第一二九話 八咫烏
主人公の新武装。
目を閉じ、見えない空を仰ぐ。
いや、何でだ?
エディターの存在を知られている点。知られたとしてそれを狙われる理由。
分からないことばかりだ。……少々の推測はできるけれども。
「サギリさんがそう判断している理由は?」
目を開き、前を向いて質問を投げた。
「信じる信じないは、君の自由さ。私は事実を述べたが、事実である証拠まで提示するつもりは無いよ」
ひとまず裏付けを取りたかったけれども、無駄に終わった。
とはいえこれが嘘ならどうしようもない。一応信じることにしよう。
「師匠……」
じっとりとした視線でサギリさんを見るクズハさん。けれど効果は無さそうだ。あちらは実に飄々とした様子で、茶を飲んでいる。
いや、いつ茶を用意したんだ。茶菓子も。おまけにきっちり俺達の分まで、気付けば用意されているし。
「質問を変えましょう。他の神授兵装が狙われていたりはしますか?」
早々に見切りを付けた俺は、別の質問をぶつけてみた。果たして答えは得られるだろうか。
「特にそういった様子は無いね。狙ったとしても使えないものだし、当然といえば当然の話だが」
「それを言うなら、エディターも同じでは?」
「エミュレーターは基本の形を短剣としているが、しばしば違う形で現れるだろう?」
それはどうしてだろうか、と唐突にサギリさんから問いかけられた。
「どうしてかと言えば……、それは別の武器を取り込む、または侵食するからでしょう」
嫌な話の流れだな。
「そうだね。そして、同格である他の神授兵装を取り込むには、相応の相性が要求される」
物凄く嫌な話の流れだな!
「同じ黒であるエディターは、つまり」
「当然、非常に相性が良いだろう」
無慈悲な宣告を受けた。いや、俺も先を促す言葉を使ったけれど。
「あんなゲテモノと相性が良いなんて、悪夢としか言いようが無いですね」
色々飲み下したいものがあったので、俺の目の前で湯気を立てる抹茶入りの茶碗を手に取った。そして口元に持っていき、中身を啜る。
ああ、美味しい。ほんのひと時とはいえ、現実を忘れさせてくれるくらいに。
あともう少しだけ休憩したい心持ちでいた俺だけれど、フランが口を開く。
「もしエミュレーターがエディターを取り込んだ場合、エディターの機能を完全に使用できてしまうのでしょうか?」
気になる質問ではあるけど、果たして分かることなのかどうか。
「その可能性は十分にある、とまでしか言えないね。何せ神授兵装を取り込まれたことは無いのだから。ただし通常の魔法具が取り込まれた場合は、ほぼ完全にその機能を使用できることを確認しているよ」
曖昧な返答の割に、相性が良ければ神授兵装でも取り込まれると知っているようだけど。
「話は変わるのでありますが、そもそもエミュレーター使用者の一番の目的は何なのでありましょう?」
クズハさんが抹茶を一口飲んでから、別の切り口で質問を投げた。
「残念だが、私もそこまでは。世界征服、などということが発覚しても不思議ではないだろうが」
特に淀み無くサギリさんからの返答が来たけれど、この人の場合は平気で情報を伏せそうだから分からないな。
「サギリさんは──エディターをどのように扱うおつもりでしょうか?」
サギリさん自身、エミュレーター使用者には因縁があると言っていた。いわば敵だ。
なら、その敵の戦力を上げてしまう可能性を持つエディターについて、どうするつもりなのか。
そう思ったのだけれど。
「扱うも何も、それは他の誰でもない、君の武器だ。易々と奪われて貰ってはこちらとしても都合が悪いが、だからといって私がどうこうする権利を持つものでもない」
返答は意外なものだった。
サギリさんはそこまで言って一度言葉を区切り、何処からか一振りの刀を取り出す。
それは、真っ黒な刀だった。
何一つとして装飾の無い、漆黒の鞘に収まったその刀。刃渡りは、鞘の長さから言って一メートル弱か。反りは浅め。若干丸みを帯びた六角形の黒い鍔を持ち、柄もまた黒一色という徹底ぶり。この様子なら、刀身まで黒くてもおかしくは無さそうだ。
「ただ、ここまで脅かしておいて奪われるなと言うだけ、というのも何だ。昨晩の謝罪の意味も込めて、この大太刀を君に贈ろうと思う」
そこまで聞いて、次の瞬間。俺の目の前に浮かび静止するのは、一瞬前までサギリさんの手元に存在した刀。
ここに来て、罠とかは無いよな? エディターのマップ表示におかしなところは無いけれど。
ひとまず左隣に視線を向けると、フランが神妙な顔で見つめ返してきた。
次いで右隣に視線を向けると、クズハさんが……刀の方を見て固まっていた。
「八咫烏……」
掠れるような声で、けれど確かにそう聞こえた。
「今しがたクズハが言ったが、この大太刀の名は八咫烏。私が作った魔法具だよ」
導師の刀は、アサミヤ家において特別な意味を持つのではなかったか。しかもクズハさんの様子を見るに、その中でも更に特別なものである可能性がある。
「ただし魔法具と言っても、炎や氷などを出すことはできない。その刀にできることは一つ、ステータスシステムの完全運用だけだ」
完全運用だけ、と言われても。運用法によってあらゆる顔を見せるのがステータスシステムだ。
それがどれほどのことなのか、想像するのも恐ろしい。
「盾を構えた万全の体勢で敵の攻撃を受け止めるような防御力を、敵の攻撃に切っ先を当てるだけで実現する。一刀両断するつもりで振るった全身全霊の一太刀のような攻撃力を、峰で触れただけで実現する。分かりやすい例を挙げるならば、こんなところかな」
具体的に恐ろしいことを言われた。
「つまりその八咫烏を使う場合、素人でも本職の剣士を圧倒できる可能性がある」
重ねて恐ろしいことを言われた。
「正直なところ、武器としては邪道極まる代物でね。作ったは良いが、誰に渡すことも無く蔵の中で眠っていた訳だよ」
それはそうだろう。そんな武器があれば、技術を磨く必要がほぼ無くなる。最低限の振り方さえ理解していれば、それだけで脅威になる。
武術都市の気風にも、アサミヤ家の性格にも、とてもじゃないが合わないはずだ。
「そんな代物を、クズハさんは知っていたようだけど」
相変わらず黒い刀──八咫烏を見つめているクズハさんに、俺は声を掛けてみた。
するとクズハさんはゆっくり俺に顔を向けてから、口を開く。
「はい。自分は師匠に一度だけ、この八咫烏を見せて貰ったことがあるのであります。今から三年ほど前の話でしょうか。極めて邪道な武器であるという前置きがあった上で、この大太刀を装備した一体の鎧武者と試合をしたのでありますよ」
そこから、そのときの話が始まった。
「当時の自分はまだ縮地を覚えたばかりで、剣技も今より未熟でありました」
「誤解の無いよう私から補足しておくが、その当時でもアサミヤ家の中で上から数えた方が早い技量をクズハは持っていたよ」
すかさず補足の言葉を出したサギリさんに対して、クズハさんが何か言いたげな視線を投げる。しかし諦めたのか、すぐに話を続ける。
「鎧武者も師匠の魔法具とはいえ量産品でありますから、集団戦ならともかく一騎討ちではそれほど脅威ではありません。ですが……、八咫烏を装備した状態ならば、近接戦闘に特化した上級の魔物にも打ち勝つのではないかと思うのであります」
鎧武者の戦闘力は俺も良く知っている。共闘はほんの少し、敵対は昨晩だけで目一杯した。概ね中級の剣士相当といえるだろう。
だから一体だけなら、俺は無傷で完勝できる。
「ただ受け流すだけの構えで自分の刀は大きく弾かれ、崩れた体勢から放たれた甘い一撃でもこちらが一方的に吹き飛ばされ。まともに打ち合えば、ほとんど無条件でこちらが不利になるという理不尽さでありました」
三年前の話らしいので、クズハさん自身が言う通り今よりは未熟だったんだろう。
とはいえ、だ。今のクズハさんが見ても動揺してしまうほどの代物、ということでもある。
俺は改めて、目の前に浮かぶ黒い刀を見る。
如何なる方法によって宙に止められているのかは分からないが、恐らく俺が受け取らないことには話の流れも止まってしまうだろう。
自分でも良く分からない覚悟を決めて、左手で鞘を掴んだ。
一拍遅れて、じわりと重さを感じ始めた。取り落とさぬよう右手も添えておく。
「ありがたく、使わせて頂きます」
いまひとつ感情が乗り切らない声で、何とかそれだけ言えた。
「ところでクズハ。八咫烏を使用した彼と戦ってみたくはないかい?」
は?
チート武器のおかわり。