対導師戦闘で使用した、攻撃用・移動用の区別の無い風を纏う。
その直後、青い炎が俺の視界内で真一文字に奔った。
速い一撃だった。そしてそれ以上に重い一撃だった。
縦に構えた八咫烏で受けたが、柄を握る手に僅かながら痺れを感じる。
押し返そうとする直前に下がられ、かと思えば既に切っ先が迫っていた。
左に半歩移動しつつ真横から切っ先を打ち払おうとするも、八咫烏は空を切るのみ。
お次は上段からの振り下ろしが迫る。下から打ち払うように八咫烏を振るい、これは打ち合ったものの、俺が想定していたタイミングより極僅かに早い。
それでも強引に押し上げて体勢を崩そうと試みるが、あっさり下がられて効果は無し。再び距離が離れた。
息も吐かせぬ刹那の攻防の後の、小休止。といっても、お互い一呼吸で一往復できてしまう程度の距離しかないが。
「移動の縮地、そして攻撃の紫電であります」
妙に切り返しが迅速だったと思っていたら、そんな思考を読んだかのような言葉がクズハさんの口から語られた。
なるほど、非常に分かりやすい。そして随分と優しいことだ。わざわざ種明かしをしてくれるとは。
「説明、感謝するよ。……ステータスシステムの完全運用といっても、それはあくまで使用者の能動的な操作が必要なもの。打ち合うタイミングをずらせば、対処もできるってことか」
「その通りであります。とはいえ、リク殿のように高い速度を持つ剣士を相手にそれを行うのは、中々神経を削るのでありますが」
ほんのり苦笑しながら言うクズハさんの額には、薄っすらと汗が浮かんでいる。
「もう少し手の内を隠しても、罰は当たらないんじゃないかな?」
いくらこれが実戦ではないといっても、流石に。
少なくとも俺は、そう思ったのだけれど。
「いえいえ。リク殿には、可能な限り八咫烏を使いこなして頂きたいものでありまして。その方が、自分も楽しめるのでありますよ」
なんとも素敵な笑顔を向けられている。例えるなら、新鮮な生肉を前にした空腹状態の猛獣が妥当だろうか。
食われそう。
あれ、そういえば。
「自分も?」
「それでは、そろそろ再開すると致しましょう!」
勝手に同類認定されてしまっているらしいのだけれど、ナチュラルに流された。
かれこれ、十合ほど打ち合ったか。
紫電は、縮地の攻撃バージョン。初速から視認するのが難しいほどの速さで、攻撃が完了した段階でその動きを止める。
そしてそれは、フェイントに利用することも可能だ。
「嫌らしいタイミングで攻撃してくれる……!」
今もまた立ち位置を変え、刀を振る角度を変え、幾度もフェイントを織り交ぜながら斬りつけてくる。
「その悉くに対処しているリク殿こそ、そろそろ一撃くらい入れさせて欲しいのでありますよ……!」
それは聞けない相談だ。
自分でも縮地や電光石火を使うようになり、その独特の速度に慣れてきたお陰で対応もし易くなってきている。更に今現在、八咫烏の機能を防御用に使用しているため、攻撃を防げばほぼ確定で防ぎ切れる。
多少無理な角度でこちらが攻撃を受けても、万全の体勢で防御したときと同等の受けができるというのは大きい。
「それを言うなら、こちらこそ反撃の一つもさせて欲しい!」
問題はそこだった。俺がまだ八咫烏の性能を十全に発揮させられていないというのは大きいが、紫電による急加速・急制動の連続というのは攻撃のタイミングを合わせられない。
一度でもあちらの体勢を崩せれば、そこから一気に攻めに転じられそうだがしかし。その一度のチャンスがやって来ない。
とはいえ八咫烏のチート性能によって常に万全の防御ができるこちらと違い、工夫に工夫を重ねて一撃一撃を放つクズハさんは体力の消耗が激しい。ただし俺は最初から消耗した状態で、この手合わせが始まっている。
持久戦にすべきか、そろそろ勝負を仕掛けるか。判断に悩むところだ。
そんな風に思っていたところで、突然クズハさんの方から距離を取った。
見れば、肩で息をしている。どうやら俺が思っていた以上に体力を消耗しているらしい。
「八咫烏による防御があるとはいえ、これだけ攻め立てられてなお追い詰められた様子が無いというのは、流石でありますね」
「やせ我慢は得意なんだ」
冗談半分に、真顔でそう答える。
「そのようであります……ね!」
再びクズハさんの方から距離を詰め、上段から振り下ろしてくる。
今回もフェイントが入るかと思いきや、そのまま振り下ろされた。
今回初めてタイミングを合わせられたため、クズハさんの刀に俺のSTR値が最大効率で適用された。結論をいえば、衝撃を受けた刀がクズハさんの手を離れて上に吹き飛んだ。
──否、クズハさんが自ら手を離した。
クズハさんの右手は今、脇差の柄を握っている。そしてすぐさま抜刀。
現れたのは金色を帯びて輝く炎を纏った刀身。鞘よりも明らかに長く、最初から見えていた柄の方も両手持ちができる長さに伸びていた。
一も二も無く、全力で後ろに飛ぶ。
ジュッと肉の焼ける音が聞こえた後に、腹部から痛みが走った。薄皮一枚分、焼き切られているらしい。
それと、纏っている風を削られたように感じたが果たして。
クズハさんは脇差だったはずの刀を振り抜いた姿勢で止まっており、今すぐ追撃してくる様子は無い。
「この熾焔を抜いたのは、久方ぶりであります」
ゆっくりとした動作で正眼に構え直しつつ、こちらに語りかけてくる。
「鞘に収まってるときは、脇差にしか見えなかったんだけど」
「偽装でありますよ。これも師匠の魔法具でして」
「そうだろうね」
鞘の長さで大体の間合いを読んだつもりが、見事に詐欺られた。
いやはや全く、如何にもサギリさんが好きそうな仕掛けだ。最初の一振りをあっさり手放して抜いた二振り目という時点で、警戒していて良かった。けれどもこの結果を見るに、もっと警戒すれば良かった。
今の俺は中級風魔法の三重結合起動を使用中で、風を纏っている。主な効果は移動速度と攻撃力の向上だが、副次的な効果として防御力も上がっている。だというのに一瞬で火傷を負うとなると、こちらからもあまり打ち合いたくない状況だ。
残念ながら打ち合わざるを得ない状況なのは、知っている。
だから、攻める。
──電光石火。間合いを詰め、真正面から突く。
紙一重で回避され、袈裟斬りが迫る。
──ぶっつけ本番の紫電。こちらの防御は間に合い、けれど相手の紫電による急停止で打ち合わず。そのためカウンターは不発に終わる。
お互い使用するのは縮地、紫電、電光石火。速度重視の立ち回りを維持し、異常なまでに緩急のついた高速戦闘を繰り広げる。
流石に電光石火は他二つに比べて使用頻度が低いものの、お互いここぞで使用しているため警戒度は高い。
熾烈に燃える金色を帯びた炎が幾重にも軌跡を描き、火の粉が舞う。
渦巻く風が熱気を払い、雄々しく轟き大気を震わせる。
刀を振る回数に比して、打ち合う回数が極端に少ない。それでも感じる違和感があった。
八咫烏の刀身に回している風が、打ち合う度に削られている。炎を防ぐ働きもしているため、そこにリソースを持っていかれる部分はあるけれど。明らかにそれだけではない損耗だ。
魔法の弱体化、無効化。それらに類する何らかの能力が熾焔には備わっているとみるべきだろう。
熱量だけでも大したもので、こちらの体力を容赦無く削ってくるけれど。弟子の武装であるだけに、導師も本気を出したのだろうか。
贔屓も大概にしろ。ただし気持ちが分からないとは言わない。
そして相手もチート武器を使用し始めました。