第一二八話 謝罪と説明
師匠はアレですが、弟子はとても素直です。
フランが俺の予想外の方向にやる気を出してしまった後。師に代わって、という名目でクズハさんが部屋を訪れてきた。
頭部の狐耳はぺたんと倒れ、尻尾も萎れて。悲壮感すら漂う表情は、むしろこちらが申し訳なくなる程。
更には土下座までされて、本当に勘弁してくれ。
「顔を上げてくれ、クズハさん。頼むから!」
「そうです! もう済んだことですし、サギリさんにも事情があったのでしょうから!」
俺とフランの両方に、必死でそう言われたからだろうか。何とか顔を上げてくれたクズハさん。
それでもやはり、表情は優れない。
「自分も昨晩、師匠に事情を問い質したのであります。それで、黒の神授兵装であるエミュレーターの危険性と、同じく黒の神授兵装であるエディターを所有されているリク殿にエミュレーターの使用者が接触を図る可能性がある、ということを聞きました」
そこまで話したのか。
まあ、クズハさんについてはアレの弟子であることを踏まえても信用しているし、俺のエディターについて話されても構わないけれど。
「確かに、ある程度必要なことではあったと思うのであります。とはいえ、昨晩のリク殿の負傷は……客人であることを考えずとも、度が過ぎたものでありました。先日の魔物の軍勢は確かに脅威であり、また同じような事態を引き起こす可能性が高いエミュレーター使用者を放置はできない、それは分かっているのでありますが……。そのことでリク殿が何か責任を負わなければならないはずは、やはり無いのであります……」
いや本当に、アレの弟子であることが信じられないほど真っ直ぐな人だ。アレもそんな風な言葉を漏らしていたけれど。
「……詳細は伏せさせて貰うけど、実は俺もエミュレーターについて無関係じゃなかったんだ。ここオルデンに来る前からね。だから、責任云々については俺もクズハさんの言う通りだと思っているけど、どちらにせよ無関係ではいられないとも思っていたよ」
少しでもクズハさんの心的負担が減ればと、白状した。コピーではないオリジナルのエミュレーターを持つアーデの名は、流石に出さない。
ところで、と仕切り直し、俺は少しだけ方向性の違う話題を展開する。
「俺がサギリさんに倒された後から今朝までの流れが気になるんだけど」
フランはもとより、クズハさんも詳しい事情を知っているようなので、今の内に知っておきたい。
そう思っての言葉だったけれど、フランは頬を紅く染め、クズハさんは困ったような笑みを浮かべた。
何だその、若干の不安を抱かせる反応は。
「まず、時系列的にはリク殿が師匠と戦闘を開始して少し経った頃からの話になると思うのであります」
やっぱり聞かなくて良いかな、なんて日和った発言を俺がしようとする直前に、クズハさんが話し始めてしまった。
観念して話を聞こう。
「リク殿をこの部屋で待っていたフランセット殿ですが、戻りが遅いと感じて五重塔に足を運ばれたらしく。ところが中からは人の気配を感じられず、戸を叩いてみるも、やはり反応は無し。不思議に思って戸を開けてみれば、やはり誰も居ない状況。これはおかしいと思われ、自分のところへいらっしゃったのであります」
「新規作成された領域」などという意味不明なマップ表示がされる空間に居たのだから、確かに五重塔には誰も居なかっただろう。
「五重塔はリク殿もご存知の通り、新たな空間を生成して様々な用途に利用可能でありますから、二人ともその空間内にいるのだろうと当たりを付けまして。自分はフランセット殿と共に改めて五重塔へと足を運んだのであります。話をするのにそこまでする必要が感じられなかったものでありますから、自分も不審に思いまして」
なるほど。自然な流れだ。
「最初は正規の入り口から空間に入ろうとしたのでありますが、強固な鍵がかけられておりました。しばらくはその鍵を解除しようと試みていたのであります。しかし一向に開けられる気配が無く、フランセット殿の焦燥感が見ていられなかったもので……」
おおっと様子が変わってきたぞ?
「具体的には──」
「その先の話を! お願い致します!」
顔を真っ赤にしたフランが、大声で話を進めようとしている。
これは大変にレアリティの高い表情だ。
「──では割愛して。正規の手順で入ることを諦めた自分は、裏口を開いて侵入することに決めたのであります。そこで自分の奥の手を使用し、何とか空間への穴を開けられまして。ただ……、それまでに時間が掛かってしまっており、そのときには既にリク殿が血塗れになって地面に倒れていたのであります」
……アレの術式に干渉して穴を開けられる奥の手とは一体。
いや、導師の弟子だもんな。そういうものか。正直かなり気になるけど。
「その後は……半狂乱になりながらも必死でリク殿に回復魔法を重ね掛けするフランセット殿と、あまりにも度を過ぎた行いをした師匠に対しあらゆる攻撃手段を用いる自分が居たのであります」
ああ、クズハさんもその場で怒ってくれたのか。案の定、という言葉が頭に浮かんだけれど。
……さて、じゃあ俺の隣で湯気でも立てそうな気配を漂わせている人について考えようか。
「半狂乱になってたんだ」
「いえっ、あの、違……いませんがっ」
こんなにも弱々しいフランは、またしてもレアリティが高い。
「ははは……。そうそう、師匠には十発ほど有効打を打ち込んでおいたのでありますよ」
「クズハさんって、俺が思ってるより強い?」
瀕死になりながら、辛うじて俺が一撃当てた相手なんだけど。
「先程述べた奥の手を使えば、リク殿が知るより強くはあるのでしょうが……。自爆技一歩手前の状態でありまして。使用した後は、半ば強制的に一晩ぐっすりであります」
クズハさんの話を聞くに、一時的な強化ができるものだろうか。
「それと、師匠に有効打を入れられた最大の理由は、師匠が自分に怪我を負わせないよう立ち回っていたことでありますよ。なんだかんだと言って、身内に対しては本当に甘い人でありますから」
頬を掻きながら苦笑するクズハさんを見ていると、何だか色々どうでも良くなってきた。
「まあ、大体分かったよ。説明してくれてありがとう」
「いえいえ、身内の不始末が原因でありますので、礼など不要であります」
勢い良く横に首を振るクズハさん。
まあ、何だ。全て水に流すとまでは言えないが、少なくともクズハさんに対して思うところは全く無いな。
さて。
その後、俺達三人は一緒に朝食を摂って。昨晩から顔を見ていないアレに会うために、またしても五重塔を訪れた。
戸を開ければ、やはり内装は御堂のような空間で。その奥にて、薄墨色の着流しを着た人物が静かに座っているところを確認できた。
俺達が中へ足を踏み入れると、その背中が立ち上がり、こちらに振り返る。
「やあ、良く来たね。茶の用意はできているよ」
「面の皮の厚さというものは、仮面の厚さも加味されるべきなんでしょうか」
世間一般ではどうだか分からないが、少なくともこの男については加味されるべきなんだろうなと確信した。
もっとも、世間一般に仮面を常用している人間が居るかという疑問はある。
「私に限って述べるなら、きっとそうだね」
「開き直りますか」
もう良い。話を進めよう。
俺は一旦口を閉じて、更に足を踏み入れる。
内装が一瞬で切り替わり、茶室へと変貌した。
茶器もしっかり用意されており、先の言葉は冗談の類ではなかったようだ。
茶器を挟んでサギリ・アサミヤの向かい側に座る。一拍遅れて左隣にフランが、右隣にクズハさんが座った。
「まずは、私から謝罪の言葉を。昨晩はほとんど騙し討ちのような真似をして、本当に済まなかった。仮に時間を昨晩まで巻き戻せたとしても同じことをするが、客人に対してあまりにも不義理であったことは、否定のしようも無い。重ねて、お詫び申し上げる」
折り目正しく正座した状態から、畳に両手をついて深く頭を下げてきた。
声色にふざけた様子は微塵も無く、また見苦しい言い訳も無い。
「同じことをするんですか」
「ああ、するよ。私はね」
相手の頭は下げたまま、問答は行われた。
両隣からにわかに気配を感じたが、手で制する。
「それなら良いです。是が非でも必要なことだったのでしょうから」
これでもし、昨日はやり過ぎた、なんて言われたなら。第二ラウンドを今から、俺の方から始めかねなかった。
「顔を上げてください、サギリさん」
俺がそう言うと、ようやくサギリさんは顔を上げた。
「では、昨晩は俺が気を失ってしまって聞けなかった話を、ここで聞きましょうか」
相手方の呼び名こそ戻したが、一人称を私にして取り繕うつもりはもう無い。
「エミュレーター使用者は、第二の黒の神授兵装であるエディターを狙っているんだ」
……もう少し前置きがあった上で、聞きたかったかな。
いきなりそれは、カロリーが高すぎる。胃がもたれそうだ。
彼は頭を下げました。
相手のテンションも下げました。