第一二二話 オルデン観光1
今回は(比較的)ほのぼのです。
武術都市オルデンの付近に集結した魔物の群れを討伐した、その翌日の朝。
取り立てて問題も無く起床して、アサミヤのお屋敷で朝食をフランと一緒に頂いて。サギリさんやクズハさん、それからスミレさんにも挨拶をしてから街へと繰り出した。
今は人が行き交う大通りを、ゆっくりとした歩調で進んでいるところだ。
「見れば見るほど、中国風の街並みだな……」
建物がぎっしりと詰まって軒を連ねていたり、何かと赤い色が使われていたり。
昔見たカンフー映画の光景に近いので、少し時代を遡る必要はあるけれど。
「ここが大通りというのもあるとは思いますが、活気に満ちて見えますね」
隣を歩くフランからは、そんな感想が出てきた。
俺が建物を見ていたのに対して、フランは人を見ていたようだ。
「一応、人口はアインバーグの方が少しだけ多いらしいけど。こうしてこの活気を見ていると、あんまりそんな気はしないな」
例えるなら、渋谷のスクランブル交差点辺りか。まあ、それと比べればもう少し歩きやすい気もする。行き交う人々の進行方向も、こちらは基本的に道なりの二方向だけだしな。
「じゃあ、クズハさんから聞いた場所に行ってみよう」
「はい」
フランは良い笑顔で返事をくれた。
やって来たのは広場。
サッカーでもできそうな広さの芝生が広がり、中央には噴水、その周囲には幾つかの人だかりが、それぞれ少し距離を置いて存在する。
「お、やってるやってる」
武術都市オルデンの交流の場であるここは、同時に磨き上げた芸を披露する場にもなっているそうで。今日も様々な人が集まっているという訳だ。
ひとまず俺達は、一番規模が大きい人だかりに向かっていく。
集まっている人は老若男女様々だが、やや若い世代の割合が高いか。
ここで披露されている芸は、コマ回しだった。
コマと言っても、床や地面の上で回るタイプのものではない。器二つの底同士を合わせたような形のものだ。たしか、ディアボロとか言ったか。
回し方としては、両手に持った二つの棒の先端を紐で繋ぎ、その紐でコマの軸を捕まえるような……上手い言い回しが思い付かないな。コマだというのに。
まあ良い、回し方ではなく回されている様子の話をしよう。
見た目の印象をざっくり述べるなら、能動的なトランポリン。紐で軸を捕まえた状態で回転させ、紐を勢いよく横方向に引くことでコマを跳ね上げる。
高く飛ばされるコマ。演者がくるりと回って華麗にキャッチ。
あるいは縦に伸ばされた紐を、コマが下から上に昇っていく。
紐によって操られるコマはしかし、それ自体が意思を持つかのように生き生きと躍動する。
一際高くコマが飛び、それを恙なく捕まえた演者が大仰に一礼すると、周囲から拍手が送られた。
俺とフランも同様に拍手する。
そこそこ見応えがあった。
そんな感じで他にも幾つかの芸を見て回って、投げ銭をしていって。そして今は──何故か腕相撲の参加者に、俺がなっていた。
いや、理由ははっきりしているか。
「美人な彼女を連れているそこの君ィ! ちょっと格好良い所を見せてみる気はないかい!?」と鬱陶しいくらいにハイテンションな呼び込みが来て、「美人は連れていますが彼女ではないんですよー。それでは」とローテンションに返してそのまま立ち去ろうとしていたのだけれど、「やることは腕相撲なんだがねェ、いやァ、その細腕じゃあ無謀だったかなァ! アッハッハァッ!」と唐突に煽りに変わったんだ。
まあ、俺自身は「そうですね、無謀ですね」と至極ドライに返すつもりだったんだけどさ。フランがね、うん。俺が先の言葉を言うべく口を開いたところで「やりましょう、リク」とね。強い視線を投げかけながら言ってきたんだ。
フランはいつも俺の背中を押してくれるなァ! アッハッハァッ!
はい、回想終了。
腕相撲の形式は、主催者側が用意した見るからに屈強そうな大男に対して、挑戦者が次々に挑んでいくタイプのもの。参加費が一万コルト──高級レストランでガッツリ食事できる程度の金額──とのこと。そして勝利すれば参加費の返金に加え、百万コルトの賞金が貰えるらしい。
……五つ星クエストを一つこなせば手に入る額なんだよな。
ともあれ今は、参加者として順番待ちの状況。俺の前には二十名ほど居て、順調に敗北していっている。
なお、参加者を軒並み倒していっている大男のレベルは六七。対する参加者の平均レベルは、俺を除いて三〇ほど。最も高くて四六という状況。
そりゃあ、勝てないだろう。
俺の前に並んでいた人々が参加費を支払い、一様にすごすごと立ち去っていったので、いよいよ俺の番だ。
直径一メートル強の円柱状の台が鎮座し、その向こう側から爽やかな笑みを浮かべる大男がこちらを見ている。呼び込みの人間のように──あれは演技だった可能性もあるが──見下してくるような感じは全く無かった。
俺が参加費を出すと、大男は笑顔のまま受け取り、口を開く。
「今日相手した中で、一番強そうな兄さんが来ちまったな」
それを聞いた周囲の観客は笑った。
そして大男も笑みを浮かべたままではあったが、目だけは全く笑っていなかった。
「またまた、ご冗談を」
俺は心にも無いことを言って茶を濁し、何の気負いも無く台の上で右手を構える。
大男は一瞬だけ苦笑を浮かべ、それから俺と同じく台の上で手を構え、俺の手を握る。
筋肉質な、ごつごつとした手。剣だこらしき感触があるので、きっとこの人は普段から武器を握っているのだろう。
ステータス編集。STRとVITの二極振り。
「さぁって、始めるか!」
威勢の良い掛け声と同時に、俺と大男は力を込めた。
──決着は一瞬。
固く握られた大男の拳が頑丈な台に叩き付けられ、豪快な破砕音を周囲に撒き散らす。
打点を中心に、台には蜘蛛の巣状の大きなヒビ。それが全体に広がり、一拍遅れてガラガラと崩れていく。
「ああ、失礼。力加減を誤りました」
あくまで口調は穏やかに。表情は笑みを浮かべて。
なお、相手の手に怪我などはさせていない。
台に当たる直前までは通常のステータスシステム運用で相手の手を、当たる瞬間に相手の手を武器扱いして台を、それぞれSTR値の効果対象として定めた。
似非浸透勁である。もう少し訓練すれば、敵の鎧や盾なども貫通して攻撃できそうだ。ただし伝えられるのは威力だけで、剣の鋭さなどは加味されてくれない点に注意が必要か。
さて、周囲の様子について述べよう。
目の前の大男は、自分の手と台だったものの残骸を見て唖然としている。呼び込みをしていた男は、俺を見て顎が外れそうなほど大きく口を開けている。
そして一部始終を見ていた観客達は、ただ絶句していた。
レベルというものがある世界なのだから、見た目で強さが分からないというのは理解していて然るべきだと思うんだが。
「腕相撲には勝ちましたが台を壊してしまいましたし、賞金の受け取りは辞退します。ところでこの残骸、片付けておきますね」
『ジ・ウィンド』
周囲に散らばってしまった小さな破片も含め、風で巻き上げる。誰も居ない俺の右手側に集め、一塊にして、右手で触れる。
アイテムボックスに収納し、終了。あとは何処かで捨てよう。
材質はそれなりに頑丈なだけの、とりわけ珍しくもない石らしいので、邪魔にならない場所なら何処でも良いか。
無駄に煽ってきた呼び込みに視線を送ってみると、小さい悲鳴のような声が聞こえた。
こちらを煽ってまで参加させておきながらその態度というのは、小心者に過ぎるのではないだろうか。
もう興味は無いので、長居するつもりは無い。フランに声を掛けて、先の言葉通り賞金を受け取らないまま立ち去る。
広場そのものから離れ、俺とフランは再び大通りを歩いている。
「ぼちぼち昼飯時だな。それなりに時間は潰せたか」
「ある意味、タイミングは良かったようですね」
フランは真顔でそう言ったけれど、別に俺がぶちかまして終わりにする必要性は無かったと思うんだ。あのまま客引きをスルーして、平和的に終わっても良かったと思うんだ。
……まあ、俺が侮られたことを理由にフランが怒っていたのは理解しているところなので、それを口に出して言うことは無い訳だけれど。そもそもここでそれを口に出すくらいなら、俺は最初からぶちかましていない。
「昨晩と今朝は和食を堪能したから、今度は中華を堪能したい」
ま、今は昼飯の話だ。
「美味しそうな香りが、そこかしこから漂ってきていますね」
そう、今俺達が歩いている大通りには飯屋も沢山ある。
炒飯、天津丼、餃子、小籠包、刀削麺、麻婆豆腐、青椒肉絲などなど。ちらりと見ただけでも、それらを食している人々の姿が確認できた。名前までそのままなのかは知らない。
なお、和食の店も確認できたが、今回は行かないのでスルー。
「何処が良いかね。何処も美味しそうな香りをさせてるけど」
「リク、あちらのお店はどうでしょう?」
フランが示す方向を見ると、どうやら飲茶の店のようだ。料理と一緒に、茶を堪能している客の姿が多く見える。
「お、結構良さげ。比較的静かな雰囲気だし、あそこにしようか」
「はい」
俺もフランも、賑やかなのは嫌いじゃないが、どちらかというと静かな方を好むからな。
結論を言うと、とても当たりの店だった。特に小籠包が絶品で、お茶も美味しかった。
さて、次は食器を見てみよう。主に茶器を。